「イノベーティブ」な5つ誤解

Written by 津田 真吾 on 2020-05-14

今年1月に亡くなったクレイトン・クリステンセンの偉業を称えて、「クレイトン・クリステンセン賞」なるものができた。「破壊的イノベーション」の概念を打ち出したクリステンセン同様、イノベーションに関する優秀な論文を表彰するものだ。

早速第1回目の受賞が発表され、受賞したゲイリー・ピサノ氏の“The Hard Truth About Innovative Cultures”(イノベーティブな組織の知りたくない真実)の指摘が鋭かったので紹介したい。

その背景として、イノベーションを起こそうとして、ポストイットやTシャツ、スニーカー、オープンなオフィスなど、表面的なところから文化を醸成しようとしたり、「それらしく」振舞おうとする組織が少なくないからだ。しかし、そこにはいくつもの落とし穴がある。ピサノ氏は5つの真実はそれぞれ厳しく、耳が痛い限りだし、実際に実行するのはもっと痛い。真理はいつも反直感的で、実行しにくい。だが確実にイノベーティブな組織づくりに向かうので、ぜひ意識していきたい点ばかりだ。

 

1.失敗には寛容だが、無能力には厳格

革新的なチャレンジを次々と行うには、失敗は不可避だが、能力が求められる。すべてが成功するとは限らないが、後ろ向きな活動やありきたりのチャレンジを許容していてはイノベーティブな価値観は醸成されない。
  
 

2.実験に意欲的だが、型がある

新しい取り組みには多くの不確実性があり、実験は欠かすことができない。だが実験を行うことと、やみくもに色々と試すことの間には明確な違いがある。その違いは「仮説」と「思い込み」や「希望」を区別することであり、「未知」を一つ一つつぶしていくことである。
 
 

3.精神的安全性はあるが、ずけずけと遠慮がない

メンバーが精神的安全性を感じると、優れたアイデアが胸の奥にしまわれることがない。また、既定路線に健全な異論が挟まれることで革新的で機敏な組織が生まれる。だが精神的安全性の高い雰囲気をつくろうと、耳障りの良い言葉だけで会話が進む組織も少なくない。
 
 

4.コラボレーションはあるが個別に責任を持つ

イノベーションは複数の領域にまたがるため、様々なバックグランドの人たちが協業するのが望ましい。しかしチームで協業するとなると責任の所在があいまいになりがちだ。コンセンサスを重視して、丸まった無責任なアイデアを進めるよりも、それぞれの考えを明確に持つことで、尖ったアイデアが世に出るし、仮説の誤りも訂正しやすい。
  

5.フラットだが強力なリーダーシップ

フラットな組織というのは、リーダーが不在ということではない。リーダーが現場に深く関与するということだし、メンバー全員とコミュニケーションを取ることだ。多くのメンバーと深く関与し、コミュニケーションを取るなら、それは強いリーダーシップが必要だとも言える。ここで言うリーダーシップは年長だから、といった言い訳が不要なのは言うまでもない。

コロナウイルスから見たイノベーション

Written by 津田 真吾 on 2020-04-01

このコロナウイルスは私たちの生活を激しく変えています。
「災害」と呼ぶこともできるかもしれません。日々、情報を追いかけていると、ウイルス学、感染症研究、公衆衛生、経済、政治、医療、危機管理など、さまざまな視点から、新型コロナウイルス肺炎(COVID-19)の感染拡大と、人間社会への影響が語られています。

私も、「イノベーション」という視点からこの疫病について書いてみようと思ったのですが、書けることといえば1つくらいしか浮かびません。それは、

有事は解決すべき課題をはっきりさせる

書いてみると、これこそ不要不急なコメントだな~と。不要不急な外出を押さえていると、いかに私たちの日々の生活や経済が「不要不急なこと」で溢れているかを思い知らされるからです。平和で安定した時代に文化や芸術が発展するように、不要不急なことには意味があるし、人間らしさを彩っているのだなぁと改めて感じます。つまり「有事は解決すべき課題をはっきりさせる」とは言いつつ、それだけをやるべきとも、そうでないとも言えなくて、単なる面倒くさいコメントになってしまいました。



