「1億人に歯磨き粉の常用を習慣化させた男」と 「1億人に日常的な運動を習慣化させようとしている男」

Written by 加藤 寛士 on 2020-07-06

今日多くのサービスがユーザーに継続して使ってもらって、初めて提供者に利益をもたらすビジネスモデルを採用するようになりました。

提供者側が対価を受け取る前にユーザーに使ってもらって、良さをわかってもらい、さらに習慣的に使ってもらう」というビジネスモデルです。横文字で”サブスクリプション”なんて言われて、最近もてはやされてもいるようですね。(S製薬のDリンクル方式(?)といえばイメージしやすいでしょうか。)

選択肢過剰社会でビジネスを行う場合、新規顧客獲得コストが最も高くつくためにこのようなビジネスモデルが流行しているのだと思います。


一方で、普通は新しい習慣を身につけることはユーザーに大きな負担を強いることも忘れてはいけないでしょう。習慣化を達成するためには、例えば以下のような問題がすべてクリアされている状況を維持する必要があるからです。


  • 時間問題
  • お金問題
  • 周囲の理解問題
  • 上手にできない問題
  • やめる言い訳が思いついてしまう問題
  • なんだかどうでも良くなってくる問題
  • どうしても飽きてくる問題
  • 気分が乗らなくなってくる問題
  • すぐに効果が得られない問題

そこで多くのサブスクリプション型のビジネスでは、ユーザーにそうした数多の困難を乗り越えてもらう対価として、(一般に膨大な手間をかけて) 毎日のようにリッチなコンテンツやインセンティブを提供し続けています。

しかし多くのサービスが、そうした実直で献身的な努力にもかかわらず確実にユーザーに習慣的に使ってもらうことができずに、苦戦を強いられているようです。


そこで今回は「プロダクトデザインにおける習慣の形成」をテーマに、わずか10年で1億人の習慣形成を達成した歴史的な成功事例を紹介し、その事例の観察から行動経済学が解明した「プロダクトデザインに応用可能な戦略」についてお伝えします。

さらに、その戦略を(自覚的にかはわかりませんが)上手に活用し、現在進行系で1億人の運動習慣の形成を目指しているスタートアップ企業をご紹介します。



3週間では足りない習慣形成

よく言われる習慣形成の知恵として、「まず3日、そして3週間続けることができれば、それは習慣になる」というようなことが言われています。その知恵に従って、習慣化が達成されるまでの間、一定のインセンティブを与える方法がビジネスの場面でもよく取られています。

ちょうど今(2020年7月)、国が電子決済の利用を促進するために最大5,000円分相当の「マイナポイント」の付与する施策をおこなっています。これも、インセンティブを使って、電子決済利用の習慣化を狙ったものと言えるでしょう。

また、ソーシャルゲーム業界では「初回登録から14日間ログインボーナス」のようなキャンペーンを行うことは、ほぼ全てゲーム運営のデフォルトとなっているようです。


また、モチベーション理論などの視点から提供される習慣化の戦略として「小さな達成を可視化せよ」みたいなこともよく言われています。


もちろんそうした戦略は、ある程度の有効性が確認されたものではありますが、これをお読みの方であれば、「インセンティブ」や「達成の可視化」をプロダクトデザインに組み込んで、ユーザーに先行して達成感や心地よさや便利さを体験させたはずなのに、それでも習慣が形成されない。という経験もしていることでしょう。

習慣形成には、先程簡単に思いついただけでも9つもの問題がクリアされている状態を保たなくてはいけないのです。さらに強力な戦略の併用が必要な状況もあるということだと思います。



1億人に歯磨き粉の常用を習慣化させた男

ここでプロダクトデザインの妙に基づいて成された習慣形成について、歴史的に知られた成功例を一つ紹介しましょう。


成功例の舞台は1900年代の初頭のアメリカ。人口は1億人。ほとんど誰も「歯磨き粉」を使っていませんでした。この状況から初めて、1910年代までのわずか10年足らずで、ほとんどのアメリカへ国民に歯磨き粉を常用する習慣を作り出した男がいます。

その男は以下のように広告を使い歯磨き粉を改良することで、アメリカ人1億人に歯磨き粉を使う習慣を作り出しました。

  • 「歯を磨いてしばらくすると、歯や舌にぬめりを感じること」を自覚させる広告をする
  • 「歯のぬめりを感じたときには、歯磨き粉を使って歯を磨こう」と呼びかける広告をする
  • 歯磨き粉にミントの香料を仕込み「歯磨き粉を使うとミントの清涼感を感じることができる」と広告する

