何を効率化しますか?

Written by 津田 真吾 on 2012-10-26

部分最適とは何か?

既存事業、特に大企業では仕事の枠組みやプロセスは整っています。ある意味で完成形を示していると言っても良いでしょう。一般的に起きるような多く業務については、あまり非効率を感じることなくこなすことができるのではないでしょうか。もちろん、まだ成長過程にある中小企業においては十分に仕組みづくりができていないところも多いと思います。ところが、大企業では、通常のビジネスを回すための役割分担やルールは整備されており、各マネージャーはルールや前例に従って効率的に意思決定することができるようになっています。

ところが、このような大企業であればあるほど、会社の仕組みについて尋ねると、「部分最適」だと口々に言います。部分的に「最適」であるということはどういうことでしょう?
「最適」と自称できるほどの完成度にありながら、なぜ「部分最適」という言葉には不満の響きを感じるのでしょうか。実は、言っている本人も「最適」という最高の褒め言葉と自身の不満が同居していることに気づいていないことが多いのです。この点について考察してみます。なぜなら、この点がイノベーションとオペレーション(運営)あるいはオプティマイザーション(最適化)との最大の違いだからだ。

これらの部長さん方が「部分最適」という言葉を発する時の状況を注意深く観察すると、ちょっとしたイレギュラーなことをやろうとしている時であることに気づきます。例えば、少し背伸びをした開発、あるいは顧客との深い関係づくりをしようとすると、会社の仕組みが邪魔になってきます。これは、現状の業務をこなすことに特化した組織ができあがっていることの証です。なので、最近起きているような環境変化に対応しようとすると、足かせになり、部長さんも不満を感じることになります。

次のような事例は皆さんの会社にも少なからずあるのではないでしょうか。

“最近の引き合いトレンドは、技術提案を求められる”
“技術的に突っ込んだ商談が増えている”
“設計を始める前にマーケティング戦略を立てないと失敗する”
“既存の枠を超えたコストダウンが求められている”

「最適化」というのは、ある一定の条件が与えられたとき、結果を最大化することである。
例えば、特定の市場における特定製品の価格設定などは正解が求まるような格好の最適化問題である。

最適値からずれた価格設定をすると「損失」が発生し、効率が失われる。

ところが、その一定の条件が変わると、結果が最大となる条件は異なる。
例えば、同じ製品を新興国に持ち込んだ場合に、最適価格が異なることは容易に想像がつくことと思います。

さて、先ほどのよくある事例というのは、一般に仕組みの範囲外で活動することで改善することができます。
“最近の引き合いトレンドは、技術提案を求められる”  → 営業・技術間
“技術的に突っ込んだ商談が増えている” → 営業・技術間
“設計を始める前にマーケティング戦略を立てないと失敗する” → 企画・開発間
“研究テーマにビジネス視点が求められる” → 研究所・事業部間
“既存の枠を超えたコストダウンが求められている” → 設計・製造間

問題を変える

これらの例の様に、既存の枠組みを超えた課題解決をするということは、最初に与えられた問題を変えて取り組むということになる。

そもそもグラフの形が見えないので、最適値は把握できず、効率を図ることができなくなります。また、新たな変数が加わっています。当初最適化した数式すら変わったと認識すべきなのです。新たな変数が加わったことによる影響は、新たに学習する必要があります。曲線の形を知ってこそ、次の「最適化」を行うことができると認識しましょう。部門間連携と新規事業開発は程度の差はありますが、この点で同じです。どんな仕組みであれ、それはある特定の状況を効率よくこなすための手段でしかありません。

緩やかな業務変革であろうと、新規性の高い事業開発であろうと、もし既存の組織が個別最適化されていて不都合だと感じたならば、以下の点を心得ておくとよいのではないでしょうか。

  • 異なる状況で出来た仕組みには解けない事が多い
  • 新しい取り組みをする際には過度な効率を求めない
  • ベストな解でなくても、トライアンドエラーを通じて学習する

イノベーションとオペレーション

Written by 津田 真吾 on 2012-10-05

イノベーションとオペレーション
新しいアイデアが普及する過程はSカーブを描きます。
Sの形を右上に登るにつれて、ユーザーの性格が変わることはご理解いただけたのではないかと思います。
(まだ完全に理解されていない方はスーパーカー消しゴムに見る普及プロセスSカーブから自分自身のポジションを知るTech-On! ものづくりと普及率の深い関係 を参照してみてください)
このユーザーの変化に伴って、製品やサービスに求められることも異なります。こちらの記事では製品の黎明期と成熟期は2つの異なるパラダイムであることを述べました。
同じように、スタートアップと成熟した事業を持つ大企業とではほとんどのすべての点で異なります。
(企業内ベンチャーや新規事業部などは、ルール以外はスタートアップに近いと思います)

