(SaaS企業でなくても)やってはいけない68のスタートアップあるある

Written by 津田 真吾 on 2022-10-15

CBInsightsのAnand Sanwal氏が「SaaS企業としてやってはいけない68のこと」という内容を発表していて、SaaS以外のスタートアップにもあるあるな間違いなので、シェアしたいと思います。今のご時世、DeepLなんかを使えば?みたいな話もありますが、Anandさんは微妙に口が悪いので自動翻訳は難しいのではないかと思います。なので、敢えてニュアンスもお伝えするとともに、個人的な意訳たっぷりな表現もご紹介します。(ちなみに、個人的なお気に入りは #1 #22 #25 #29 #34 #40 #44 #68)

  1. 顧客以外のアドバイスは聞くな(意訳:無責任なアドバイスは多いから気をつけろ)
    アドバイスの結果が跳ね返ってくるような人からのアドバイスだけ聞け
  2. 成果を挙げる嫌な奴とは付き合うな(意訳:嫌な奴がいたら優秀でもクビにした方がいい)
    短期的にメリットがあっても、長期的には癌になり得る
  3. 経歴に惚れるな(意訳:経歴が良いからといって雇うな)
    グーグルやスタンフォード出身者でなくても充分賢い人はいる(意訳:経歴とスタートアップでの優秀さは無関係)
  4. 新メンバーの生半可なオンボーディングはするな
    そのメンバーが続けたいかどうかは短期間で見極められてしまう。第一印象は大事
  5. VCから資金調達しないといけないと思うな
    そのストーリーはVC目線から最高だが嘘だ。一番良い資金調達は売上だ。
  6. VC調達のプレッシャーを感じないようにしよう
    競合が調達したというのは理由にならない
  7. 自営業だと呼ばせない
    巨大企業を売上だけで作り出すことはできる(MailchimpやAtlassianのように)
  8. 顧客獲得を広報に依存するな
    特に初期では自ら手掛けて広報の限界を知っておくとよい
  9. 目立つけれど無関係なメディアを追いかけるな
    ニッチで有益なメディアを追いかける方が簡単
  10. 自社への反響を過信しない(意訳:いいね!や噂は1円にもならない)
    会社が褒められたら喜んで忘れよう。パラノイアでい続ける方がマシ。
#11~20
  1. 失敗を引きずるな
    ちゃんとやっていれば失敗も多いはず。辛いけどなるべく忘れよう。
  2. 初日からユーザー市場を知っていると思うな(意訳:顧客について知らないことも多いし、意外な市場が開けるかもしれないよ)
    最初は無差別に対応しよう。意外なお客さんが登場するかも。
  3. いつまでも無差別な対応はするな
    どこかでデータが集まるだろうから、1つ選んで攻めよう
  4. 賢い人を雇ってから「何とかなる」と思うな
    特に最初は具体的なゴールや優先順位が決まっている方が人は活躍する
  5. 焦って雇うな
    急いで採用したときは必ず後悔した
  6. じっくりとクビ切るな
    正直、行うより言うが易しだが、企業カルチャーは雇う人とクビにする人で決まる
  7. 肩書を過大にするな
    スタートアップがスケールするにつれて、大きな肩書の人たちが降格になる。これは良くない。(補足:組織が成長すると機能部門が専門化するものなので、そのときの肩書に困らないようにしたい)
  8. 専門家やアドバイザーを雇うのを恐れるな
    創業当初は自前で本業以外のことをやりすぎてしまった。間違いだった。
  9. 専門家やアドバイザーを切るのを恐れるな
    時々、人や企業は安心して手を抜く。そんなときは手を引こう。
  10. SLACK, Dropbox, Evernote がやっていることをやるな(意訳:成功してキラキラしている会社を真似しても上手くいかない)
    誰もがスマートでなくなるまでしかスマートではない。あなたに合うやり方を
#21~30
  1. 人気だけで簡単にスケールするというのはウソだ。信じるな
    売上$100Mというのはグロースハックでは到達できない
  2. 資金調達で負けても関係ない。気にするな
    資金は時間を買うようなものだ。実行を買うことはできない(意訳:資金調達とは関係なく結局は何を成し遂げるかだ)
  3. 大きな契約や大きな成果だけを祝福しない
    小さなマイルストーンから大きなものまでを祝って、裏方を褒めよう
  4. スタートアップに売るな
    お金もなく、チャーンもする。文字通りSaaS地獄
  5. 市場で一番安いプロダクトになるな
    その道筋は辛い。信じてくれ(意訳:安さしかウリがないと後がなくなる)
  6. 小賢しい価格設定はやめておけ
    混乱するし、価格設定のために買うお客さんはいない
  7. 製品アイデアについての欠点を聞くことを恐れるな
    お金を払っているお客さんは教えてくれるし、応援してくれる
  8. (ネット上の)「釣り」には反応するな
    当たり前かもしれないけど、しない方が良い(ぶっちゃけ、時々悪ふざけで反応してるけど)
  9. 焦って完成度を早く高めなくていい(意訳:売れないものの完成度を高めても仕方がない)
    売上>技術的負債。スケールすれにしたがってこの関係は変わる
  10. 退屈になるな
    ソフトウェアのマーケティングはあまりに退屈なものが多い。言いたいことを言い、興味を引け
#31~40
  1. スタートアップのお祭り騒ぎに関わるな
    賞状、AI、ビッグデータ。顧客には無価値なのでは?
  2. やりながらBizDevやカスタマーサクセスが学ぶと思うな
    スケールする際、教育に投資しなければ痛い目にある