ちなみに、その男の名前はクロード・ホプキンスと言います。一部の人達にはおなじみの現代広告界のレジェンダリーの1人ですね。


行動経済学が解き明かしたホプキンスの魔法

アメリカ人の口腔衛生に大きな好影響をもたらした歯磨き粉ムーブメントですが、行動経済学の学者たちはこのムーブメントを観察し、マーケティング戦略として再現可能なテクニックに落とし込んでいます。

その戦略とは一言で言えば「習慣化にはキュー・リワードの組み合わせて習慣化することが有効」ということです。キューとは習慣を開始するきっかけ、リワードとは習慣を達成した時に得られる報酬のことです。


クロード・ホプキンスの事例ではキューは「歯や舌ににぬめりを感じること」、リワードは「ミントの清涼感」となります。「歯にぬめりを感じたら、歯磨き粉を使って歯を磨くと、ミントの清涼感を得られる」この3STEPを組み合わせた習慣化を目指したということです。


少し話がそれますが、広告を依頼されたクロード・ホプキンスが、「虫歯が原因で年間数万人が亡くなっています」「口がきれいであることはモテるための最低条件です」「歯がきれいだと、食事が3倍増しで美味しく感じるという分析結果が出ました」のような安直な広告を打つことをせずに、習慣化のムーブメントを設計した非凡さには、レジェンダリーと呼ばれるだけの手腕を感じざるをえませんね。


習慣の形成にはリワードだけでなく、キューが必要というのは言われてみれば、ごく当たり前のことのような気もしますが、たった10年で世界を全く新しいものに変えた実績を考えると、とても強力なテクニックと考えて良さそうです。



1億人に日常的な運動を習慣化させようとしている男

「習慣化を価値に変える」ことに取り組んでいる、現在進行系のスタートアップ企業も紹介しましょう。


LiveRunは、スマートフォーン活用して、毎日定時に10回程度バーチャルグループランニングを配信しているウェブサービスです。


LiveRun | ライブラン | ランニング | ウォーキング


LiveRunは「運動の習慣形成」に取り組むために設計されたアプリケーションですが、彼らにとってのキュー・リワードは何でしょうか?



彼らのキューは「ライブであること」です。 一瞬では理解しにくいですが、記念日と同じ仕組みだと考えてみるとわかりやすいかと思います。

世界中の多くの人々が「1月1日に新年を祝う習慣をもっていること」をキュー・リワードで説明すると、どういうことになるでしょうか?


簡単ですね。


1月1日という日付を迎えることが、新年を祝うという習慣のキューになっているということです。 同様にLiveRunでは、カレンダーではなくて、時計がキューとして機能しています。「ライブであること」がキューとして機能しているというのは、例えば「6:30の時計を見ると、走り出さなくていけない感じがしてくる」ということです。


類似したコンセプトの運動支援アプリは、動画や音声コンテンツをいつでも利用できるようにしているものが多いですが、「習慣化」という側面から見ればライブランは他を圧倒していると感じます。実際に有料利用継続率93%という、この手のサービスを運用経験がある人からしたら、ちょっと意味がわからない数字が出ているようです。


キューが古典的であったのに比較して、リワードは極めて現代的です。LiveRunでは、「定期的に運動することの爽快さ」に加えて、「みんなでひとつのことに取り組んでいるという一体感」、「名前を呼んで、ほめたり、はげましたりしてもらえること」がリワードとして機能しています。


大の大人が「そんなこと」で? と感じられたかもしれませんが、ささやかなミントの清涼感ですら世界を一変させるきっかけになったのです。再び「ささやかなリワード」が1億人の生活習慣を変えるということも十分に起こり得るのではないでしょうか?

実際に「そんなこと」でも十分すぎるほどリワードとして機能しているようです。私もたまにグループランニングに参加させていただいているのですが、朝2回参加、夜2回参加するようなほぼLiveRunの中毒(笑)とも言える方も何人も見受けられます。デジタルテクノロジーを活用したつながりのなかにリアルなものを求めていく。とても現代的なリワードですね。



新規事業開発におけるキューとリワードの設計

LiveRunが、スマートフォン普及拡大を背景にキューとリワードを設計し挑戦を始めているように、新しいテクノロジーやビジネスモデルを駆使してこれまでになかったキューやリワードを作り出すことができるようになってきました。

弊社では「デジタルテクノロジーや心理学・行動経済学を活用した習慣形成」も視野に入れた、新規事業開発の総合的なコンサルティングサービスを展開しております。

お気軽にご相談ください。



行動経済学をプロダクトデザインに応用する

本記事は、『行動を変えるデザイン』を参照して執筆しました。情報は少し古いですが、心理学や行動経済学をに活用していくかを丁寧に解説したおすすめ本です!

