良いものをつくる≠良くないものをつくらない

Written by 津田 真吾 on 2013-03-05
良いものづくり

ものづくり企業には「良いものづくりをしたい」というDNAが染みついている。

良いクルマ、良いカメラ、良い機械、よいアプリ。DNAと呼ぶしかない、根っからの動機である。

毎年、前年より良く吸う掃除機、良く剃れる電動ヒゲソリ、壊れにくい電動工具、等々。さらなる高みを目指して頑張っている。

このように毎年改善を重ねている技術者たちに困っていることを尋ねると、「設計以外の業務に時間をとられて忙しい」という答えが返ってくる。少なくともトップスリーには入ってくる。現場の人たちの感覚同様、この「設計以外の業務」が、革新的なものづくりを阻害していると言ったら、読者の皆さまはどう思うだろうか。

設計に関係のないこととは?

課内会議、営業会議、品質会議、生産会議、デザインレビュー、後輩の育成、低価格な仕入先の評価、このような業務は決して無駄ではないはずだ。特に、一定の品質を保つためにはとても重要なタスクになる。既存の事業を安定して継続させるには、組織のルールに従い、前例を尊重した行動が求められる。組織に存在する成功例を普く使うことが、経営資源を最大限に活かす方法になる。官僚的な組織というのは言葉のニュアンスとは逆に、うまく行った事例と歴史のある「勝ち組」の組織と言っても過言ではない。

にもかかわらず、なぜこのような官僚主義はここまで嫌われているのだろうか?先ほど例として挙げた新製品開発の現場では特に嫌われている。また、嫌われる真っ当な理由もあると考えている。

その理由というのは、

良いものを創る≠良くないものを作らない

という不等式で表される。

社内のさまざまなプロセスを経たものづくりは、非の打ち所の少ない、オールラウンドな結果となる可能性が高い。色々な人の視点が加わり、網羅的に考えられたものは欠点の少ないものになる。
レビューや多くの人によるチェックは、悪いところ(特に以前クレームや問題となったこと)に対して行われる。どうやれば、より尖ったものになるか、というレビューはまず行われないのが一般的だ。
それだけに、インパクトの少ない、その割には高価な商品となってしまうのだ。

これがいわゆる「ガラパゴス化」のシナリオになる。
全く魅力の分かりにくい、売れない製品が残る。。。

実は、私はこのガラパゴス化について、かなり長い間悲観していた。
ところが、最近ではガラパゴスな製品も「生きる」ところがあるということに気づき、見直しているところがある。
それは、一部のB2B市場である。
つまりは、欠点が少なく、色々な視点で作られたオールラウンドなものが求められる市場ということになるが、要するに意思決定プロセスが複雑な商品である。
また、製品寿命が長く、買い替えの少ないものであれば、購入時に検討することは増える。
このような商品群であれば、オールラウンド化は悪くない。
ただし、インパクトを伝える際のメッセージだけは尖って欲しい。無料でお試ししてもらうのもとても効果的だ。(なので、せめてマーケティング手法については、レビューを減らそう)

相手に欲しくさせなければ、何もはじまらない。
それからレビューを始めても遅くはないと思うのだが。

NHKドラマ"メイドインジャパン"から感じた違和感

Written by 津嶋 辰郎 on 2013-02-28

2月初旬にNHK土曜ドラマでテレビ60周年記念として放映された”メイドインジャパン”が身近な会話でも話題になっている。人数的な賛否のバランスという意味では、否に軍配が上がるように思えるが、そういう私も未だステレオタイプな”ものづくり神話”がメインメッセージになっている内容に、残念ながら共感することができなかった。

50代以上の日本人をターゲットにした20年前のドラマならまだしも、我々でも違和感を感じているなら、これからの未来の主役である20代にこの作品がどのように映ったか非常に気になるところである。

では何に違和感を感じたか?について考えてみたが、そもそもの作品の中の要所要所のやりとりがナンセンスであったため一言では言えないが、自分にとっての最大の違和感を表現すると