ここで終わるわけにいかないので、こういうときは、視点をひっくり返すしかありません。つまり、新型コロナウイルスに限らず、ウイルスの生態と生存戦略を理解することです。だからと言って、面倒くさくないとは言いませんが、コロナ情報ついでにぜひ読み頂ければと思います。

まず、幸いにも人類にとって、今回が初めてのパンデミックではありません。さらに、ウイルスが人類に完全勝利したことはありません。もし仮にウイルスがヒトを必ず征服し、全滅させることがあったとすれば、その時はウイルスにとっても死を意味するからです。ウイルスには知性はないけれど、宿主を殺さないほどには賢いのかもしれません。一方で数百万人を殺すほどの世界的な疫病になり得ることも歴史は示しています。今回の新型コロナウイルスも、当初は若者は罹りにくいとか、インフルエンザ程度の症状とか、致死率が低いとか、さまざまな情報があり、一体どのくらい危険な病気なのか不確かでした。ウイルスは人類全体にとっての脅威であることは確かではありますが、あなたやあなたの愛する人にとって具体的な脅威になるかどうかは不確かなのです。

次に、ウイルスは一種類ではありません。毎年やってくるインフルエンザウイルス、デング、HIV、HPV、等々知られているものだけでもかなりの数が存在します。ヒトに感染するコロナウイルス(CoV)は知られているだけで7種類も確認されています。HPVなど、ウイルスによって多くのがんも発生することが分かってきていて、その原因ウイルスも次々と特定されてきています。つまり、今回耐えれば済むというようなものではなく、いずれ、それがいつになるかは不確かですが、次のエピデミックやパンデミックはきっと来るのです。どのようなウイルスが襲ってくるか種類も分かっていません。地震や台風が発生しない地域があるのとは対照的に、自然災害と異なるのは発生しない地域や時期について、不確かさが多い点です。

ウイルスの優位性の一つが「見えない」ことです。最近よりもはるかに小さく、私たちは見えない敵と戦わなくてはいけません。接触でしか感染しないのか、飛沫感染するのか、空気中からも感染するのか、その現場を観察することはできず、実験や状況証拠から推定するしかありません。見えない敵と戦うと、人間はその存在そのものに疑問に持ちます。神の祟りや悪霊のものだと思ったり、生物兵器のような陰謀論を含め、複数の「解釈」の余地が生まれます。ウイルスではない幻想やデマとも戦う必要が出てきます。テクノロジーのない時代、人類は腕力と簡単な道具と「協力」によって巨大なマンモスを絶滅させました。自分たちよりもはるかに強く大きな相手を、完全に地上から殲滅させたのです。一方で存在が見えないほど小さく、簡単に水で流せるほど弱いウイルスは地上から消える様子はありません。

このように、ウイルスの危険性は、その存在と危機の不確かさ、が本質のように感じます。「不確か」というのは、「きっといる」「たぶんある」「ないことはない」という意味です。そして、ウイルスから見るとこれがきっと生存戦略なのだと思います。ゲリラ戦のように、「いつ攻撃するかわからない」「どこで攻撃するかわからない」「いないかもしれないし、いるかもしれない」「味方だと思っているあいつも敵かもしれない」と相手に思わせることが、はるかに強力な相手と戦うときの常套手段なのではないでしょうか?

ウイルスという不確かさの塊といかに戦うのか?

