テクノロジー・イノベーターの苦悩

INDEE Japanの社名に込めた理念としての”IN”の意味の一つは、”INnovate”であるが、最後の”E”の一つは”Ethical”になる。つまり、いくらテーマとしてイノベーティブであっても倫理的であるかという事を非常に大切にしている。この二つを両立させるための今の苦悩を少し書いてみようと思う。
最近、テクノロジーというと殆ど”IT”というイメージが先行してしまっている。特に若い世代にとってみれば、新しい技術といえるものはインターネットテクノロジーであり、最近世を騒がせている企業といえばITというようにソフトウェア主導のものに見えるのだろう。一方、我々アラフォー以上の世代にとっては、テクノロジーとは機械や電気などハードウェアを伴う技術領域であって、ソフトウェア領域はその一部という見方をしている。そのため昨今のテクノロジーの定義にはどうしても違和感を持ってしまう。ただ、最近ようやくテスラモータースのEVが脚光を浴び、Googleがロボット技術のベンチャー数社をM&Aし、そしてAmazonがドローン(無人飛行機)を開発するなどハードウェアも含む製品が再び注目されつつある流れが来ていることは個人的には少し嬉しかったりする(笑)。
話を戻すとこうしたテクノロジーのそもそも目的は、人間生活を豊かにすることにある。言い換えると世界中の多くの人々が衣食住において、快適に過ごせるようにするために発展してきたものである。歴史的なサイエンティストやエンジニアがそれを設備や製品という形にし、国家や会社という組織がそれを世界中に普及させてきた。その結果として、先進国における現在の暮らしが実現されている。
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このテクノロジーが実現してきた領域を振り返ってみると、その殆どは人が行ってきた労働の軽減であり自動化である。そのため、かつては想像できなかったような速度で重作業が行え、価格で高い品質の商品の購入がどこでも可能になった。そうした変化がおこった事により多くの貧困を救えた一方、心としてのいわゆる”幸せ度”が高まっているように見えない。むしろ衣食住に関する様々な商品の買い換え頻度が高まり、日常的な時間の余裕もない。メディアは一部の成功者や富裕層のスーパーっぷりばかり取り上げ、一般人に危機感では無く劣等感を鼓舞する。この流れの延長線上に幸せな未来があるのか?この現実に向き合った結果、未来に対してやりがいのあるテーマを見いだせないでいる若者を大量生産してしまったのが、日本を含む先進国の今であることはもはや誰も疑う余地はないだろう。
しかし、ビジネスの流れは止まることはできないわけで、20世紀ビジネスの主役であったメーカーの研究開発は日々留まることなく進んでいる。テクノロジーの進歩が新たに生み出した、課題を次々に解決するチャレンジは終わることがない。つまり、新しいものを普及させて対価を得るという流れで発展してきたテクノロジー・イノベーションは、ビジネスという側面からみると、明らかにマッチポンプ的な開発競争を繰り広げざるを得ない状況に陥ってしまっている。具体的には依存性の高いアプリやツールを作り、関連する周辺ツールを売る。病気を細分化、再定義して対応する高価な専用医薬品や治療を提供する。統計解析の力により金融商品や保険商品も複雑化して過剰な購入を促す。低価格化のために安全性に課題の残る輸入食品や添加物、化学合成品を多用する・・・などなど。
そう・・・ここにテクノロジーでイノベーションを興すというテーマにおける”Ethical”な苦悩が生まれるのである。私自身もエンジニアとしてのバックグラウンドをもち、テクノロジーの可能性と魅力に取り付かれている一人である。そして若い頃はある意味、その価値を妄信していた時もあった。しかし、科学技術が発達し、3次元空間における物理法則を越えるものでない限り、思考できるものはほぼ何でも作れるようになった。つまり今はその活用方法を見誤れば、ますます退化させる方向に導く事ができるようになっている。我々の根本的な考え方にある、
イノベーション = 発明 × 普及
を実現するためには、普及が必然になるため、すでに目の前にある課題でないと実現が難しい。とは言えど普及が容易だからと言って、それが本当に必要なもの、価値があるとも言えない。でも人の多くは目の前の課題にしか気づかない。ではどうするか?
・先進国での過剰な開発競争は止め、テクノロジーを必要としている新興国に集中するか?
・先端医療に代表されるような未解決な課題解決に注力するか?
・未来を創る若者の教育環境の改善に注力するか?
・これから直面する、食料、気候変動、エネルギー、高齢化などの課題に解決に注力するか?
残念ながら私自身として今はまだ納得できる答えを見いだせていない。
だ一つ言えることは、その答えは一つではない。そして導けるのは思いのある”人”であり、ありたい姿が見えた”人”である。上記のチャレンジはどれも多くの人の力と資金、そして時間が必要である。今はまずそうした価値あるチャレンジに取り組むための環境作り、そしてそのムーブメントを興していくことから始めている。何事も一歩一歩である。
是非、こうした苦悩に共感をしていただけるみなさまのお力をお借りしたい。
未来は一つではない。我々の今からの行動で未来は変わる。

熱い思いと実行力のある仲間を求む!

Written by Tatsuro Tsushima on 2014-04-06