スタートアップ 大企業
資金 限られている 多い
人材 限られている 多い
設備 非常に限られている 整っている
業務プロセス トライアンドエラー 定まっている
組織体制 属人的 体系化されている
社内ルール ない 整理されている
意思決定 アドホック 組織的・体系的

 
この表に示した違いを生んでいる要因を理解することで、新規事業が失敗する多くの理由が説明できます。そのために、表の左から右、つまりスタートアップが成長して大企業なる過程を考えてみよう。
例えば、介護用ロボットのベンチャーを立ち上げたとする。すると、最初は開発するにも、前例や基準がなく試作品を作っては試し、そして直すということの繰り返しになる。製品が「正常に」動くかどうかの基準すらない。既に普及している産業用のロボットであれば、どのくらいの負荷に耐え、何年間使用されるのか、どのような環境で使われるのか、想定がある程度できる。それはスペックという名の指標が開発者に分かりやすく定義されるためである。ユーザー側が学習するという側面もあり、作り手、売り手、買い手、使い手が前提とする一定の基準は徐々に定まっていく。うまくいったパターンを組織は学習していくと言い換えることができる。
このパターンには「開発」や「営業」といった役割分担も含まれる。その役割分担が機能するための社内ルールが整っていく。
スタートアップ時には、その都度都度で何を開発し、何を売るかといった意思決定はされる。しかし、成功体験や失敗体験が経験値としてたまってくると、判断を間違わないような意思決定の仕組みができたり、暗黙のコンセンサスを求めるようになる。
事業がうまく回りはじめて会社が大きくなりだすと、最初からのメンバーの多くは「昔は何でもすばやくできていたことが、いろんな人のお伺いを立てないとできなくなった」と嘆くのは上記の過程があるためである。
大企業の論理をスタートアップにあてはめてしまう
他方で、大企業の考え方そのままでスタートアップをやると、致命的な問題が起きる。資金、人材、プロセス、ルールなど内々尽くしのスタートアップ。経験上、このような環境に放り込まれると、3つの反応がある。

  1. 行動が何も取れずに思考停止してしまう
  2. 仕組みづくりの構想のための会議を繰り返す
  3. ないなら、ないなりに開き直って動き回る

もちろんスタートアップにおける正解は3なのであるが、他の選択肢を選んでしまっている例を実に多く見かける。この違いがイノベーションとオペレーションなのである。
1は正解至上主義とでも言えるだろうか。正解への道筋がないと、思考停止、いや行動停止してしまうパターンである。すでに確立されたビジネスであれば定石は多く、正解と言えるような道筋に従っていれば失敗しない可能性は高い。これはある程度確立された事業を失敗しないように運営(オペレーション)する極意である。しかし、新しいことに取り組んでいる以上、正解かどうかはやってみた結果からしか言えないということを心掛ける必要がある。
2は巻き込まれる人も多いので、スタートアップでやってしまうと弊害が大きい。仮に仕組みを作ったとしても、試してみないからには仕組みが機能するかどうかわからないからだ。ビジネスが回り、一定のパターンが見えないと、仕組みは描くことはできないのだ。「想定外」の原発事故を除くと、日本の自然災害に対する備えが海外から高く評価されている背景には、災害の多い日本列島に長年住んできた歴史がある。それに、大企業にはふんだんにリソースがある。情報もある。そのため、打てる戦略のオプションが多い。長年そのような環境で仕事をしていると、オプションの中から「最適」なものを選ぶような思考回路が強化される。経営戦略の書籍を読むと「最適化 (optimization)」というキーワードが連発されている。これらの書籍を読むと、最適化の対義語としてイノベーションが挙げられていることが多い。イノベーションの時期では選択肢の中から選ぶような余裕はなく、選択肢そのものを創造しなくてはいけない。これがオペレーションとの違いになる。オペレーションで新たなオプションを作ってしまうと混乱する。
3のように動き回っているうちにパターンは見えてくるものだ。もちろん人によって間違いから学ぶ速度には差があるかもしれない。誰かが勝ちパターンを見つけない限りは、「良い方法」など見つかるわけがない。そのパターンを見つけるためには、トライアンドエラーが必然になる。失敗は辛く、いつ正解にたどり着けるのか、果てしなく感じるかもしれない。しかし、チーム全体が学習することを前提に活動することによって発揮できる能力は計り知れない。