ここで戦い方としてビル・ゲーツのTEDトークが一つの参考になります。

『サピエンス全史』で有名なユヴァル・ノア・ハラリ氏の「戦い方」も大いに参考になります。

『サピエンス全史』のユヴァル・ノア・ハラリ氏、 “新型コロナウィルス”についてTIME誌に緊急寄稿!|Web河出

著作累計が2,000万部を突破した世界的歴史学者・哲学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏は、2020年3月15日付アメリカTIME誌に「人類はコロナウイルスといかに闘うべきか――今こそグローバルな信頼と団結を(原題:In the Battle Against Coronavirus, Humanity Lacks Leadership)」と題した記事を寄稿しました。 新型コロナウイルスと対峙する上での示唆に富んだハラリ氏のメッセージを、氏の著作全てを訳した柴田裕之氏が新たに訳しおろし、ハラリ氏並びにTIME誌の了解を得て、緊急全文公開します! 現代における「知の巨人」が考える、”今、人類に本当に必要なこと”、”真の意味での新型コロナウィルスに対する勝利”とは何か。是非ご一読下さい。 ユヴァル・ノア・ハラリ 単行本 – 人文書 ユヴァル・ノア・ハラリ 2020.03.24 柴田裕之=訳 (歴史学者・哲学者。世界的ベストセラー『 ユヴァル・ノア・ハラリ=著 サピエンス全史』、『 ホモ・デウス』、『 21 Lessons 』著者) …

きっと、ウイルスとの戦いはもぐらたたきになることでしょう。ビル・ゲーツはTEDトークは2015年のものですし、SARS、MERSなどのアウトブレイクも不定期ではありながら、時折襲ってきました。

人類が文明の発展とともに導入してきた感染症対策のためのイノベーションには多くのものがあります。「浄水」「下水処理」「ゴミ処理」のようなインフラもあれば、「ワクチン」「治療薬」「診断薬」などのソリューション、さらには「マスク」「手洗い」といった予防的習慣などもありますし、WHO、CDCのような組織などもあります。しかし、今回のパンデミックが示しているのは、これまでのソリューションでは不十分だということです。これからの世界が待っているイノベーションには、以下のようなものが挙げられるのではないでしょうか?具体的な策や似たような考えを持っている方がいたら、ぜひアイデアを聞かせてください。

  • ウイルスの存在確率が可視化される技術
  • 情報の「不確かさ」が分かる技術
  • 不確実な複数の治療法のポートフォリオ管理するシステム
  • 医療従事者だけでも「確実に」保護される設備・防具

最後に、これらの長期的な解決策が登場するまでの短期的な戦い方としては、隔離やソーシャル・ディスタンスを取ることしかないかもしれません。次の宿主を見つけることのできなかったウイルスは死んでしまうので、仮に感染者を確実に隔離さえできれば、ウイルスはいずれ根絶できるからです。


短期的な戦い方についても、ビル・ゲーツのTEDトークは参考になります。
https://www.ted.com/talks/bill_gates_how_we_must_respond_to_the_coronavirus_pandemic

山中伸弥教授は、今回のウイルスを今のテクノロジーで制圧することは困難、私たちが拡散を防ぐ工夫を取る必要があると発表しています。経済的な損失は回復できるけれど、一度無くなった命は回復できないというメッセージは非常に明確だと思いました。

山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信

普通の病気は、患者さんや家族を苦しめます。しかし、新型コロナウイルスはより多くの人を苦しめています。1.感染した方、そのご家族2.エッセンシャルワーカーの方々。医療従事者、公共交通、物流、インフラ、小売り、窓口業務など、自らの感染リスクと、偏見や差別に耐えながら社会を支えて頂いている方々。( 提言) …

アイデアをマネされたらどうするか?

Written by 津田 真吾 on 2020-02-10

自分が考えた新規事業のアイデアをパクられた!