  3. カスタマーサクセスを早めに雇え
    チャーンが低くても、カスタマーサクセスを雇って会社が間違いなく愛されるようにしよう
  4. 一人採用すれば救世主、ということはない
    問題があるなら、誰かが解決してくれるかもしれないが、それに頼り切るな
  5. 中途半端なレファレンスチェックはするな
    新規採用であろうが、投資家やアドバイザーであろうが、しっかり見極めよう
  6. 調達する準備ができるまでVCには会うな
    カジュアルなミーティングでもピッチになる
  7. 競合比較で価格設定するな
    競合と違いがない時点で問題だ
  8. チャネルパートナーが助けてくれると思うな
    誰かに製品を売ってくれることを期待するな
  9. 顧客とのミーティングを支配するな(意訳:しゃべりすぎるな)
    顧客側がしゃべればしゃべるほどよい
  10. プロダクトマネージャーを早くから移譲すべきではない
    初期では創業者とエンジニアがプロダクトマネージャーである
#21~30
  1. 買ってもらうことをためらわない
    素早く売れることは素晴らしい。すぐに断られることも悪くない。引きずらない
  2. 「連携」したいけれどお金を持っていない人は無視
    99%の場合、膨大な時間の無駄になる。まず金を見せろ
  3. スケールしない仕事を恐れるな(意訳:泥臭くやれ。Do things that don’t scaleってこと)
    美しい解決策は、努力に見合うようなものでないことも多い。苦労を愛せよ
  4. 競合を気にするな
    朝から晩まで顧客のことだけを考えろ(ヒント:ジェフ・ベゾスがこのことを書いているので読め)
  5. ハッカーニュースのことは糞ほども気にするな
    あぁ、ハッカーニュースのトップページに載せてもらおうとして相当な時間を無駄にしてしまった
  6. 人材管理でのイノベーションは不要(意訳:人の管理でリスクを冒すな)
    イノベーションは製品に集中
  7. 永遠に出し続けられない「おまけ」は出すな
    市場が悪化しておまけを出せなくなるなら、やめておけ
  8. 自分でも売れるようになるまで営業マンは雇うな
    あなたが創業者としてめちゃめちゃ売ることができないなら、誰もできない
  9. 全リードは平等ではない
    良いリードに集中しよう。絶対に買わないリードもあるので忘れよう
  10. 全員を満足させようとしない(意訳:尖っている製品をつくれ)
    誰も興奮しないようなクソな製品をつくってしまうことになる
#51~60
  1. 個人のブランドは気にするな(意訳:プライドや自意識過剰は邪魔)
    採用や営業に役立たないなら気にする理由はない
  2. いかにも「営業マン」のように振る舞うな
    売り方は一つではない。馴染めるものをやれ
  3. 営業アドバイスは無視するな
    色んな知恵はあるものだ。使おう
  4. 「デモ」をやるな。会話をしよう(意訳:顧客は説明を聞きたいわけでも、操作法を知りたいわけでもない。自分達にどう役に立つのかを知りたいのだ)
    あなたはボタンや機能のある人ではない。もっとできる人として位置づけよう
  5. 最初の会話の後に怠けるな
    人は忙しいし、あなたの製品のことばかりを考えているわけではない。興味を持ち続けるよう働きかけよう
  6. ”鶏口となるも牛後となるなかれ”みたいな物語を信じるな
    自分に合った物語を追求しよう。押し付けられたものではなく
  7. メディアやVCの生存者バイアスを信じるな
    エグジットの79%は200Mドル未満である。グーグルやフェイスブックは狂ってる
  8. 新しいチャネルを探し続けるな
    いくつかのチャネルで優秀になったほうが、たくさんのチャネルでイマイチなよりマシ
  9. 無目的にネットワーキングするな
    人からアイデアや知恵をもらうためにメールを打ってるならやめておけ
  10. イベントマニアになるな
    一つ前のネットワーキングを参照。活動と進歩を間違えるな
#61~68
  1. 「溢れんばかり」に領域を攻めることを恐れるな
    上手くいくことが見つかったら、エグいほどに絞り出せ(意訳:PMFしたら何も考えずに攻めまくれ)
  2. 市場規模について自分自身を騙すな
    市場を念頭に入れて製品と価格を決めよう(意訳:市場がこうなるはず、という希望で始めると痛い目にあう)
  3. 失敗に執着するな
    失敗はあるものだ。何とかなるさ、いい経験だったと流してはいけない。
  4. 社名やロゴにこだわりすぎるな
    ウチよりも酷いのはない。CB Insightsは最初チャビーブレインだった(意訳:CB Insightsは社名を変えた。後から変えられるし、最初は誰も注目していない。注目されていない時期はブランドに時間を使うのは無駄)
  5. 顧客に次の製品のアイデアをもらおうとするな
    第一に、それは顧客の仕事ではない。第二に、改善的な要望しか出ない。
  6. 機能デモは行うな
    機能に関心を持つ人はいない。顧客が関心を持っているのはどのように人生が変わるのかということだ(意訳:顧客は顧客のジョブを解決したいだけ)
  7. WIIFMを絶対に忘れるな
    お前の商品なんて誰も気にしていない。「俺にとってどんな得があるのか (What’s In It For Me)」しか気にしていないだ
  8. このアドバイスを闇雲に信じるな
    成功法なんてない。成功法があるというような人は馬鹿か詐欺師だ(意訳:概ね正しいアドバイスをしていると思うけど、自分で考えないと失敗するよ)