青春を再び

Written by 津田 真吾 on 2012-09-14
青春離れ

最近は若者の車離れ、テレビ離れ、CD離れ、などと様々な”○○離れ”が叫ばれていますが、これは一言でいうと”青春離れ”と言えるのではないかと考えています。
青春とは、若いからこそできる、分からないながらも、エネルギーあふれながら、理屈はないが、勢いのある時期です。心や体は発達したものの、大した経験はしておらず、空っぽな状態が生むエネルギーは凄い。一見役に立たたないと思われた青春時代の経験が後々とても役に立ったという話には限りがありません。スティーブ・ジョブスであれば、カリグラフィーを学んだりやカルトに入った経験がのちのクリエイティビティに影響したと言われています。
人は若いときは、地位や資産を持っていないため、比較的リスクを受け入れやすいという性質を持っています。あまり失うものはなく、素直にチャレンジしてみよう、やってみよう、という気になるものです。以前より「窮鼠猫をかむ」や「金持ちケンカせず」といった諺があるように、すでに有利な立場にあったり、持っているものがあれば、わざわざそれを賭して勝負をしない特性があります。「イノベーションのジレンマ」は人ではなく起業の事業規模が大きいとイノベーションが起こせなくなるというジレンマを指しています。
最近ではこういった人間の傾向や特性に対する理解が深まっており、「プロスペクト理論」などの理論が確立されています。要するに、若いときはチャレンジがしやすい環境にあり、青春状態を生むはずです。
そういえば、「青春」という言葉自体、最近あまり聞かなくなりました。なぜでしょうか?もはや死語だとするとさみしすぎます。

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T型 π型

Written by 津田 真吾 on 2012-08-24

人材育成というのは、永遠のテーマですね。どこに行っても課題として挙げられています。個人レベル、部門レベル、企業レベル、国家レベル、で必ず話題に挙がります。国家レベルで言うと、文部科学省ではサービス・イノベーション人材育成推進プログラムのほか、いくつかの産学連携による高度人材育成に関する制度を用意しています。グローバル化や日本経済の停滞を背景に、新たな事業を生み出すような人材、とりわけイノベーション人材を求め、育成しようと試みています。
このように政府が取り組んでいるのを見ると、イノベーション人材の姿やどうやって育てれば良いのか、あたかも正解があるかのように感じてしまいますが、そんなものはありません。あったら誰も苦労しません。わかっているなら、第二の本田宗一郎さんや井深大さん、松下幸之助さんがもっと登場してもいいはずです。
このような偉大な起業家たちは、それぞれに個性的で、それぞれに異なる道筋で成功を築きました。そのため、人材育成というと、本当に捉えどころのないもののように感じてしまいます。
一人一人の個性や適性を活かしながら、人材を育成する際に一つのモデルとなるのが、「T型人間」「π型人間」です。アルファベットのTの横棒は幅の広い教養や能力、縦棒は深い専門性を指します。πだとさらに2つ目の専門領域を持っていることを指します。
 
なぜ専門性と幅広い教養や能力の両方が重要なのかというと、いくつかの理由が考えられます。

    • 専門知識だけでは、世の中の多くの人にその価値を伝えられないため
    • 薄く広くだけでは、真似されやすく優位性を保ちにくいため
    • 一つひとつの専門領域は代替技術の登場などにより廃れることもあるため
    • 異なるアイデアを結合(新結合)した際にイノベーションが生まれるため
    • 一つの専門領域を深めると、そのアナロジーを活用して応用範囲が広がるため
    • 科学技術の進歩とともに各専門領域は広がりを見せており、それらを統合することが困難になっているため
    • 多様性を増している社会に対する理解の幅と深さの両面が求められているため


