イノベーションを生み出す組織の構成要素

Written by 星野 雄一 on 2021-05-11

INDEE Japanはイノベーションを支援しているのですが、このイノベーションという言葉を使った会話する時に少し気持ち悪さを感じることがあります。色々な方がイノベーションという言葉を使うのですが、人によってまあ意味合いが違うので、色々な方と交流する場合に使い分けないと会話が噛み合わないということが起きがちなのです。

スタートアップしかり大企業しかり、事業開発を行われている方にとってのイノベーションは事業を立ち上げ、グロースして世の中が実際に変わると言う意味合いで使われていることが多いです。一方で人事・人材系をはじめとした側方支援をなされている方がイノベーションに込めているのは創造性、場合によっては人生が豊かになるという意味合いが強いと感じます。大きく捉えれば、創造性が豊かになることによって、結果的に事業創出に繋がってはいくので、まあ同じようなところを目指しているのだとは思うのですが、各担当者のイノベーションという言葉に込めるゴールや願いは明らかに違うと感じます。ジョブ理論をご存知の方からすると、各自のジョブが違うということです。

だから会社の中でイノベーションを興そう!とみんなが思うのですが、どうもアプローチがチグハグな感じがしてしまうことがままあります。もし、イノベーションカンファレンスなんて言うものを実施した場合はあらゆるものが含まれて実態が全くわからないものになりそうです。

とは言え、大きな願いは同じですから、そもそも両者が融合した状態というのはどんなものかを整理してみました。

これはイノベーション実現に向けて必要な要素を書き記しています。個人が持っていると良い要素、会社が持っていると良い要素で分け、それぞれ目標軸、能力軸、土壌軸で示しています。緑色は人にオレンジ色は事業に関連する要素です。

 

まずは人に関連する要素を見ていきましょう。

 

  • 自分の興味・関心とつながる(目標×個人)
    内発的なモチベーションという観点で言えば、自分の興味や関心と連動している方が駆動力が高まります。また自分や家族に特定の問題があり、その解決策を生み出すような事業開発であれば個人的なメリットも享受できるという視点もあります。やはり原体験が自分のジョブというのは強いです。

 

  • 自分の成長やキャリアにつながる(目標×個人)
    個々人がキャリアを意識する時代ですし、この事業開発を成功させることで次のキャリアの道が開かれるのであれば積極的に取り組みますね。また経営者や起業家になりたいのであれば、社内で近い体験をできるのは大きなメリットです。人によっては出世や高い報酬につながることが大きな駆動力になり得ますが、もはや金銭的報酬というこの考え方自体に世代差はあるかもしれません。

 

  • 自己効力感を持っている(土壌×個人)
    目標に対して、自分ならやれると思っている程度が強ければ、もちろん実現可能性が高まります。人は想像できることは実現できるとも言いますし、何より新規事業において全能感は結構大事だと感じます。

 

  • 心理的安全性を担保している(土壌×会社)
    言わずもがなですが、意見やアイデアの出しやすさはイノベーションにとって大事なポイントです。一見馬鹿げたアイデアから大きなイノベーションは生まれます。もちろんアイデアを磨くためにディスカッションも忘れずに。最初のアイデアを起点にどんどん磨かれますので。

 

  • 信頼できる仲間がいる(土壌×会社)
    一人で全ての能力を持っている人はいないでしょう。やはり補完しあえる仲間の存在は重要です。そのためには金太郎飴の量産ではなく個の能力を磨き上げる組織能力は必要です。またスキルが補完できれば良いのではなく、お互いの尊敬と信頼を持ち続けられるかが大事です。

 

人事・組織開発系のレポートだとこの辺りの文脈が強く主張されている感覚を受けます。どちらかと言うと良い職場・良い会社ということなのかもしれません。

その上で事業を立ち上げる、グロースさせるという結果につなげる上で大事な要素を見てみます。

 

  • 具体的な分野を示している(目標×会社)
    よく、どんな分野でも良いから新たなアイデアを!という企業もいますが、実際にはこの分野でイノベーションを起こしたいというのがあります。個人の能力が極めて高く、個の突破力を軸にビジネス展開するような集団である場合を除き、会社組織であれば最初に大枠は示した方が有効だと感じます。なんでもよい!と言われて行動に移りやすくなる人もいますが、実際は大枠を示された方が動きやすい人は多いからです。