アップルウォッチしかウェアラブル市場で勝てないのはなぜか?

Written by 津田 真吾 on 2022-08-25

デジタルヘルス×ウェアラブル市場に参入している(しようとしている)企業は多いが、これまでのところアップルウォッチ以上の可能性を出せている会社はなさそうである。私は決してアップルファンではないので、他に良いソリューションがあってもいいはずだと思っているが、なかなか登場しそうな気配もないが、その理由を考えてみたい。

まず「ヘルスケア」という切り口で参入すると痛い目に会う

私たちの大半は基本的に健康であり、ほとんどの人にとって、病気や死を意識することはない。もし、病気や死を恐れているとすれば、すでに体調が悪かったり、病み上がりだったり、病気と隣接している状態のときである。つまり一般の人にとって、朝起きた瞬間「健康になろう」と思い立つようなジョブは抱えていない。もちろん、「健康になりたい」といった動機はあるにはあるが、具体的な活動に結びついたジョブという形では存在していないのだ。同様に「正しい食生活をしよう」とか「正しい運動をしよう」といった動機は少なからず存在しても、ショーケースの美味しいそうなご飯や、仲間に勧められた飲み会が優先してしまうのが私たち人間である。

にもかかわらず、多くのヘルスケアビジネスを始めようとする人は、「正しい健康法」の呪縛があるかのように考えてしまう。ユーザーが望んでいるものは「正しい健康法」であることは極めて稀であるにもかかわらず、正義感から「正しい健康法」を売りたくなってしまうのだ。ソリューションの入口となるジョブを正しく設定したい。

