青春を再び

Written by 津田 真吾 on 2012-09-14
青春離れ

最近は若者の車離れ、テレビ離れ、CD離れ、などと様々な”○○離れ”が叫ばれていますが、これは一言でいうと”青春離れ”と言えるのではないかと考えています。
青春とは、若いからこそできる、分からないながらも、エネルギーあふれながら、理屈はないが、勢いのある時期です。心や体は発達したものの、大した経験はしておらず、空っぽな状態が生むエネルギーは凄い。一見役に立たたないと思われた青春時代の経験が後々とても役に立ったという話には限りがありません。スティーブ・ジョブスであれば、カリグラフィーを学んだりやカルトに入った経験がのちのクリエイティビティに影響したと言われています。
人は若いときは、地位や資産を持っていないため、比較的リスクを受け入れやすいという性質を持っています。あまり失うものはなく、素直にチャレンジしてみよう、やってみよう、という気になるものです。以前より「窮鼠猫をかむ」や「金持ちケンカせず」といった諺があるように、すでに有利な立場にあったり、持っているものがあれば、わざわざそれを賭して勝負をしない特性があります。「イノベーションのジレンマ」は人ではなく起業の事業規模が大きいとイノベーションが起こせなくなるというジレンマを指しています。
最近ではこういった人間の傾向や特性に対する理解が深まっており、「プロスペクト理論」などの理論が確立されています。要するに、若いときはチャレンジがしやすい環境にあり、青春状態を生むはずです。
そういえば、「青春」という言葉自体、最近あまり聞かなくなりました。なぜでしょうか?もはや死語だとするとさみしすぎます。

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修羅場体験と成功体験のサイクル

Written by 津嶋 辰郎 on 2012-09-07

自信という要素に着目して今回で3回目になるが、そもそもなぜ”自信”という要素に着目したかというと、現在の日本における閉塞感の原因として非常に重要な要素だと考えているからである。今回は現在のビジネス環境においてこの”自信”をつけるための方法を考えてみたいと思う。

自信をつけるための心理学的なアプローチについては、ネットを検索してもいろいろ出てくる。ベストセラーとしてもよく取り上げられる1日わずか10分でとか1ヶ月でというHow to本も数多くあるが世の中そんなに甘くない。今我々が改めて受け入れなければならないのは何事も”easy come, easy go”という原理原則ではないか。
と考えると閉塞感から脱するレベルの自信をつけていくためにはずばり、

修羅場体験と成功体験

しかないと考えている。

まずここでいう修羅場体験とは、レベルは相対的であれ本人の限界まで追い込まれた状況で考え行動する経験である。これは多くの歴史上の偉人も引用している言葉であるが、私は野中郁次郎氏の著書にその神髄を見ている。私の解釈としては、人は精神的そして肉体的なの限界を経験することで、自分の限界を知ることになる。そしてその限界は誰しも自分の想像以上に高い。火事場の馬鹿力とも言われるように、極限における人の力は伊達ではなく、そう簡単に人は死にはしない?!この体験の究極の形を経験するとどうなるか?の答えについて知りたい方は、ウィルソン・ハーレル氏著書の起業家の本質を是非一読をお勧めする(何度も死の淵に向き合うという経験をすると人はこんなにも強くなれる・・・ただここまでの経験は日常においては無理だとおもうが)。

そして成功体験とは、事の大小に関わらず、目標を達成し周りに評価された経験である。いくら修羅場を体験したとしても、その結果として成功に繋がらなければ、学習効果は下がってしまう。

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自信とはこのサイクルの積み重ねでしか醸成することができない

そしてこのサイクルを回していくためには、前回ご紹介したSカーブを用いて自分のポジショニングが重要となる。自分が関わっているビジネスが現在どのステージにいるか?によって、自分自身の特性とのマッチングを考えてみて欲しい。自称変人であれば、スタートアップステージである左下のビジネスに関わっていた方がやりがいを感じるだろうし、ミーハーだと思うならば、市場成長が右肩上がりの中間のステージが最もおもしろいと感じるはずである。

