既存ビジネスのエースにイノベーション研修を!?

Written by 山田 竜也 on 2016-08-18

ここ数年、イノベーション人材育成の活動が増えてきています。上の図はイノベーターDNA診断の結果ですが、おかげさまでこうした人材に関する面での当社への問い合わせも増えています。
どの企業も10−15年後に今の製品・サービスで稼ぎ続けられるとは思っていないでしょう。既存事業を上手く回す人材だけでなく、新規事業を作れる人材、それもイノベーティブな新規事業を生み出して将来の自社の基盤を作れる人材が必要だと考え、イノベーション人材を作ろう!イノベーションを起こす力を身につけるトレーニングを導入しようとなっています。
イノベーションというテーマへの取り組みが、R&Dや経営戦略から人材育成の観点まで活動が広がっているのは嬉しい事なのですが、育成プログラムを企画する段階で、工夫すべきと感じることがあります。それは、選抜とスキルのとらえ方です。
選抜
将来を担う人だからということで、経営幹部候補いわゆる既存ビジネスのエースが集められることが多いのですが、ここで押さえておかなければならないのが、本当に新規事業の立ち上げを任せられるかです。
エースなので当然彼ら彼女らには背負うべき事業や部署があるでしょう。既存ビジネスを守るだけでも大変なのに、将来のビジネスを考えろと言われても困るというのが参加者の本音かもしれません。そんな中で新規事業を立ち上げるための一連の知識やスキルを身につけ、日々の業務をこなしながら、新規事業の企画書を作り上げるのはけっこう辛いことです。気合を入れて最終プレゼンに臨み、パフォーマンスを発揮し、これは事業化を進めよう!という評価を得ても、「既存事業もしっかり進めてくれ!」という一言がつくと、所詮は研修かと一気に気持ちが冷めてしまいます。
新規事業を生み出す考え方を将来の経営幹部にも学ばせるという目的であれば研修として割り切るだけですが、もし、より新規事業のアイデアそのものにフォーカスするのならば、既存ビジネスのエースばかりではなく、選抜よりも自主的な手挙げでの参加を重視して参加者を募ることをオススメします。
むしろ既存ビジネスでは上手く動けていない人材にこそ任せるべきかもしれません。既存ビジネスと新規事業開発に求められるスキルセットは違うし、今失うものが無い人の方が思い切って新しいことに飛び込めます。
スキルのとらえ方
既存ビジネスを上手く行うためには理解して身につけるべき知識やスキルが沢山あります。成熟したビジネスであるほど、その量は増えていきます。一方で新規事業の立ち上げにおいて大事なスキルは行動して学習することにあります。身につけるべき知識や考え方もシンプルな原理原則が多いので机上で知識を詰め込むというより原理原則を理解して実践しながら学習するのが効果的です。
イノベーター(新規事業に飛び込める人)とそうでない人を分けるのは、知識や考え方よりも行動特性にあります。知識が足りないのではなく、分かっていても出来ない/やらないということがほとんどです。
ちなみに行動特性とは以下のようなものです。
・その場を凍りつかせるような本質的な質問を呼吸をするように自然に問い続けられるか?
 (例えば、熱っぽく技術の凄さを語っているエンジニアに、「それは誰にとって価値があるの?」と聞く)
・普段の業務と直接関わらない多様な人たちとのネットワーキングを行っているか?
 (単なる飲み会ではなく、事業機会の発見等の明確な目的をもって行っているか?)
・思いついたアイデアを既存ビジネスのしがらみをおそれずに気軽に実践できるか?
 (手間と時間のかかる承認プロセスを無視して、直感とスピード感で振る舞えるか?)
既存ビジネスの円滑なマネジメントとは反するような行動も必要になってきます。
既存ビジネスのエースにイノベーション研修を!?
「考え方を学んで欲しいのか?新規事業のアイデアが欲しいのか?」
白黒つかない、グレイな問題ですが、指針がないと中途半端な結果に終わってしまいます。
「既存ビジネスのエース、経営幹部候補が、
  イノベーターを活用するための考え方を学ぶ 」
「新規ビジネスに挑戦したい人材が、
  イノベーションを起こすための考え方と行動の機会を得る 」
プログラムのコンセプトを明確にするのが、人材育成の適切な企画づくりの第一歩です。

