微分って将来役に立つの?

Written by 津田 真吾 on 2021-10-13

「歴史の年号を覚えて将来の役に立つの?」

「π(円周率)って社会に出て何か役に立つの?」

って、時々子供に聞かれませんか?そもそも自分自身が勉強が嫌になって「こんなの役に立つのかな?」なんて疑問に思ったことがあるかもしれません。

先日、テレビのバラエティー番組で円周率が役に立つ場面が紹介されていました。一見無駄な小数点以下が無限に続く無理数πが日々役に立つ場面として、ケーキ屋さんで丸いケーキの側面を囲うフィルムの長さを測ったり、美容院で髪の毛を巻く時のカーラーの径を測るシチュエーションなどが紹介されていて、なるほどな~なんて一瞬納得したものの、じっくり考えてみるとちょっとモヤモヤが…

「学校で習うけれど社会に出て一番役に立たない知識ランキング」があるとすれば、πよりもきっと微分・積分は上位にランクインしそうなのですが、微分、これはとてもとても役に立つんだと強く反論したいです。

医療崩壊を防ぐための微分

病院には限られた数のベッドしかなく、それ以上の患者がいると診てもらえません。治療さえ受ければ治るけれど、治療がなければ亡くなってしまうような病気もあります。そのような事態を防ぐため、緊急事態宣言が敷かれ、「新規感染者数」が日々管理されています。「新規感染者数」が増えているかどうか、減っているかどうかを私たちはとても気にしています。新規感染者がゼロでない限り、患者は増え、ベッドを使用してしまうにも関わらず、新規の感染者が減っていれば安心し、増えていれば不安、というお馴染みの構図です。

これはなぜかというと、入院者数だけを見ていると「対策が遅れる」からです。ベッドが埋まりきってから対策をしても遅すぎます。入院者数が増えていれば、ベッドに余裕があってもいずれは埋まってしまいます。そのため、入院者の数を微分した新規の入院者や感染者を見る必要があるのです。さらに、増え方の増減、つまり患者数を2回微分した数も見ることによって、「先行指標」を手に入れることができるのです。

売上は遅行指数

同じように、売上というのは一定期間(大抵は1年間)に会社が売り上げた金額です。売上から費用を引いた利益に対して課税されますので、売上や費用の管理については義務づけられていますし、売上から利益を計算するP/L(損益計算書)は経営の基本とされています。しかし、この通りに売上で自社の管理を行っているとすれば、これは大きな間違いかもしれません。1年経って予定を下回っていれば、すぐに対策をしたとしてもその結果は1年後にやっとわかる。仮に月次で売上管理を行っていたとしても、1カ月単位での改善しか望めません。

そこで微分の登場です。売上という遅行指標に対応する「先行指標」を手にいれることで一気に有利に立てます。実店舗なら来店者数の増減、オンラインなら新規ユーザー数、B2Bなら新規リード数などをウォッチしておくとよいでしょう。

チャーンとは

実は最強の先行指数は「Churn = チャーン」なのです。Churnとは見慣れない英単語ですが、攪拌するという意味から転じて顧客の離脱を指すようになりました。これは特にSaaSのようなサブスクモデルにおいては重要な変化率を表す数字です。例えば、テレビCMをきっかけに新発売された商品を購入しても、期待したジョブを解決してくれなかったために、使わなくなったり、捨てたりしたモノありませんか?このようなとき、一旦は売上があがったとしても、チャーンが発生し、もう二度と顧客化が望めない状態を作ってしまいます。逆にチャーンがゼロ、つまり一度購入した顧客が離脱しない状況を作り出すことができれば、新規を獲得した分だけ純増する状態になります。微分最強。

それって役に立つの?って次聞かれたら

微分はその中でもかなり強い部類に入りますが、一見役に立たないけれど将来のカギを握るようなことは他にもたくさんあります。学んだときにはメリットが感じられなかったとしても、スティーブ・ジョブズがかつて「Connecting Dots」と呼んだように、後になって断片的な知識やスキルが繋がるということは珍しくありません。なので、次、子供に「~って役に立つんですか?」って聞かれたらスティーブ・ジョブズのスピーチを引用するかもしれません。