つまり、修羅場体験と簡単に言っても、年齢を重ねれば重ねるほど喜んで飛び込もうとは思わなくなる。さらには好きでもないことを限界まで追い込むまで、やり続けることはできない。自分がチャレンジしたいと思うテーマであれば理想であるが、少なくとも自分に向いている、興味があるテーマでなければ到達できない領域である。つまり、自分の適性とビジネスステージの適正のマッチング極めて重要になる。

そう考えると、現在の日本全体の自信喪失の原因についてこういう見方ができないだろうか。戦後日本における右肩上がりの成長市場中心のビジネスにおいては、マス的にマジョリティーのミーハー層が活躍できるステージが多く存在した。しかし、現在のグローバル競争においては、新興国とミーハー層が活躍できる領域の取り合いが始まり、その確保が難しくなってきている。つまり、多くの人たちが、自分の適性とは異なる領域への挑戦が求められ、自信を獲得できるサイクルを回せなくなってしまている。そして、イノベーションが求められている現在、フォーカスを浴びる人材は、価値を生み出す”変人”であり、それを世の中に普及させる”教祖”である。彼らはバブル期には、好きなことしかやらないような、組織としては痛い存在だったかもしれない。しかし、現在彼らは新たなミーハー層が活躍できるステージを創出できる可能性を持っている。

話を戻すと、我々が自信を取り戻すためには、自信獲得サイクルを回せるビジネス環境を探し出す、もしくは創出することが現在の課題である。そしてより多くの人がこのサイクルを回せる環境を構築することが、今のマネジメントに求められる力量であり、現在の閉塞から脱するための方向であることは間違いない。

質問力 ~FACILITATION as a tool for INNOVATION~

Written by 山田 竜也 on 2012-08-10
 イノベーションは結合により新しい価値を生み出す事である。
 ファシリテーションは異なる価値観との交わりを促進するものである。
 イノベーションを生み出す上でファシリテーションは正になくてはならない道具となる。
 オープンイノベーションで叫ばれるように、技術が高度化し社会が複雑化した中で、自前主義に凝り固まっていては新しい価値はそうそう生み出せない。なぜあの企業がこんな事業を?という様な、業界を超えた新結合は生まれてきているが、ファシリテーションという技術はまだまだ十分活用されていない感もある。
 FACILITATION as a tool for INNOVATION として、イノベーションという文脈の中でのファシリテーションについて考えてみたい。
 今回はファシリテーションのスキルの一つとして質問力をテーマとする。
 そもそも、良い質問とは何だろうか?
 少し考えてみて欲しい。
 質問は質問者と相手、もしくは場との間で行われる。 for INNOVATION を前提とすれば、質問者と相手・場との間でイノベーティブなスパークを起こせるものが良い質問となる。このスパークは相手・場とのダイナミックな関係性により決まるものなので、百発百中の良い質問をすることは非常に難しい。数式で表現しようとすると以下の感じだろうか。要素を挙げる事はできても、Functionを明確には定義できない。
 良い質問 = Function(質問者の問い、相手・場)
 良い質問とは、結果的に良い質問になるのであって、発して、相手・場に受け取られた後でしか良かったかどうか分からない。では、質問者はどうすれば良いのか?という事になるが、質問者の問いを的確なものにし、ヒット率を上げる事は出来る。
 質問は様々なコミュニケーションにおける重要なスキルであり様々な解釈が想定されるが、ここでは的確な質問をするための質問力を以下の様に定義する。
 質問力=観察力 × 意図力 × 表現力
 この3つの力は Input / Process / Output でも解釈できる。IPOのフレームワークに馴染がある方は、こちらの枠組みでの解釈をして見て欲しい。インプットを的確に把握し、入ってきた情報を適切に処理し、相手や場に向かってアウトプットする事でスパークを起こさせる。そこで起こったスパークをインプットし・・・という様にIPOサイクルを回しながらイノベーションを起こしていくというイメージだ。
 改めて3つの力を考えてみる。
 観察力・表現力に関しては、違和感が無いと思う。
 観察力が足りなければ、相手や場の状態を理解できず、何を問いかければ良いか分からない。
 表現力が足りなければ、せっかくの素晴らしい問いも相手に響かない。何となく対話が噛み合わず空回りしてしまう。この2つが重要な事は理解し易く、コミュニケーション系のトレーニングでも良く取り上げられるテーマである。ただ、イノベーションの文脈において最も共感して欲しいポイントは”意図力”だ。
 意図力とは、そのニュアンスが掴みにくいかもしれないが、先ず最初に考えるべき事である。
 だって、”意図”が無い質問は空虚だから。
 ここでいう”意図”とは、自身と相手・場との関係性の中で何を起こしたいかである。イノベーティブなスパークを起こすために、どう導きたいかである。この”意図”があって初めて、観察力が活きる、表現力が活きる。
 イノベーションを起こす場合には、特に意図力が重要になる。
 恣意的ととらえられるかもしれないが、新しいものを生み出すには、この位の働きかけが必要だ。
 これが無いと、ただの聴き上手、話し上手で終わってしまう。
 観察力と表現力を鍛えつつ、自身と相手・場との関係性の中で、どう導きたいのかを考え抜きたい。
 そうすれば、より的確な質問を相手・場に投げかけ、イノベーティブなスパークを起こす事ができる。

