今日多くのサービスがユーザーに継続して使ってもらって、初めて提供者に利益をもたらすビジネスモデルを採用するようになりました。

提供者側が対価を受け取る前にユーザーに使ってもらって、良さをわかってもらい、さらに習慣的に使ってもらう」というビジネスモデルです。横文字で”サブスクリプション”なんて言われて、最近もてはやされてもいるようですね。(S製薬のDリンクル方式(?)といえばイメージしやすいでしょうか。)

選択肢過剰社会でビジネスを行う場合、新規顧客獲得コストが最も高くつくためにこのようなビジネスモデルが流行しているのだと思います。


一方で、普通は新しい習慣を身につけることはユーザーに大きな負担を強いることも忘れてはいけないでしょう。習慣化を達成するためには、例えば以下のような問題がすべてクリアされている状況を維持する必要があるからです。


  • 時間問題
  • お金問題
  • 周囲の理解問題
  • 上手にできない問題
  • やめる言い訳が思いついてしまう問題
  • なんだかどうでも良くなってくる問題
  • どうしても飽きてくる問題
  • 気分が乗らなくなってくる問題
  • すぐに効果が得られない問題

そこで多くのサブスクリプション型のビジネスでは、ユーザーにそうした数多の困難を乗り越えてもらう対価として、(一般に膨大な手間をかけて) 毎日のようにリッチなコンテンツやインセンティブを提供し続けています。

しかし多くのサービスが、そうした実直で献身的な努力にもかかわらず確実にユーザーに習慣的に使ってもらうことができずに、苦戦を強いられているようです。


そこで今回は「プロダクトデザインにおける習慣の形成」をテーマに、わずか10年で1億人の習慣形成を達成した歴史的な成功事例を紹介し、その事例の観察から行動経済学が解明した「プロダクトデザインに応用可能な戦略」についてお伝えします。

さらに、その戦略を(自覚的にかはわかりませんが)上手に活用し、現在進行系で1億人の運動習慣の形成を目指しているスタートアップ企業をご紹介します。



3週間では足りない習慣形成

よく言われる習慣形成の知恵として、「まず3日、そして3週間続けることができれば、それは習慣になる」というようなことが言われています。その知恵に従って、習慣化が達成されるまでの間、一定のインセンティブを与える方法がビジネスの場面でもよく取られています。

ちょうど今(2020年7月)、国が電子決済の利用を促進するために最大5,000円分相当の「マイナポイント」の付与する施策をおこなっています。これも、インセンティブを使って、電子決済利用の習慣化を狙ったものと言えるでしょう。

また、ソーシャルゲーム業界では「初回登録から14日間ログインボーナス」のようなキャンペーンを行うことは、ほぼ全てゲーム運営のデフォルトとなっているようです。


また、モチベーション理論などの視点から提供される習慣化の戦略として「小さな達成を可視化せよ」みたいなこともよく言われています。


もちろんそうした戦略は、ある程度の有効性が確認されたものではありますが、これをお読みの方であれば、「インセンティブ」や「達成の可視化」をプロダクトデザインに組み込んで、ユーザーに先行して達成感や心地よさや便利さを体験させたはずなのに、それでも習慣が形成されない。という経験もしていることでしょう。

習慣形成には、先程簡単に思いついただけでも9つもの問題がクリアされている状態を保たなくてはいけないのです。さらに強力な戦略の併用が必要な状況もあるということだと思います。



1億人に歯磨き粉の常用を習慣化させた男

ここでプロダクトデザインの妙に基づいて成された習慣形成について、歴史的に知られた成功例を一つ紹介しましょう。


成功例の舞台は1900年代の初頭のアメリカ。人口は1億人。ほとんど誰も「歯磨き粉」を使っていませんでした。この状況から初めて、1910年代までのわずか10年足らずで、ほとんどのアメリカへ国民に歯磨き粉を常用する習慣を作り出した男がいます。

その男は以下のように広告を使い歯磨き粉を改良することで、アメリカ人1億人に歯磨き粉を使う習慣を作り出しました。

  • 「歯を磨いてしばらくすると、歯や舌にぬめりを感じること」を自覚させる広告をする
  • 「歯のぬめりを感じたときには、歯磨き粉を使って歯を磨こう」と呼びかける広告をする
  • 歯磨き粉にミントの香料を仕込み「歯磨き粉を使うとミントの清涼感を感じることができる」と広告する

