ディスラプトされる「管理」

AIに代表される新しい技術には、流行りも廃りもある。

AIがとりわけ流行っている(バズワード化していることも含め)背景には私たちの恐怖心がある。人間は未知のものを怖いと思うし、仕事を取られる、と報道されると私たちを不幸のどん底に陥れる見えない権化のように感じるかもしれない。しかも、このAIという化け物は「中間層」と呼ばれる普通の人たちに大きな影響を与えるという。

もちろん、こうした漠然とした恐怖はあまりタメにならないので、しっかり理解して怖がらないことは精神衛生上、良いことだろう。しかし、大変なことに我々はコンピュータやインターネットをそこまで理解していないのだ。インターネットの黎明期にインターネットとは何かを説明する機会が何度もあったが、今から思うと拙いし、その可能性の100分の1も語っていなかったのではないだろうか。言い訳も兼ねて説明すると、インターネットという概念は、通信を行うためのプロトコルと、プロトコルを利用してつながっているネットワーク、そのネットワークでやり取りされる情報を含むので、果てしなく成長しているのだ。この類の技術をしっかりと理解して・・・と腰を据えてやろうとすると、キリがない。結局のところ、わからなくて怖くなってしまう人もいるだろう。

忘れてはいけないのは、私たちはわからないままインターネットを使っているということである。飛行機がなぜ飛ぶのかわからないまま乗るし、インターネットを理解した上で使っている人も、薬のことは理解せずに飲んでいるかもしれない。逆にスマホを分解して完全に理解してから使うのはナンセンスだと感じるはずだ。

流行り廃りについて話を戻そう。
これは単なる現象のようにも見えるが、恐怖を乗り越えて使っている人に注目したい(実際のところ、初期のユーザーは怖いどころか好奇心満々でワクワクしながら人柱になっているのだが、どうなるかわからないという意味では似たようなものかもしれない)。産業革命によって機械化が進み、筋肉を要する重労働がたくさんの機械によってなされるようになったように、AIを使用し始めているのは、脳を酷使するような労働のサポートに対してである。

さらに、「多くの人がやっていることをやってくれる」「比較的つくりやすい」アプリケーションは、作り手の論理としても取り組みやすい。なぜなら簡単に作れて、めっちゃ儲かるからだ。多くの人がやっていて、頭を使っている割に、それほど複雑ではないこと、にAIを応用すると儲かるはずだ、ということで投資家もここに重点的に投資する。投資が集まると、エンジニアもたくさん採用でき、技術の完成度も高まり、プレスリリースもたくさん打てる、ということで流行る。

多くの人がやっていて、頭を使っている割に、それほど複雑ではないこと」がAIがもっとも伸び伸びと仕事ができることなのだ。その標的は「管理」をする仕事にほかならない。大きな会社になればなるほど管理の仕事が増える。現場の管理をする管理者を、管理する事業部長が、取締役に管理され、株主に報告する形 (少なくとも建前上は) をとっているのが一般的な会社である。もっと卑近な例では、会議室の使用も管理されているし、複写機の使用頻度も管理されているし、顧客の来店も管理されている。こうした会議室の予約管理や顧客情報管理は、どの会社でもITシステムを使うのが常識になっているのは、どの会社にも必要でありながら、AIとは呼べないようなローテクなITシステムで作れるからだ。会議室よりかは随分と複雑な人材を管理するAIサービスも出つつように、より複雑な管理をやってくれるAIは順々に登場するだろう。

こうなると別の恐怖が生まれる。仕事がなくなるかもしれない、と。特に中間層の管理職が減るのではないかと、言うのである。そうした管理は自動化されポストは減る方向性にあると私も信じている。前述した作り手の経済的な論理からもきっと優れた管理AIが増えるだろうと予測するが、そこには恐怖は感じない。なぜなら、減っているのは「労働」であって、「仕事」ではないからだ。産業革命によってなくなった「労働」は、みんなやりたくなかったような3Kの仕事ばかりだ。トラクターを使わずに畑を耕すことを考えてほしい。あるいは人力車で移動するのではなく、人力車を引っ張ることを想像してみるといいだろう。農作物がたくさん出来ることの方が、耕す作業そのものよりも大事だ。補足すると、ジョブ理論の観点からも「管理したい」というジョブよりも成し遂げたい仕事=ジョブに注目するべきだ。