原体験を生み出す動機

Written by 津田 真吾 on 2014-12-29
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イノベーターには一定の行動特性が備わっているというのは、以前にも述べてきました。『イノベーションのDNA』といった優れた研究結果も出ていて、どのような行動特性が必要なのかということもわかってきました。すなわち、現状を問いただし、行動する勇気や、問題を発見する発見力が備わっていることが要件になってきます。

すると、その「行動特性はどのように身につければ良いか?」いうのが次の質問になってきます。
つまり質問を変えると、「イノベーションを興したくなる動機とは何か?」
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イノベーションに限らず、新しいことに取り組むことには様々なリスクがあります。例えば、
  • 失敗するかも知れないリスク
  • これまでの能力が役に立たないリスク
  • 変なことをやっている人」として周囲から評価されないリスク
  • 慣れ親しんだ仲間や環境を離れるかもしれないリスク
  • 未知の見えないリスク
どれも避けられないリスクですが、敢えて取る人にはどういう動機があるのでしょうか。
これを考えるにはそもそも「動機」とは何かを考えると良いかもしれません。
動機とは、何かを行うきっかけとなるような欲求です。そして、動機を実際につくっているのが「感情」だということが、最近の脳科学でもはっきりしてきました。論理は、正しくことを行う際に役に立ちますが、意欲には役立ちません。強い感情を伴うようなことに対して、人は動機を強く喚起されます。「怒り」「悲しみ」「喜び」「無力感」「達成感」、このような感情もたらすような原体験を実際にイノベーターたちはしています。修羅場体験とも呼ばれています。
ではどうやって、原体験をすればいいのでしょうか?
ここまで来ると、もはやハウツーは役に立たないと思っています。素直に人のムチャぶりに対応してみたり、時には意思に反して厳しい環境に引き寄せられたり、自然の力に任せるしかないのではないでしょうか。そして、これが素直にできるのが、若いうち、とりわけ子供の頃だったりします。たまには、そしてこういう年末の時間のある時くらいは、非日常の無計画な体験に身を没してみてはどうでしょう。

お手本 vs 見本、それぞれの価値

Written by 山田 竜也 on 2014-11-26

先日ドラマの中で「先生が見本を見せるから、」というセリフに気持ちがひっかかった。 特段重要なセリフではなかったようなのだが、個人的にファンな宮藤官九郎氏の脚本という事もあり妙にひっかかった。”お手本”、”見本”どちらなのだろう?と。

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この場面、このキャラクターには合っているという事で納得したが、自分がこの先生の立場にいたら、若干の抵抗を感じながらも反射的に”お手本”という言葉を使っていただろう。 根底にあるのは教える側は”お手本”となる様なものを示さなければならないという意識にある。もちろん、正解がある問題に関してはお手本を示す必要があるが、自分自身の体験を一つの見本として示すことの方が、より現実を伝えられるし気づきにもなる。お手本、見本、それぞれに価値がある。

敢えてステレオタイプに比較すると、お手本を示すには、その問題に対しての正解があることが前提になっている。さらに言うと一つの正解があるという一軸での評価モデルがあるとも言える。

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こうしたモデルで評価すべき問題もあるが、全てではない。軽んじるべきものではないが、これだけでは不十分というのが21世紀型スキルで言うところの生きる力につながっていくのだろう。
また、そこまで話を大きくしなくても、そもそも正解がないものもある、美術や音楽等の自己表現の世界がそうだ。これも基本はあるが評価として良い悪いではない。表現できるかどうかが問われる。ある意味評価軸としては自分を表現できているか?自分の軸を見いだせているかにあるとも言える。イノベーターは正にこの軸が人と違っていて、かつ強くぶれない人だ。自分の軸で世界を見て、より良い姿を描いていく、それが普及し世界が変わることがイノベーションだ。