二つのパラダイム

Written by 津田 真吾 on 2012-08-03

こちらの記事ではSカーブと普及プロセスを「スーパーカー消しゴム」の流行を通じて見てみましたが、他のものでも同じようなプロセスなのでしょうか?

実は内閣府では、主な耐久消費財の世帯普及率などのデータを公表しています。テレビや冷蔵庫などは「三種の神器」などと言われ、国民の生活を大きく変えました。このような文明の利器がどこまで行き渡っているのかを調査しています。今当たり前になっているこれらの工業製品は、発明された後、10年という単位でS字を描いて各家庭に広まった様子がわかります。

現在のテレビは薄型が中心で、テレビ番組を見ることができるというのは当たり前。価格、品質や消費電力、デザインやブランド名などが買う時の判断基準になっているのではないでしょうか。ネット通販で一円でも安く買うという方がいる一方で、ソニーファンだからソニーのテレビを買うという人も少なくありません。薄型テレビが一般的になった現在、メーカー側の性能や機能はほぼ横並びになると同時に、買い手もテレビが身近なものとなります。身近になることで、さまざまな知識も蓄積され、判断基準も人それぞれ持つようになります。

しかし、テレビが登場した黎明期はどうでしょう。価格で選ぼうにも選択肢は少なく、品質といっても何と比べて品質を語るのかも分かりません。簡単に言うと「映ればいい状態」です。この黎明期においては、顧客が誰なのかも仮説に過ぎず、どんな品質が求められるかもはっきりと定義できません。つまり、顧客、品質、性能などあらゆる事が漠然としている状態です。

「映ればいい状態」が過ぎると、数社からテレビが発売され、品質や性能など他の基準で選ばれるようになります。(テレビの場合、国産であるというのは大きなセールスポイントだったようです)。需要も伸び、生産能力も重要になってきます。魅力的な市場に参入する競合も増え、品質や性能にしのぎを削ります。この時期を経験した日本のメーカーは大量生産と高品質を両立することに成功し、世界を席巻しました。いずれ差別化しにくくなると、製品イメージやデザイン、「使いやすさ」といったユーザ一人ひとりの感性を重視する戦略をとるのが一般的です。成熟期には顧客が誰なのか比較的はっきりしているため、このような戦略もとることができます。つまり、性能や品質の基準や顧客を定義することができ、効率的に物事を進めることができます。

黎明期と成熟期ではこのようにパラダイムが異なります。にもかかわらず、まったく新しい機能を持った製品を普及させようとしているのに、品質の高さを訴えたり、価格の安さを訴えたりするケースを見かけます。クレイトン・クリステンセンはこのように成熟期にある企業の成功体験がイノベーションを阻害することを「イノベーションのジレンマ」と呼びました。黎明期に成熟期のルールを持ち込み、判断することの危険は多くの場面に潜んでいます。

Sカーブは一見ひとつの曲線に見えますが、二つの違う世界をつないでいるに過ぎません。黎明期のイノベーションという世界は、その世界の全貌が見えていない世界です。例えると、新大陸を発見する前の世界。これまで行ったことのないフロンティアをひたすら探す旅です。もう一つの成熟期のオペレーションという世界は、多くの基準がはっきりしている世界です。これらの基準に照らし合わせて、効率的に進めるべき世界。新大陸が見つかった後、多くの船や人を運ぶことが勝負を決めます。今自分たちはどのパラダイムにいるのかという問いから考え、やるべきことを決めることが鍵になります。

あなたならどうする? イノベーターに共通する特性

Written by 津嶋 辰郎 on 2012-07-27

あなたならどうする?

