アップルウォッチしかウェアラブル市場で勝てないのはなぜか?

Written by 津田 真吾 on 2022-08-25

デジタルヘルス×ウェアラブル市場に参入している(しようとしている)企業は多いが、これまでのところアップルウォッチ以上の可能性を出せている会社はなさそうである。私は決してアップルファンではないので、他に良いソリューションがあってもいいはずだと思っているが、なかなか登場しそうな気配もないが、その理由を考えてみたい。

まず「ヘルスケア」という切り口で参入すると痛い目に会う

私たちの大半は基本的に健康であり、ほとんどの人にとって、病気や死を意識することはない。もし、病気や死を恐れているとすれば、すでに体調が悪かったり、病み上がりだったり、病気と隣接している状態のときである。つまり一般の人にとって、朝起きた瞬間「健康になろう」と思い立つようなジョブは抱えていない。もちろん、「健康になりたい」といった動機はあるにはあるが、具体的な活動に結びついたジョブという形では存在していないのだ。同様に「正しい食生活をしよう」とか「正しい運動をしよう」といった動機は少なからず存在しても、ショーケースの美味しいそうなご飯や、仲間に勧められた飲み会が優先してしまうのが私たち人間である。

にもかかわらず、多くのヘルスケアビジネスを始めようとする人は、「正しい健康法」の呪縛があるかのように考えてしまう。ユーザーが望んでいるものは「正しい健康法」であることは極めて稀であるにもかかわらず、正義感から「正しい健康法」を売りたくなってしまうのだ。ソリューションの入口となるジョブを正しく設定したい。

オシャレかつ便利

王者アップルは国内だけでも年間200万台以上を販売し、世界スマートウォッチ市場の30%以上を獲得したと言われている。心拍の異常といったユーザーの健康リスクを見つけ出す機能は確かに目を見張るが、その機能が欲しくて買ったという話は聞いたことがない。要するに、病院の心拍モニター持ち歩く代わりに購入するようなものではなく、付随している機能に過ぎない。また、運動量を計測したり、睡眠を測る機能も備わっているが、「運動量を測ろう」「睡眠を測ろう」というジョブのためにアップルウォッチは購入されておらず、購入動機はまったく違うところにある。特に最近は女性のユーザーが増えているが、彼女たちはオシャレなアクセサリーでありながら、スマホがなくても通知を受け取ったり、メッセージに返信がするために購入している。オシャレなアクセサリーとしては非常に割安であるうえに、ウォッチフェイスやバンドを変えることで個性も演出できるのがアップルウォッチの一つの魅力となっている。アクセサリーとしてだけでなく、鞄やポーチなどからスマホを取り出さなくても通知が見えるのも大きな特長である。ファッションとしてスマホが入るようなポケットがなかったり、小さいことも女性に受け入れられている要因となっている。

すでにiPhoneを持っていれば、スマホとの連携は非常に簡単というのも大きなメリットだ。「スマホを出しにくい環境にいながら、タイムリーに連絡を受け取りたい」というジョブを抱えた人にとっては、まさに必需品となっている。

そのうち健康を意識する

アップルウォッチを身に付けていると、健康へのフィードバックが目に入るようになる(あるいは振動で知ることになる)。歩いた歩数が基準を達成したり、座ったままの姿勢を続けなかったり、ワークアウトをしっかりすると「褒められる」。褒められると、つい嬉しくなって歩こうと意識したり、座り続けないようにユーザーは努力するものだ。「褒められたい」という欲求は誰しもが持つものだが、腕に着けた装置から褒められるためにお金を出す人はいないだろう。つまり、ユーザーは健康的な行動を取るために購入したわけではないのにもかかわらず、結果として健康的な行動変容が促されているのである。