AIが伸び伸びと仕事がする領域、つまり「多くの人が携やっていて、頭を使っている割に、それほど複雑ではないこと」 は、「一般的な業務」「デスクワーク」「創造性が低い」ということになる。 実は、そんな「労働」に私たちは恐怖を感じているということはないだろうか? 考えてみると、どこにでもあるクリエイティブではないデスクワークをやり続けることの方が怖いのではないかと思えてくる。「みんながやっている、ちょっとしか頭使わないこと」を離れ、身体が動いてしまうこと、考えたくてしかたないこと、思い描くのが楽しくてやめられないこと、を始める。そういう仕事はディスラプトされないだけではない。

Written by 津田 真吾 on 2019-01-20

起業家の前職は何をしてたのか?

ZENTECH DOJOというシードアクセラレーターを始めて、2年以上が過ぎました。振り返ると、10人以上の色々な起業家や起業予備軍とご縁を頂いたなぁと思います。
また、先日採択チームが発表されたKawasaki ZENTECH Accelerator では10社の若きハードウェアスタートアップの創業者をサポートしています。
こうした起業家って、一般には学生が多いというイメージかもしれませんが、案外、社会経験を経てから起業する割合はかなり多く、8割以上の方が何らかの社会経験をお持ちです。
だからと言って、社会人起業が良いと言いたいわけではありません。むしろ、起業は「資格」や「経歴」から一番遠い仕事です。
学生時代に起業して大成功した人の方が印象的かもしれません。例えば、マイクロソフトのビル・ゲーツは在学中に起業しましたし、ザッカーバーグも在学中にフェイスブックを作りました。
しかし一方で、アップルのスティーブ・ジョブズ(アタリ)、スティーブ・ウォズニアック(HP)は一度エンジニアとして就職しています。アマゾンのジェフ・ベゾスは投資銀行で30歳まで働き、かなり出世していました。さらにウォルマートを創業したウォルトンは40を過ぎて起業しています。
このような例からも、学生起業が良いのか?社会人経験があった方が良いのか?という議論は不毛だということはご理解頂けたと思います。
 
企業で勤めたことがマイナスに働くこともあります。(例:「営業」は営業担当者の仕事だと思ってしまうなど、変な癖がつく)。
一方で、会社での経験が役立っているケースもたくさんあります。
前職の経歴として多いものから順に、その経験のどういった部分が起業後も活かせているのか、述べてみたいと思います。
 
エンジニア

エンジニア出身の起業家が多いのは、誰もが認めるところだと思います。それは技術を扱いなれていて、ゼロから何かを作る感覚を持っているからだと思います。

対象がプロダクトであろうが、ビジネス全般であろうが、実験や試行錯誤から学び、修正していくプロセスは、さほど変わらないのではないかと感じます。もちろん、対象領域に対する知識も必要ですが、不確実性の高いスタートアップにおいては、事前の知識よりも学ぶスピード(ラーニングカーブ)が遥かに効いてきます。

例外:「エンジニア」という肩書きはついていても仕様書や設計書を書くばかりの仕事もあります。(エンジニアを採用するスタートアップもこういうエンジニアには注意しましょう。有名なプロダクトに関わっていたというエンジニアも要注意です。売れている製品にはリソースが沢山割り当てられるため、一人の業務範囲は小さくなりがちです。)

 
研究職

意外に思われるかもしれませんが、エンジニアと同じ理由で研究職も向いています。実験と試行錯誤を信条とする研究者は仮説を立てて、検証することにあまり抵抗がないようです。

一方で「専門領域」や象牙の塔のヒエラルキーに慣れ親しんでしまっていると、チャレンジをする力が削がれてしまうかもしれません。

研究者も、ある研究領域における知識を重視しているような方はあまり向きませんが、そういう方はあまり起業しないので問題ないと思います。

 
コンサルタント

DeNAの南部さんのように、M社やB社出身のコンサルタントが起業するのもよく見かけます。ある程度コンサルをやってしまうと、起業するのが割に合わなく感じられるようですが、そんなこと考えずにやっちゃう人は向いていると思います。

特にB2B系のビジネスであれば、色々な企業の組織力学を知っていることは固有知識としても役立ちます。文書作成能力が高いと提案書は通りやすくなりますし、ビジネス上の振る舞いが板についていると、他の企業と付き合いやすいはずです。基本的な取引を成立させ、ビジネスを軌道に載せる上でCOO的なスキルをコンサルタント時代に身につけているのだと思います。

