人材育成4.0

Written by 山田 竜也 on 2019-11-25

 人材育成という、誰もが語るけど、誰も語り尽くせないテーマを少しでも捉えやすくするために整理してみました(だいぶ私見が混じっていますので、複雑なテーマを整理する叩き台として、読んでくださいね)
 人材育成に関する世界最大のコミュニティは atd(元ASTD)ですが、2017年5月に開催されるカンファレンスのコンテンツトラックには、キャリア開発、グローバル人材開発、人財、インストラクショナルデザイン(教育工学)、リーダーシップ開発、ラーニングテクノロジー、学習の測定と分析、マネジメントとのエンゲージメント、トレーニングデリバリー、学びの科学といった内容が並びます。あふれる情報は専門家としては知っておくべきことかもしれませんが、逆にこれら全てを押さえたからといって、効果的・効率的で、経営者・管理職・社員の要望を満足する育成が行えるわけではありません。
 人材育成に限らず、情報収集の前に、そもそも何のために?という目的を設定することが大切です。やっかいなのは、この目的が時代とともに移り変わること、業界や環境において異なることです。そこで、人材育成の変化を4つの段階に見ることで、目的と手段の組み合わせを考えてみたいと思います。ちなみに、古いものは不要ということではありません。むしろ、やり方が増えているという理解をした方が、ステレオタイプなバズワードに踊らされずに済みます。
 暗黙の前提として、企業内の人材育成を想定していますが、「働き方改革」が叫ばれる昨今、企業という枠の捉え方が変わってきています。企業という虚構が崩れようとしている?のかもしれません。 枠が外されて自由になった時、改めて、過去に主流だった手段(の現代版)も含めて様々な人材育成の選択肢が活用されます。人材育成に関わる方にとっては腕をふるうチャンス、企業研修に関わる企業にとってはビジネスチャンスです!

 

徒弟制度

人材育成1.0 徒弟制度
 1.0は徒弟制度です。いわゆる現在の企業内における人材育成から見ると、育成とは言えないという意見もあるかもしれませんが、実は現在も続いて行われている最も基本的な人材育成です。 多くの技術(工芸、工学の分野だけでなく、コミュニケーション、営業術等のソフトスキルも含めて)が、現在もOJTという名の徒弟制度で伝達されています。 徒弟制度だけでは一度に大勢を育成することはできないので、多くの技術が書籍やトレーニングプログラムとして安価に広く提供されています。しかし、現場の実践者(上司も部下も)から、「こうしたパッケージ化された育成は現場で使えない!現場での実践こそが大事だ!」という声を聞きます。少しでも実践的になるようにとカスタマイズで対応しますが、限界があります。 こうなってしまうのは、目的と手段が合っていないからです。左の写真のように、一人の弟子を一人の親方が時間をかけて、仕事の最初から最後までを教えていくことができれば、少年はやがて立派な親方へと育っていくでしょう。その代わりこのやり方は多くの弟子を一度に抱えることはできないですし、親方が十分に優秀で、教えられることが少年の時代にも通用することが前提になっています。守破離の守の段階を伝達するためのやり方です。 現代ではこの様に少人数でじっくり基本を叩き込むといった育成機会は、非常に貴重なものです。仕事の最初から最後までのどの部分で活用するか?残りの部分をどうやって補完するか?目的に応じた人材育成の全体設計を工夫すれば、徒弟制度は有効な武器になります。

 