ヘルスケアキャンバスで表現してみる

ここで成功するヘルスケア事業の検討を行うための「ヘルスケアキャンバル」というツールを私たちは開発したので紹介しよう。このキャンバスはヘルスケア関連のビジネスが成立するための要素をデザインする枠組みとなっている。まず最初にソリューションが採用されるジョブを書き込むことから始める。その後、ソリューションの一環としてユーザーについての何らかの(医学用語では「バイオマーカー」と呼ばれる)計測を行い、情報取得を行うことになるだろう。計測された結果などから、ユーザーに何らかの介入を行い、ユーザーが体験するというサイクルを通じて働きかけが続く。このサイクルは、ユーザーがソリューションを使い続けること、つまり行動変容を起こしていることを示している。そのため「行動変容ループ」の3要素のバランスがとても大切なものとなっている。例えば、正しく計測ができることだけでなく、ユーザーに対する提示や介入が適切であり、その介入の割に体験が良くなければこのループは続かないので、注意が必要だ。定着しないソリューションの多くは、ユーザーが求めてもいない介入を行い、鬱陶しい体験となってしまっている。

さらに、行動変容が起きたとしても健康状態が改善していなければ「ヘルスケア」とは言えなくなってしまうので大変だ。健康状態の改善というアウトカムがセットとなってはじめて再現性の高い事業が実現できる。こうしてジョブ、計測・診断、介入・治療、体験・フィードバック、アウトカム・結果という5つの要素を考えてヘルスケアビジネスを検討していくのだ。

このようにアップルウォッチのキャンバスを眺めると、購入の際の「採用基準」となるジョブに健康とは無関係のものをターゲットにしている点に大きな特徴がある。また、さりげない小さな「ナッジ」とも呼べるような介入によってユーザー体験を高めていることで継続的な利用につながり、これが転倒や心拍異常の早期発見を可能としている。

ヘルスケアビジネスの特異性

他のビジネスと比べると、ヘルスケアビジネスには次のような特異性がある。

  • ユーザーは「消費者」と「患者」という二つの側面を持っている
  • ユーザー自身の「症状」「病気」「生活習慣」などについて自己認識が困難
  • ソリューション利用への行動変容と、生活習慣の変容が対応する必要がある
  • 行動変容が病状の改善につながる必要がある
  • 法的な規制が非常に多い

アップルウォッチは医療機器としての承認は取らず、2015年に発売を開始した。それは上記の行動変容ループを検証するためだったのではないかと考えてみてはどうだろう。デザインが客層に受容されるか、UIが受け入れられるかなど、長時間アップルウォッチを着けたくなるような体験を提供できることをアップルは入念に検証してきたと理解してみるのだ。そのような見方をすれば、行動変容ループの検証ができてから、ヘルスケアビジネスとしての位置づけを固めていった戦略をアップルは取った。その一環として日本では2020年に心拍計測機能が医療機器として承認を獲得したのだ。

今後さらなるアウトカムが証明されれば、医療保険の対象として承認される可能性もあるかもしれない。そうなると、医師からアップルウォッチとアプリを勧められ、ユーザーは3割負担で購入できるようになり、その牙城はより崩しにくくなるだろう。

アップルウォッチのようなウェアラブルも医療機器として承認されたことで、従来の医療機器に馴染みのある企業の参入は進みそうだ。ところが、これまで述べてきたように、医師だけがユーザーで患者を診るためだけに存在していた医療機器ビジネスとは大きく異なる。必ずしもウェアラブルを用いる必要はない。スマホアプリだけのものや、逆に繰り返し通院するようなリアルサービスであっても、行動変容を求める以上は、アップルウォッチの考え方を取り入れてみてはどうだろう。

コンセンサスリスク

Written by 津田 真吾 on 2022-05-20

新しいチャレンジを始める苦労には色々なものがあります。それらを減らすために取り組めることもいくつかあります。

中でも、コンセンサスと意思決定に注目することで改善できることは多いのではないかと思っています。なぜなら、リスクとして見過ごされている「コンセンサスリスク」が手つかずであることが多いからです。

コンセンサスリスクとは

例えば、新しいテクノロジーを開発したスタートアップと出会い、投資したいと思ったとしましょう。その吉報を喜んでくれそうな同僚や上司にまずは報告する方が多いのではないでしょうか。意識・無意識にかかわらず、これは非公式な報告であり、相談とも言えるコンセンサスを取りに行った行動です。いきなり意見を否定されることは精神的なダメージがあるため、味方にであり、普段から意見を共有している近い人に話が共有されます。

ここで賛同を得られても、即座に投資に至りません。次はより公式に上司に相談することになります。まだまだ不確実性の高いスタートアップに投資するとなると、上司に色々と質問されて、場合によっては詰問されていると感じるかもしれません。忙しかったり、虫の居所が悪かったりすると「そんな不確かな状態で相談するな」と言われる可能性もあります。