 

  • 目指す目標値が明確である(目標×会社)
    事業化と呼ぶにはどのくらいの規模を求めるのかを示すことも欠かせません。シーズやアイデアの段階から数字に拘り過ぎるのは避けた方が良いですが、最終的にはどのくらいの規模を求めるのかは欲しいところです。それを意識してグロースプランを描くからです。もちろん全てが大きな成長につながるアイデアになるわけではないので、個別事業の目標だけではなく、新規事業全体としての目標があると凸凹も含めて投資対効果も見やすいでしょう。目標を具体化することは事業の生存率も含めてどの程度のアイデアを走らせるべきかの目安にもなります。

 

  • 事業を起こすためのスキルを持っている(能力×個人)
    既存事業で結果を出すためのスキルと新規事業を推進するために必要なスキルは違います。やはり失敗確率を下げるためにも新規事業開発に必要な知識やスキルを身につけておくことが必要です。研修などを行うのも一つの手ですが、人間は新しい知識をどうしても自分の枠で捉えがちなので、分かった気で終わらず、アンラーニング&インストールするために、一定期間の経験学習は欠かせないでしょう。

 

  • 事業を潰さないスキルを持っている(能力×会社)
    現在、企業でマネジメントをしている方の多くは既存事業の維持・成長・発展に関わっていることでしょう。既存事業の良し悪しを見立てるには知識・経験を多く積んできていますが、新規事業をレビュー・評価する立場になった際には指針となるものがなく困惑したり、良かれと思ったアドバイスで潰したりするケースが散見されます。事業未満の新規事業には特定のコメントを言うべきタイミング、控えた方が良いタイミングがあります。両利きの経営とも言われている通り、今の時代は二刀流でのマネジメントスキルが必要です。

 

  • 事例を共有している(能力×会社)
    これは組織変革的な視点ではありますが、自社で行われた事例というのは次に挑戦する人への希望の光と道標になります。事例は成功のポイントだけ示しても片手落ちで、失敗例も分析をして伝えることも大事でしょう。意図的に社内広報する設計が必要ですね。今の事業を高い精度でレビュー・マネジメントできていたり、社員がそれなりに活動できているのは、公式なナレッジか伝え聞いた噂か問わず、様々な事例の蓄積によるものですから、将来そうなるように。

 

  • 新規事業開発のプロセスがある(土壌×会社)
    これも組織にとっては成功の再現性を高めるという意味合いでとても重要です。事業開発のプロセスについては様々な書籍でも語られはじめましたし、形式知が進んでいると感じます。この知識を経験と共に自社流のプロセスにしていきます。ここで注意しなければいけないのが、元からある自社カルチャーに合わせるのではなく、一般化されたプロセスに自社を合わせるスタンスで臨む方が当面は良いということです。個人と同じでアンラーニング&インストールですね。

 

この要素が揃った時に事業開発と組織開発の両輪が噛み合った状態なのだと考えられます。(こんなのものあるんじゃない?といったコメント大歓迎です!)

 

では、どのようにこの状態まで持っていけばよいか?

ビジョナリーで現場まで浸透させる能力を持つ経営と、各項目を積み上げる現場リーダー陣が揃っていれば、一気にビックバン的(古い・・笑)にこの状態を目指せるのかもしれませんが、そういう変革アプローチはあまり日本企業的ではない感じもありますので、どのように目指していくかは今後また書いてみたいと思います。

インタビューの壁

Written by 星野 雄一 on 2021-04-20

 マーケティングの世界で古くから使われている格言に「ドリルを買いに来た人が欲しいのはドリルではなく穴である」というものがあります。私たちも事業開発の支援をする際にイメージとしてこの言葉を伝えることも多々あります。この古い言葉を今なお引用するくらい製品やサービスを提供する側にいるとどうしてもより性能が良いもの、より品質が良いものといったプロダクト中心の視野になりがちだと感じます。