ワクチン接種率からみるイノベーター理論

Written by 津田 真吾 on 2021-09-27

「イノベーター理論」と「キャズム」

新型コロナのワクチン接種のグラフを先日眺めていたら、きれいなS字を描いていることに気づきました。

新しい解決策が世の中に受け入れられ、普及するのには時間がかかります。一部の新しいもの好きはすぐに採用しますし、もっと遅い人もいます。ロジャースという社会科学者の研究によって、この採用スピードは正規分布し、採用率をプロットするときれいなS字を描くことがわかりました。例えば、日本におけるテレビの普及曲線はこのようになっています。

wikipedia commons https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Television_penetration_rate_in_Japan_from_1957_to_2015.svg

その後ジェフリー・ムーアはハイテク商品を世の中にローンチしても、売上が伸び悩むことが多いことに気づきました。市場浸透率16%あたりになると、まるで、深い谷=キャズムがあるかのような現象が頻繁に起きたのです。その「キャズム」を超えるためには、アーリーアダプターたちから学びながら、製品の価値を見直したマーケティング活動が必要だという理解は、ハイテクやスタートアップ業界にいる方は一度は聞いたことがあるのではないでしょうか?

ワクチンも解決策の普及曲線に乗る

COVIDのワクチンも同様に普及するのではないかと考え、キャズムは存在するのかどうかなどを確認したくなり、https://ourworldindata.org を調べてみることにしました。そうして接種率のカーブを見ると、きれいなS字カーブを描いているように見えます。積極的に受けた人もいれば、周囲の様子を見ながら接種した人もいますし、まだもう少し様子見を決めている人もいるとすれば納得です。例えばヨーロッパ各国の接種率のカーブは図のようにS字曲線を描き、累積正規分布曲線の形になっています。啓蒙やインセンティブの強弱は国ごとにあるかもしれませんが、国家権力が各自に無理やり注射してまわれるわけではないので、国民が接種を「採用」していると(マクロでは)見なすことができそうです。

https://ourworldindata.org/ より

このグラフから、欧州では子どもやアレルギーなどによって摂取できない人もいることを考えれば、約1年くらいかけて接種が進むのではないかという予想がつきます。

日本を含む他の国はどうかと見てみます。早い対応で有名なイスラエルは打ちたい人には行きわたり、60%で頭打ち、アメリカももうすぐ約6割で頭打ちしそうな勢いですね。シンガポールは接種完了率が8割を超えたと発表していますが、6月ごろ踊り場があったようなグラフになっています。これはワクチン確保数に目途が立ち、対象年齢を下げたためだと思われます。世界各国の接種状況についてはニューヨークタイムズもまとめていて、きれいなS字曲線がたくさんあることが分かります。

我が日本については、開始タイミングが遅いものの、その後は順調に立ち上がっている様子が見て取れます。「世界最速」という評価のようですが、これはワクチンの供給能力はもちろんのこと、個人の接種に出向くスピードの両方にも依存します。

https://ourworldindata.org/ より

さて、ここで一つ疑問が持ちました。日本はTechnology Adoption、つまり採用速度が遅いのではないか?と考えていたからです。十分なワクチン供給量があったとしても、接種には消極的な人が多く、まわりの様子を伺いながら徐々に接種が進むのではないかと予想していたのです。

国にもイノベーターやアーリーアダプターがあるのでは?