上司から前向きな反応が得られたとしても、組織内の他のメンバーから反対意見が出ることも考えられます。

「新しいことをする」ということが事前に合意されていたとしても、それぞれの「新しいこと」を行う際には「コンセンサスが取れない」というリスクがあるのです。優れた投資先を見つけられるかどうか、というリスク以前に社内で同意が得られるか?同意を取る過程で社内に敵を作ってしまわないか?といった「コンセンサスリスク」が立ちはだかります。これは投資に関わらず、新商品についても「社内で合意が得られなければ、そもそも発売できない」といったさまざまな意思決定に関わる問題です。新規性の高い尖った商品企画も、社内で揉まれているうちに丸くなってしまうのも、コンセンサスを取る際の副作用です。

コンセンサスと結果

コンセンサスが意味するもの

コンセンサスの厄介な点は、「コンセンサスが取れる」ということと「成功する」ということが必ずしも一致しないという点です。秘密裏に進めたアングラプロジェクトが、全員の賛同を得ることなく大成功したという例はいくつも挙げられます。反対に、コンセンサスが得られなかったがために、見送った案件があとから大きく伸び、「あのとき、もっと強く主張しておけば…」「もっとみんなが賛同してくれれば」と後悔するケースもあります。

コンセンサスが得られる意思決定と、その意思決定の結果とは直接の関係がないものの、「コンセンサスが得られなければよいアイデアではない」といった考えが組織に蔓延していることはよくあります。

ここで、意思決定の結果よりもコンセンサスを重視することを「コンセンサス主導」、コンセンサスを犠牲にしてでも結果にこだわることを「イノベーション志向」と仮に呼びたいと思います。

一部の組織は、現状を保ち、組織の安定を目指します。PTAはその代表例です。民主的にコンセンサスを取ることが期待されているコンセンサス主導な組織です。スタートアップやベンチャーキャピタルなどはその対極で、イノベーション志向な組織になります。しかし、イノベーション志向であるはずなのに、コンセンサス主導の考えが蔓延している組織があります。その代表例が大企業のオープンイノベーション部門やCVCです。これらの組織は、会社に新しい事業を生み出すために設立され、成長が期待できるビジネス案やスタートアップを発見することがミッションであるにもかかわらず、コンセンサス主導となっているケースが少なくありません。

コンセンサス主導なCVCでは、苦労してやっと有望なスタートアップを見つけたとしても、事業部から同意が得られないため出資を見送るといったことが起きます。最初のうちは、事業部への打診の仕方や説得方法に苦心しますが、次第に優れているスタートアップを見つけることよりも、事業部が気に入りそうかどうかを重視し、スタートアップの見極め方にもバイアスがかかってしまうのです。もちろん、事業部とのシナジーを重視した明確な戦略転換というケースもありますが、無意識のうちに評価基準が内向きになってしまうケースもよく起きているようです。逆のケースとして、コンセンサス主導な投資決定を重視するあまり、社内説得に成功し、会社が大きな金額の投資を決めたことだけでヒーローになるような組織も同様にコンセンサス主導であり、イノベーション志向ではないと言えます。その大きな投資が大損害を生んだとしても、社内合意を形成した功績が評価されているという意味で、コンセンサス主導なのです。

イノベーション志向をいくら目指しても、コンセンサスの誘惑は大きいものです。その理由として、意思決定の結果は数年先まで出ないのに対し、周囲の賛同や反対は目の前にやってくる点が大きいのではないでしょうか。他にも、一人の責任での失敗を回避する傾向があることや、同僚や上司からの評価を大事なものと感じている点なども大きいと思います。

コンセンサスのメリット

「イノベーション志向」と「コンセンサス主導」と分けてしまうと、対立するようなもののように感じるかもしれません。確かにコンセンサスを重視することは、イノベーションを起こすエネルギーを消費するものですが、実はメリットもあります。まずはそのメリットからお話ししましょう。最大のメリットは、コンセンサスを重視することで組織内の統率が取れることです。全員が一つの事業を展開している場合には、一糸乱れぬ統一感で品質の高い事業が行えます。組織内で合意の取れないことは、組織運営上、混乱を招くこととして避けなければいけないため、コンセンサスを重視することはとても合理的です。書類だらけの組織をペーパーレス化するような(外から見て)合理的な提案も、(内側からは)反発されるのは混乱という名のコンセンサスリスクがあるからです。一人でもデジタルに弱い人がいたり、一つでも紙が必要な業務があれば、業務が滞り混乱が生じるため、コンセンサスが得られるまで非常に多くの時間と労力がかかるのです。