 もちろん、多くの方はご自身のクセに気づき、そこから脱却するべくジョブの発見にチャレンジしていきます。やはり会議室で分析的に妄想を膨らましていても前には進まないことを感じるのでしょう。ジョブを持っていそうな方々にインタビューをされるケースは多いです。(私たちもそれをお勧めしますので)

 ただ、実際にインタビューに行くとそれはそれで苦戦するようです。ドリルの例で例えると、このような質問を投げかけるようです。「どんな大きさの穴を開けたいのか」「材質は何か」「数個の穴を開ければ良いのか、毎日多くの穴を開けなければならないのか」

 もちろんこれによって、どんな”ドリル”を提案すれば良いかは見えてくるという一定の気づきはありますし、この情報をドリルの新機種開発に役立てることもできます。しかし、本当に実現したいことはこのような顧客にあったドリルの提案や持続的イノベーションではないはずですよね。

 新規事業を、今までとは違うイノベーションを産み出そうとしているのであれば、もう少し突っ込んだ行動をやってみることをお勧めします。

 例えば、もし慣れないDIYにチャレンジする父親に先ほどのようなインタビューをすると、穴に着目したインタビューでも、たまにDIYで使えて、簡単に操作できて、といった回答が得られるとは思います。ただこれだけだと「便利なドリルが欲しい」で終わってしまいますが、それを通して何を実現したいのか?というところに着目したいものです。例えば「子供たちにいいところを見せたい」というジョブが見えてくるかもしれません。ここに着目すれば、父親のジョブを満たすのは穴でもドリルでもなく、違う手段も十分に考えられますし、敢えて経験もスキルもないDIYで困難な道を目指すよりももっと簡単な方法があれば、そちらを採用する可能性も出てきます。もちろん父親がDIYや自分で何かを作るといったことにこだわりを示しているのであれば、このジョブに着目しつつも、技術がなくてもワンタッチで綺麗に穴を開けられるドリルと考えることも可能です。

 インタビューに同席することもあるのですが、その際に良く見る例は相手のジョブを確認せずにインタビューを進めるパターンです。ジョブを抑えなくても顧客のことは今までよりもよく分かるでしょう。ただ、今までの思考の慣習で「穴」までしか視野が広がっておらず、プロダクトアウト意識が残っているように思えます。これが意外と目に見えない壁なのかもしれません。

 今後提案しようと目論んでいるプロダクトが何かは傍に起き、敢えて「その行為を通して得たいことは何なのか」という問いを投げかけてみてはいかがでしょうか。そうすると、何がジョブで、何が障害なのか、そして今やっていることに対する違和感がもっと解像度高く見えてくるはずです。

論語と算盤とジョブ理論

Written by 山田 竜也 on 2021-04-02
常盤橋のたもとの青淵 渋澤栄一の像 筆者撮影
常盤橋のたもとの青淵 渋澤栄一翁の像 筆者撮影

INDEE Japanの創業の地、日本橋本石町近く、常盤橋のたもとには青淵 渋澤栄一の像があります。新一万円札、大河ドラマで一躍、渋澤栄一本人の認知度が上がっていますが、それ以前から、渋澤翁の残したものは、多くの人が見知っているはずです。第一国立銀行(現:みずほ銀行)、日本鉄道(現:JR東日本)、東京瓦斯会社(現:東京ガス)等知らない人はいないでしょう。こうした誰もが知っている企業を含め、500社以上の企業の創設に関わった稀代の起業家、実業家である渋澤翁です。

渋澤翁は、その著書「論語と算盤」の中で、人間性(論語)とビジネスでの損得勘定(算盤)は両立させられる事を説き、「武士は食わねど高楊枝」の人間性、高潔性だけの世界から、人間性とビジネスでの金儲けを両立させる世界へと、幕末から明治への転換を推し進めました。

我々INDEE Japanも社名のINDEEに、Inspire, Innovate, Design, Developmentのビジネスでの革新に必要な行動と、Ecological, Ethicalの革新の方向性をガイドする言葉を込めています。渋澤翁の功績には遠く及びませんが、イノベーティブなやり方でより良い世界を作るために日々活動しています。

 

