「 やらされ感」が働き方改革のKPI

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働き方改革という言葉が一人歩き、いや、迷走しているように感じます。
色々な人がその違和感を表明しているけれど、おそらく根底のズレは「働き方」を測る指標として「労働時間」を取り上げている点にあるのではないでしょうか。長く働くべきだとか、短時間で仕事をしたいだとか。それって果たして「働き方」と関係するのか疑問をもってしまいました。

働き方改革をして労働時間を短くする、とか、働き方改革によって休暇取得を増やすとか、生産性を高めるとか...
そうなると、長時間労働は悪なのか、はたまた誰もが一度は経験する修行なのか、意見が激しく分かれてしまいます。

労働を強いているのが経営者であることもあれば、自らやりたくて働いていることもしばしば見受けるわけです。どちらでもなく、一人モーレツな人が周りにいると、暗黙に「強いて」いるような状況があることもわかります。なので、議論は平行線です。

視点を時間ではなく、「やらされていると感じる」かどうか?においてみてはどうかと思うのです。
ポイントは2つあって、1つは「やっている量」ではなく「主体性」。
もう1つは、きっかけはどうであれ、本人がどう感じるか。

そもそも「やらされている」と感じれば、人の生産性はガタ落ちするし、そもそも最低限の結果のために最大限のやらない理由を考える動機が生まれます。
また、きっかけとして上司や経営者から仕事を指示されたとしても、やっているうちに楽しくなったりすることもしばしばあるので、「本人がどう感じるか」が大切だと思うのです。

例えば、優秀なエンジニアがいたとします。とても有能なので、仕事をたくさん任され、評価も高いので次第に「マネージャーやって」という雰囲気になります。ここで、本人が「人の管理なんてやりたくない」という「優秀なエンジニアがマネージャーをやらされる」ことって組織よく起きるあるあるですよね。
会社として、優秀なエンジニアが組織をリードすることはメリットもたくさんあります。本人としても、やってみてところ新たな才能に気づくということもあるかもしれません。
けれど、そんな見込みで昇進させて「やらされ」続けているマネージャーがいたら、部下たちはたまったものではありません。本人が「やらされている」と感じている以上、スキルアップすることも、おそらくないでしょう。身につくスキルといえば、「いかに汗をかかずに最低限のことをやるか」ということに意識がいくことになるはずです。

やってみる前は毛嫌いしていた仕事を好きになったという経験も私にはあります。そういう時は、逆に気づきたくさんあって、学びも大きく感じます。なので、決して「全員の意見をもれなく聞いてから仕事のアサインを」といったような非現実的な理想を言っているのではなく、「やらされ感」を減らすような工夫はした方がいいのではないか、と思うのです。

とにかく、働き方の改革をするなら、量ではなく質的なKPIがあった方が何かと好都合なので、「やらされ感指数」を取ってみてはどうでしょうか。「やらされ感」がない組織は強いと思いませんか?


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