他にも内部メンバーの結束や、円滑な業務、人間関係などコンセンサスを重視するメリットはたくさんあります。

コンセンサスのデメリット

コンセンサスのデメリットとしてまず挙げるべきは、新しいことができないことです。新しければ新しいほど、その取り組みの結果は不透明となり、反対したくなるポイントが増えるからです。さらに、メリットとして挙げたメンバーの人間関係や結束が高まりすぎてしまうのも弊害です。成果よりもコンセンサスを重視したり、失敗したときの責任が曖昧になったり、貢献度の高い人が報われないと感じたりといった組織面のデメリットもあるのです。

私たちは機械ではなく人間です。そのため、貢献度の差はどうしても生じます。中心的に貢献した人にとって、成果が「みんなの」成果として評価されてしまえば、いずれやる気を失うでしょう。つまり同質な組織がコンセンサスを重視しすぎると、成果も出ないし、モチベーションも下がる一方です。

コンセンサスを無視!ではない

だからといって、コンセンサスを無視するべきだと言いたいのではありません。誰もがコンセンサスを無視して勝手に動くと、コンセンサスのメリットとして挙げた「チームワーク」「実行力」という2つの非常にパワフルな力がなくなってしまうからです。つまり、チームワークが不要で、実行よりも検討や構想段階においては、コンセンサスは無くても構わないということになります。

先ほどの例において、CVCを立ち上げたなら「投資」については事業部のコンセンサスは要りません。優れていると判断したスタートアップに投資ができるような仕組みを作る方が結果が得られるでしょう。ただし、投資先のスタートアップが(特に投資を行った時点で)事業部との連携に相応しいとは限りません。むしろ、破壊的なスタートアップであればあるほど、カニバリゼーションの危険があるため事業部との連携が難しいケースが多いものです。もちろん、CVC内においても満場一致での投資判断を行っていたのでは、人数が多いチームであればあるほど、本来のイノベーティブな投資はできなくなる傾向にあります。かといって、コンセンサスなしに多額な投資もできるとなると、失敗したときの被害が大きくなり、一人による一つの間違った判断で全体が壊滅することも起こり得てしまうというジレンマが生じます。

追認プロセス

このジレンマを解決することが、コンセンサスリスクを下げ、意思決定の速度を高めると同時に大きな失敗を避ける秘訣になります。アングラプロジェクトのように、一見コンセンサスなしに成功するパターンを注意して眺めてみると、実は、コンセンサスは取られていることに驚きます。またそのコンセンサスの構築については予想外のプロセスが取られているのです。意外にも、そのプロセスは非常に細かく、最初は口頭でのアイデア、次はメモ書き程度の簡単なビジネスモデル、その次は要素のプロトタイプ、次にピッチ…といった具合に、徐々に徐々に形にしながら合意が形成されていっているのです。

しかも、その合意の際には「追認」ということが行われているのです。合意してから進めるのではなく、進めてから合意していくプロセスを取ります。極端な例で考えてみるとわかりやすいのですが、「アイデア出しても良いですか?」という承認を得てからアイデアを考えたりはせず「こんなアイデアどうですか?」ということです。同じように「~試してみても良いですか?」という事前承認よりも「~試してみたら○○な結果が出たんですよ!」と小さな進歩を追認していくプロセスが取られているのです。

つまり、承認→実行ではなく、実行→追認 という順序です。

とにかく、コンセンサスリスクを恐れるあまり、議論ばっかりになったり、意思決定が凡庸になってしまうような事態は避けたいものです。コンセンサスが重要な場面では、手を動かして何らかの形にしてみてから、追認をするプロセスを取り入れてはどうでしょう。

イノベーションは国を創る。

Written by 津田 真吾 on 2022-02-28

ロシアによるウクライナ侵攻に憂う。人類は経済やスポーツなどというゲームを発明した。この発明によって私たちは、争いたい、勝ちたい、競争したい、といった根源的なジョブを健康的に処理する術を身に付けた。イノベーションは、Win-Winを生み出す。私たちの選択肢を増やし、戦争や人殺しといったLose-Loseの行為から目を背けてくれる。

Moatとは?参入障壁と何が違うのか?

