新しいチャレンジを始める苦労を減らすには様々な処方箋があります。
その中でも、意思決定のプロセスによって変えられることは非常に多いのではないかと思っています。なぜなら意思決定を行う上で最大のリスクになるのが「コンセンサスリスク」であることが多いからです。
コンセンサスリスクとは
例えば、新しいテクノロジーを開発したと自称するスタートアップと出会い、投資したいと思ったとしましょう。すると、まずは一番賛成してくれそうな同僚に非公式に相談する方が多いのではないかと思います。いきなり意見を否定されることは精神的なダメージがあるため、味方になりそうな、普段の意見が近い人やどんな意見にもポジティブな反応をするような人が選ばれます。
予定通り賛同を得られても、即座に投資に至りません。次は上司に相談することになります。まだまだ不確実性の高いスタートアップに投資するとなると、上司に色々と質問されて、場合によっては詰問されていると感じるかもしれません。忙しかったり、虫の居所が悪かったりすると「そんな不確かな状態で相談するな」と言われる可能性もあります。
上司から前向きな反応が得られたとしても、チーム内、組織内から反対意見が出ることも考えられます。
一人で「新しい行動をとるぞ!」と決めたとしても、グループ内でコンセンサスを取るリスクがあるのです。優れた投資先を見つけられるかどうか、というリスク以外に社内で同意が得られるか?同意を取る過程で社内に敵を作ってしまわないか?といった「コンセンサスリスク」が立ちはだかります。

コンセンサスが意味するもの
ここで今一度「コンセンサス」について考えてみると、上の表のようにコンセンサスが得られなかったとしても、成功する案があることを忘れてはいけません。「スカンクワーク」とも呼ばれるアングラプロジェクトは、全員の賛同を得ることなく、ひっそりと進められたりするようなものがあります。有名なロッキード・マーティン社のスカンクワークスを筆頭に、内緒でひっそりと始まったプロジェクトが成功する例はよくあります。反対に、コンセンサスが得られなかったがために、見送った案件があとから大きく伸び、「あのとき、決断しておけば…」と後悔するケースもあります。つまり、コンセンサスが得られることと、結果とは直接の関係がないものの、まずは「コンセンサスが得られなければよいアイデアではない」といった考えが組織に蔓延していることはよくあります。
このようなコンセンサス主導の考えが蔓延している組織にオープンイノベーション部門やCVCが挙げられます。会社に新しい事業を生み出すために設立され、苦労して優れているスタートアップを見つけたとしても、事業部から同意が得られないといったことが起きるのです。最初のうちは、事業部への打診の仕方や説得方法に苦心しますが、次第に優れているスタートアップを見つけることよりも、事業部が気に入りそうかどうかを重視してしまいます。事業部の意見を重視した明示的な方向転換というケースもありますし、無意識のうちに評価基準が内向きになってしまうケースの、どちらもよく起こります。また別の例として、社内説得に成功し、会社が大きな金額の投資を決めたことだけでヒーローになるような組織も同様にコンセンサス主導であり、イノベーション志向ではないと言えます。大きな投資が大損害を生んだとしても、社内合意を形成した功績が評価につながるのです。このような考えが組織に存在することの善悪はさておき、私たちは一人の責任で失敗する責任を回避する傾向があると同時に、同僚や上司から賛同を得ることを大事なものと感じていると理解することができます。
コンセンサスのメリット
コンセンサスを重視することは、イノベーションを起こすエネルギーを消費するものですが、実はメリットもあります。まずはそのメリットからお話ししましょう。最大のメリットは、コンセンサスを重視することで組織内の統率が取れることです。全員が一つの事業を展開している場合には、一糸乱れぬ統一感で品質の高い事業が行えます。組織内で合意の取れないことは、組織運営上、混乱を招くこととして避けなければいけないため、コンセンサスを重視することはとても合理的です。書類だらけの組織をペーパーレス化するような(外から見て)合理的な提案も、(内側からは)反発されるのは混乱という名のコンセンサスリスクがあるからです。一人でもデジタルに弱い人がいたり、一つでも紙が必要な業務があれば、業務が滞り混乱が生じるため、コンセンサスが得られるまで非常に多くの時間と労力がかかるのです。
他にも内部メンバーの結束や、円滑な業務、人間関係などコンセンサスを重視するメリットはたくさんあります。
コンセンサスのデメリット
コンセンサスのデメリットとしてまず挙げるべきは、新しいことができないことです。新しければ新しいほど、その取り組みの結果は不透明となり、反対したくなるポイントが増えるからです。さらに、メリットとして挙げたメンバーの人間関係や結束が高まりすぎてしまうのも弊害です。成果よりもコンセンサスを重視したり、失敗したときの責任が曖昧になったり、貢献度の高い人が報われないと感じたりといった組織面のデメリットもあるのです。