そこで、国民がワクチンを採用するスピード同様に、国家自体がワクチンを配るスピードにもイノベーター理論が適用できるのではないかと考えたグラフがこちらです。

http://ourworldindata.orgのデータから著者作成

国民の5%が完全接種(ファイザー・モデルナの場合は2回接種、J&Jなどは1回接種を指す)を達成した日にちをプロットすると、概ねS字カーブになります。つまり、国の大小はありますが、国家として「ワクチンを配る」という決定を行い、予算を確保したり、国内で必要な法整備をしたり、ロジスティクスを検討したりなどの準備スピードは、まさに普及曲線同様になるということです。25%や50%の曲線も示しましたが、割合が高まるにつれて人口、ワクチン量の確保、国民への啓蒙やインセンティブの提供などロジスティクス自体の影響が大きくなると思われますが、ほぼ右にシフトしたような曲線となっています。

5%の接種率においても25%においてもイスラエルが最速で、50%接種率ではジブラルタルにわずかに先を越されています。日本は5%接種率では67位、25%では49位、50%接種率では41位という順位になり、レイトマジョリティということになります。この「レイトマジョリティ」というのは私たちの(特に最近の)国民性として肌感覚に合っているのではないかと思いました。

http://ourworldindata.orgのデータから著者作成

現在38か国が加盟しているOECDの中で比べると、ワクチン接種着手を示すと思われる5%接種率では36位、25%では30位、50%においても少し挽回して25位という順位になっています。すなわち、先進国の中ではラガードとも言える属性となります。

だから何なのか?

もともと私は日本と他国で比較するとTechnology Adoption、つまり採用速度が遅いのではないか?という仮説を検証しようと思ってデータを見始めました。断っておくと、ワクチンに限って言えば、私は決して日本は遅くてダメだと言いたいわけではありません。まずこれらのデータが示唆する2つの特徴について述べておきましょう。

1つ目は、ワクチンを国民に配り始めたタイミングが他国と比較して非常に遅いということです。理由はたくさんあると思います。「確実に効果を確認したい」「リスクを知ってから判断したい」「きちんと国民に配れることを検証したい」「十分なワクチンを低価格で入手したい」「(ラガードである)一部の人たちへの配慮」…。これらの理由は、最近までガラケーを使い続ける理由とさほど変わりません。良し悪しではなく、国としてリスクを最小化したいのだと思います。

2つ目は、国としてワクチン配布を開始してからは、他国と遜色ないどころか早いスピードで普及したことです。すなわち、国民一人一人はさほどリスクを避けたいという性質を持っていないのではないかということです。需要サイドだけでなく、提供側のロジスティクスの優秀さや、オペレーショナルなスピード感も高いと言えますが、私たちはさほど国から強制されていないワクチンを、「メリットがありそう」だという理由で、受けるという選択を次々としているのです。

これらの2つのポイントから、日本国の意思決定はとても遅いが、国民はのんびりしているわけではなくむしろ早い方だ、と言えます。私はワクチン学者ではありませんが、イノベーションに関わってきた身として、イノベーションの競争に勝つには前者のポイントを殺しながら後者の強みを生かさないといけないと強く感じました。

さて、ワクチンだからまだ良いが…

今回は新たに開発されたようなmRNAワクチンということもあり、国民の安全を慎重に検討したとすれば、人命にかかわるだけに遅いこと自体は悪いことではないと思います。

しかしCOVIDのワクチン接種率だから良いものの、これが例えばAIやドローンの産業活用だとしたらどうでしょうか?新薬の開発だとしたら?産業を大きく変える可能性のある技術に関してはスピードが命です。新しい技術を目の前にしたときに、ついネガティブでリスクを取り上げる議論ばかりになってしまっていないでしょうか?

ワクチンに関しては、メディアがリスクばかりを報道するという批判があります。また、官僚組織による議論もスピードを下げる要因の一つでしょう。しかし、そればかりだとも思えません。実は、クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』にも書かれている合理性の罠も関係があるのではないかと考えられます。その罠とは「存在しない市場は分析できない」というものです。これが意味するところは、新しい技術によってもたらされる新市場の規模は不確実性が高い一方で、投資によって失うものは確実なので、比較分析をすると「確実に損をする」と結論してしまうことを指します。今回のワクチンで言うと、人命を失う損失は具体的に予想ができる反面、接種による経済的なメリットなどについては「やってみないと分からない」「怪しいそろばん勘定」になってしまうことと同じです。さらに行動経済学における「損失回避のバイアス」もあり、とかく私たちはロスを最小化したくなる傾向があることも忘れてはいけません。このバイアスは日本人に限らず、誰もが持っている心理的なバイアスです。合理的な検討や議論が仮に行われていたとしても前例主義的になってしまう傾向があるのです。