オシャレかつ便利

王者アップルは国内だけでも年間200万台以上を販売し、世界スマートウォッチ市場の30%以上を獲得したと言われている。心拍の異常といったユーザーの健康リスクを見つけ出す機能は確かに目を見張るが、その機能が欲しくて買ったという話は聞いたことがない。要するに、病院の心拍モニター持ち歩く代わりに購入するようなものではなく、付随している機能に過ぎない。また、運動量を計測したり、睡眠を測る機能も備わっているが、「運動量を測ろう」「睡眠を測ろう」というジョブのためにアップルウォッチは購入されておらず、購入動機はまったく違うところにある。特に最近は女性のユーザーが増えているが、彼女たちはオシャレなアクセサリーでありながら、スマホがなくても通知を受け取ったり、メッセージに返信がするために購入している。オシャレなアクセサリーとしては非常に割安であるうえに、ウォッチフェイスやバンドを変えることで個性も演出できるのがアップルウォッチの一つの魅力となっている。アクセサリーとしてだけでなく、鞄やポーチなどからスマホを取り出さなくても通知が見えるのも大きな特長である。ファッションとしてスマホが入るようなポケットがなかったり、小さいことも女性に受け入れられている要因となっている。

すでにiPhoneを持っていれば、スマホとの連携は非常に簡単というのも大きなメリットだ。「スマホを出しにくい環境にいながら、タイムリーに連絡を受け取りたい」というジョブを抱えた人にとっては、まさに必需品となっている。

そのうち健康を意識する

アップルウォッチを身に付けていると、健康へのフィードバックが目に入るようになる(あるいは振動で知ることになる)。歩いた歩数が基準を達成したり、座ったままの姿勢を続けなかったり、ワークアウトをしっかりすると「褒められる」。褒められると、つい嬉しくなって歩こうと意識したり、座り続けないようにユーザーは努力するものだ。「褒められたい」という欲求は誰しもが持つものだが、腕に着けた装置から褒められるためにお金を出す人はいないだろう。つまり、ユーザーは健康的な行動を取るために購入したわけではないのにもかかわらず、結果として健康的な行動変容が促されているのである。

ヘルスケアキャンバスで表現してみる

ここで成功するヘルスケア事業の検討を行うための「ヘルスケアキャンバス」というツールを私たちは開発したので紹介しよう。このキャンバスはヘルスケア関連のビジネスが成立するための要素をデザインする枠組みとなっている。まず最初にソリューションが採用されるジョブを書き込むことから始める。その後、ソリューションの一環としてユーザーについての何らかの(医学用語では「バイオマーカー」と呼ばれる)計測を行い、情報取得を行うことになるだろう。計測された結果などから、ユーザーに何らかの介入を行い、ユーザーが体験するというサイクルを通じて働きかけが続く。このサイクルは、ユーザーがソリューションを使い続けること、つまり行動変容を起こしていることを示している。そのため「行動変容ループ」の3要素のバランスがとても大切なものとなっている。例えば、正しく計測ができることだけでなく、ユーザーに対する提示や介入が適切であり、その介入の割に体験が良くなければこのループは続かないので、注意が必要だ。定着しないソリューションの多くは、ユーザーが求めてもいない介入を行い、鬱陶しい体験となってしまっている。

さらに、行動変容が起きたとしても健康状態が改善していなければ「ヘルスケア」とは言えなくなってしまうので大変だ。健康状態の改善というアウトカムがセットとなってはじめて再現性の高い事業が実現できる。こうしてジョブ、計測・診断、介入・治療、体験・フィードバック、アウトカム・結果という5つの要素を考えてヘルスケアビジネスを検討していくのだ。

このようにアップルウォッチのキャンバスを眺めると、購入の際の「採用基準」となるジョブに健康とは無関係のものをターゲットにしている点に大きな特徴がある。また、さりげない小さな「ナッジ」とも呼べるような介入によってユーザー体験を高めていることで継続的な利用につながり、これが転倒や心拍異常の早期発見を可能としている。