制作者が”ものづくり”の実体を正しく認識していない

という点にある気がしている。近年は、”日本の強さはものづくり”だとか”ものづくり立国日本”という感じでだれもがものづくりという言葉を使うようになった。しかし、私が感じる”ものづくり”という言葉は大きく異なる2つの意味で使われていると感じている。そのズレを模式的に図1に示してみた。この図は”ものづくり”を構成する要素である研究から生産までのプロセスを4つの箱で示している。

スクリーンショット 2013-02-28 11.31.03.pngまず第一にこの4つの箱の違いを明確に説明できる人が少ないように思う。特に開発と設計(量産設計)の境界は、製品特性によっても役割が曖昧であるため、実務者にとってもはっきり区別できない人も多いのではないか(話がややこしくなるので、今回はこの違いには深く触れない)。しかし、私はこの境界の曖昧さが高度成長期の製品開発を支えてきた”すり合わせ”を生み、日本の強さになったと考えている。そして逆に現在の多くのメーカーが課題を正確に捉えられず変われないでいる原因だと考えている(この点も次回以降に)。

話を元の論点に戻すと私の認識では、ものづくりという言葉から多くの人は、赤枠で示している設計から生産のエリアを連想していると考えている。つまり、このエリアはどういう製品を作るかを決定した後の大量にものを生産するプロセスを示す。まさに”ものを作る”作業であり、高度成長期には極めて重要なプロセスだったと言える。そしてこの力は現在に至っても日本は世界最強を維持しているのは間違いない。(ただこの領域こそが、中国が競争力を高めているのも事実である。)

一方、最近のニュースや新聞記事においてメーカーの課題として取り上げられるときの”ものづくり”は、私は青で示すこの4つの箱すべてを指していると感じている。つまり、基礎研究からそれを世の中の何にどうやって応用するかかという開発まで含む広義のものづくりである。このようにものづくりに研究と開発を加えると、そもそも自前主義を貫いてきた日本のメーカーの多くは歴史的にも得意としていない。特に研究領域において効率的な投資を行うためには、すべて企業内で完結するのは難しく、大学や研究機関とのコラボレーションや基礎技術を持つベンチャーの買収など先行的な投資が重要になってくる。

今、日本の多くのメーカーが直面している課題は、長期的な視野で何を研究しそれをどうやってビジネスにつなげていくか?という領域への取り組み方を抜本的に変えていく必要がある。

改めてメイドインジャパンの話題に戻ると、ドラマの中のキーワードが”ものづくり”であったために、この言葉から想起される領域の違いにより受け手の印象が大きく異なってしまう。日本が得意とした赤枠のものづくり領域は、未だ衰えていない。それは自信を持つことだと思う。しかし、外部環境の変化によってその領域で競争力を保てる”ビジネスカテゴリー”は徐々に先進国から、新興国にシフトしつつある。先進国において多くの雇用を生むためには、もっと長期的な取り組み(難易度の高いチャレンジ)に投資をしていかなければならないことをメディアももっともっと言語化して欲しい。そうでなければ間違いなく、特定のビジネスカテゴリーに属する多くの日本企業は一度沈まざるを得ない。

研究開発を伴う”ものづくり”を通したイノベーションには10年スパンの時間が必要だという事実を認めることが始めないと

玄人ウケする玄人

Written by 津田 真吾 on 2013-01-22
図1 発明の目的


日本の研究開発の集中度はOECD参加国の中で最も高く、GDPの3.2%を占めています。1その活発な研究開発成果である発明の多くは既存事業のために使われています。一般的に日本企業は諸外国と比べると小幅で着実な製品の改善改良が得意だという認識がされているように、3分の2は既存事業のために発明が行われているというデータもあります。2
それ自体はそれほど悪いことではありません。今やっている事業をさらに強化するための研究課題を見つけ、そして成果をあげていくことは正に日本のお家芸ですし、80年代までの自動車産業が成功した大きな要因はこれを実直に実行できたことにあります。