 
マーケター

企業のマーケティングを経験してから起業される方もいます。このような方は、サービスの見せ方から入るので、とにかくキャッチーです。「つかみ」が上手でコミュニケーションに長けているので、スタートアップ初期のスピード感をどんどん出せるのではないでしょうか。

一方で、スタートアップの内部はさほどシンプルなコミュニケーションだけでは済まず、エンジニアとのコミュニケーションや様々な試行錯誤にフラストレーションを感じるようです。

 
セールス

わずかですが、営業マンから起業された方もいます。営業現場で顧客の状況を深く知り、深いインサイトと原体験をお持ちです。原体験がきっかけとなり、営業を超えて製品開発や研究へと守備範囲を広げる情熱は、周囲を巻き込みます。また、エンジニアと比べ、「個」で動くことに慣れているように感じます。つまり、一人で色々な問題解決をしながら事業を立ち上げるときのパワーが出やすいように見受けられ、「営業」というイメージに合わず万能な仕事ぶりを感じさせます。

 
色々と職種別にスタートアップで役立つスキルを挙げましたが、企業でどんな経験するかはその人次第なところ相当あるので、あてはまらない人も多いかもしれません。ですが一つ共通して言えるのは、「濃い」経験をして、会社での一つの職種を務めるだけでは解決できない問題に出会っているということくらいです。
解決したい問題を目の当たりにし、取り組んでみるものの会社や事業の限界を感じ、会社を起こす、という流れは一つのステレオタイプなパターンなのかもしれません。さらに、上手くいっている起業家はその「職種」ではなく、「課題領域」においての専門家となっている、というパターンがあるのも必然なのだと思います。

Written by 津田 真吾 on 2018-12-10

ジョブ理論、ジョブの発見と表現のコツ

昨年、2017年の夏に「ジョブ理論」が出版されてから1年以上経ちました。
ジョブ(Jobs to be done)という言葉の認知度はジワジワと上がり、新規事業開発だけでなく、マーケティング、営業とジョブが語られる文脈も広がっています。我々は独自に開発した「JOBSメソッド」という形でジョブ理論を公開セミナー、企業研修、メンタリングの場で伝えてきました。セッションの参加者も3,000人を超え、さらに参加者の伸びは加速しています。
伝え方そのものも大分見直し、トレーニングセッションのクオリティも大分上がってきたと自負していますが、受講者が考え方を理解しても、理論を使いこなすには、訓練が必要です。特にジョブ理論はイノベーションを起こす方法とも繋がっているので、これまでの思考の仕方を変える必要があります。これこそが、ジョブ理論の価値であり、逆に実践する際の難しさとなっています。
ジョブ理論を実践する際の典型的なハードルが二つあります。一つはジョブを発見する際のハードル。もう一つは発見したジョブを表現する際のハードル。実践にてこずっている方へ、ハードルの超え方のコツをお伝えします。
 
ジョブの発見のコツ
ジョブは人間が特定の状況下でやりたい事/やらなければならない事。ソリューションはその事を実現したり/解決したりする。つまり、ジョブはソリューションに関係なく存在しているのですが、どうしても既存のソリューションの枠に嵌ってしまいジョブが見えなくなってしまう事があります。
例えば、自動車というソリューションが実現/解決するジョブは何か?を考えてみましょう。好きな時に好きな場所へ自由に移動する(機能的な目的)、ストレスを発散のために運転を楽しむ(感情的な目的)は直ぐに思い浮かぶと思います。では、エコ意識をアピールしたい(社会的な目的)はどうでしょうか?ここで「自動車は本来乗り物だしエコ意識をアピールするものではない、エコ意識をアピールするなら、そもそも自動車を使わない方がよい」と考える方は、枠に嵌っている懸念があります。
自動車を使わざるを得ない状況でもエコ意識をアピールしたいという状況はあります。例えば、運送会社の経営者が自社の環境への意識をアピールするために、ハイブリッド車を導入するという場合です。
ジョブを発見する際には、既存のソリューションの枠にとらわれずに、顧客の状況を想像し発想を広げるのがコツです。
 