階層別研修

人材育成2.0 階層別研修
 2.0は階層別研修です。ここからがいわゆる企業でイメージする研修です。社員が増え、OJTだけではまわらなくなり(上司や部下のバラツキが大きくなりすぎ上手く育成できなくなり)、職種や階層に合わせて一定レベルの人材を育成するための手段として必要になってきました。 企業がオペレーショナルな業務を抱え、それを回すために均質な人材を必要としていることが前提になります。工場の操業の様な常に安定した品質が求められる職場には必須のものですが、組織の維持・管理という観点で、主任・係長・課長・部長、更には役員まで、ピラミッド型の階層を維持するために広まっていきました。テーマ的にも時間管理やマネジメントの基本的なものからリーダーシップ等へと広がっており、研修全体のボリュームとしては未だに多くをしめるでしょう。 この手段はどの会社でも必要となる様な汎用的な内容で、どちらかというと組織の維持に重点がおかれていますが、問題解決、課題形成、戦略策定といった各企業・職場ごとの特性に合わせた(いわゆる実務により直接的に結びつく)テーマが研修の場で取り上げられる様になってから、少し様相が変わってきました。 親方の技を伝えるでもなく、組織を維持する均質なスキルを広めるでもなく、自分たちが今抱えるテーマに取り組みながら、学習とそれによる効果を一度に得ようというやり方です。答えを学ぶのではなく、答えの出し方を学ぶ必要性が出てきました。全ての階層がより多くのスキルを身につけなければならなくなってきています。

 

アクションラーニング

人材育成3.0 アクションラーニング
 3.0はいわゆるアクションラーニングです。この言葉自体、いろいろな解釈をする方がいますが、ここでの定義としては、「業務上の重要な課題を扱う」「異なる専門分野の関係者が知恵を出し合う」「講師ではなくファシリテーターが学習プロセスを導く」ととらえてください。 徒弟制度は、あるギルドの中に閉じこもっている。階層別研修は均質な知識の伝達に止まってしまう(問題解決のスキルを全員に伝えたとしても、問題解決への行動は担保されない)。もっと短期に成果のでる研修を行え!という要求から生まれてきたものがアクションラーニングの様な実際の課題を扱った手段です。 時代背景としては、企業が直面する問題が複雑になり、複数のステークホルダーが絡み、特定のやり方や特定のメンバーだけでは対処できなくなってきた。より短期の業績が重視され、将来につながる人材育成(このやり方が将来につながらない訳ではないですが)よりも、直接の問題解決の方が重要になってきた。といったことが挙げられます。 アクションラーニングで押さえておきたいポイントは、コンテンツをいかに上手く伝えるかという講師の腕から、学習者がいかに本当の問題を見つけそれに対してアクションを起こせる様になるかという、ファシリテーターの導きや、学習プロセスの設計が重要になってきたということです。伝達するから気づきの機会をつくりゴールに導く!へ、手段としては大きく変化しました。

 

学習者中心
Turun normaalikoulu – Turku University Teacher Training School

人材育成4.0 学習者中心
 4.0は(ここが一番知りたいところだと思いますが)学習者中心です(なんだ、それだけか・・・とがっかりされた方、もう少しだけお付き合いください)。 左の写真を見てください。子供ですよね。この子たちを安定しているかもしれないが、画一的なレールに乗せて育てたいと思いますか?安定の保証ができなくなっている昨今、Yesという方は少数派ではないでしょうか。 人生において学ぶべきことは不変なのかもしれませんが、そこから先に必要なことは、学ぶべきことを学習者自身が探していく必要があると考えています。学習者中心のポイントはまさに学習者を中心とすることにあります。 組織があって、その組織を維持するためではない。 個人がいて、その個人が世界により大きな影響を与えていくために学ぶ。 この手段の前提は、既存の組織よりも、これから作られる組織が目的となっていることです。企業が新しい事業(将来の企業)を必要とし、従来の会社の枠が外れ新しい働き方が必要とされる今、学習者中心の手段はより重要になってくるはずです。企業内の人材育成において活用していくには、会社の色やルールに染めるのではなく、会社を変えていくような人材をどう育てるかという視点に立つのが有効です。
 学習者中心の手段を導入するには、そこで育った人材をどう活用するか?を決めておく必要があります。 これは、社内でイノベーターをどう活用するか?という問いに答えるのと同じです。
 イノベーション、新規事業を起こしたいという企業はたくさんありますが、そのために既存の社内のリソースやプロセスや価値観をどこまで変える気があるか、全ステークホルダーで合意が取れている企業はほとんどありません。企業内でイノベーション人材を育成していくには、様々なステークホルダーと対峙していく必要があります。人材育成が先か、イノベーション・新規事業開発が先か、ニワトリ玉子の課題に取り組むには、いずれにせよ覚悟が必要です。