ですが、この実直に改善し続けることの弊害もあります。一見好ましいこの習性が必ずしも好ましくなく、足を引っ張るケースがあるということを発見したのが、ハーバード大のクリステンセン教授です。この現象を「イノベーションのジレンマ」と呼びました。
これは、一言で言うと、プロの仕事を突き詰めれば突き詰めるほど、玄人にしかウケなくなるということです。

『イノベーションのジレンマ』がここまで評価されている理由の一つは、一般に優秀な企業が行う妥当な判断がイノベーションを阻害していることを解明したことです。自社の得意な領域で確実な性能向上を繰り返すトップ企業が、そこまで性能の高くないが、価格は手ごろだという製品に市場を奪われる現象を「破壊的イノベーション」と呼び、世の中のリーダー企業に警鐘を鳴らしました。その時に示されたグラフを少し日本の製造業の立場から見直したものを紹介しましょう。

新しい技術やアイデアが登場すると、まず「オタク」と呼ばれるような人たちが使います。彼らは目も肥えていて、最新のものが大好きです。そして、忘れてはならないのは、作り手であるエンジニアも「オタク」なのです。例えば、私の周りのHDD開発者はHDDがまだまだ高価な時代にあっても、HDDの記憶容量だけでなく、性能などにもにこだわってましたし、クルマの開発者だと、自社のみならず競合製品の型式を記号で知っているのは常識レベルです。

やがて、技術の発展とともに、一般消費者にも受け入れられるようになります。
ここでも、ポイントは先ほど申し上げた「技術者もオタクである」という点です。製品の企画開発を行っている人は仮にオタクでなかったとしても、最新情報に日ごろから接しているため、目が肥えており、判断基準はオタクレベルになっています。「消費者目線」ということをどれだけ意識していたとしても、社内では「そんなことも知らないのか?」という白い眼で見られること間違いなしです。そんなプレッシャーに負けてどんどん製品の企画はオタク化してしまうようになります。

技術が進化すると、性能が劣るが一般大衆には十分な製品が現れ、さらには新興国の低所得者層にすら求めやすい製品が現れるようになってきます。

玄人ウケの構図

時計を例に考えてみると、

・ 一日に1分の誤差: BOPでも十分
・ 1カ月に1秒の誤差: 普通の人なら十分
・ 1年に1 秒の誤差: 精密に測る必要のある一部の科学者・エンジニアや、時計マニアが欲しい
・ 100年に1秒の誤差: 時計職人や天文学者
・ 1000万年に1秒の誤差: 先端研究機関の原器として

と、精度を上げることで、技術的には「良い」製品になる一方で、それだけの価値を求める人も減っていく様子がわかるでしょうか。
このような精度が出せるようなフラグシップモデルはブランド戦略として有益ですが、台数としてはあまり望めません。

社内で技術が高まると、より多くの人に売り、使ってもらいたいと思うのが人情です。ところが、作り手の技量が上がれば上がるほど、知らないうちに目はどんどん肥えていっているということです。マスを狙っていると思っていても徐々に気づかぬうちに、上位のユーザーが望むものに対する基準にズレていってしまいます。

もちろん、技術が普及するにつれてユーザーも目が肥えます。目が肥えていくスピードは、日々それを仕事にしている人たちのほうが、買うときにしか検討しない消費者と比べるとはるかに速いということも忘れてはいけません。

このようなレベルにまで組織の技量が高まってきたら、新たな課題解決にとりくみましょう。


1 OECD Science, Technology and Industry Outlook 2006

2「日米のイノベーション過程:日米発明者サーベイからの知見」長岡貞男著 独立行政法人経済産業研究所(2010.10)