ジョブの表現のコツ
ジョブを発見することはできても、頭にぼんやりとイメージは浮かんでいても、上手く表現できない。表現したときにニュアンスが抜け落ちてしまうという場面をよく目にします。
例えば、テレビが解決しているジョブを考えるとき、知識を得たい(情報番組)、映像を楽しみたい(映画)、リラックスしたい(バラエティ)等は比較的簡単に浮かんでくると思います。では、暇つぶしをしたいというジョブはどうでしょうか。そんな事言ったらテレビや番組を制作している方に申し訳ない気もしますが、娯楽があふれる今の時代には、暇つぶしの手段の一つとして雇われている/もしくは雇われていないというのが実態ではないでしょうか。
通常そのソリューションに対して使われていない様な表現にこそ、人間が本当にやりたい事が隠れていたりします。
ジョブを表現する際には、ソリューションの枠から外して、顧客の本音を表現するのがコツです。
 
発見と表現の二つのコツを紹介しました。そもそもジョブを発見するためには、ターゲット顧客の候補を探し現場で一次情報を得ることが不可欠です。貴重な一次情報からの洞察を活かすためにもこのコツを活用してください。
「ジョブ理論」を理解するところから始めたいという方には、定期的に公開セミナーを開催しておりますので、ご参加を検討ください。
直近の開催は以下です。
事業開発に役立つ「JOBSメソッド」基礎講座
2018年12月7日(金)10:00〜18:00
https://event.shoeisha.jp/bizgenews/20181207/

Written by 山田 竜也 on 2018-12-03

《稼ぐ》ことと《働く》こと

日本にイノベーションが不足しているのは「教育」のせいにされることも多いが、これはさすがに乱暴な議論ではないかと思っている。世界に名だたるトヨタ、ソニー、パナソニック、ホンダの創業者たちはMBAなんていう学位を取っていないのははもちろんのこと、「起業家教育」や「イノベーション」について勉強してきたわけではないからだ。
しかし、しばしば比較される米国の教育と比べてみて面白いことに気がついた。
私は父親の転勤に合わせてアメリカの小学校と中学の一部に通い、帰国後、日本の中学・高校に通った。その後、3人の子供たちが日本の小学校に通って、2人は卒業している。2つの国の違いはありすぎて書ききれないのだが、創造性やビジネスという文脈で整理してを言葉にしてみたい。

働くことが尊い日本

日本では「働くこと」は尊いものとして小学生のうちから刷り込まれている。海外から絶賛されている教室の掃除当番や、給食当番など皆のために働くことはやって当たり前なのだ。しかも、班のため、クラスのため、学校のため、先生のために働くことが奨励されており、早くから社会性の高い労働に価値があると訓練される。
反面、「稼ぐこと」については一切触れない。「稼ぐこと」については無視されているか、むしろ「悪」だという雰囲気までできている気がする。自分たちが生活に必要なお金が社会でどう巡っていて、贅沢をするために必要なお金をどう獲得するかという視点は教室ではほぼ、ない。勤勉に勉強し、会社に就職しても勤勉に働いていれば、問題はないはずだという空気である。私が覚えている限り、唯一の例外が高校3年生のときのある現代社会の授業だ。うる覚えではあるが、資本主義と共産主義の比較の話をしていたのだと思う。そういう教科書的なテーマではあったが、学校の先生の給料のこと、高校の授業料の使い道のこと、高校を卒業した生徒がいくら稼がないと投資対効果がマイナスになるかなどを赤裸々に語ったのを覚えている。自分の記憶力と注意力の問題もあるとは思うが、「稼ぐこと」が社会にとって、自分にとってどういう意味があるのかを、日本の学校現場で聞いたのはこのときだけである。
 