宇宙誕生、最初の1秒の謎

Written by 星野 雄一 on 2019-11-15

先日、「宇宙誕生、最初の1秒の謎」という、何ともワクワクする話を聞きました。ややうろ覚えのところもあるが、その時の話を共有したいと思います。

皆さん、ビックバンという言葉は聞いたことがありますよね?

私はビックバンと言えば宇宙の始まり!というイメージで子供の頃から耳にしていました。ブラックホールと共に神秘的な言葉で、この単語を耳にするとワクッとします。

ちなみにビックバンとは宇宙開始時の爆発的膨張のことを指し、宇宙は非常に高温高密度の状態から始まり、それが大きく膨張することによって低温低密度になっていったとする理論の元に立ちます。

今回聞いた話ですと、現在の地球に届いた光の光度と周波数、それと光の速さと宇宙膨張の速さを加味することにより、X億年前は何度だった!と計算を行うそうです。現在では理論的に導き出した仮説と観測データは一致しているようで、この考え方によって、宇宙誕生後1秒後以降に何が起きたのかまでは解明されてきているようです。

 

そして、やはり気になるのは、最初の高温高密度状態はどこから始まったのか?というお話。

そこも徐々に解明されつつあり、現在有力な理論は日本の佐藤勝彦東大名誉教授らによって提唱されたインフレーション理論とのこと。インフレーション理論とは、最初は真空のエネルギーだけが存在し、それが相転移することで高温高密度の状態が発生したという考え方です。これも証拠がかなり揃ってきているようです。

 

だから、真空状態→インフレーション→爆発的膨張(ビックバン?)→今ここ、という部分は理論化されているようです。

 

今、ここで(ビックバン?)と書いたのですが、ここに面白い話がありました。

この絵を見てください。先ほどの膨張宇宙のイメージを描いている内容ですが、ビックバンは一番左の起点でその隣の膨張直前の状態にインフレーションの記載がありますね。NASAのホームページでも似たような絵で示されています。

 

当初、ビックバンは「宇宙の始まり」と「宇宙開始時の爆発的膨張」の2つの意味合いが入っていたのですが、その後にビックバン理論の未解明点を解決すべく様々な研究がなされて、あとからインフレーションの存在なども発見されてきたという歴史的背景があり、今も名残で「宇宙の始まり」的な意味合いとしてビックバンを起点として使われているのではないかという話でした。

 

言葉の定義は曖昧な事柄が実証データや多くの人の対話を通して行われるものですので、人類が進化を感じる瞬間であります。インフレーション理論がノーベル賞にでもなった時には言葉の再定義もされるのでしょうか。この前進している感じはワクワクします。

 

その他にも、宇宙誕生自体と同時に、暗黒エネルギーや暗黒物質の存在など、まだまだ未解明なものが多いとのことですが、生きているうちにどこまで解明されるのでしょう。このワクワクを提供してくださる研究者の皆さんには、ありがとう!と思わざるを得ません。

”イノベーティブな”アイデアが出ないと嘆きたい時には

Written by 星野 雄一 on 2019-10-15

事業変化のスピードが早くなり、既存事業の次の一手を常に考えておく必要がある現代、各社様々なイノベーション創出に向けた取り組みに取り組んでいる。ワークショップをやったり、研修をやったり、提案制度を整えたり。ただ、様々な取り組みを行うものの、なかなか期待するような”イノベーティブな”アイデアが出てこないという声も耳にする。

これには様々な要因がある。そもそも今まで既存事業にしか取り組んでいないので社員のスキルが不足しているケース。こういった場合はトレーニングも効果的であろう。また、パッションの有無が論点になるケースもある。当面順調なビジネス環境にいたり、過去の成功体験が強い組織では新しいことを生み出すパッションの源泉が薄くなるのはある意味必然とも言える。