まずは「おめでとう!」と言いたい。素直に。ほとんどのアイデアは誰からも見向きもされず、忘れ去られることを考えれば、素晴らしいアイデアを出したあなたは褒められるべきだ。

でも、褒められたところで釈然としない気持ちが残ることは経験上、よくわかる。一所懸命に考えて、準備したネタを、タダで盗まれるのは悔しいし、人間不信にもなるかもしれない。聞いたアイデアを実行してみたいほど気に入ったのなら、なぜ言ってくれなかったのか?なぜ誘ってくれなかったのか?と、寂しさと悲しさに覆われる。

しかし、優れたビジネスは模倣される運命にある。だからこそ、誰かにその新しいアイデアを相談すると必ず「競合優位性は?」「独自性は?」「模倣困難性は?」としつこく聞かれ、要するに「参入障壁を作らないと苦労するよ」と言うのである。シリコンバレーにも「アイデアには価値がない。実行にだけ価値がある。」という文化があるのも合理的だと思う。しかも、ビジネスのスピードが急速になっている現在、「障壁」を意味するBarrier よりも 、同じ城壁を守るが泳げば渡れる「掘」を意味する Moat が好まれている。模倣は可能だが、競合が追いつきにくくすることなら可能だという意味だ。

さて、今回三菱商事がsoucoのアイデアを完コピしたことや、Origamiが事業を畳んだり、PaypayやらLinePayやらD払いなど、QRコード決裁が死ぬほど増えている現状から、まずはこの参入障壁や競合優位性について書いてみたい。

パクられないアイデアとは?

「参入障壁」には数多くの種類がある。ピーター・ティールは

  • Proprietary Technology 独自技術
  • Network Effects ネットワーク効果
  • Economies of Scale 規模の経済 
  • Brands ブランド力

の4つを挙げている。またマイケル・ポーターは次の8項目を参入障壁だと定義している。

  • Trademarks consolidated in the market  市場における商標――ピーターティールのブランド力と同じ
  • Patents 特許 ―― 独自技術を公開し、国家権力で独占化する試み
  • Government Policies 政府の政策―― 国や政府が管理している医療、通信、交通、放送などの分野では新規参入者への認可や承認などのハードルがある
  • Mastering cutting-edge Technologies  先端技術の体得――ピーター・ティールと同じ
  • Economies of scale 規模の経済――ピーター・ティールと同じ
  • Learning Curve 学習曲線――技術体得や、ビジネスモデル体得までの時間的制約
  • High Capital Requirements 大きな資本の必要性――小さなオンラインストアなら数万円で開業できるが、石油採掘や宇宙事業は巨大な資金が必要
  • Access to Distribution Channels  代理販売業者へのアクセス――拡販する際の規模

これらの参入障壁のうち、斜線のものは大企業でないと手に入れられない点が重要である。つまり、スタートアップにとっては、喉から手が出るほど欲しいのがこのような障壁となり得る強みなのだ。

残る「学習曲線」「独自技術」「特許」で守るしかない。だが、優れた技術であればあるほど研究に時間がかかるし、ある程度はそのアイデアを口外しないと必要なリソースが手に入らないのも事実である。そうなると、八方ふさがりのような気もするが、実は突破口はある。

Motivation ― 人がやりたくないことをやる

クリステンセンも、破壊的イノベーションは最初、非常に小さな市場や辺境から始まると言っている。それは大企業にとって「魅力が無い」市場に映るからだ。例えば「遊休倉庫の稼働率を上げたい」と願うのは、たくさんの倉庫を抱える大企業である可能性が高い。どうせ眠っている資産なら誰しもが有効利用したいだろう。とてもわかりやすく、魅力的なアイデアだったことが仇となった可能性が高い。

Amazonのベゾスは、自社の利益を極限まで絞って値付けした。儲かりすぎると、他社が追随すると思ったからだ。ギリギリで薄利ビジネスを営むことで、他社には消耗戦に参入したくないと思わせているうちに、「規模の経済」や「ネットワーク効果」を作り上げた。Eコマースが流行する前に、地味に始めたことで学習曲線も随分先に進んだ。ベゾスはかつて「iPhone唯一の失敗は価格を高く設定しすぎたこと」だと言ったそうだが、利益率が高く、魅力的なビジネスに見えたことで後発のAndroidにシェアを奪われたという見方はさすがだ。

要するに「良いアイデアだけど、ウチはやりたくない」と思わせるようなアイデアが一番良いと思っている。

三菱商事のケースでは、soucoのアイデアを真似したかどうかよりも、「真似したんじゃないか?」と思われるリスクや、今後スタートアップから信用されないかもしれないリスクを冒してまでも、やってみたいような良いアイデアだと感じたのだ。