問いが変わると、製品が変わる

Written by 山田 竜也 on 2012-12-14
 ダイソンの掃除機、iRobot社のルンバ、掃除機というコモディティ化した製品にイノベーションを起こした好例です。どちらもテクノロジーベースのイノベーションですが、実際の製品は大きく異なります。この違いは何処から来るのでしょうか。
この2社の製品を例に今回は「問い」と「結果」の関係を考えて見たいと思います。
もしあなたが掃除機の開発者だとしたら、どう考えますか?
  掃除機に必要なものは何だろう?
  ユーザーが求めているものは?
  軽くて、持ち易くて、小回りが利いて、丈夫で、安くて・・・
  そうだ!掃除機で一番大事なのは吸い込む力だ!
  簡単な拭き掃除だったら、雑巾系の方が手軽だし、
  カーペットに粉系のものをこぼしてしまった時は、掃除機が無いと大変だ。
  吸引力、正にこれが掃除機の本質だ。
  この本質的な部分を何か新しいものに変えられないか・・・
こうしてサイクロン式の掃除機が生まれた・・・かどうかは分かりませんが、ここで着目したいのは問いの立て方です。「より良い掃除機を作りたい、掃除という作業をもっと楽にしたい」という問いから、より良い掃除機が生まれました。もちろん実現するための苦労はありますが、ある意味、当たり前の結果です。
では、ルンバの場合はどうでしょうか?
  どんな問いを立てたらルンバが生まれるか?
  そもそもルンバは掃除機なのか?
ルンバを生みだすには、掃除機の開発者という立場を変える必要があります。そして、自分の愛する製品が要らなくなる様な事を考えなければなりません。「掃除機なんていらない、そもそも掃除なんて面倒くさい、掃除をしないで済むようにしたい」という問いからならば、自働化、ロボット化というアイデアに進む事が出来ます。
でも、この問いを立てるのは難しい事です。だって、自分の愛する製品が無くなってしまうのですから。ここには2つの障壁があります。一つは思考の枠。掃除機をつくるという枠に嵌っていては、より良い掃除機しか生みだせません。もう一つは感情です。誰だって自分の手がけているものが無くなる様な事はしたくないですよね。セオドア・レビット氏の「マーケティング近視眼」の中では自らの立場を変えられずに衰退してしまった例が挙げられています。「アメリカの鉄道会社は、自動車や航空機が普及してくる中、車両を動かす事こそが自分達の提供価値と定めたために、衰退してしまった。」、より上流の提供価値を常に考えておく必要があるという教訓です。
実際にルンバを開発したのはロボットの開発者です。思考の枠、感情の障壁を乗り越えるには、アウトサイダーが必要、少なくともその意見を取り込んでいく事が重要なのです。
 ダイソンの掃除機は掃除機のSカーブを延長しました。価格競争に陥ってしまうSカーブの後半にサイクロン式という新しいカテゴリーを作り機能改善の時代を伸ばした。でも、やがてまたSカーブの後半へと成長は鈍化していきます。Sカーブの呪縛から逃れる事は出来ません。
 では、ルンバも掃除機のSカーブを延長したのでしょうか?いいえ、ルンバは「人間の仕事を肩代わりする家庭用ロボット」という新しいSカーブを描いたのです。それまでロボットは人間が出来ない事をする極限状況下で使うものや、生産ラインの様な巨大なシステムの中で使うもの、もしくはペットロボットの様な愛玩用に限られていました。「普通の人間の普通の作業を肩代わりする」、そのためにわざわざロボットなんて大げさだという思考の枠、感情を飛び越えた事がルンバのヒットを生んだ秘訣だったのです。
 「普通の人間の普通の作業を肩代わりするロボット」というSカーブの第2弾がルンバの開発者が手掛けるバクスターです。ロボットでしか出来ない様な作業では無く、普通の作業を人間と一緒にこなしていく、しかも人間の様に仕事を覚えて行く、こうした機能の一つ一つが「普通の人間の普通の作業を肩代わりするロボット」というコンセプトに整合している所に製品としての美しさを感じます。興味のある方は是非検索してみてください。
 問いが変わると、製品が変わる。
 新しい製品・サービスを生みだすには、問いを変える必要があります。
 そして、その問いを生みだすにはアウトサイダーの存在が重要です。
 新たな問いに対する答えは、新しいSカーブを描けるかもしれません。
 もう一度、問いから見直してみてはいかがでしょうか?