そんな渋澤翁の残した考え方、「論語と算盤」一節に、次の様なものがあります。

『孔夫子の論語に説かれた人物観察法は、まず第一にその人の外部に顕われた行為の善悪正邪を相し、それよりその人の行為は何を動機にしているものなるやを篤と観、さらに一歩を進めて、その人の安心はいずれにあるや、その人は何に満足して暮らしてるや等を知ることにすれば、必ずその人の真人物が明瞭になる』

『その人の外部に顕われた行為』を視て、
『その人の行為の動機』を観察し、
『その人の安心(目的)』を推察する。

この視・観・察は「論語と算盤」の中では”人物の見極め方”として挙げられていますが、この見立て方は、ジョブ理論の”人の消費行動の理解の仕方”とピッタリ符合します。この視・観・察をジョブ理論の文脈で語ると以下の様になります。

『消費者が実際に行なっている行動 Solutions、そこでの障害 Barries』を観察・インタビューする
『消費者が本当にやりたい事、その行動により解決したい事 Job』を発見する
『消費者が解決する事で何を達成したいのか Objective』を推察する
模式的に表すと以下の図になります。

JOBSメソッド®︎ JOBSフレームの概念図
JOBSメソッド®︎ JOBSフレームの概念図

 

改めて、本質的な物の考え方は普遍的だという事を思います。渋澤翁は幕末の人々に「論語」を引用し、そこに「算盤」という概念を重ね合わせて、双方のバランスを取ることの大切さ、有用さを伝えました。

我々は、クリステンセン氏の「ジョブ理論」を引用し、そこに新規事業開発に必要な要素を盛り込んだJOBSメソッド®︎を開発し、実践的なイノベーションの起こし方、新規事業開発の進め方をお伝えしています。

最後は宣伝の様になってしまいましたが、今後も、普遍的な考え方を大事にしつつ、時代にあったアレンジで実践的で役立つ手法をお伝えしていきます。INDEE Japanからの発信にご期待ください!

イノベーションをつかさどる8つの原則

Written by 津田 真吾 on 2021-03-23

イノベーションは革新的なこと。
だから、法則や公式、プロセスとは縁遠いと考えがちですが、イノベーションの性質から考えるといくつかの法則は導けることも知られています。
CB Insightsでは、成功するスタートアップを理解する8つの法則を発表しています。どれも興味深い内容ですので、ここでご紹介したいと思います。

1.ムーアの法則
1965年にインテルの共同創業者ゴードン・ムーアがこの有名な法則を予言しました。1つの半導体チップ上のトランジスタ数は18カ月ごとに倍増することをムーアは予測し、そのトレンドは概ね持続していることが知られています。つまり、計算速度は今後も増え、計算に必要なコストは下がり続ける前提が必要ということです。

2.メトカーフの法則
ネットワーク通信の価値は、接続されているシステムのユーザ数の2乗に比例する、という法則。裏を返すと、ある一定の規模を超えないとネットワークにはほぼ価値がない、ということです。この原則を知らないと、プラットフォーム戦略は成功しません。プラットフォームは作るだけでなく「クリティカルマス」とも言われる規模を超えるような規模まで成長させなくてはいけないということです。

3.ゴールの法則
“正常に動作する複雑なシステムは、例外なく正常に動作する単純なシステムから発展したものである。逆もまた真であり、ゼロから作り出された複雑なシステムが正常に動作することはなく、またそれを修正して動作させるようにもできない。正常に動作する単純なシステムから構築を始めなければならない。”
MVPを設計するのもこういう発想ですが、複雑な製品もシンプルな機能に還元して作り始めなくてはいけません。そのシンプルな機能は取りも直さず顧客ジョブを解決するものです。

4.2枚のピザの法則
アマゾンのベゾスが発見したと言われるのがこのピザ2枚ルールです。スタートアップのチームは、ピザ2枚でお腹がいっぱいになる人数を超えてはならない、という法則です。多くの仮説検証を行い続けるチームにとって、密なコミュニケーションと意思や価値観の共有が大切です。6~8人を上限にチーム作りを考えるのがいいでしょう。

5.コンウェイの法則
製品は組織に従う、という法則をソフトウェアエンジニアだったコンウェイが1968年に発表しました。製品構造は無意識的に、組織構造に倣ってしまうということです。アップルのような強いデザイナー兼アーキテクトがいる場合には、非常に統合的で強く閉鎖的な製品構造に、GITHUBはフラットでオープンな組織が自律的に多元的に開発しています。