ヘルスケアビジネスの特異性

他のビジネスと比べると、ヘルスケアビジネスには次のような特異性がある。

  • ユーザーは「消費者」と「患者」という二つの側面を持っている
  • ユーザー自身の「症状」「病気」「生活習慣」などについて自己認識が困難
  • ソリューション利用への行動変容と、生活習慣の変容が対応する必要がある
  • 行動変容が病状の改善につながる必要がある
  • 法的な規制が非常に多い

アップルウォッチは医療機器としての承認は取らず、2015年に発売を開始した。それは上記の行動変容ループを検証するためだったのではないかと考えてみてはどうだろう。デザインが客層に受容されるか、UIが受け入れられるかなど、長時間アップルウォッチを着けたくなるような体験を提供できることをアップルは入念に検証してきたと理解してみるのだ。そのような見方をすれば、行動変容ループの検証ができてから、ヘルスケアビジネスとしての位置づけを固めていった戦略をアップルは取った。その一環として日本では2020年に心拍計測機能が医療機器として承認を獲得したのだ。

今後さらなるアウトカムが証明されれば、医療保険の対象として承認される可能性もあるかもしれない。そうなると、医師からアップルウォッチとアプリを勧められ、ユーザーは3割負担で購入できるようになり、その牙城はより崩しにくくなるだろう。

アップルウォッチのようなウェアラブルも医療機器として承認されたことで、従来の医療機器に馴染みのある企業の参入は進みそうだ。ところが、これまで述べてきたように、医師だけがユーザーで患者を診るためだけに存在していた医療機器ビジネスとは大きく異なる。必ずしもウェアラブルを用いる必要はない。スマホアプリだけのものや、逆に繰り返し通院するようなリアルサービスであっても、行動変容を求める以上は、アップルウォッチの考え方を取り入れてみてはどうだろう。

コンセンサスリスク

Written by 津田 真吾 on 2022-05-20

新しいチャレンジを始める苦労には色々なものがあります。それらを減らすために取り組めることもいくつかあります。

中でも、コンセンサスと意思決定に注目することで改善できることは多いのではないかと思っています。なぜなら、リスクとして見過ごされている「コンセンサスリスク」が手つかずであることが多いからです。

コンセンサスリスクとは

例えば、新しいテクノロジーを開発したスタートアップと出会い、投資したいと思ったとしましょう。その吉報を喜んでくれそうな同僚や上司にまずは報告する方が多いのではないでしょうか。意識・無意識にかかわらず、これは非公式な報告であり、相談とも言えるコンセンサスを取りに行った行動です。いきなり意見を否定されることは精神的なダメージがあるため、味方にであり、普段から意見を共有している近い人に話が共有されます。

ここで賛同を得られても、即座に投資に至りません。次はより公式に上司に相談することになります。まだまだ不確実性の高いスタートアップに投資するとなると、上司に色々と質問されて、場合によっては詰問されていると感じるかもしれません。忙しかったり、虫の居所が悪かったりすると「そんな不確かな状態で相談するな」と言われる可能性もあります。

上司から前向きな反応が得られたとしても、組織内の他のメンバーから反対意見が出ることも考えられます。

「新しいことをする」ということが事前に合意されていたとしても、それぞれの「新しいこと」を行う際には「コンセンサスが取れない」というリスクがあるのです。優れた投資先を見つけられるかどうか、というリスク以前に社内で同意が得られるか?同意を取る過程で社内に敵を作ってしまわないか?といった「コンセンサスリスク」が立ちはだかります。これは投資に関わらず、新商品についても「社内で合意が得られなければ、そもそも発売できない」といったさまざまな意思決定に関わる問題です。新規性の高い尖った商品企画も、社内で揉まれているうちに丸くなってしまうのも、コンセンサスを取る際の副作用です。

コンセンサスと結果

コンセンサスが意味するもの

コンセンサスの厄介な点は、「コンセンサスが取れる」ということと「成功する」ということが必ずしも一致しないという点です。秘密裏に進めたアングラプロジェクトが、全員の賛同を得ることなく大成功したという例はいくつも挙げられます。反対に、コンセンサスが得られなかったがために、見送った案件があとから大きく伸び、「あのとき、もっと強く主張しておけば…」「もっとみんなが賛同してくれれば」と後悔するケースもあります。