私たちは機械ではなく人間です。そのため、貢献度の差はどうしても生じます。中心的に貢献した人にとって、成果が「みんなの」成果として評価されてしまえば、いずれやる気を失うでしょう。つまり同質な組織がコンセンサスを重視しすぎると、成果も出ないし、モチベーションも下がる一方です。
コンセンサスを無視!ではない
だからといって、コンセンサスを無視するべきだと言いたいのではありません。誰もがコンセンサスを無視して勝手に動くと、コンセンサスのメリットとして挙げた「チームワーク」「実行力」という2つの非常にパワフルな力がなくなってしまうからです。つまり、チームワークが不要で、実行よりも検討や構想段階においては、コンセンサスは無くても構わないということになります。
先ほどの例において、CVCを立ち上げたなら「投資」については事業部のコンセンサスは要りません。優れていると判断したスタートアップに投資ができるような仕組みを作る方が結果が得られるでしょう。ただし、投資先のスタートアップが(特に投資を行った時点で)事業部との連携に相応しいとは限りません。むしろ、破壊的なスタートアップであればあるほど、カニバリゼーションの危険があるため事業部との連携が難しいケースが多いものです。もちろん、CVC内においても満場一致での投資判断を行っていたのでは、人数が多いチームであればあるほど、本来のイノベーティブな投資はできなくなる傾向にあります。かといって、コンセンサスなしに多額な投資もできるとなると、失敗したときの被害が大きくなり、一人による一つの間違った判断で全体が壊滅することも起こり得てしまうというジレンマが生じます。
追認プロセス
このジレンマを解決することが、コンセンサスリスクを下げ、意思決定の速度を高めると同時に大きな失敗を避ける秘訣になります。そこで、実はコンセンサスなしに成功するパターンを注意して眺めてみると、実は、コンセンサスは予想外のプロセスで構築されていることが分かります。一度に築かれるものではなく、細かいステップで構築されています。最初は、口頭でのアイデア、次は簡単なビジネスモデル、その次は要素のプロトタイプ、次にピッチ…といった具合に、徐々に徐々に形にしながら合意が形成されていきます。
その際、「追認」ということが行われているのです。極端な話、「アイデア出しても良いですか?」という承認を得てからアイデアを考えないですよね?同様に、「~試してみても良いですか?」という事前承認よりも「~試してみたら○○な結果が出たんですよ!」と小さな進歩を追認していくプロセスが実態です。
つまり、承認→実行ではなく、実行→追認 という順序です。
手を動かして何らかの形にしてみてから、追認してもらうというステップを意識してみてはどうでしょう。
統計的アプローチ
最後に。実はコンセンサスを重視した方が良いときと悪いときを判断する簡単な方法があります。
それは、「普通にやると、それは失敗するような事柄なのか?」と自問自答してみることです。例えば、とある商品の見込み顧客への営業活動を行うときを一例に考えてみることにします。もし、とても商談成功率が高い商品を扱っていて、10回中9回は受注につながるような易しいものなら、過去の成功事例や失敗事例を多く知っている人たちからチェックしてもらいながら、ミスのないように準備を重ねることが大事になります。しかし、これまで成功事例がないような新商品を扱っているとすれば、過去のやり方を聞いて、失敗を繰り返さないようにすることはできますが、成功する方法は過去に試したことのない方法で行うしかありません。
難題に対して、(事前の)コンセンサスを求めすぎると、過去に失敗した方法を繰り返してしまいかねません。あるいは複数の対策を同時に取り入れるといった、非現実的で難易度の高い解決策に膨らんでしまうこともよく起きます。
統計的に成功者の少ない課題については、マイナーな解決策が正解につながるかもしれません。なぜなら、マジョリティの人が取る解決策が上手くいかない結果、成功確率が低いという可能性が高いからです。青色ダイオードを発明した中村修二さんも、多くの研究者が取り組んでいたセレン化亜鉛ではなく窒化ガリウムという材料に着目したことが大きなブレークスルーに繋がったと語っています。「優秀な研究者がこれだけ研究してきたセレン化亜鉛で結果が出ないということは、無理なのかもしれない」と考えたそうです。
つまり、どんなに難しく見える問題も過去の失敗に対しての仮説を立てたうえで、別の解決策を試してみることで突破口になることがあるということです。こんな問題や課題については、コンセンサスよりもマイナーな意見を重視するアプローチを取るのです。そうやってコンセンサスリスクや、難しい課題も前向きにとらえてはいかがでしょうか。