6.”クソ”クリックスルーの法則
アンドリーセン・ホロウィッツのパートナーであるチェン氏が名付けたこの法則は、どんなマーケティング手法も次第に効果がなくなるというもの。例えば、バナー広告が初登場した1994年には70%以上の効果があったものの、現在は0.05%程度。。。つまり、マーケティング手法は、前に倣えではなく新しい手法を常に試し続ける必要があるということです。

7.ジマーマンの法則
暗号技術で有名なフィル・ジマーマンによる予言。「コンピュータ技術は、人の監視が容易になる方向に発展する」というものです。個人情報などの情報提供に人は不安を感じ、抵抗を感じるものの、結局は便利さと引き換えに個人は情報提供を行っていて、人の行動がより監視しやすくなっていますね。人の自由が増すようにテクノロジーは発展していますが、その自由な行動への監視も高まっているということになります。

8.パレートの法則
売上の8割は全顧客の2割が生み出していたり、一部の社員が大半の売上を立てていたり、ごく一部の部品にコストの大半がかかってしまったり、ということは経験されているのではないでしょうか?
投資の失敗を恐れず、大きな利胆を生むベンチャー投資もパレートの法則に則った投資戦略ですね。


ストーリーテリングとは?

Written by 津田 真吾 on 2021-03-09
(長文ですが、文末にピッチ作成ツールと、ストーリーのフレームワークを公開しています)
目次:
 ストーリーテリングとは何か?
  ビジネスでの活用
 優れたストーリーの作り方
  ピッチ設計表
  ヒーローズ・ジャーニー
 参考書籍

ストーリーテリングとは何か?

Storytelling (ストーリーテリング)という言葉を聞いたことがあるでしょうか?

ストーリーテリングとは、文字通りストーリー(物語) +テリング(語り)という意味で、聴衆に伝わり、動かす物語を語る行為や能力を指します。

近年、ビジネスの文脈でもこの言葉を見聞きすることも増えてきたこともあり、最新手法だと思われるかもしれません。しかし実は、ストーリーテリングはヒトのコミュニケーションとして比較的原始的なものなのです。文字を発明する前の人類は、言葉とジェスチャーだけで「希望」「危険」「妄想」「計画」「友情」「愛」などの抽象的な思いを伝えあっていたのです。脳科学的にも、同じ情報をストーリーの形で受け取るほうが、印象に残り、行動に移しやすいことが分かっています。

現在もストーリーテリングが有効なのは、目に見えない事柄に対して共通理解をしたいときです。ビジネスのスピードが高まり、不十分な情報やあいまいな状況で決断をする必要性も高まっています。確実なのはデータに基づいた判断を行うことですが、タイムリーにデータを収集できるとは限りません。データを集めているうちにタイミングを逃しかねません。そもそも将来に関するデータは存在せず、目に見えない将来の機会や脅威への対応も必要です。ことビジネスの文脈では、社外コミュニケーションではマーケティング・セールス、社内では「機会」と「脅威」を共有する際に最も効果を発揮します。

マーケティング・セールス

まだ購入していない商品を買うことによって、どのように世界が変わるのか?あるいは、まだ姿形もない未来の商品のニーズを把握したり、形のないサービスを売り込むには、ストーリーテリングが重要になります。成功している営業担当者はストーリーテリングと知らずに、顧客を主人公とし、商品購入から顧客が成功する(カスタマーサクセスの)物語を語っているいると言っても過言ではありません。

脅威

脅威を伝える際、例えば小売業にとって「Amazonを筆頭とするインターネット通販業者によって、売り上げは減少する脅威が迫っている」という状況を想像してみましょう。この場合、本当に減少するかどうかを含め、いつ、どのくらい売上が減少するのか、予測するのは不可能です。「データで示せ!」とか「真実を語ろう!」と言っても掛け声で終わります。このように、不確実なことを共有するためには、“そこ”に迫る(であろう)敵や、市場の変化に巻き込まれる前から、切迫した危機感を仲間と共有することが不可欠です。その際、もしそのような敵が登場した際に、どのような未来が想像されるのかを目に見えるように語る必要が出てきます。まるで同じものが目に見えるように語ることで、初めて、不確実な未来に対して確実な戦略を描くことができるのです。