生と死 Innovation for Life vol.1

Innovation for Lifeのテーマは人類にとっての永遠のテーマである死について取り上げてみました。

 

我々は死と向き合う事でより生きることの意味が見えてくるのではないでしょうか?

 

私自身は、日本人の伝統的な行事や風習、そして生活習慣に多くの影響を与えてきている禅をルーツとする武道の体験を通して、武士の人生哲学に興味を持つことになりました。

スティーブ・ジョブスや、ベン・ホロイッツなど海外の多くのイノベーターもこの禅や武士道に惹かれる事には何か本質的な共通点があると考えています。

 

江戸という、戦がない平安の時代を治める為政者となった武士が、自らを律して生きていくために定めた行動規範が武士道であり、そこに不確実性が高く、生きる目的を見失いつつある現代を生きる我々にとってのヒントがあると考えています。

 

もし明日死を迎えるとしても、悔いの無い毎日を過ごしていますか?

 

自信をもって”はい”と応えられなければ、是非これを機会にその理由を探ってみてはいかがでしょうか?

 

Innovation for Life vol.1 生と死

不確実性が益々高まる現代社会において、幸せな人生をおくるために大切なことを考える問いを発信することでみなさまとご一緒により良い未来そして社会を創っていくチャンネル Innovation for Life・・・第一話のテーマは生と死 何カ所かカットしたのですが・・・時間は約8:00と少し長めにになりましたm(__)…

Vol.1 生と死

本コンテンツもイノベーションの作法通りに実践を通して改善、改良していきます。

みなさまからもご感想やご要望をお待ちしております。


要素分解の力

Written by 津田 真吾 on 2020-06-09

先日書いた『「イノベーティブ」な5つ誤解』を、あるスタートアップ創業者に読んでもらった。イノベーションだけを行うスタートアップ組織の在り方としての納得感を知りたかったからだ。

彼の感想は、全般的に納得できる示唆だという点と、「要素分解」されていてわかりやすい、とのことだった。

  

なるほど。
単にイノベーティブな組織にしよう!という声掛けよりも、分解されているとわかりやすいし、行動指針として示しやすいということだ。

もちろん、私自身もとても明確な指針だと思って、ピサノ氏の論文を紹介したわけだけれど、こちらもこうやってどこが良いのか要素分解して教えてくれると、嬉しい。

さらに、以下のようなフィードバックをもらった。
「2番の実験とやみくもなトライの違いがわかりにくい」

確かに。
この二つの違いはニュアンスで伝わるものではないかもしれない。

なので、この二つの違いを少し言語化して掘り下げてみた。

仮説検証を目的とした実験には、 「事前の狙い」「仮説」「実験コストを下げる工夫」があるものだ。つまり、何を成し遂げるための実験なのかがはっきりしているし、その目標に対する仮説がある。さらに、目標を達成するために工夫があると、リーンに仮説検証が行える。

スコット・アンソニーもイノベーションを実行するためのコツはHOPEだと『ザ・ファーストマイル』に要素を分解して書いている
H: Hypothesis 仮説
O: Objective 目的
P: Prediction 予測
E: Execution 実行

改めて要素分解の力を感じるとともに、「実験」と「試す」という言葉遣いの重みを感じた。

『ファーストマイル』は”アイデア実行”の地図 | Biz/Zine

[公開日]2014年12月05日  イノベーションは最初、「アイデア」から始まります。顧客のニーズに関すること、技術的なシーズなどの様々な「着想」から始まりますが、そこからが問題です。  飛行機であれば、離陸できる速度まで加速すれば自然に機体が浮き上がりますが、新規ビジネスではそうはいきません。実は私たちが受ける相談の多くが「いつ行動に移したらよいのか?」というものです。 …

アイデアをマネされたらどうするか?

Written by 津田 真吾 on 2020-02-10

自分が考えた新規事業のアイデアをパクられた!