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お手本、見本、場合により使い分けていく必要がある。強いて言うと、絶対評価の一軸にしろ、各自が持つである軸にしろ、それが弱かったりぶれたりしているのは良くないと言える。
どんな状況においても揺るがない価値観だったり、自分の主張を出し切る力だったり、することがつなわち生きる力につながっていく。そして、そうした強い個人が集まることがより良い世界につながっていく。

お手本か見本かの二元論から抜け出して、できるところから両立させていくことが大事だ。例えば、詰め込み、丸暗記ときいてよく頭に浮かぶ歴史も、「未来の歴史を考える授業」を行ったら、どうだろう?、単純にありたい世界の夢を語るのも良いかもしれないが、過去の歴史を知り世の中の大きな動きや、人間の思考や感情の流れを理解することと合わせれば、とても深い学びになるだろう。そうすれば情報も詰め込んだ丸暗記のデータではなく、リアルな血や肉の通ったストーリーになる。

学校だけに頼り切らないで、自らも考え教育に参加していく、そんな仲間を探してます!

未来思考リーダー

Written by 津田 真吾 on 2014-07-03

リーダーとは諸説あるが、単純にいえばリードする人だろう。人望があり、決断でき、大局感を持つ人はいずれも素晴らしく、尊敬するが、誰もが持ち合わせたい資質だが、未来思考であることがリーダーに特段必要だと考えている。一方で対比されるマネージャーとは、マネージする。現状をやりくりする役目だ。誤解なきように補足すると、どちらが良いなどと言うつもりではない。誰の中にもマネージャーの部分とリーダーの部分は同居しているので、未来思考だが現状のやりくりも上手な人は数多く存在し、リーダーシップのあるマネージャーとして評価されている。

さて、もしあなたがより良きリーダーとして未来思考を身につけたいとしたら何をしたらいいだろう。

例えば、私はこの人はリーダーだと思った身近な人を観察して真似をしようと思った。もしくはリーダーシップを発揮して成功した人を研究した本を数多く読んだ。
そういったリーダーシップに関する本は玉石混淆。しかし、中でもクリステンセン、ダイアー、グレガーセンによる8年ものイノベーター研究をもとに書かれた『イノベーションのDNA』はリーダーとマネージャーの違いをくっきりと浮かび上がらせている。スティーブ・ジョブスのようにゼロから独自のコンピューティングの世界を創り上げ、世界を変えるようなリーダーは、イノベーターとも言われる。こうしたイノベーターはリーダーの中でも、大きな意義のある課題を取り上げ、率先して取り組むタイプのリーダーである。こうしたイノベーターを、非常に優秀なマネージャーであるトップ経営者と比べ、イノベーターの資質を抽出した研究がこの本では紹介されている。マネージャーが高い「実行力」を持つ一方で、イノベーターには高い「発見力」があることが分析の結果、明確になったのだ。現業を発展させ、推進し続ける力(実行力)と、未来の可能性を発見する力(発見力)を明確に分けたという意味で非常に有意義な研究である。

もう一点、この本で明らかになったことがある。それは、行動パターンである。イノベーションの種を発見し、未来を創造する力の源は思考パターンではなく、行動のパターンであることが研究の成果として発表されている。あながち「とりあえず真似をする」 という行動は間違っていなかったのだ。新たな機会に気づく力である「発見力」は「質問力」「観察力」「ネットワーク力」「実験力」「関連づける力」という5つの力で構成されているのだが、前者の4つの力は個人の行動特性を指す。すなわち、リーダーはどれだけ質問をするか、どれだけ観察しているか、どれだけ多様な人と交流するか、どれだけアイデアを試すのか、という活動量に違いがあるのだ。最後の「関連づける力」ですら、4つの行動特性の結果の下、成立する。これは、二つの点で大きな意味がある。

  • イノベーターかどうかを客観的に評価することができる
  • 行動を変えればリーダーになれる

生きていくにはさまざまな”力”が必要とされる。「忍耐力」「鈍感力」「体力」「知力」「人間力」等々、多くの力はいざとなったら発揮されたり、深層にあって見えにくい力だったりする。こうした力が必要であることは間違いないのだが、果たして自分にあるのかどうか、正直分からない。さらに、つかみどころのない力であるため、高めることは困難だ。「人間力」を高めたいと思っても、一体どこから手をつければよいか、悩んでしまう。