イノベーションの競争に勝つには、この傾向は致命傷となりえます。有限・確実のデメリット無限・不確実なメリットを比較するときはイノベーションのジレンマとも言える議論の罠を避け、デメリットの最小化とメリットの確実化に向けた行動を取るべきなんだろうと、きっとクリステンセンさんも同意してくれると思います。

ソフトウェアはアナログな方がいい

Written by 津田 真吾 on 2021-09-02

ソフトウェアはデジタルなものだと思われがちですが、必ずしもそうとは限りません。

むしろ、ソフトウェア化することで、よりアナログで使いやすくなるケースは数多く存在します。3つの例を挙げてみたいと思います。

分け隔てのないNOTE

まず、NOTEです。
NOTEには“柔らかい”文章がたくさんありませんか?そして、まるで「プロ」のようなエッセイや小説が無料で読めます。もちろん、課金しないと読めない「プロ」が書いた作品もありますが、「アマチュア」が稼ぐことも可能だし、「プロ」が無料で作品を提供することもできるのがNOTEです。

例えばこんなエッセイにも出会えます。

今週末の日曜日、ユニクロで白T買って泣く|しまだあや(島田彩)|note

今週末の日曜日、私はユニクロで泣く。 いつも行く、イオンの4階に入っているユニクロで。きっと、震えながら白のエアリズムコットンオーバーサイズTシャツ(5分袖)を手に取って、泣く。 何の話か全くわからないと思うけど、今、たった今3時間前に起きたことを、心臓をばくばくさせながら、今日は書く。 …

以前は、アマチュアはアマチュア、プロはプロの場が用意されていました。NOTEは読者の心を捕まえることができれば稼げる仕組みがあるため、プロもアマチュアも利用しており、アマチュアの無料作品であっても先ほど挙げたような素晴らしい文章に出会うことも珍しくありません。稼ぐ仕組みだけではありません。記事を書く入力画面もシンプルで、コンピューターを扱いなれていなくても記事を書いて公開することができるのです。

NOTEはブログのようではありますが、記事を書いてデザインを整えるのはちょっと面倒かもしれません。課金となるとさらにハードルが上がります。

改めて考えてみると、執筆者はインターネットによって多くの読者に作品を届けやすくなったものの、(プログラミングよりははるかに易しいけれど)コンピューターに向かって指示をするという感触は拭えていなかったのかもしれません。NOTE登場前の多くの執筆ツールはHTMLやMarkupなど、人工言語を書く延長線に自然言語を書くUIができていた気がします。それに対し、NOTEはコンピューターに向かってではなく、読者に直接向かうことができる、趣味の物書きとプロの物書きを分け隔てしないプラットフォームだと思うのです。

AI受診相談ユビーは「医療」と「それ以外」を分けない

日本には国民皆保険制度があり、私たちの医療費の7割は健康保険でカバーされます。しかし、どこからが「医療行為」なのかは明確に線引きがされていて、ままずは医師という専門家の「診断」を受けることで医療がスタートします。診断の結果、病名が決まり、治療が始まります。

実は「診断」を受ける際にも苦しみがあります。病院に行って診察をしてもらうのに、移動時間や交通費に加え初診料が必要です。しかも移動中や病院で新型コロナやインフルエンザなどの感染症にかかるリスクも気になります。子供にはもっと感染力の高い病気が多く、子供を持つ親なら子供を連れて病院に行くべきかどうか悩んだことはあるのではないでしょうか。医師の診断を受けにいくかどうかという健康上の判断を、医師ではない私たちが決めないことには始まらないのです。ググれば良いと思っているかもしれませんが、インターネット上の情報には怪しいものや、誤った情報も見受けられたり、正確だが難解な情報も混在していて、躊躇します。