日常生活において、そして特にビジネスシーンにおいてはごく一般的なこの問いに対して”自分の言葉で”かつ”主観的”な回答ができる大人が少なくなってしまった。このことが現在の日本における閉塞感の根源だと言っても言い過ぎではない。というのが今回のテーマになる。

ではビジネスシーンにおけるこの問いに対するよくある回答例は、

・我が社の過去の成功事例から考えますと選択肢は二つあります。
 今回の場合は、Aが良いのではないでしょうか。

・最近の市場データと競合の動向から判断しますと、Aが妥当だと思われます。

・最近のトレンドや口コミデータからは、Aが良いのではないでしょうか。

これらは客観的データに基づく分析的な回答と言ってしまえば知的にも聞こえるが、見方を変えると本人の考えが不明確な極めて主体性のない回答だとも言える。

さらには、

・その領域の第一人者のB氏によりますとAが正しいと考えられます。

と直接知らない他人を引き合いに出してしまうとなると、もはや重症だと私は感じてしまうが、意外にこうした回答が企業のマネジメント層にはうけが良かったりする現実がそもそもの問題の根源になっている。つまり、閉塞感の裏には質問者(マネージャ)も回答者(メンバー)も合わせて、そもそも当事者ではない。企業の多くの戦略と言われる実体の多くもいわゆることわざで言う、

仏作って魂入れず

になってしまっている。精神論ではないが、魂の込められていない行動が成功するほど現状の課題は簡単ではない。

こうした状況は、みなさまにも心当たりがあるのではないだろうか。

極端な言い方をすると、我々は本人が意識しているしていないに関わらず、いつのまにか”正解探し”の思考プロセスを身につけ、それは客観的な分析によってのみ導かれると信じ込んでいる。そしてその分析結果があたかも自分の考えであるかのように自分自身を暗示にかけてしまうことに慣れてしまった(これらについては”MBAが会社を滅ぼす マネージャーの正しい育て方:ヘンリー・ミンツバーグ”なども参考にしてもらいたい)。

私が出会ってきたイノベーター(もしくはビジョナリー)は(本田宗一郎氏やスティーブジョブズ氏のようなカリスマ的な存在ではなくてても、様々な分野において自ら開拓し実績を残している方々)例外なく、直感的な好き嫌いという自分自身の感性、そして自分自身が五感で感じてきた経験を非常に大切にしている。さらには、他人の言葉や方法論の受け売りでなく、自分の言葉で世界を表現する人たちである。

これは決して分析的なアプローチを否定している訳ではない。データから見えるモノはあくまで自分自身の仮説検証の手段として位置づけており、判断の主軸は自分自身の中にあるという表現の方がニュアンスとしては正しい。

日本は失われた20年と言われている一方、国民の生活は欧米先進国に比べても何一つ劣っている点はなく、むしろ非常に豊かではなかろうか。不景気と言われ続け可処分所得が減っているという実感あるかもしれないが、生活インフラは世界No.1と言っても過言でない環境が整い、内需産業のデフレが続く中で10年前には想像できなかったような高品質な製品・サービスを非常に低価格で入手できるようになっている。
実感とは異なり都市部だけでなく地方を巡っても、10年前より生活水準が下がっている実情を目にするのはまれである。つまり、近年の不景気感はむしろ我々一人一人の心の中にあるだけである。

話を元に戻すと、”自分の言葉で”かつ”主観的”な回答ができる大人が少なくなったのも、我々は本人の意図なく、そして外部環境的としても明確な原因なく”自信”を失ってしまっているだけだというのが私の持論である。そして、イノベーターとそうでない人の差は、この”自信”の差にしかすぎない。つまり、日本におけるイノベーターは失われた20年を過ごしながらも自信を失っていない人たちのことである(自分もその一人であると思っているのだが)。

しかし、ご想像の通り一度失ってしまったこの”自信”を取り戻す事は決して容易ではない。次回は個人としてそして組織としてこの現状とどう向き合うかを考えてみたいと思う。