―最後に―

マネをされると悔しいし、マネをされた人を恨みたくなる。スマートな戦い方じゃない、と批判したくもなる。何のクレジットもなく論文やアイデアを盗まれたこともあるので、その悔しさや痛みはわかるつもりだ。でも実は、日本という国が今、先進国と見なされ、おおむね豊かに暮らしていけるのは先人たちが「マネ」をしたからだと思っている。リバースエンジニアリングや産業スパイは行われていたのも事実だ。「これは必要だ」と感じれば躊躇なく行動することが大事なのである。スティーブ・ジョブズもピカソも、「優れた芸術家はまねる、偉大な芸術家は盗む」と言ってきている。

だからと言って、パクりやマネを奨励する気はないことは強く断っておきたい。

さすがにレジに並んだとき、決済手段があまりにも多すぎてうんざりするし、レジのバイトが可哀そうだ。毎月新しい決済サービスをシステムに導入しているSIerのエンジニアからも悲鳴が聞こえる。○○ペイ、SUICA / PASMO / Quickpay、各種クレジットカードとか…横並びでマネをして、そこに未来を見ているのだろうか?他社に勝ったり、既存の大手企業を潰すことを目標にしていないだろうか?

最終的には消費者の選択によって企業が淘汰されていくことになるだろう。そこには血みどろな戦いも予想される。そういう明確な戦いを好むビジネスマンも多いが、そのプロセスはあまり楽しくないのではないだろうか。マネも良いが、消費者から見てその選択肢が増えることが良いことなのか今一度考えたい。

クレイトン・クリステンセン氏の死を悼んで

Written by 津田 真吾 on 2020-01-26

クレイトン・クリステンセン氏が遂に、亡くなられた。67歳だった。

Clayton Christensen dies at 67 after lifetime of business, spiritual influence

SALT LAKE CITY – Clayton Christensen, whose theory of disruptive innovation made him a key influence on Silicon Valley powerhouses like Netflix and Intel and twice earned him the title of the world’s most influential living management thinker, died Jan. 23 at age 67.

深刻な健康問題を抱えていたことは知られていたので、突然亡くなったようなショックではないものの、衝撃と喪失を感じている。クリステンセンの書籍は残るし、彼の「理論」も残るし、彼の理論を応用したいくつもの会社たちもきっと世の中に残る、がである。

世の中にインパクトを残したい、と新しいアイデアや、新しい本や、新しい製品や、新しい技術や、新しい会社をつくり出す人は多い。クリステンセンの理論は、 ささやかな私という個人にも大きな影響を与えた。が、そんなことよりも IntelやAmazon、Appleの経営に大きな影響を与えたことが知られている。Amazonがここまで急速に超巨大な企業へと成長したのは、ベゾスが理解の難しい破壊的イノベーション理論を完全に我がものとしていたからだと私は考えている。

クリステンセンの影響力は単にビジネスという文脈に限らない。確かにハーバードビジネススクールで教鞭をとり、イノサイトというコンサルティング会社を立ち上げ、いくつものビジネス書を書いてはいるが、書いてある内容や教えている内容はビジネスというゲームの遊び方ではない。ビジネスが人間の経済活動をどのように形作り、働いている人たちの心理がどのように影響し、意思決定者がどのようなバイアスを持つのか、という人間理解の切り口だと、私は考えている。だからこそ、色々な人の心にも残っているのではないだろうか。

例えば「破壊的イノベーション理論」では、新興企業の開発する未熟な技術が未熟であるがゆえ、大して注目もされず、注目度が低いだけに本当に必要とする顧客に採用されながら成長する過程を解説している。この間、エリート企業は油断しているわけではなく、完成度を次々と高める持続的イノベーションは行っているのだ。後知恵では、既存のエリート企業を駆逐するベンチャーという流れは当たり前のように感じるが、実際に最中にいる人間には、エリートを見切って、エリート街道を走っていない“しょぼい”(粗削りで底辺の)技術に投資をするという判断は、とてつもなく難しい。『イノベーションのジレンマ』を何度も何度も読んだとして、理論を知っていたとしても難しい。