ちなみに、その男の名前はクロード・ホプキンスと言います。一部の人達にはおなじみの現代広告界のレジェンダリーの1人ですね。


行動経済学が解き明かしたホプキンスの魔法

アメリカ人の口腔衛生に大きな好影響をもたらした歯磨き粉ムーブメントですが、行動経済学の学者たちはこのムーブメントを観察し、マーケティング戦略として再現可能なテクニックに落とし込んでいます。

その戦略とは一言で言えば「習慣化にはキュー・リワードの組み合わせて習慣化することが有効」ということです。キューとは習慣を開始するきっかけ、リワードとは習慣を達成した時に得られる報酬のことです。


クロード・ホプキンスの事例ではキューは「歯や舌ににぬめりを感じること」、リワードは「ミントの清涼感」となります。「歯にぬめりを感じたら、歯磨き粉を使って歯を磨くと、ミントの清涼感を得られる」この3STEPを組み合わせた習慣化を目指したということです。


少し話がそれますが、広告を依頼されたクロード・ホプキンスが、「虫歯が原因で年間数万人が亡くなっています」「口がきれいであることはモテるための最低条件です」「歯がきれいだと、食事が3倍増しで美味しく感じるという分析結果が出ました」のような安直な広告を打つことをせずに、習慣化のムーブメントを設計した非凡さには、レジェンダリーと呼ばれるだけの手腕を感じざるをえませんね。


習慣の形成にはリワードだけでなく、キューが必要というのは言われてみれば、ごく当たり前のことのような気もしますが、たった10年で世界を全く新しいものに変えた実績を考えると、とても強力なテクニックと考えて良さそうです。



1億人に日常的な運動を習慣化させようとしている男

「習慣化を価値に変える」ことに取り組んでいる、現在進行系のスタートアップ企業も紹介しましょう。


LiveRunは、スマートフォーン活用して、毎日定時に10回程度バーチャルグループランニングを配信しているウェブサービスです。


LiveRun | ライブラン | ランニング | ウォーキング


LiveRunは「運動の習慣形成」に取り組むために設計されたアプリケーションですが、彼らにとってのキュー・リワードは何でしょうか?



彼らのキューは「ライブであること」です。 一瞬では理解しにくいですが、記念日と同じ仕組みだと考えてみるとわかりやすいかと思います。

世界中の多くの人々が「1月1日に新年を祝う習慣をもっていること」をキュー・リワードで説明すると、どういうことになるでしょうか?


簡単ですね。


1月1日という日付を迎えることが、新年を祝うという習慣のキューになっているということです。 同様にLiveRunでは、カレンダーではなくて、時計がキューとして機能しています。「ライブであること」がキューとして機能しているというのは、例えば「6:30の時計を見ると、走り出さなくていけない感じがしてくる」ということです。


類似したコンセプトの運動支援アプリは、動画や音声コンテンツをいつでも利用できるようにしているものが多いですが、「習慣化」という側面から見ればライブランは他を圧倒していると感じます。実際に有料利用継続率93%という、この手のサービスを運用経験がある人からしたら、ちょっと意味がわからない数字が出ているようです。


キューが古典的であったのに比較して、リワードは極めて現代的です。LiveRunでは、「定期的に運動することの爽快さ」に加えて、「みんなでひとつのことに取り組んでいるという一体感」、「名前を呼んで、ほめたり、はげましたりしてもらえること」がリワードとして機能しています。


大の大人が「そんなこと」で? と感じられたかもしれませんが、ささやかなミントの清涼感ですら世界を一変させるきっかけになったのです。再び「ささやかなリワード」が1億人の生活習慣を変えるということも十分に起こり得るのではないでしょうか?

実際に「そんなこと」でも十分すぎるほどリワードとして機能しているようです。私もたまにグループランニングに参加させていただいているのですが、朝2回参加、夜2回参加するようなほぼLiveRunの中毒(笑)とも言える方も何人も見受けられます。デジタルテクノロジーを活用したつながりのなかにリアルなものを求めていく。とても現代的なリワードですね。



新規事業開発におけるキューとリワードの設計

LiveRunが、スマートフォン普及拡大を背景にキューとリワードを設計し挑戦を始めているように、新しいテクノロジーやビジネスモデルを駆使してこれまでになかったキューやリワードを作り出すことができるようになってきました。

弊社では「デジタルテクノロジーや心理学・行動経済学を活用した習慣形成」も視野に入れた、新規事業開発の総合的なコンサルティングサービスを展開しております。

お気軽にご相談ください。



行動経済学をプロダクトデザインに応用する

本記事は、『行動を変えるデザイン』を参照して執筆しました。情報は少し古いですが、心理学や行動経済学をに活用していくかを丁寧に解説したおすすめ本です!


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