まずは「おめでとう!」と言いたい。素直に。ほとんどのアイデアは誰からも見向きもされず、忘れ去られることを考えれば、素晴らしいアイデアを出したあなたは褒められるべきだ。

でも、褒められたところで釈然としない気持ちが残ることは経験上、よくわかる。一所懸命に考えて、準備したネタを、タダで盗まれるのは悔しいし、人間不信にもなるかもしれない。聞いたアイデアを実行してみたいほど気に入ったのなら、なぜ言ってくれなかったのか?なぜ誘ってくれなかったのか?と、寂しさと悲しさに覆われる。

しかし、優れたビジネスは模倣される運命にある。だからこそ、誰かにその新しいアイデアを相談すると必ず「競合優位性は?」「独自性は?」「模倣困難性は?」としつこく聞かれ、要するに「参入障壁を作らないと苦労するよ」と言うのである。シリコンバレーにも「アイデアには価値がない。実行にだけ価値がある。」という文化があるのも合理的だと思う。しかも、ビジネスのスピードが急速になっている現在、「障壁」を意味するBarrier よりも 、同じ城壁を守るが泳げば渡れる「掘」を意味する Moat が好まれている。模倣は可能だが、競合が追いつきにくくすることなら可能だという意味だ。

さて、今回三菱商事がsoucoのアイデアを完コピしたことや、Origamiが事業を畳んだり、PaypayやらLinePayやらD払いなど、QRコード決裁が死ぬほど増えている現状から、まずはこの参入障壁や競合優位性について書いてみたい。

パクられないアイデアとは?

「参入障壁」には数多くの種類がある。ピーター・ティールは

  • Proprietary Technology 独自技術
  • Network Effects ネットワーク効果
  • Economies of Scale 規模の経済 
  • Brands ブランド力

の4つを挙げている。またマイケル・ポーターは次の8項目を参入障壁だと定義している。

  • Trademarks consolidated in the market  市場における商標――ピーターティールのブランド力と同じ
  • Patents 特許 ―― 独自技術を公開し、国家権力で独占化する試み
  • Government Policies 政府の政策―― 国や政府が管理している医療、通信、交通、放送などの分野では新規参入者への認可や承認などのハードルがある
  • Mastering cutting-edge Technologies  先端技術の体得――ピーター・ティールと同じ
  • Economies of scale 規模の経済――ピーター・ティールと同じ
  • Learning Curve 学習曲線――技術体得や、ビジネスモデル体得までの時間的制約
  • High Capital Requirements 大きな資本の必要性――小さなオンラインストアなら数万円で開業できるが、石油採掘や宇宙事業は巨大な資金が必要
  • Access to Distribution Channels  代理販売業者へのアクセス――拡販する際の規模

これらの参入障壁のうち、斜線のものは大企業でないと手に入れられない点が重要である。つまり、スタートアップにとっては、喉から手が出るほど欲しいのがこのような障壁となり得る強みなのだ。

残る「学習曲線」「独自技術」「特許」で守るしかない。だが、優れた技術であればあるほど研究に時間がかかるし、ある程度はそのアイデアを口外しないと必要なリソースが手に入らないのも事実である。そうなると、八方ふさがりのような気もするが、実は突破口はある。

Motivation ― 人がやりたくないことをやる

クリステンセンも、破壊的イノベーションは最初、非常に小さな市場や辺境から始まると言っている。それは大企業にとって「魅力が無い」市場に映るからだ。例えば「遊休倉庫の稼働率を上げたい」と願うのは、たくさんの倉庫を抱える大企業である可能性が高い。どうせ眠っている資産なら誰しもが有効利用したいだろう。とてもわかりやすく、魅力的なアイデアだったことが仇となった可能性が高い。

Amazonのベゾスは、自社の利益を極限まで絞って値付けした。儲かりすぎると、他社が追随すると思ったからだ。ギリギリで薄利ビジネスを営むことで、他社には消耗戦に参入したくないと思わせているうちに、「規模の経済」や「ネットワーク効果」を作り上げた。Eコマースが流行する前に、地味に始めたことで学習曲線も随分先に進んだ。ベゾスはかつて「iPhone唯一の失敗は価格を高く設定しすぎたこと」だと言ったそうだが、利益率が高く、魅力的なビジネスに見えたことで後発のAndroidにシェアを奪われたという見方はさすがだ。

要するに「良いアイデアだけど、ウチはやりたくない」と思わせるようなアイデアが一番良いと思っている。

三菱商事のケースでは、soucoのアイデアを真似したかどうかよりも、「真似したんじゃないか?」と思われるリスクや、今後スタートアップから信用されないかもしれないリスクを冒してまでも、やってみたいような良いアイデアだと感じたのだ。