こうして考えると、普通の生活を過ごしている状態と「医療」は連続しているのにもかかわらず、「受診したかどうか」で区別される大きな隔たりがあります。

AI受診相談ユビーは、その隔たりを取り除き、信頼できる医学情報から自分や子供の症状と病気の関連を調べてくれます。なんとなく感じる不調が、シリアスな病気と関連しているか、受診するならどの診療科なのか、というファジーな状態が、デジタルに「医療」か「それ以外」に分断されてきた世界を優しくしていると感じます。

MENOUは忠実に学ぶ

ものづくりの現場で、製品出荷前に行われている検査が未だに人海戦術に頼っていることをご存じでしょうか。しかもそれぞれの製品を構成する何点もの部品も、部品メーカーにとっては「製品」ということになり、同じように外観検査が行われています。最終検査だけでなく工程中にも品質管理のための検査が何重にも行われていて、多くが目視によって行われているのです。

これらの膨大な検査を少しでも省力化するために、コンピューティングが用いられてきました。コンピューターに置き換えることで作業員の疲れを気にせず24時間正確な検査を続けることができるようになりましたが、検査項目を「輝度」や「コントラスト」などといったデジタル値に翻訳してあげる必要があります。さらに、外観検査員とプログラマーとの間でも翻訳作業が必要です。外観検査員、プログラマ、コンピューターという二重の翻訳ロスが発生するのが問題でした。この翻訳作業が必要なため、「なんとなく汚れている」とか「全体的にいびつ」といった現場感覚による検査を自動化するのは至難の業で、不可能だと諦める企業も多数です。なんとか諦めずに多くの試行錯誤の末、満足のいく検査ができたとしても、そのころには製品のモデルチェンジなどで不要となってしまいます。

ディープラーニング技術の登場で「輝度」「コントラスト」などのデジタル値への変換は不要になりましたが、製造現場をあまり知らないAIベンダーとの翻訳作業は本当に大変です。ましてやAIを売りたいベンダーです。甘い言葉と甘い見立てを信じて購入した数千万の画像検査装置が使い物にならないといった惨状を幾度となく見聞きしました。

MENOUが開発したMENOU-TEは、もちろんディープラーニング技術を用いていますが、現場の検査員から直接その検査方法や検査基準を学び取れるという特徴を持ちます。新人の検査員を指導するときのように、「この辺を詳しく見て」「こういう欠陥を探して」「欠陥がこのくらい大きかったらNG」といった思考回路のままにAIモデルを組み立てることができます。喩えて言うと、OK品とNG品の画像を大量に渡して「NG品を検出してね」と乱暴に学習させていたのが従来のディープラーニングであったのに対し、少し丁寧なアプローチです。MENOU-TEを用いることでベンダーに頼ることなく現場の検査技術を反映したAIを作り、少ない画像で学習ができるようになります。

マジックアワー

白か黒か、あえてデジタルに白黒をつけて処理することでシステムの効率化を図ることは多くの場合有効です。ですが、過去に導入されたシステムには当時の状況や技術的な制約から白と黒が分かれています。だからといって、そのままである必要はないと思うのです。白黒の境目をそのままに新しい技術を導入することは、まるで白黒写真を再現するためにフルカラーの信号を1ビットに減らしたり、DXと称して紙の帳票をITツールに置き換えたりするようなものです。今の技術レベルやジョブに合わせて問題解決の解像度も高めたいものです。

このように、白とも黒とも言えない色をなるべく実態のままとらえるサービスは人に優しいのではないかと思います。ソフトウェアは機械を動かすための道具ですが、私たち人間にとって意味のあるものであり続けるには、なるべくアナログな方が良い。デジタルの対義語はアナログではないのです。