また社員が忙しすぎて…と嘆く人事担当者の声も聞く。これは本業がある中で片手間でもいいからとアサインされていて、当たり前だがイノベーション創出に時間を掛けることができないということだ(まあ、パッションがあればやれるという考え方もあるが)。

 

ただ、パッションもあってスキルも勉強し、時間も作るが、”イノベーティブな”アイデアが出ないケースも目にする。

 

この原因として強く感じるのが、各社員の体験の幅の狭さだ。いくら思いがあって、優秀で、スキルを身につけても、いつもと同じメンバー、いつもと同じ顧客、いつもと同じ仲間、そして同じ通勤経路という環境の中で生活していたら、発想の転換は難しい。新結合の結合ネタがないのだから。

 

会社を愛していたり、自社商品を愛している人はある意味危険だ。愛しているがゆえ、そのコミュニティの中は居心地がよく外に出ず、そのプロダクト周辺の情報だけを自然と収集してしまう。

 

では、どうすれば良いだろうか?

 

 

イノベーションDNAモデルに拠れば、イノベーターの行動特性の一つとしてネットワーク力というものがある。これは人脈を広げるといった実行志向型の考えではなく、発見志向型のネットワーキング行動だ。自分とは違う人がいるコミュニティに向かって、いつもと違うものを発見する。

また実験力も欠かせない。気になったら、いや、気にならなくても、やってみる・体験してみることが後になって利いてくる。

 

百聞は一見にしかずとはよく言ったもので、自ら体験したものから得ることは多い。

 

 普段会わない人達と会う
 行ったことない場所に行ってみる
 今までと違う仕事をやってみる
 違うカルチャーの会社で働いてみる
 違う成長ステージの会社で働いてみる

 

これらがあとで繋がる。

スティーブ・ジョブズが「将来をあらかじめ見据えて、点と点をつなぎあわせることなどできない。できるのは、後からつなぎ合わせることだけだ」と言ったように、その時というよりも、後になって繋がっていたり、活きてくるものだ。

ネットで何でも検索できる時代だからこそ、他者と異なるイノベーティブなアイデアを創出するためには体験することだけが唯一の武器となりうる。だからこそ企業はイノベーション人材を育成するため、人事制度として、今まで取り組んだことのないことをやるための休暇制度や補助金制度に着手するのも良いのではないか。残業削減ではなく、社員の時間の使い方を変える機会を作り、イノベーション文化を育むことこそ働き方改革なのではないだろうか。

 

また子育ての目線でも取り組めることがあるはずだ。子を持つ親の皆さんは、我が子がこれからの時代を生き抜く人間になるよう様々な体験をさせているように見受けられる。ただ、子供のスキマ時間をどんどん奪うよりも、自らが今の時代を生き抜こうとする姿を魅せる方がパワフルではないだろうか。親が新たな体験を楽しんで(特には苦しみ)いる姿を見せ続けることこそが子供にとって将来にわたり影響を与える重要な体験だと言える。

 

社員が、自分が、”イノベーティブな”アイデアが出ないと気づいた時はチャンスである。
今こそ、普段と違う行動をしてみてはいかがだろう。 Do Something Different!!

イノベーターは育成できるのか? 人間社会のジレンマ

Written by 津嶋 辰郎 on 2019-10-08

  

ここ数年は特に企業としては新しい事業を、そして国として新しい産業を創出するためにイノベーター、アントレプレナーの創出が喫緊の課題として注目されている。


果たしてイノベーター、アントレプレナーは育成できるか?

