アップルウォッチしかウェアラブル市場で勝てないのはなぜか?

Written by 津田 真吾 on 2022-08-25

デジタルヘルス×ウェアラブル市場に参入している(しようとしている)企業は多いが、これまでのところアップルウォッチ以上の可能性を出せている会社はなさそうである。私は決してアップルファンではないので、他に良いソリューションがあってもいいはずだと思っているが、なかなか登場しそうな気配もないが、その理由を考えてみたい。

まず「ヘルスケア」という切り口で参入すると痛い目に会う

私たちの大半は基本的に健康であり、ほとんどの人にとって、病気や死を意識することはない。もし、病気や死を恐れているとすれば、すでに体調が悪かったり、病み上がりだったり、病気と隣接している状態のときである。つまり一般の人にとって、朝起きた瞬間「健康になろう」と思い立つようなジョブは抱えていない。もちろん、「健康になりたい」といった動機はあるにはあるが、具体的な活動に結びついたジョブという形では存在していないのだ。同様に「正しい食生活をしよう」とか「正しい運動をしよう」といった動機は少なからず存在しても、ショーケースの美味しいそうなご飯や、仲間に勧められた飲み会が優先してしまうのが私たち人間である。

にもかかわらず、多くのヘルスケアビジネスを始めようとする人は、「正しい健康法」の呪縛があるかのように考えてしまう。ユーザーが望んでいるものは「正しい健康法」であることは極めて稀であるにもかかわらず、正義感から「正しい健康法」を売りたくなってしまうのだ。ソリューションの入口となるジョブを正しく設定したい。

オシャレかつ便利

王者アップルは国内だけでも年間200万台以上を販売し、世界スマートウォッチ市場の30%以上を獲得したと言われている。心拍の異常といったユーザーの健康リスクを見つけ出す機能は確かに目を見張るが、その機能が欲しくて買ったという話は聞いたことがない。要するに、病院の心拍モニター持ち歩く代わりに購入するようなものではなく、付随している機能に過ぎない。また、運動量を計測したり、睡眠を測る機能も備わっているが、「運動量を測ろう」「睡眠を測ろう」というジョブのためにアップルウォッチは購入されておらず、購入動機はまったく違うところにある。特に最近は女性のユーザーが増えているが、彼女たちはオシャレなアクセサリーでありながら、スマホがなくても通知を受け取ったり、メッセージに返信がするために購入している。オシャレなアクセサリーとしては非常に割安であるうえに、ウォッチフェイスやバンドを変えることで個性も演出できるのがアップルウォッチの一つの魅力となっている。アクセサリーとしてだけでなく、鞄やポーチなどからスマホを取り出さなくても通知が見えるのも大きな特長である。ファッションとしてスマホが入るようなポケットがなかったり、小さいことも女性に受け入れられている要因となっている。

すでにiPhoneを持っていれば、スマホとの連携は非常に簡単というのも大きなメリットだ。「スマホを出しにくい環境にいながら、タイムリーに連絡を受け取りたい」というジョブを抱えた人にとっては、まさに必需品となっている。

そのうち健康を意識する

アップルウォッチを身に付けていると、健康へのフィードバックが目に入るようになる(あるいは振動で知ることになる)。歩いた歩数が基準を達成したり、座ったままの姿勢を続けなかったり、ワークアウトをしっかりすると「褒められる」。褒められると、つい嬉しくなって歩こうと意識したり、座り続けないようにユーザーは努力するものだ。「褒められたい」という欲求は誰しもが持つものだが、腕に着けた装置から褒められるためにお金を出す人はいないだろう。つまり、ユーザーは健康的な行動を取るために購入したわけではないのにもかかわらず、結果として健康的な行動変容が促されているのである。

ヘルスケアキャンバスで表現してみる

ここで成功するヘルスケア事業の検討を行うための「ヘルスケアキャンバル」というツールを私たちは開発したので紹介しよう。このキャンバスはヘルスケア関連のビジネスが成立するための要素をデザインする枠組みとなっている。まず最初にソリューションが採用されるジョブを書き込むことから始める。その後、ソリューションの一環としてユーザーについての何らかの(医学用語では「バイオマーカー」と呼ばれる)計測を行い、情報取得を行うことになるだろう。計測された結果などから、ユーザーに何らかの介入を行い、ユーザーが体験するというサイクルを通じて働きかけが続く。このサイクルは、ユーザーがソリューションを使い続けること、つまり行動変容を起こしていることを示している。そのため「行動変容ループ」の3要素のバランスがとても大切なものとなっている。例えば、正しく計測ができることだけでなく、ユーザーに対する提示や介入が適切であり、その介入の割に体験が良くなければこのループは続かないので、注意が必要だ。定着しないソリューションの多くは、ユーザーが求めてもいない介入を行い、鬱陶しい体験となってしまっている。