コンセンサスが得られる意思決定と、その意思決定の結果とは直接の関係がないものの、「コンセンサスが得られなければよいアイデアではない」といった考えが組織に蔓延していることはよくあります。

ここで、意思決定の結果よりもコンセンサスを重視することを「コンセンサス主導」、コンセンサスを犠牲にしてでも結果にこだわることを「イノベーション志向」と仮に呼びたいと思います。

一部の組織は、現状を保ち、組織の安定を目指します。PTAはその代表例です。民主的にコンセンサスを取ることが期待されているコンセンサス主導な組織です。スタートアップやベンチャーキャピタルなどはその対極で、イノベーション志向な組織になります。しかし、イノベーション志向であるはずなのに、コンセンサス主導の考えが蔓延している組織があります。その代表例が大企業のオープンイノベーション部門やCVCです。これらの組織は、会社に新しい事業を生み出すために設立され、成長が期待できるビジネス案やスタートアップを発見することがミッションであるにもかかわらず、コンセンサス主導となっているケースが少なくありません。

コンセンサス主導なCVCでは、苦労してやっと有望なスタートアップを見つけたとしても、事業部から同意が得られないため出資を見送るといったことが起きます。最初のうちは、事業部への打診の仕方や説得方法に苦心しますが、次第に優れているスタートアップを見つけることよりも、事業部が気に入りそうかどうかを重視し、スタートアップの見極め方にもバイアスがかかってしまうのです。もちろん、事業部とのシナジーを重視した明確な戦略転換というケースもありますが、無意識のうちに評価基準が内向きになってしまうケースもよく起きているようです。逆のケースとして、コンセンサス主導な投資決定を重視するあまり、社内説得に成功し、会社が大きな金額の投資を決めたことだけでヒーローになるような組織も同様にコンセンサス主導であり、イノベーション志向ではないと言えます。その大きな投資が大損害を生んだとしても、社内合意を形成した功績が評価されているという意味で、コンセンサス主導なのです。

イノベーション志向をいくら目指しても、コンセンサスの誘惑は大きいものです。その理由として、意思決定の結果は数年先まで出ないのに対し、周囲の賛同や反対は目の前にやってくる点が大きいのではないでしょうか。他にも、一人の責任での失敗を回避する傾向があることや、同僚や上司からの評価を大事なものと感じている点なども大きいと思います。

コンセンサスのメリット

「イノベーション志向」と「コンセンサス主導」と分けてしまうと、対立するようなもののように感じるかもしれません。確かにコンセンサスを重視することは、イノベーションを起こすエネルギーを消費するものですが、実はメリットもあります。まずはそのメリットからお話ししましょう。最大のメリットは、コンセンサスを重視することで組織内の統率が取れることです。全員が一つの事業を展開している場合には、一糸乱れぬ統一感で品質の高い事業が行えます。組織内で合意の取れないことは、組織運営上、混乱を招くこととして避けなければいけないため、コンセンサスを重視することはとても合理的です。書類だらけの組織をペーパーレス化するような(外から見て)合理的な提案も、(内側からは)反発されるのは混乱という名のコンセンサスリスクがあるからです。一人でもデジタルに弱い人がいたり、一つでも紙が必要な業務があれば、業務が滞り混乱が生じるため、コンセンサスが得られるまで非常に多くの時間と労力がかかるのです。

他にも内部メンバーの結束や、円滑な業務、人間関係などコンセンサスを重視するメリットはたくさんあります。

コンセンサスのデメリット

コンセンサスのデメリットとしてまず挙げるべきは、新しいことができないことです。新しければ新しいほど、その取り組みの結果は不透明となり、反対したくなるポイントが増えるからです。さらに、メリットとして挙げたメンバーの人間関係や結束が高まりすぎてしまうのも弊害です。成果よりもコンセンサスを重視したり、失敗したときの責任が曖昧になったり、貢献度の高い人が報われないと感じたりといった組織面のデメリットもあるのです。

私たちは機械ではなく人間です。そのため、貢献度の差はどうしても生じます。中心的に貢献した人にとって、成果が「みんなの」成果として評価されてしまえば、いずれやる気を失うでしょう。つまり同質な組織がコンセンサスを重視しすぎると、成果も出ないし、モチベーションも下がる一方です。