また「ジョブ理論」では、作り手が一所懸命にモノづくりに込めるこだわりとはまったく別の視点から、買い手は商品を“雇う”と解説する。買い手のこだわりは、自分がやりたいこと、つまりジョブに合致しているかどうかである。この理論も、理解できたとしても実行するのが難しい。この理論に向き合うと、売り手と買い手という立場の違う人間がお互いを理解することの困難、さらに作り手として作りやすさを優先しがちであることがあぶり出される。

クレイトン・クリステンセンさんが死去。「イノベーションのジレンマ」で知られる経営学者

「イノベーションのジレンマ」で知られるアメリカの経営学者、クレイトン・クリステンセンさんが1月23日、67歳でボストンで死去した。 CNN などが報じた。死因は、がん治療の合併症だという。 「 現代外国人名録2016 …

訃報に際し、『イノベーション・オブ・ライフ』を名著として挙げる方も多い。この本では、幸福や人生について、氏の考えを知ることができる。ビジネスは、多くの場合、収益の最大化を目指す。簡単に言えば、効率的に手っ取り早く稼ぐことが目的化される。しかし、この収益や効率だけを追求する考え方に警鐘を鳴らす。破壊的イノベーション理論と同様に、長期的で重要な課題よりも短期的な課題に「資源配分」を人間はしてしまいがちだ。人生の場合、資源配分といってもそれは“時間”である。この本でも、ビジネスの文脈を脱し、人生の分岐点における「考え方」を提示してくれたのがクリステンセン氏である。

『イノベーションのジレンマ』のクレイトン・クリステンセン教授、関連記事 | Biz/Zine

『イノベーションのジレンマ』などで知られる、クレイトン・クリステンセン教授が1月23日、死去した。Biz/Zineでは著作関連の記事、今となっては最初で最後の来日となってしまった日本講演のレポートなどを提供させていただいた。ご冥福をお祈りしつつ、氏のイノベーションへの貢献をたたえ、関連記事をまとめさせていただく。

『ジョブ理論』を知っている者にとって、彼の思想は「物の売り方」だろう。あるいは『イノベーションのジレンマ』を知っている者にとっては「業界の覇権を取るための指針」に見えるはずだ。あるいは最新『繁栄のパラドクス』を読むと、経済発展や途上国の開発に関する考え方のように感じるだろう。しかし、直接クリステンセンと話をすると、これらの書物は彼の考えのごく一部でしかないということが分かる。「イノベーション」が元来、経済成長につながるような大きな創造を指す用語であったように、クリステンセンは経済活動を人間の大きな営みの鏡として見ていると私は感じた。

このように感じた背景として、クリステンセンが来日した2015年に交わした会話で最も記憶に残っているフレーズが2つある。

(築地市場で働く多くの人を眺めながら)彼らは働くこと自体に意義を感じている

たった70年前まで私たちの祖国同志が戦争したことが信じられない。今では経済を支え合うパートナーだ。

人間同士は平和的に協力し合うことが可能で、その協力の総和が経済規模だというような見方は素敵ではないだろうか。

『繁栄のパラドクス』に書かれているような経済発展を、彼は単に政治家の目標値としては見ていない。より多くの国民がより豊かに暮らすことが叶うと、結果として経済発展がもたらされるという。そして、より多くの国民が豊かな暮らし方をするには、「破壊的イノベーション」が必要になる。近年、彼が「破壊的イノベーション」を「より安く、シンプルで、アクセス可能なソリューション」とよく説明していたが、一部の国民にしか許されなかった贅沢が全国民に可能になることは、国の豊かさを表すのではないだろうか。「贅沢」と言っても、一部の国においては「水」や「食料」を指すし、現在の日本においては「有給休暇を自由に取ること」や「周囲の誰からも尊重されること」を指す。つまり、その時々、その状況に置かれた人々が求める進歩(ジョブ)に対するソリューションを提供することの重要性をいくつもの書籍で語っている。このようにして生まれた「進歩」は人々を豊かにし、対価としての「価値」は経済発展を生み、平和さえも生み出すことができるのではないだろうか。クリステンセンは、私たちは常に「進歩」を目指す前向きさが備わっているという前提 に立っている点が、個人的には好きである。