機会

機会についてのストーリーは、難しいことであっても「できそうだ」と、仲間を奮い立たせる力を持ちます。“そこ”に、捕らえるべきチャンスがあり、成功しそうだと皆で思えるような何かを共有できるようになるのがストーリーです。機会の最たるものが、「新規事業」になります。従来の会社の枠を拡げ、新たな事業へと進出したり、会社を興そうとする際にはピッチという形でストーリーを語ることになるでしょう。


優れたストーリーの作り方

効果の高いストーリーのひな形として「ヒーローズ・ジャーニー」と呼ばれているものがあります。世界の神話を研究していたジョセフ・キャンベルは、その研究の結果、語り継がれるストーリーには共通するパターンをあることを発見し、そのパターンを「ヒーローズ・ジャーニー」と呼びます。今では、ハリウッドを目指す脚本家も学ぶほどの一つの体系となっており、大衆に支持される多くの小説や映画は同様のプロットが用いられているのです。ビジネスの文脈では、ピッチのバイブルと呼ばれている『巻き込む力』にも紹介されているように、事業を始めることになった経緯や、顧客の困り、事業成長の道筋などを効果的に伝えるには非常に大きな効果を発揮します。

ヒーローズ・ジャーニーは起承転結や演劇の3幕構成を補完する12のステップで構成されています。聞き手が共感しやすく、応援したくなる物語ですので使わない手はありません。要約すると、普通の日常を暮らす主人公が、目標に出会い、仲間を得ながら成長し、試練を乗り越え帰還する流れとなっています。これはビジネスを語る上でも万能なシナリオです。

新たなビジネス機会を伝えるためのピッチには、10枚構成のスライドもお勧めです。新たな事業の魅力を伝えるストーリーづくりに迷ったなら、『巻き込む力』に紹介されている10枚構成を参考にしてみてください。資金調達に成功した多くのスタートアップもこのスライド構成を用いています。

ストーリーテリングをするうえで、実はパワーポイントによるプレゼンテーションとは大きく異なる点がいくつかあります。プレゼン慣れした人ほど、ストーリーの魅力を下げてしまう可能性があるので、以下の点には注意するとよいでしょう。

  • 主人公を人間として描く  企業内のプレゼンの多くの主語は「企業」や「部署」「ブランド」など、人格を持たないため、共感するのが難しくなります。なるべくあなた自身や、消費者など、顔の見える主語で語ることが大切です。
  • スライド間の流れをつくる  網羅的に事実を述べようとすると、並列的な情報を列挙する傾向になります。短時間で聞き手から関心を勝ち取るには、時間的な流れを語るようにします。
  • マイナスもプラスになる  製品の特長を述べるように、いいことづくめのプレゼンは退屈にもなります。ところが過去の欠点をどのように乗り越えたのか、など「成長」を要素にストーリーに織り込みます。

ヒーローズ・ジャーニーの12のステップをご紹介する前に、プレゼンテーションのストーリー性を高める簡単なツールをご紹介します。スライドを書き始める前に、このピッチ設計表を埋めることで、ストーリーラインを検証し、補強できる情報を整理することができます。どうしてもスライドは情報過多になりがちで、ストーリー性が低下してしまう傾向にあるため、ストーリーを改めて検証することが大事になります。さらに、「1スライド1メッセージの原則」にも注意し、シンプルなメッセージを繋げることで、印象に残る、インパクトのあるピッチをすることができます。

ピッチ作成上の注意点なども記載されたスプレッドシートも公開していますので、ぜひご活用ください。

ヒーローズ・ジャーニーの12ステップもこちらにご紹介しておきます。

ヒーローズ・ジャーニー
出典:『巻き込む力』

参考書籍

『巻き込む力 支援を勝ち取る起業ストーリー』(エヴァン・ベアー 、 エヴァン・ルーミス)
『神話の力』(ジョーゼフ・キャンベル)

スティーブ・ジョブズの伝説的スピーチはストーリーテリングの代表的な事例ですので、最後にご紹介します。