山中先生のノーベル賞受賞の感動が冷めやらぬ中

10/8の夜。山中先生のノーベル賞受賞の記事を目にした瞬間、驚きと共に当事者でもあるかのような感動が沸き上がり、じんわり目頭が熱くなった。この感動の理由は、INDEE Japan設立に対する自分の思いを強くした約1年半前の出会いに遡る。

“医療テクノロジー”との出会い。

自分が就職を考える時には全く考えてもみなかった分野。
私は両親(DNA?!)のおかげで病院に縁が全く無い生活を送り、身近にも難病で苦しむ親族もいない。親族の中にも影響を受けるような臨床医や研究医もいない。そう考えると自分の人生において、医療という世界は最も遠い領域だったのかもしれない。

高度成長期の中、スーパーカーや宇宙開発に憧れて育ち、大学では人力飛行機開発に夢中になった。就職と同時にレーシングカーの開発に携わり、憧れの世界の内側で仕事をすることができた。縁あって日本のお家芸といわれた半導体製造装置ベンチャーの創業期からビジネススタートアップの経験することもできた。その後、ものづくり日本の復活?!という青臭いビジョンを描き、研究開発のコンサルティングに踏み入れ、数多くのトップメーカーの光と闇を見ることができた。この経験は、自分の中の事業と研究開発という断片的なパズルのピースをつなげることができた。自分の経験はすべて”ものづくり・ビジネス”という世界の深い理解に繋がっている。

どれの経験も心からワクワクできたし、寝る間も惜しんで取り組むほど楽しかった。何一つとして遠回りした印象は全くない。でも何か足らない気がしていた。贅沢な悩みかもしれないけど。まだ見ぬ自分の知らない世界を探していた。

ある日、当時のクライアントのご縁から幹細胞という世界に出会った。製品開発としては、いろいろな分野を見てきたが、医療、バイオはある意味初めて。しかし、そこには多くのエンジニアが次なる目標を見いだせないでいる他の日本メーカーの現状からは考えられないほど、未解決の課題が無尽蔵に眠っていた。いわゆるどこに向かう?何を研究開発する?やりがいは何?という議論が不必要なほどそこは課題が山積みではないか?!という純粋な驚きである。

そして先端研究をしているアカデミアという世界には、あたかも研究テーマが自分自身の人生のミッションのように必死で取り組んでいる研究者が沢山いる。「アカデミアってこんなに魅力的な世界だっけ?」とこれまでの自分の知る世界の情報の偏りを実感した。

こんな事を言うと怒られるかもしれないが、私が学生時代感じた大学に対する焦燥感は、理工学単独で課題解決できる世界の多くはやりつくされ、実用化、産業化としては疑問を感じる研究ばかりがなされていると感じる現実。この環境の中で、若手がモチベーションを維持していくのは難しい。一方、医学、薬学、生化学などの世界では数年先の実用化が期待できるような未知のテーマがごろごろ転がっている。まさに産業化との距離が非常に近い完成度の研究が行われている。

素人だからこその勘違いかもしれないがその可能性の大きさにワクワクした。

医工連携という言葉は業界の方々にとってはすでに使い古されているかもしれないが、産学連携と同様にコンセプトとしては長い一方、結果はまだまだ出ていないと感じている。まさにメカトロニクスのバックグラウンドを持つ日本の多くのエンジニアが、医学や生化学という知識との融合によるソリューションを考えることで、やりがいを実感を世界が描けるという可能性を確信した。

しかし、いくらアカデミアの研究成果が産業に近いとはいえ、そこは千に三つと揶揄される世界。事業化のハードルは限りなく高く、そして時間と資金を要する。そして大企業からの優秀な人材の流動性の低かった日本においては、こうした事業のスタートアップ経験者は極めてまれである。この領域のプロのニーズは今後確実に増えるはず。この仮説をメンバーで共有することでINDEE Japanはスタートした。

山中先生のノーベル賞受賞は、再生医療領域はもちろんのこと未来に夢を馳せている研究者に多くの勇気と自信を与えてくれたことは間違いない。そして、世界中の注目を浴びることで、研究予算、規制の見直しによる技術の進歩に拍車が掛かるとは間違いない。

そして、今そうした変化、進化していく医療テクノロジーの波の中に自分達が飛び込んだ事への追い風とその先に立ちはだかる様々な困難へのやりがいを実感している。

現状の研究開発に悶々としている研究者、技術者のみなさん!チャレンジできる課題はまだまだありますよ。世の中の変化を受け入れる努力を惜しまないかどうか?ではないでしょうか。

Written by Tatsuro Tsushima on 2012-10-19