稼ぐことが尊い米国
逆に米国では、「働く」ことを教えることはない。しかし、レモネードやブラウニーを手作りし、近所の人たちに売ることで「稼ぐ」ことは小さい頃から行い、賞賛されている。初めてそのようなアメリカの習慣に触れたときは、たぶん7〜8才だったと思うが、かなり戸惑った。どうしたらいいかわからなかったし、同い年の子どもが難なく目標の数倍のブラウニーを売り切った様子を見て驚きしかなかった。また、売ったブラウニーの売上高は競ったとしても、ブラウニーの出来栄え、作ったブラウニーの数、といった内容では競争がなかったことは、今から思うと凄い。
さらに、小学生で株式投資について学んだ。株とは何かを教えてもらった記憶はないが、とりあえず興味を持つようにバーチャル投資を行う授業があった。銘柄を一つ決め、その株価を毎日株価を教室に張り出すだけだ。もちろん、小学生には本当の意味で株を理解することを期待してはいないだろう。だが、何らかの興味を持って市場を眺める準備にはなる。新聞の株価欄にあった当時米国でも上場していた数少ない日本企業を見つけ、それを毎日追っかけたら結構上がって、日本人であることを誇りに思ったものだ。
日本からアメリカの学校を見て、明らかに無いものは3つある。1つは給食。もう1つは掃除、最後の1つは日直だ。日本では、給食の前には給食当番が給食室まで取りに行き、配膳をし、下膳をする。掃除も当番が教室の箒がけや雑巾がけをする。日直は、クラスを代表して黒板消し、挨拶、その他、先生の身の回りのサポートをする。アメリカでは給食はそもそもなく、家からランチを持参するし、掃除は生徒が下校したあとに業者が行う。日直という担当はおらず、クラスのための仕事というのもない。
 
「働くこと」と「稼ぐこと」
つまり、極端な言い方をすれば、日本では働くことが奨励され、教育されている反面、稼ぐことについてはほぼ放置。アメリカは逆に稼げばよくて、働くことなんぞは教えてもくれない。
外国人が日本に来ると、日本人の勤勉さに驚き、電車が定刻通りであることに驚き、日本人が外国に行くと当たり前だと思っていた仕事がなされないことに驚くのはあまりにも典型的だが、こんな背景があるのではないだろうか。勤勉さなら日本賞賛で済むところだが、稼ぎの低さについても密かに驚かれているのも事実だ。「このハイ・クオリティならもっと稼げる」と感じる外国人は少なくない。
決して働かずに稼ぐことを賞賛したいのではない。「働く」こと自体に美徳があることは私も認めるところだ。働かずに儲かったとしても、まさに「悪銭身につかず」「Easy come, easy go」。しかも、楽して稼ぐ「うまい話」を聞いて、泥沼に陥る話はあとを立たない。
しかも、「働く」ことは、大人になってから身につけにくい。「働く」ということは習慣に近いからだ。稼ぐことはその結果でしかない。さらに、一定額を越えると、稼ぎが増えても幸福感は増えないという。社会に貢献した仕事を継続してする方が、幸福感が得られという研究結果も数多くある。
「働く」ことだけを奨励し、「稼ぐ」ことを忘れると人はブラックになる気がします。
「稼ぐ」ことだけを奨励し、「働く」ことを忘れると人は不幸になる気がします。
 
 

Written by 津田 真吾 on 2018-09-06

自転車に乗ることと、乗っている自転車を操縦すること


自転車に初めて乗るとき、計画は立てたでしょうか?
PDCAを回したでしょうか?その計画を両親にレビューしてもらったでしょうか?
目標を時速15kmなどと定量的に示しましたか?

目標はただ一つ。乗れるようになるだけ。
一方で、乗っている自転車を操縦し、毎日20km先の学校に遅刻せずに行かないといけないとしたら(再現性)?あるいは、なるべく寝坊できるように、短時間で学校に行くには(効率性)?
その場合は、ちゃんと地図を見て、計画を立て、ペースもコントロールしないといけないでしょう。親にその経路を見てもらえば、交通量の多い道や危ない道について教えてくれるかもしれません。
乗っている自転車を目的地まで操縦するための技術と、初めて自転車に乗る技術を混同してしまってはいけません。自転車を漕いだことがない人に地図は不要なのです。
イノベーションや新規事業の立ち上げ方には数多くの情報があります。一定の法則があって、あたかもシステマティックな手法に沿って実行すれば成功するかのような印象を持たれる方が増えてきたように感じます。しかし、これらの手法は自転車で言うと、補助輪付き自転車やストライダーのようなものです。
どのような段階を踏めば、自転車で自立することができるのか?どのようなバランスの取り方、筋肉の使い方をするのか?
そして大事なのが、怪我をしない転び方。
それよりももっともっと意味があるのが、自転車を好きになれるかどうか。ストライダーが大好きなら、自転車はもっと好きになるはずです。
リーンスタートアップ、JOBSメソッド、ファーストマイル・ツールキット。これらの手法は大怪我をせず、ビジネスの喜びを最大限にする道具です。

4コママンガ:瀬川秀樹さん作

Written by 津田 真吾 on 2018-06-21