何を効率化しますか?

Written by 津田 真吾 on 2012-10-26

部分最適とは何か?

既存事業、特に大企業では仕事の枠組みやプロセスは整っています。ある意味で完成形を示していると言っても良いでしょう。一般的に起きるような多く業務については、あまり非効率を感じることなくこなすことができるのではないでしょうか。もちろん、まだ成長過程にある中小企業においては十分に仕組みづくりができていないところも多いと思います。ところが、大企業では、通常のビジネスを回すための役割分担やルールは整備されており、各マネージャーはルールや前例に従って効率的に意思決定することができるようになっています。

ところが、このような大企業であればあるほど、会社の仕組みについて尋ねると、「部分最適」だと口々に言います。部分的に「最適」であるということはどういうことでしょう?
「最適」と自称できるほどの完成度にありながら、なぜ「部分最適」という言葉には不満の響きを感じるのでしょうか。実は、言っている本人も「最適」という最高の褒め言葉と自身の不満が同居していることに気づいていないことが多いのです。この点について考察してみます。なぜなら、この点がイノベーションとオペレーション(運営)あるいはオプティマイザーション(最適化)との最大の違いだからだ。

これらの部長さん方が「部分最適」という言葉を発する時の状況を注意深く観察すると、ちょっとしたイレギュラーなことをやろうとしている時であることに気づきます。例えば、少し背伸びをした開発、あるいは顧客との深い関係づくりをしようとすると、会社の仕組みが邪魔になってきます。これは、現状の業務をこなすことに特化した組織ができあがっていることの証です。なので、最近起きているような環境変化に対応しようとすると、足かせになり、部長さんも不満を感じることになります。

次のような事例は皆さんの会社にも少なからずあるのではないでしょうか。

“最近の引き合いトレンドは、技術提案を求められる”
“技術的に突っ込んだ商談が増えている”
“設計を始める前にマーケティング戦略を立てないと失敗する”
“既存の枠を超えたコストダウンが求められている”

「最適化」というのは、ある一定の条件が与えられたとき、結果を最大化することである。
例えば、特定の市場における特定製品の価格設定などは正解が求まるような格好の最適化問題である。

最適値からずれた価格設定をすると「損失」が発生し、効率が失われる。

ところが、その一定の条件が変わると、結果が最大となる条件は異なる。
例えば、同じ製品を新興国に持ち込んだ場合に、最適価格が異なることは容易に想像がつくことと思います。

さて、先ほどのよくある事例というのは、一般に仕組みの範囲外で活動することで改善することができます。
“最近の引き合いトレンドは、技術提案を求められる”  → 営業・技術間
“技術的に突っ込んだ商談が増えている” → 営業・技術間
“設計を始める前にマーケティング戦略を立てないと失敗する” → 企画・開発間
“研究テーマにビジネス視点が求められる” → 研究所・事業部間
“既存の枠を超えたコストダウンが求められている” → 設計・製造間

問題を変える

これらの例の様に、既存の枠組みを超えた課題解決をするということは、最初に与えられた問題を変えて取り組むということになる。

そもそもグラフの形が見えないので、最適値は把握できず、効率を図ることができなくなります。また、新たな変数が加わっています。当初最適化した数式すら変わったと認識すべきなのです。新たな変数が加わったことによる影響は、新たに学習する必要があります。曲線の形を知ってこそ、次の「最適化」を行うことができると認識しましょう。部門間連携と新規事業開発は程度の差はありますが、この点で同じです。どんな仕組みであれ、それはある特定の状況を効率よくこなすための手段でしかありません。

緩やかな業務変革であろうと、新規性の高い事業開発であろうと、もし既存の組織が個別最適化されていて不都合だと感じたならば、以下の点を心得ておくとよいのではないでしょうか。

  • 異なる状況で出来た仕組みには解けない事が多い
  • 新しい取り組みをする際には過度な効率を求めない
  • ベストな解でなくても、トライアンドエラーを通じて学習する