鳥人間とおっちゃんブログ 第八話 実は結構、地道で地味な毎日・・・前編

初めての大会の悔しさをバネにやったるぞぉ!
と・・・活動をスタートしたわけではあるが、結局何から着手をしたら良いか分からない・・・。設計図もない飛行機をいきなりつくるわけでもなく、活動計画もそもそも設計、製作にどれぐらい掛かるかも検討もつかない。
とりあえずパイロット中尾はトレーニング、その他のメンバーは身近にある資料や飛行機関連の書籍をあさりながら人力飛行機はなんぞや??というそもそものところから勉強に着手したのである。
それはそれは、華やかな大会のイメージからすると極めて地味な毎日。

・・・自ら作業をつくっていかなければ何にもすることがないそんな感じである。
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2回目のチャレンジの桟橋にて:ここを目指すまでのストーリー

まずはパイロット中尾の1年目の試行錯誤の日々を紹介しよう。
初めての鳥人間コンテストが残念な結果で終わったおかげで単に「パイロットやりたいなぁ」という思いから「絶対に飛びたい!」という思いへ変わることができた。もしそこそこ飛んでいたら「こんなものか」となめていたと思う。
ということで悔しさをバネにパイロットを目指してトレーニングを始めることになったが・・・
今はネットで検索すれば自転車情報は山ほど出てくるが、当時はネットもなくスポーツ自転車自体がマイナースポーツで情報が少なかった。
それまで自転車といえばママチャリしか乗ったことがなく、自転車競技をやっている知り合いもいない。何が分からないかも分からない状態の中、手探りで進めていくほかなかった。
何はともあれまずは自転車がないと始まらない。しかし、学生は基本的に貧乏であるため、いきなりすべてのグッズを揃える余裕なんてない。スタートしたばかりのクラブにももちんお金がない・・・。
幸いにもおっちゃんの一人が乗っていないマウンテンバイクを譲ってくれることになった。
次は服装。
ヘルメットは前パイロットが使っていたものを譲り受けたが、あとは高校の部活で使っていたジャージにTシャツ、普通のスニーカーという全く自転車乗りらしくない格好で僕のバイクライフはスタートした。もちろんサングラスやグローブもない。
今は恥ずかしくてとてもそんな格好では乗れない。当時の写真が残ってなくて本当に良かった(笑)
とりあえず最低限の道具は揃ったのであとは練習あるのみ。
もちろん自転車の練習方法は全く分からなかったが「とにかく乗れば体力はつくだろう」ということで自転車通学(片道約20km)をすることにした。
こんな感じで恐らく必要最低限以下の装備と知識でパイロットに向けたトレーニングは始まった。
自転車通学を始めてすぐに困ったのは、当時大学未公認だったため部室のような拠点となる場所が学内になかったこと。
なので汗だくで大学に到着したら図書館のトイレで着替えていたし、教科書や辞書を毎日全てリュックに入れて自転車通学したがこれは腰がつらく、一週間もしないうちに「これではやってられない」と思うようになった。
そこで、当時大学から6kmぐらい離れたおっちゃん代表の中野さんの自宅倉庫を工房として使っていたのだが、そこに寄ってから大学に行くことにした。
朝工房まで自転車で行き(約22km)、工房に置いてあるエアロバイクを2〜30分こいでから着替えて大学に向かい、帰りも工房で着替えてから家に帰る。工房を拠点として荷物も置かせてもらうことでとても楽になった。
このパターンはしっくりきてパイロット時代はずっとこれで通すことになる。早い段階でよい生活リズムを確立できたことがトレーニングを継続できた一つの理由かなと思う。
通学というのも大きな強制力になった。
定期券をやめたので電車でいく時は自腹。そうなると貧乏学生としては少しでも交通費を浮かしたい。雨とバイトの日以外は何が何でも自転車に乗ろうという気持ちになる。
こうして自転車でトレーニングすることが習慣になっていった。
道具はバイト代を投資して少しずつグレードアップ。
最初はレーサーパンツ。やっぱり普通のジャージはバタバタして走りにくいしお尻も痛い。これに変えてとても走りやすくなった。
次はビンディングペダルとシューズ。それまでのスニーカー&トゥクリップとは雲泥の差の快適さだった。
そして、たまたま見つけた型落ちバーゲンセールのバイクジャージを購入。やっぱりTシャツよりも快適。一度着るともうTシャツでは走りたくなくなる。
こうして秋頃にはだいぶ自転車乗りっぽい風貌になってきた。そこでもう一つ大きな変化があった。
それはマウンテンバイクからロードバイクに乗り換えたこと。
これもおっちゃんメンバーの一人が乗らずに放置していたものを譲り受けた。こういうのには本当に恵まれていたと思う。ロードバイクのその軽い走りに感激しさらに自転車の乗るのが楽しくなった。
こうして、3〜4ヶ月経ってやっと「ロードバイクでトレーニングするパイロット」という今では当たり前な状況にまで辿り着くことになる。
一方でトレーニングはどうやっていたかだが、一応自転車雑誌などを見て「長い時間ゆっくり乗るのが基本」というのは知っていた。
しかし、長距離を走るロードレースではそれでよいと思うが、