このように、人材育成は個別の能力や知識だけでは語れません。まっすぐに専門性を高めながらも、幅広く好奇心を持ち、違う領域の人と交流したり、与えられた仕事を枠を超えて取り組んでみたり、専門知識が他の分野で応用できないか考えてみたり、といったことが大切になってきます。さらには、井深さんが心がけていたような「誰もやらないこと」をやり遂げるために必要な試行錯誤力も重要です。誰もやったことがないことというのは、言い換えると失敗して当たり前。そのような失敗を失敗として受け止めずに前に進むことができる力は必要な資質です。つまりは人の成長は取り組む姿勢、いわゆる行動特性をいかに鍛えるか、という点にかかっていると言っても過言ではないでしょう。
このようにチャレンジをし続けるとともに、失敗からも学ぶ姿勢をもってすれば、成長の速度そのものが加速されます。そもそも新しいことに取り組んでいきたいわけですから、誰も知らないことに対して学びの速いことが重要な要件になります。つまり、単に計画を立てたり、計画に従って実行するだけでなく、計画を立てながら細かく見直していく高速仮説検証プロセスを受け入れやすい体質にしていく。同じ時間でより多くの仮説を検証し、学んでいく力そのものを育成したいものです。
となると、周りができることは、事実ではなく仮説を披露してもらうこと、異分野や他業種との接点を増やすこと、チャレンジそのものを評価すること、実績ではなく可能性を評価すること、そしてチャレンジを応援すること。

二つのパラダイム

Written by 津田 真吾 on 2012-08-03

こちらの記事ではSカーブと普及プロセスを「スーパーカー消しゴム」の流行を通じて見てみましたが、他のものでも同じようなプロセスなのでしょうか?

実は内閣府では、主な耐久消費財の世帯普及率などのデータを公表しています。テレビや冷蔵庫などは「三種の神器」などと言われ、国民の生活を大きく変えました。このような文明の利器がどこまで行き渡っているのかを調査しています。今当たり前になっているこれらの工業製品は、発明された後、10年という単位でS字を描いて各家庭に広まった様子がわかります。

現在のテレビは薄型が中心で、テレビ番組を見ることができるというのは当たり前。価格、品質や消費電力、デザインやブランド名などが買う時の判断基準になっているのではないでしょうか。ネット通販で一円でも安く買うという方がいる一方で、ソニーファンだからソニーのテレビを買うという人も少なくありません。薄型テレビが一般的になった現在、メーカー側の性能や機能はほぼ横並びになると同時に、買い手もテレビが身近なものとなります。身近になることで、さまざまな知識も蓄積され、判断基準も人それぞれ持つようになります。

しかし、テレビが登場した黎明期はどうでしょう。価格で選ぼうにも選択肢は少なく、品質といっても何と比べて品質を語るのかも分かりません。簡単に言うと「映ればいい状態」です。この黎明期においては、顧客が誰なのかも仮説に過ぎず、どんな品質が求められるかもはっきりと定義できません。つまり、顧客、品質、性能などあらゆる事が漠然としている状態です。

「映ればいい状態」が過ぎると、数社からテレビが発売され、品質や性能など他の基準で選ばれるようになります。(テレビの場合、国産であるというのは大きなセールスポイントだったようです)。需要も伸び、生産能力も重要になってきます。魅力的な市場に参入する競合も増え、品質や性能にしのぎを削ります。この時期を経験した日本のメーカーは大量生産と高品質を両立することに成功し、世界を席巻しました。いずれ差別化しにくくなると、製品イメージやデザイン、「使いやすさ」といったユーザ一人ひとりの感性を重視する戦略をとるのが一般的です。成熟期には顧客が誰なのか比較的はっきりしているため、このような戦略もとることができます。つまり、性能や品質の基準や顧客を定義することができ、効率的に物事を進めることができます。

黎明期と成熟期ではこのようにパラダイムが異なります。にもかかわらず、まったく新しい機能を持った製品を普及させようとしているのに、品質の高さを訴えたり、価格の安さを訴えたりするケースを見かけます。クレイトン・クリステンセンはこのように成熟期にある企業の成功体験がイノベーションを阻害することを「イノベーションのジレンマ」と呼びました。黎明期に成熟期のルールを持ち込み、判断することの危険は多くの場面に潜んでいます。

Sカーブは一見ひとつの曲線に見えますが、二つの違う世界をつないでいるに過ぎません。黎明期のイノベーションという世界は、その世界の全貌が見えていない世界です。例えると、新大陸を発見する前の世界。これまで行ったことのないフロンティアをひたすら探す旅です。もう一つの成熟期のオペレーションという世界は、多くの基準がはっきりしている世界です。これらの基準に照らし合わせて、効率的に進めるべき世界。新大陸が見つかった後、多くの船や人を運ぶことが勝負を決めます。今自分たちはどのパラダイムにいるのかという問いから考え、やるべきことを決めることが鍵になります。