コンセンサスを無視!ではない

だからといって、コンセンサスを無視するべきだと言いたいのではありません。誰もがコンセンサスを無視して勝手に動くと、コンセンサスのメリットとして挙げた「チームワーク」「実行力」という2つの非常にパワフルな力がなくなってしまうからです。つまり、チームワークが不要で、実行よりも検討や構想段階においては、コンセンサスは無くても構わないということになります。

先ほどの例において、CVCを立ち上げたなら「投資」については事業部のコンセンサスは要りません。優れていると判断したスタートアップに投資ができるような仕組みを作る方が結果が得られるでしょう。ただし、投資先のスタートアップが(特に投資を行った時点で)事業部との連携に相応しいとは限りません。むしろ、破壊的なスタートアップであればあるほど、カニバリゼーションの危険があるため事業部との連携が難しいケースが多いものです。もちろん、CVC内においても満場一致での投資判断を行っていたのでは、人数が多いチームであればあるほど、本来のイノベーティブな投資はできなくなる傾向にあります。かといって、コンセンサスなしに多額な投資もできるとなると、失敗したときの被害が大きくなり、一人による一つの間違った判断で全体が壊滅することも起こり得てしまうというジレンマが生じます。

追認プロセス

このジレンマを解決することが、コンセンサスリスクを下げ、意思決定の速度を高めると同時に大きな失敗を避ける秘訣になります。アングラプロジェクトのように、一見コンセンサスなしに成功するパターンを注意して眺めてみると、実は、コンセンサスは取られていることに驚きます。またそのコンセンサスの構築については予想外のプロセスが取られているのです。意外にも、そのプロセスは非常に細かく、最初は口頭でのアイデア、次はメモ書き程度の簡単なビジネスモデル、その次は要素のプロトタイプ、次にピッチ…といった具合に、徐々に徐々に形にしながら合意が形成されていっているのです。

しかも、その合意の際には「追認」ということが行われているのです。合意してから進めるのではなく、進めてから合意していくプロセスを取ります。極端な例で考えてみるとわかりやすいのですが、「アイデア出しても良いですか?」という承認を得てからアイデアを考えたりはせず「こんなアイデアどうですか?」ということです。同じように「~試してみても良いですか?」という事前承認よりも「~試してみたら○○な結果が出たんですよ!」と小さな進歩を追認していくプロセスが取られているのです。

つまり、承認→実行ではなく、実行→追認 という順序です。

とにかく、コンセンサスリスクを恐れるあまり、議論ばっかりになったり、意思決定が凡庸になってしまうような事態は避けたいものです。コンセンサスが重要な場面では、手を動かして何らかの形にしてみてから、追認をするプロセスを取り入れてはどうでしょう。

イノベーションは国を創る。

Written by 津田 真吾 on 2022-02-28

ロシアによるウクライナ侵攻に憂う。人類は経済やスポーツなどというゲームを発明した。この発明によって私たちは、争いたい、勝ちたい、競争したい、といった根源的なジョブを健康的に処理する術を身に付けた。イノベーションは、Win-Winを生み出す。私たちの選択肢を増やし、戦争や人殺しといったLose-Loseの行為から目を背けてくれる。

Moatとは?参入障壁と何が違うのか?

Written by 津田 真吾 on 2022-02-08

まず最初にUbieの創業チームが話しているこのポッドキャスト、めちゃくちゃ面白いんでスタートアップとか事業開発やってる人は是非聞いてください!
とくにMicrosoftとSlackの分析は冷静かつ謙虚かつ大胆ですごいです。

(Ubieを知らない人も少なくなっているかもしれませんが、ユビーAI受診相談などを開発しているユビーです。最近は海外進出し、英語版もリリースしてたりします。)

さて、これを聞いて触発されたので書くんですが、Moat(モート)って考えてますか?