―最後に―

マネをされると悔しいし、マネをされた人を恨みたくなる。スマートな戦い方じゃない、と批判したくもなる。何のクレジットもなく論文やアイデアを盗まれたこともあるので、その悔しさや痛みはわかるつもりだ。でも実は、日本という国が今、先進国と見なされ、おおむね豊かに暮らしていけるのは先人たちが「マネ」をしたからだと思っている。リバースエンジニアリングや産業スパイは行われていたのも事実だ。「これは必要だ」と感じれば躊躇なく行動することが大事なのである。スティーブ・ジョブズもピカソも、「優れた芸術家はまねる、偉大な芸術家は盗む」と言ってきている。

だからと言って、パクりやマネを奨励する気はないことは強く断っておきたい。

さすがにレジに並んだとき、決済手段があまりにも多すぎてうんざりするし、レジのバイトが可哀そうだ。毎月新しい決済サービスをシステムに導入しているSIerのエンジニアからも悲鳴が聞こえる。○○ペイ、SUICA / PASMO / Quickpay、各種クレジットカードとか…横並びでマネをして、そこに未来を見ているのだろうか?他社に勝ったり、既存の大手企業を潰すことを目標にしていないだろうか?

最終的には消費者の選択によって企業が淘汰されていくことになるだろう。そこには血みどろな戦いも予想される。そういう明確な戦いを好むビジネスマンも多いが、そのプロセスはあまり楽しくないのではないだろうか。マネも良いが、消費者から見てその選択肢が増えることが良いことなのか今一度考えたい。

大企業においてスタートアップのピッチは使えるのか?

Written by 津嶋 辰郎 on 2019-09-03

 

長年、日本の大手企業における新規事業立ち上げ支援を進める中で、最も効果的な取り組みを一つ挙げるとするとそれは、

 

ピッチスライドの共通化

 

である。その背景を少し整理してみたいと思う。

 

ビジネスアイデアの発案者がどれだけそのビジネスに自信をもっていたとしても、どれだけ顧客インタビューをこなしてきたとしても、そして事業の検証に必要な金額が10億円でなくわずか100万円であったとしても、大手企業において経営層に判断を委ねるためには、何らかのピッチ審査(新事業審査などと呼ばれているものである)に臨むしかない。

 

ご存じの通り、どんな会社であっても経営層は既存事業の対応で非常に忙しい。新規事業担当役員とはいえ100%新規事業に専念できていることはめったになく、新規事業立ち上げプロジェクトもいくつも掛け持っているのが普通である。また既存事業にない分野の取り組みなると、前提となる知識もまちまちである。つまるところ、

 

限られた時間の中で事業の魅力や取り組む意義を提案者と経営者が伝え合う

 

ことが企業内新規事業立ち上げにとっての最大の課題なのである。

 

 

 

この課題に対しては、多様な投資家との異種格闘技戦に戦うためのツールとも言える、スタートアップのピッチに多くを学ぶことができる。

 

我々も多くの大企業の活動において、スタートアップと我が社は違うという理由で初期は各社の企業文化に合わせる形で、この審査用スライドの構成をカスタマイズすることを求められて対応することが多いが、どの企業においても最終的にはこの10のスライドに集約されることになった。

 

 

あまり型にはめない方が、提案者が自由な発想ができて良いという意見もあるが、実はこの型を活用することには組織にとっての学習としてもっと重要な効果がある。

 

それは、この構成のピッチをステージゲートやマイルストーンと呼ばれているであろう審査の場で何度も繰り返すことを通して、テーマは違えど、同じ構成のピッチを繰り返しレビューする中で、経営層が新事業立ち上げにおいて重要な考え方に馴染んでいくということである。いわゆる武道でいう”型”を通して本質を学ぶプロセスとも言える。いわゆる守破離の守としての効果である。

 

本来ならば、新事業立ち上げ経験のない経営層に新規事業の立ち上げと既存事業のマネジメントの違いや、各フェーズにおけるレビューのポイントなどなどを一から学んでもらうことが正論ではあるが、なんせ前述の通り忙しい経営層にそうしたトレーニングを施そうとしても現実にはそうそう時間が取れるものでもない。

  

この10スライドは、元々は米国において大型の資金調達を達成したスタートアップのピッチに共通する要素から導かれたものである。そして我々もそもそもは、日本のスタートアップのピッチの教科書となることを目指して2016年に翻訳したものであった。

 

しかし、その後、数年にわたって日本の大企業内新規事業支援において、実践検証してきた結果、共通に使えるだけでなくこれを型として実践することが、実は最も効果的な取り組みであるという結論に至った。

 

この10スライドの構成についてもっと深くお知りになりたい方は、こちらの本を参考にしてもらいたい。(これは社内での普及における有効なツールにもなる)