Written by 津田 真吾 on 2022-02-08

まず最初にUbieの創業チームが話しているこのポッドキャスト、めちゃくちゃ面白いんでスタートアップとか事業開発やってる人は是非聞いてください!
とくにMicrosoftとSlackの分析は冷静かつ謙虚かつ大胆ですごいです。

(Ubieを知らない人も少なくなっているかもしれませんが、ユビーAI受診相談などを開発しているユビーです。最近は海外進出し、英語版もリリースしてたりします。)

さて、これを聞いて触発されたので書くんですが、Moat(モート)って考えてますか?

“参入障壁“という言葉の方が比較的馴染みがあるかもしれませんが、Moat(モート)というのは、似て非なるキーワードです。

Moatとは、日本語で“堀”を指す言葉で、城を守るために周囲の地面を掘りこんで、簡単には敵に攻められないようにするアレです。水が張ってある堀もありますし、単なる溝になっている堀もあります。Moat に対して参入障壁はBarriers to Entry、ということでMoatよりは鉄壁な言葉のニュアンスに違いがあります。

しかし、Moatと参入障壁には言葉のニュアンス以上に違う点があるのです。というのも、参入障壁とはあくまでも大企業が安定した経営を続けるために築くものだからです。市場のパイを新参者に取られないように特許や規制で固め、新しい業者の参入コストを大きくすることが狙いです。

他方のMoatは、Ubieのように自社も成長しながら、マーケットを拡大していく際に築くものです。なので、前提として競合も存在しているし、市場のパイも成長しているという違いがあります。つまり、競合は今後も増える前提に立ち、それらの競合よりも早く成長できるように、自社に有利な条件をつくるという発想が必要です。喩えるなら、忍者が前に全速力で走りながら“まきびし”を後ろに撒いて、追いかける敵をさらに遅くさせるイメージです。

Moatは自社事業をつくりながら、同時に、他社との本質的な優位性を築くことが求められることにあります。

TAMが大きければ大きいほど、そのマーケットは魅力的です。目標が大きく、攻めてるスタートアップほど、真剣にMoatと向き合うことになるはずです。

Moatのジレンマ

Moatと向き合うと、とあるジレンマに気づくかもしれません。

そのジレンマとは、「作りやすいMoatは他社も乗り越えやすく、強いMoatを作るのは大変だ」ということです。手に入れやすい優位性は、あっけなく優位性を失う、つまりEasy Come Easy Goですね。

Moatは自社にとっての難易度と他社にとっての難易度で4つの象限に分けることができますが、めったにEd象限の選択肢はないということに愕然とするのです。

自社には容易だが
他社には難しい
Ed
自社・他社にとって
ともに難しい
Dd
自社・他社にとって
ともに容易
Ee
自社にとって難しく
他社には容易
De

その割に、De象限にあるような戦略は案外あるものです。当たり前ですが、この象限の戦略は回避され、選ばれません。

そうなると、事業を進めながら自然にできるようなMoatが次に魅力的に見えます。しかしこれらのMoatは他社にとっても比較的獲得が容易なEe象限にあることが多いです。例えば、事業開発を加速し、知名度の先行者利得を得ようと考える会社がこれに当たります。スタートアップの限られたリソースで築ける1~2年の先行者利得は、そこまで大きくはありません。スタートアップが数年かけて作った知名度も、大企業が本気でテレビコマーシャルを打ちまくったりすれば、あっけなく消えてしまうリスクがあります。

Ubieの例のように、KOLのような獲得コストがかかるけれど大事な顧客につかってもらうことや、リアルなユーザーデータを獲得することは自社にとっても遠回りですし、他社にとっても築くのが大変なMoat(Dd象限)です。

この象限を攻めるという一見骨が折れる泥臭い戦略は、成功すると大きなMoatを築けるというメリットがあります。そして出来上がってみると、必ず予想以上の効果があったりします。

予想以上の効果というのは「他社の意欲を削ぐ」という効果です。

追従しようと思っていた他社から見て、Dd象限のMoatが他社の手に落ちると、「自社には難しいけれど、他社はやり切った」というDe象限に見えてしまい、回避されるのです。これこそが強いMoatの他ありません。難攻不落だと敵に思われれば、仮に裏門が開いていても、敵は攻めて来ないのです。

Do things that don’t scale

Paul Graham

Paul Graham(ポール・グレアム)が言うところの「スケールしない」泥臭いことをやり切る目的は、このDd象限のMoatを作る目的だと捉えてはどうでしょうか?