当時の鳥人間コンテストの優勝記録は約2km、実際の飛行時間は5分ぐらい飛べば優勝が狙える距離である。

つまり高いパワーを短時間出す能力が求められるのでちょっと違うなと思った。それに通学練習が基本だから1時間以上のんびり乗る時間もない。
ということで、選んだ方法は「とにかく全力で頑張る」という根性論的なものだった(笑)通学コースもその方針を後押しした。
通学は大阪市内を縦断するコースだったので、朝の通勤時間はとにかく車と信号と違法駐停車が多い。
自転車は路肩を走れといわれるが、路肩は駐車車両が邪魔で走れない。自然と本線寄りを走ることになる。
そうなると車の流れに乗らないと危ないので嫌でも全力で走らざるをえない。
ということで、信号が変わるたびに全力で加速して車の流れに乗り、巡航状態にはいったと思ったら信号で停車、というのを繰り返すことなる。
当時は車が怖くて必死にやっていただけだったが、これは良いインターバルトレーニングになっていた。
トレーニングのもう一つの柱は活動拠点の工房に置いてある唯一のハイテクアイテムであったキャットアイ製のエアロバイクでのトレーニング
パワーと心拍数が測定できる夢のようなマシンだったが、当時は心拍トレーニングがやっと認知され始めた頃でパワートレーニングなんて影も形もなかった。なので、せっかく数字は出るもののそれをトレーニングにどう活用すればよいか全くわからなかった。
ただ、人力飛行機を飛ばすのに必要なパワーは280〜300W前後で、そのパワーを10〜20分も出せば優勝争いに加われることは予想できた。そうすると目標は自然と300W×20分に決まった。

この目標設定から振り返ると、当時から一応優勝するつもりはあったらしい(笑)
とはいえ始めた当初は200Wで10分できるかどうかというレベルで、いきなり300Wなんてとても無理。
大会まで時間もタップリあるので「精も根も尽き果てないぐらいのペースでやろう」と思い次のようなプログラムを考えた。
たとえば200W×10分間からスタートして翌日は11分、その翌日は13分と1分刻みで時間を増やしていき20分まで継続できるようになったら、次は230Wで10分からスタートして1分刻みで増やしていく・・・
キツさとしてはほぼ毎回全力を出さないとクリアできないぐらい。
でも初心者だったこともあり、この方法で当時は面白いように記録は伸びていった。
だた、エンジンの方は順調にパワーアップしていったがパイロットとしてのもう一つの重要な要素、操縦技術については春まで全くの手つかず。
当時は操縦の重要性が理解というか実感できてなくて「自転車にのるようなものだろう」ぐらいの感覚だった。実際にテストフライトが始まるとこの認識がいかに甘かったかを痛感することになる。
こちらの方はテストフライトの話でまた詳しく書こうと思う。 
後編につづく!
Written by Tatsuro Tsushima on 2016-07-16