余談ですが、このブログのタイトルと「マジックアワー」としたのは昼と夜の間のグラデーションに存在する、彩りある未来をつくっていきたい。そんな夢を表しています。

奇跡の花畑、町のシンボルを生んだ農家の決断

Written by 山田 竜也 on 2021-08-16

夏の北海道、富良野、と言えば、ラベンダー!
すっかり夏の北海道のイメージとして定着した感のあるラベンダーですが、
町のシンボルが生まれるまでにはドラマがありました。
 
富良野と言えば、ラベンダーよりも「北の国から(脚本:倉本聰、1981年10月9日から放送)」が浮かぶ人も多いと思います。私も、まさに、「北の国から」世代です。
 
古き良き80年代の人間ドラマに胸を打たれますが、
倉本聰氏が制作に至る背景には、
この土地に住む人達への、農家への強い尊敬の念があったようです。
 
企画書の中にはこんな言葉があります。
「僕らは東京(都会)の暮らしの中で
 不便さを金で解消しようとする。何か
 困ったことが起きた時、それを、誰か
 に、金を払って解決してもらう、そう
 いう生活に馴らされてしまっている。
 ・・・
 此処の人たちは自然の脅威を知って
 いる。人間が自然の小さな一部にすぎ
 ないことを明らかに肌で知っている。
 だから物事に謙虚である。都会に
 住むものの傲慢さを持たない。」
 
ドラマの名シーンを彩るラベンダー、町のシンボルとなったラベンダーですが、
ドラマの始まる6年前に存続の危機があったそうです。
そして、その危機を乗り越えるきっかけを作ったのは、自然の脅威とは異なる、世の中の変化の脅威に、信念を持って謙虚に、粘り強く耐え続けた農家の決断がありました。
 

 
元々、富良野のラベンダーは1937年(昭和12年に、香料会社がフランスからラベンダーの種子を入手し、千葉・岡山・北海道で試験栽培を行い北海道が生育の適地と分かった事から始まりました。最盛期には、上富良野町で85ha、全道では235haにもなったそうです。
戦後、天然香料の輸入再開や化学技術の発展により合成香料が安く手に入るようになり、価格競争に勝てず、ラベンダー栽培面積は減少の一途をたどりました。上富良野町では最後まで香料会社との契約栽培が続きましたが、1977年(昭和52年)に香料会社のラベンダー油の買取が打ち切られ、ラベンダーの農業作物としての生産は終わりとなったのです。
 
多くのものが天然素材から化学合成へと置き換わっていきます。機能的な面だけを考えるとこの流れは変えられません。もちろん化学合成品が天然素材の完全な上位互換という訳ではありませんが、多くの人が消化出来る(理解できる)性能差のレベルでは、より手軽で安価な方への流れを止めるのは難しいでしょう。
 
しかし、こうした苦境の中、畑を守る決断をしたのが、ファーム富田のトラディショナルラベンダー畑です。
 
 
この決断の翌年、1976年(昭和51年)国鉄のカレンダーで中富良野町北星のラベンダー畑が全国に紹介、1977年(昭和52年)には上富良野町東中のラベンダー畑が北海道新聞に掲載され、それ以来観光客が訪れるようになりました。
 
元々は香料の原料として栽培されていたラベンダー、合成香料の発明により、機能的なジョブの解決としては役目を終えました。
しかし、”機能的ではない農作物の価値”として、「夏の風物詩を味わいたい」「商品の背景にあるストーリーを楽しみたい」というジョブや「有名な観光地は押さえておきたい」という社会的なジョブをも解決し、観光農業として新たな発展を遂げました。
 

 
機能的なジョブの解決策として、育てていても、作り手には商品に対する感情的な思いが生まれます。この思いに固執し過ぎて、新たな価値を発見できないと、イノベーションのジレンマに嵌ってしまいますが、顧客のジョブの変化を捉え、新たなジョブに新たな価値提案で解決策を描ければ、愛する商品を守りつつ、より多くの人に、より商品に根ざした価値を届ける事が出来るかもしれません。
 