後日談

このMoatの話をその後Ubieの阿部さんとしました。すると、一度DdのMoatを掘ったことで、さらに追加のMoatを掘る限界コストが下がり、当初選択肢がなかったEd領域の打ち手が増えている状況にあるそうです。
つまり、強いMoatをつくることで、提供価値とMoatが“複利加速度的”に増えている、ということを教えてもらいました。

一つ目のDdを泥臭く作り上げたUbieのサービスから得られるユーザー体験。この体験は、次なるData Moatとなるデータを生むマシンとなり、自己成長するエンジンにもなっているんですね。今後のUbieの成長と、世界への変化には期待しかありません。

なぜ Generation Z をターゲットにするべきでないか?

Written by 津田 真吾 on 2022-01-12

若者世代をターゲットにしたビジネスは成功しずらい。特に「X世代」とか「Y世代」とか「Z世代」とか「ゆとり世代」とか「さとり世代」とか、そういう世代をターゲットにすると成功は厳しい。結論から言うと、“世代”をターゲットにすると失敗するが、“世代”を忘れることができれば、成功の一歩目は踏み出せる。少し説明しよう。

なぜ難しい世代なのか?

これまで団塊世代や団塊ジュニアをターゲットに成功してきた企業は、市場の先細り危機感から何度も企業は若者の消費を喚起しようとチャレンジをしては失敗している。

その失敗の原因には色々な説があり、どれも説得力がある。

  • 若者は可処分所得が少ない。
  • 若者はデジタルでほとんど事足りるので、クルマやテレビなど「~離れ」が起きやすい。
  • 若者は衣食住が足りているので消費意欲が低い。
  • 若者の価値観は違うので、従来のマーケティング手法が役立たない。

これらの理由は納得感が高いので、たまに「若者の価値観を持った若者」「ジェネレーションZ向けのマーケティング」をやっているのを見ると、それを信じて託したくなる。しかし、残念ながらジェネレーションZが起業してジェネレーションZ向けのビジネスを行ったとしても必ずしも成功確率が高いとは言い難い。

その理由はジョブ理論から考えれば明らかだ。

「世代」が消費するわけではない

前述したように、「団塊の世代」「団塊ジュニア」という2つの画一的なマーケットが存在したために、私たちは「世代」というのは一つの消費性向を持つものだと考えがちだ。しかし当たり前だが、同じZ世代でも大谷翔平さん、藤井聡太さんといったアグレッシブな人もいるし、そうでない人もいる。

そう考えると、それまでの世代で「世代別マーケティング」が偶然にも成功してしまったことの方が悲劇なのかもしれない。

状況がジョブをつくり出す

人間は、環境が激変すると必要なものが同じになる。急に感染症が蔓延した2019年、人々はマスクを買うのに躍起になった。石油や石油商品がなくなる(もしくはなくなる不安)という状況に陥ると、石油ショックのときのように狂った消費に走る。消費税率が変わったときも覚えているだろうか、高額商品を購入しておこうと色々なものの特需が生まれた。

コロナでリモートワークを強制されるとZOOMやTEAMSを「雇った」のも同じ構図である。ジョブ理論では、「状況がジョブをつくる」という言い方をするが、とある状況からの進歩を目指すとき、その進歩のステップがジョブとなり、消費に結びつく。

Generation Zをどう観察するか?