“参入障壁“という言葉の方が比較的馴染みがあるかもしれませんが、Moat(モート)というのは、似て非なるキーワードです。

Moatとは、日本語で“堀”を指す言葉で、城を守るために周囲の地面を掘りこんで、簡単には敵に攻められないようにするアレです。水が張ってある堀もありますし、単なる溝になっている堀もあります。Moat に対して参入障壁はBarriers to Entry、ということでMoatよりは鉄壁な言葉のニュアンスに違いがあります。

しかし、Moatと参入障壁には言葉のニュアンス以上に違う点があるのです。というのも、参入障壁とはあくまでも大企業が安定した経営を続けるために築くものだからです。市場のパイを新参者に取られないように特許や規制で固め、新しい業者の参入コストを大きくすることが狙いです。

他方のMoatは、Ubieのように自社も成長しながら、マーケットを拡大していく際に築くものです。なので、前提として競合も存在しているし、市場のパイも成長しているという違いがあります。つまり、競合は今後も増える前提に立ち、それらの競合よりも早く成長できるように、自社に有利な条件をつくるという発想が必要です。喩えるなら、忍者が前に全速力で走りながら“まきびし”を後ろに撒いて、追いかける敵をさらに遅くさせるイメージです。

Moatは自社事業をつくりながら、同時に、他社との本質的な優位性を築くことが求められることにあります。

TAMが大きければ大きいほど、そのマーケットは魅力的です。目標が大きく、攻めてるスタートアップほど、真剣にMoatと向き合うことになるはずです。

Moatのジレンマ

Moatと向き合うと、とあるジレンマに気づくかもしれません。

そのジレンマとは、「作りやすいMoatは他社も乗り越えやすく、強いMoatを作るのは大変だ」ということです。手に入れやすい優位性は、あっけなく優位性を失う、つまりEasy Come Easy Goですね。

Moatは自社にとっての難易度と他社にとっての難易度で4つの象限に分けることができますが、めったにEd象限の選択肢はないということに愕然とするのです。

自社には容易だが
他社には難しい
Ed
自社・他社にとって
ともに難しい
Dd
自社・他社にとって
ともに容易
Ee
自社にとって難しく
他社には容易
De

その割に、De象限にあるような戦略は案外あるものです。当たり前ですが、この象限の戦略は回避され、選ばれません。

そうなると、事業を進めながら自然にできるようなMoatが次に魅力的に見えます。しかしこれらのMoatは他社にとっても比較的獲得が容易なEe象限にあることが多いです。例えば、事業開発を加速し、知名度の先行者利得を得ようと考える会社がこれに当たります。スタートアップの限られたリソースで築ける1~2年の先行者利得は、そこまで大きくはありません。スタートアップが数年かけて作った知名度も、大企業が本気でテレビコマーシャルを打ちまくったりすれば、あっけなく消えてしまうリスクがあります。

Ubieの例のように、KOLのような獲得コストがかかるけれど大事な顧客につかってもらうことや、リアルなユーザーデータを獲得することは自社にとっても遠回りですし、他社にとっても築くのが大変なMoat(Dd象限)です。

この象限を攻めるという一見骨が折れる泥臭い戦略は、成功すると大きなMoatを築けるというメリットがあります。そして出来上がってみると、必ず予想以上の効果があったりします。

予想以上の効果というのは「他社の意欲を削ぐ」という効果です。

追従しようと思っていた他社から見て、Dd象限のMoatが他社の手に落ちると、「自社には難しいけれど、他社はやり切った」というDe象限に見えてしまい、回避されるのです。これこそが強いMoatの他ありません。難攻不落だと敵に思われれば、仮に裏門が開いていても、敵は攻めて来ないのです。

Do things that don’t scale

Paul Graham

Paul Graham(ポール・グレアム)が言うところの「スケールしない」泥臭いことをやり切る目的は、このDd象限のMoatを作る目的だと捉えてはどうでしょうか?


後日談

このMoatの話をその後Ubieの阿部さんとしました。すると、一度DdのMoatを掘ったことで、さらに追加のMoatを掘る限界コストが下がり、当初選択肢がなかったEd領域の打ち手が増えている状況にあるそうです。
つまり、強いMoatをつくることで、提供価値とMoatが“複利加速度的”に増えている、ということを教えてもらいました。

一つ目のDdを泥臭く作り上げたUbieのサービスから得られるユーザー体験。この体験は、次なるData Moatとなるデータを生むマシンとなり、自己成長するエンジンにもなっているんですね。今後のUbieの成長と、世界への変化には期待しかありません。