多くの場合、ジョブは機能的な問題解決から始まり、より感情的、社会的なものへと変化していきます。以下は働く環境におけるジョブですが、このコロナ禍で、多くの方が実感したのではないでしょうか。
 
 
冒頭の写真の美しい畑もいちどはトラクターで地面に鋤きこまれてしまう運命にありました。そんな中、粘り強く耐え、新たなジョブと出会えた事により、今は、それまでとは全く違った形でより大きな価値を見出しています。
 
もし、既存のジョブの解決での事業の成長に限界を感じているなら、視野を広げて見てはいかがでしょうか。
物質的な豊かさをある程度享受出来た世界では、機能的なジョブだけではなく、より感情的、社会的なジョブにこそ可能性があります。
そして、愛する商品や技術を救い、新たな価値を生み出す可能性が見つかるかもしれません。

言葉が世界観をつくる

Written by 山田 竜也 on 2021-06-14

5月の連休前に子供が通う小学校で、全校児童に一人一台タブレットが配られた。まだオンライン授業的な使い方はされておらず、動画見たり宿題のドリルを解くくらいだが、色々触りながら使い方を覚えている様だ。
おそらく、子供達は多くの親より早く使いこなせるだろう。まさに、習うより慣れろを実感する瞬間だ。
 
先日、お絵かきツールでカラフルな同心円の模様を描いていたので、聞いてみた。
「きれいに描けてるね、この色はどうやって選んだの?」
「タブレットから出てきた」
「(カラーパレットの順番なのかな・・・)どうして出てきた順に選んだの?」
「きれい好きだから」
「???」
 
頭の中に?マークが浮かびながら
ここで頭ごなしはいけないと思い、彼の世界観を除いてみた。
「きれいってどういう事?」
「きれいには二つあるんだよ」
「汚れているのをきれいにするの、きれいでしょ」
「後は・・・」
 
言葉が出てこなかった様なので、こちらから質問をしてみた。
「整理されている、整っている?」
「きちんと守っている事」
 
どうやら、規則やルールを守る・従うという事も、彼の世界観の中では”きれい”と定義されている事が分かった。
クリーンな政治家といった文脈なら、理解できなくもない意味のチョイスだが、当然そんな文脈を知っているとは思えない。
改めて、単語は文脈次第だなと思うと同時に、文脈や、その言葉をチョイスしている背景、そして、相手の中にある世界観を理解しないと、発言の真意は分からないと気付かされた。

 
 
 
もちろん、普段から、文脈を意識したコミュニケーションはとっている(つもりだ)し、仕事柄、背景は読んでいるつもりだが、文脈の更に深い所にある相手の価値観や見ている(見えている)世界観まで思いを馳せていることは少ないかもしれない。
 
意識をしていると言っても、そもそも、仕事や普段の生活の中では世界観まで違う人とコミュニケーションする機会は少ない。日本の、東京の、企業の、そこで働く人の、と、幾つものアンド条件で絞り込まれた人と接している中では、ある意味、ビジネスという共通言語の中で話している。この時点で既に偏った世界観の中にいるのかもしれない。
 
子供は最も身近にいる、最も離れた世界観の持ち主だ。
彼らの世界観を覗くことは、無意識に凝り固まっている大人の世界観に揺らぎを与えるための良い刺激になる。
 
一方で、彼らの世界観は、日々の言葉のシャワーの中で、形成されつつある壊れやすいものだ。こちらが理解できない表現(言葉の稚拙さ)を頭ごなしに叱ってしまうと、自分と異なる物の見方に気付く機会を失ってしまうし、子供の脳を雁字搦めに縛り付け、新しい物の見方を潰してしまうかもしれない。
 
 
”言葉が世界観をつくる”という事を実感するとともに、アンラーニングの不要な真っ白な脳に、良いシャワーを浴びせていこうと思い直すきっかけになった。
 
在宅勤務で家族で過ごす時間が増える中、我々大人はより振る舞いを見直す必要があるかもしれません。