ビジネスと人生について考えるきっかけを与えてくれ、発展と進歩という希望を与えて下さったクレイトン・クリステンセン氏の冥福をお祈りします。

「顧客像」を理解する。「顧客」を理解する。

Written by 津田 真吾 on 2020-01-23

最近はイノベーションという文脈だけでなく、ジョブ理論についてもご相談を頂くことが多くて嬉しい限りです。ジョブ理論についてそのようにご相談を受ける時は、大きく分けて2つのタイプがあることを先日発見しました。

  1. 顧客を知らないため、もっと理解したいと思っている
  2. 顧客を知ってはいるが、顧客に向けた働きかけに問題があると思っている

それぞれについてもう少し詳しく説明しましょう。

タイプ1:顧客を知らない

最初のタイプは、単純に「顧客を知らない」ことを自覚している企業です。代表的なのは、すでにモノを作ったけれどさっぱり売れず、作る前に顧客のことを考えていなかったことに気づくようなシチュエーションです。あるいは、新しい市場を狙いたいけれど情報が取れない、取り方がわからない、整理の仕方がわからない、やってもやっても手応えがない、といった状況です。

このような場合には、もちろん顧客との接点を増やします。具体的にはインタビューや観察(エスノグラフィー)を行います。もちろん、インタビューや観察で得た情報はJOBSメソッドを活用するなど、ジョブの観点で整理するのがよいでしょう。顧客は誰なのか?ジョブは?ジョブの目的は?ジョブ解決の障害は?代替解決策は?といった問いで得られた情報を整理します。手軽に行うにはジョブ調査もおススメです。

ジョブの観点で顧客を知ることで、その顧客が本質的にやりたかったことが見えてくるはずです。既存の市場にある商品だけでは顧客が不満である理由や、どのような商品なら新たに採用されうるのか、といった答えが得られます。

タイプ2:顧客を知っているが、見つけられない

このタイプの企業では、マーケティングが徹底されている傾向にあります。そのため、「顧客像」はしっかり持っています。にもかかわらず、その顧客像に“リーチ”できていないとの自覚症状を持っていたりするのです。

「都市部に住む20代~30代の仕事を持つ女性」「~意識が高く、習い事にも通う…」などと言ったペルソナを決めていることも少なくありません。このようにペルソナを明確にすると、「顧客像」ははっきりするものの、分かった気になるという欠点もあるのがやっかいです。

この場合は、まず抽象的な「顧客像」についてはひとまず置いておきます。そのうえで、顧客が製品を購入する必然性について考えることを行うのです。

必然性。

必然性、というのは買わないといけないような理由ということです。

都市部に住むことや、年齢は、買う人を表してはいますが、買う理由ではありません。性格も理由ではありません。私は新しい物好きですが、すべての新しいものを買ったりはしません。

風邪を引いたら、風邪薬を買うのは必然性が高いです。

同様に新築の家を買うのに、ローンを申し込むのも必然性が高いです。多くの方は、不動産を現金で買うことができず、他の個人から借りたりすることも難しいからです。つまり「ローン」という商品を買う顧客像を理解するには、いくらの家を買いたいのか?いくらの現金を持っているのか?他の現金調達手段は?といったことを理解するのが手っ取り早くなります。(これらのことをジョブ理論では「状況」と呼びます)。つまり、顧客の年齢や性別よりもはるかに知っておきたいことが山ほどあるんです。 顧客像に加えてこれらの状況を押さえておくことで、新たな顧客も見つかりようになります。