かなり宣伝になってしまうのは承知で、イノベーター診断を勧めたい。『イノベーションのDNA』を構成する行動特性を一つ一つ問われることで、私自身、日々の行動に関する気づきはいくつもあった。日頃の行動を振り返り、小さな改善ポイントがいくつも出てきたことで、半年前に受けたときよりも、今では発見力が高まっていると実感できる。誰しもがイノベーターとして起業家になる必要はないかもしれない。しかし、未来の中に自分がやるべきことを発見できたら、それこそリーダーであり、幸せではないだろうか。

良い会議はなぜ、「言い換え」が多いのか?

Written by 津田 真吾 on 2014-06-25

先日、「良い会議」の直後に「悪い会議」に遭遇したので、その経験を今日は書いてみようと思う。
参加者でありながら、遭遇したという無責任な発言にはぜひご容赦頂きたい。なぜなら、中には「良く」しなくてもよい会議がどうしてもあるからだ。それは置いておいて、その落差からたった一つの特徴が浮かび上がってきた。
良い会議には、人の意見に対して他の人が言い換える場面が極めて多かった。

その違いに気づいてみると、会議を生産的にする秘訣がいくつか浮かんでくる。その秘訣とやらを書き出す前に、なぜ「言い換え」がそこまで重要なのかを考える必要があるだろう。
何が重要なのかを議論するには、その目的を明確に定義しなくてはならない。
会議の目的は、以下の二つに集約されるとしよう。

  • 合意を取るため(言い換えると、会議室を出ると、参加者の意識が合うように)
  • 新たなアイデアを得るため(言い換えると、参加者が会議室に入る前よりも賢くなるため)

情報を共有するための会議がある、という反論もありそうだが、単なる情報共有なら会議は無駄になる。情報共有を会議の際にするのは、相手が理解しているかどうかをその場で確認しながら、情報を補い、その場で納得してもらうとういう隠れた目的がある。仕事を離れて、ご近所との井戸端会議においても、「私たちは仲間だ」ということを確認し合っていると解釈すれば、合意目的であると言える。仮に「悪い井戸端会議」というものがあったとすると、みんながバラバラな事を言ったり、ケンカした状態が想像できるだろう。仲間であることが合意できなかったのである。
ではなぜ、「言い換え」がそれぞれに目的に対して、どう貢献するか考えてみたい。
まず、第一の目的である合意を考えてみよう。
合意するには、合意する内容をお互いに確認し合うことが必要である。例えば、「北海道は魅力的な場所だ」ということを議論してたとしよう。もし、相手が「北海道は楽しいところだよね」と言い換えたとすると、「魅力」というざっくりとした良さではなく、「楽しさ」という具体的な視点で合意したことを示したことになる。最初の命題に完全に合意できなかったとしても、言い換えた意見がでることにより、合意できる部分が浮かび上がるのだ。実際のテーマはここまでシンプルではないかもしれないが、合意できることは何か、という前進した議論ができたことになる。すなわち、言い換えられた部分と、言い換えた部分の共通項が着目点になるのである。
第二の目的である新たなアイデアを得るという目的ではどうなるだろう。
この場合は、言い換えられた部分と、言い換えた部分の差に着目する。例えば、「北海道には自然がある」という発言に対して、相手が「北海道の知床半島は自然が豊富で、世界遺産になった」という発言で返した場合は、「北海道には知床半島がある」「知床半島は世界遺産である」という新たな情報が加わったことになる。いささか簡単すぎる例で申し訳ないが、単純化するとこうした意見の交換により共創が生まれる。

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ブレーンストーミングが有効に機能するためには、人の発言をちゃんと聴き、たくさん発言することが重要だと言われているが、ぜひ「言い換え」に着目して聴いた内容を消化した後に発言して見てはどうだろう。