 

の問いに多くの人々が頭を悩ませている。

  

私も前職から十数年にわたって、社会人になった大人だけでなく、大学生や小学生を対象にしてこの問いに向き合ってきている。ただしここで言っているレベルは、GAFAの創業者のような振り切った存在の育成ではなく、そこまで大きくなくとも新しいビジネスを発案し、それを形にしようと努力し、やり遂げられる人材も含んでいると考えていただきたい。


この探索過程で国内外の多くの取り組みを調べ、また自分達が良かれと思うものを実践し、試行錯誤する中で、どうやらこの問いは一般論で語るのはではなく、”現代の日本において”という制約をつけることで、問題を明確化することができると気づいた。


そして現段階の私なりの答えは、


本人が望んでいるならば、現在の教育システムおよび企業システムから隔離することで、ある程度のレベルまではできる


となる。

現在のこの手の議論や取り組みの多くは、教育プログラムな思考を補助するメソッドの習得に殆ど注力されている。しかし、現実に現場で起こる問題は、どんなに創造力や思考力、そして自己肯定感を高めるようなプログラムや刺激を施したとしても、そうした能力が高められた子供達や大人が生きていくことになる、家庭を始め、教育機関、そして企業という社会基盤に受け入れのための準備ができていない。


結局、どんなにこうしたプログラムやメソッドを施したとしても、古い考えから脱せられない両親や親族、教師や校長、そして上司や経営者に触れることにより、すべてリセットされてしまうのである。

このことは、まだ自ら一人で生きていく力を持たない教育を受けている、または雇われている立場にとって、社会や組織に適合していくためには、非常に合理的は選択である。文化人類学者、心理学者、行動科学者が行ってきた様々な研究結果にも現れている人類が進化の過程で身につけてきた根源的な生存本能にからくる、生き残り戦略としての行動特性と考えてもごく自然な結果である。


そしてこの人間社会のジレンマとも言える問題は、クリステンセン教授がイノベーションのジレンマで語っている既存事業と新規事業を両立させることの難しさと同義であり、既存の仕組みから隔離するという手段も企業内で新規事業を成功させるための要件そのものである。

しかし、これは日本に限らず現在の先進国の一般家庭に生まれ育った場合、意図して生活環境を作らない限り、殆ど実現不可能な要件ではないか。そして実際その選択肢を提供できるのは、社会における生活基盤を実質的に支配している、


家族、教育者、経営者のみである


つまり育成のために変わらなければならないのは、育成する側の人間であり、その集団が構成している社会なのである。しかし、なぜこうも当たり前のことにもっと早く気づかなかったのだろうかと思う。残念ながらこの前提にたたず、進められている取り組みの殆どは徒労に終わる可能性が高い。

 

 

どうやら我々は、その本質的な実現手段を考えるより、自分にとって与えられた範囲で、または実現できる範囲の中での手段で考えた方が合理的と感じるのが本能のようだ・・・そしてこれは今の人類の認知としての限界であり、より良い未来を創るために機械に支援してもらう必要がある領域なのかもしれない。

そしてこの二元論では解決できない社会を作りたいと考えるモチベーションが東洋思想に熱い視線が注がれつつある根源ではなかろうか。

人材育成のジレンマ

Written by 津田 真吾 on 2019-09-24

先日、業界でも有名な人事の専門家に会った。物言いは端的で、一瞬造詣の深さだけでなくビジネスに対する情熱が感じられる。所属するのは世界的に名の通ったというより、皆が憧れるような企業で、業績も悪くない。

その方は、「イノベーションが足りない」と言い出した。社員は優秀だが、既存業務を遂行することにばかり意識が向かっていると言うのだ。

そして、社員のマインドセットを変えたい、と。

もっとオープンに発想アイデアを出し、工夫をして、会社を変えてほしいと。

私はそこで「もしかしたら社員は、わざわざアイデアを出さなくても仕事が回るんじゃないですか?」と尋ねた。

さすがに優秀な方で、ピンと来たようだ。

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高度にトレーニングを受け、業務効率の高い仕事を継続的にしてきた社員の多い会社では、トレーニングを受けたこと以外のことは「やるべきでない」「やると非効率だ」「やったら怪我をする」と現場は考えていることが多い。

優れた会社であればあるほど、業務の仕組みの完成度は高い。つまり、業務は細分化され、専門的な担当者が作業をすることでバケツリレーが完成し、高品質な製品やサービスが顧客に届く仕組みになっている。