私は決して若者世代ではないし、若者の「価値観」が分かっているわけではない。しかし、彼らがどのような「消費行動」を取っているのかは注意深く観察するとよくわかる。いくつかそのポイントを紹介しよう。

1.「消費」はお金を使うとは限らない。
私たちは、一般に稼ぐ力の弱い若年世代のうちは、お金よりも時間を消費する。特急料金を払わず青春十八きっぷで旅をしたり、高速道路を使わず一般道を走った。相対的に時間と体力があり、お金のない状況にある若者の「消費行動」を知るには、売り上げデータとにらめっこしていても答えがでないだろう。無料で遊べるゲームやSNSがふんだんにある今の状況ではなおさらである。

2.どこにでも行けるし、同時に複数の「所」に行ける。
GenZより30歳以上離れた諸先輩方は、どこに行くのも「リアル」でしか行けなったし、誰と会うのでも「リアル」でしか会えなかった。電話こそあったが、留守だったりすると連絡がつかない。なので、誰かと会いたければ半日以上かけて移動したり、待ち合わせしたり、コストも時間もかかるのが当たり前だったのに対し、現在はサクッと話をしたり、メッセージを送っておくこともできるし、会いに行くにしても交通機関はかなり便利になっている。移動中も“繋がって”いられるし、他の人と直前まで話していることもできるのだ。つまり、たくさんの選択肢があるだけでなく、「全部」を叶えることも難しくなくなっている。若者の行動は同時に1つとは限らないのだ。

3.情報だけはあるので、「選択」にも時間がかかる。
ググればほとんどの情報は手に入る。書籍も格段に多く、何か一つの行動を取る際にも選択肢が比べ物にならないほど増えている。しかし、この情報を処理する人間の脳は変わっていないため、さまざまな選択肢から結論を出すには時間がかかる。大人たちから見れば、何もやっていないように見えるし、「迷って」決断が遅く見えるかもしれないが、選択肢を探すことも含めて選択そのものに非常に時間がかかっている点も注意に値する。子供のころから将棋や野球の道を目指し、恵まれた才能もあれば「迷い」も減るかもしれないが、そうでない大半の若者は買い物一つ取っても選択に非常に時間をかけている。

4.とにかく多様である。
当たり前かもしれないが、とにかく多様である。前述したように、選択肢も多く、同時に複数の選択をすることもできるし、何も選択しなくても大丈夫な状況に置かれていると、色々なことが可能である。戦後の貧しい時代に若者だった団塊世代は、とにかく金銭的に豊かになるということが当然の進歩になる。しかも、終戦というタイミングからよーいドンで経済的豊かさを追求すれば、同じタイミングで家電や家、クルマなどといった同じものを消費するという分かりやすい行動パターンになる。同時期に生まれた彼らのジュニアたちも同期した成長をするため、デモグラフィックが有効だ。だがしかし、豊かになった時代以降に成長するということは一体何を意味するのか?豊かさ以外に人生で追及することと言えば…そう一概に言えないのだ。まさに個性が違いを生むし、好みや趣向が占める割合が多くなる。「世代」という括りで見ると答えが多すぎて戸惑ってしまうはずだ。

5.「悟って」はいない。
「さとり」世代とか、達観世代という別名もあるように、何かに深くのめりこむことができていないように見えるかもしれない。だが、それはまだたくさんあるオプションを試し切れていないだけだと理解した方が良いだろう。「悟った気になる」ことはどの世代であろうとも若者の特権ではあるが、決して悟ってはいないのだ。行動を見れば、色々なものに興味が移るし、同時に複数のことに興味を持っているようだ。深読みしすぎず、かえってその多次元的、同時並行的な行動と状況からジョブを紐解くことをお勧めする。

GenZをターゲットにしたビジネス

ここまで書いて分かるように、「Generation Zをターゲットにしたビジネス」という、粗く、年齢セグメントに着目したビジネスはお勧めしない。しかし一方で彼らの消費行動はネットやメタバースにも波及しているし、同時に複数の消費も可能な貪欲なマーケットだ。また、ほとんどの企業が失敗しているマーケットであるため、チャンスは大きいと言える。TikTokなどの成功事例もある。まず、コツは解像度を高めて「~な状況に置かれた若者」といったターゲット設定をすることから始めることをお勧めする。さらに、以下の観点で優れた解決策を生み出すことができたら面白いだろう。

  • 「選ぶ」プロセスや「選ぶ」体験価値はもっと高められる
  • 「何者にもなれる」ことは「何者でもない」という矛盾を秘めており、感情的ジョブ、社会的ジョブの源泉である
  • 「暇つぶし」は大切なジョブである
  • インターネット、さらにメタバース内のキャラクターにもジョブがある