バケツリレーでは、一人一人が持ち場を離れず、最少の動きで次の人にバケツを渡せるように淡々と動くと最も効率が良い。この動きが最適化されることが多くの事業の目的になっている。

「イノベーションのジレンマ第5原則」組織の能力は無能力の決定的要因になる と書かれているバケツリレーで火を消していた人たちは、ポンプとホースがあっても対応が遅れるし、「消火器を探して持ってくる」という優れたアイデアも黙殺されてしまうのがオチだ。

イノベーションの第一歩は消す火を探すこと

バケツリレーに喩えると、イノベーションとはまず消すべき新たな炎、つまり解決すべき新たな課題を見つけることから始まる。そして、その火は持ち場をある程度離れないと見つからないものだということに気づく必要がある。

クリステンセンらは、『イノベーションのDNA』という書籍で多くの起業家やイノベーターと呼ばれる人たちを研究した結果、彼らは「発見力」が著しく高いことを発見している。

「発見力」というのは単に物事を注意深く観察することを指しているのではない。新しい人と会い、新しい業界を眺め、新しい問いを立て、新しい実験をして見る必要がある。

もちろん、これらの行動は一人一人の個人が取るものだ。元々、これらの新しい行動を積極的に取る行動特性を持つ人間も存在する。(それを測るにはイノベーターDNA診断が有効)

しかし、この人事責任者がそれまで気づいていなかったように、「持ち場を離れにくい」仕組みが出来上がっている状態では、マインドセットを変えろと言っても掛け声で終わってしまうのも事実だ。だから、多くの発想力強化ワークショップはその場だけ盛り上がって失敗するし、アイデアコンテストもアイデアを集ったあと、行き場がなくなる。

持ち場を離れられるのか?それが許されるか?

大企業からイノベーションが生まれやすい風土を作る第一歩は、アイデア出しワークショップをやることでも、オフィスレイアウトを変えることでもない。シリコンバレーに行くことでももちろんない。

イノベーションを社内から起こしたくても苦労している企業は多い。ほとんどの企業ではすでにワークショップを複数回開催し、アイデアコンテストも開催している。それらの企業の共通している問題は、「持ち場を守りながら」やっていることにあるのだ。

バケツリレーの持ち場を守りながら発見できるような課題はほとんどないし、あっても小さなアイデアになりがちだ。しかも業務外で素晴らしいアイデア出す人にも時々出くわすが、アイデアの評価者は現状の持ち場を守りながらの評価をしてしまし、ボツ案として葬られる。

なので、こうした企業ではまず「持ち場を離れて」問題を発見することから始めることを勧める。Get out of the building! というわけだ。もちろん、ジョブ理論のような発見手法があると、はるかにチャンスは見つけやすくなる。

スキル獲得のジレンマ

話はそこで終わらない。
組織が、個人のタガを外したとしても、人は得意なことをしたいものだ。つまり、引き続きバケツを受け渡し続けることを選ぶ可能性が高い。スキルが高いことが、イノベーションを阻害することになる。“組織の能力は無能力の決定的要因”であったように、個人の能力も無能力の決定的な要因となり得ることに注意したい。

私たちも、つい「強みを活かす」ことを志向してしまいがちだ。いまの強みを最大限に利用することを目指してしまうが、強みを使っているだけでは、その領域のみで狭い能力が高まるだけで、他の能力については一切開発されない。

このジレンマにも処方箋はあると考えている。

破壊的イノベーションが未成熟な技術や市場から生まれるように、スキル獲得も未成熟な領域に注目し、踏み込んでみるのだ。先人がいない、または少ない領域ではすぐに一流のポジションを築くことが可能になるだけでない。ゼロから始めることで伸びしろも大きい。何よりも、先人がいなければ教えてもらうわけにいかない。つまり「教えてもらう」から「自ら学ぶ」マインドセットを醸成することができるのだ。