さらに、行動変容が起きたとしても健康状態が改善していなければ「ヘルスケア」とは言えなくなってしまうので大変だ。健康状態の改善というアウトカムがセットとなってはじめて再現性の高い事業が実現できる。こうしてジョブ、計測・診断、介入・治療、体験・フィードバック、アウトカム・結果という5つの要素を考えてヘルスケアビジネスを検討していくのだ。

このようにアップルウォッチのキャンバスを眺めると、購入の際の「採用基準」となるジョブに健康とは無関係のものをターゲットにしている点に大きな特徴がある。また、さりげない小さな「ナッジ」とも呼べるような介入によってユーザー体験を高めていることで継続的な利用につながり、これが転倒や心拍異常の早期発見を可能としている。

ヘルスケアビジネスの特異性

他のビジネスと比べると、ヘルスケアビジネスには次のような特異性がある。

  • ユーザーは「消費者」と「患者」という二つの側面を持っている
  • ユーザー自身の「症状」「病気」「生活習慣」などについて自己認識が困難
  • ソリューション利用への行動変容と、生活習慣の変容が対応する必要がある
  • 行動変容が病状の改善につながる必要がある
  • 法的な規制が非常に多い

アップルウォッチは医療機器としての承認は取らず、2015年に発売を開始した。それは上記の行動変容ループを検証するためだったのではないかと考えてみてはどうだろう。デザインが客層に受容されるか、UIが受け入れられるかなど、長時間アップルウォッチを着けたくなるような体験を提供できることをアップルは入念に検証してきたと理解してみるのだ。そのような見方をすれば、行動変容ループの検証ができてから、ヘルスケアビジネスとしての位置づけを固めていった戦略をアップルは取った。その一環として日本では2020年に心拍計測機能が医療機器として承認を獲得したのだ。

今後さらなるアウトカムが証明されれば、医療保険の対象として承認される可能性もあるかもしれない。そうなると、医師からアップルウォッチとアプリを勧められ、ユーザーは3割負担で購入できるようになり、その牙城はより崩しにくくなるだろう。

アップルウォッチのようなウェアラブルも医療機器として承認されたことで、従来の医療機器に馴染みのある企業の参入は進みそうだ。ところが、これまで述べてきたように、医師だけがユーザーで患者を診るためだけに存在していた医療機器ビジネスとは大きく異なる。必ずしもウェアラブルを用いる必要はない。スマホアプリだけのものや、逆に繰り返し通院するようなリアルサービスであっても、行動変容を求める以上は、アップルウォッチの考え方を取り入れてみてはどうだろう。

なぜ Generation Z をターゲットにするべきでないか?

Written by 津田 真吾 on 2022-01-12

若者世代をターゲットにしたビジネスは成功しずらい。特に「X世代」とか「Y世代」とか「Z世代」とか「ゆとり世代」とか「さとり世代」とか、そういう世代をターゲットにすると成功は厳しい。結論から言うと、“世代”をターゲットにすると失敗するが、“世代”を忘れることができれば、成功の一歩目は踏み出せる。少し説明しよう。

なぜ難しい世代なのか?

これまで団塊世代や団塊ジュニアをターゲットに成功してきた企業は、市場の先細り危機感から何度も企業は若者の消費を喚起しようとチャレンジをしては失敗している。

その失敗の原因には色々な説があり、どれも説得力がある。

  • 若者は可処分所得が少ない。
  • 若者はデジタルでほとんど事足りるので、クルマやテレビなど「~離れ」が起きやすい。
  • 若者は衣食住が足りているので消費意欲が低い。
  • 若者の価値観は違うので、従来のマーケティング手法が役立たない。

これらの理由は納得感が高いので、たまに「若者の価値観を持った若者」「ジェネレーションZ向けのマーケティング」をやっているのを見ると、それを信じて託したくなる。しかし、残念ながらジェネレーションZが起業してジェネレーションZ向けのビジネスを行ったとしても必ずしも成功確率が高いとは言い難い。

その理由はジョブ理論から考えれば明らかだ。

「世代」が消費するわけではない

前述したように、「団塊の世代」「団塊ジュニア」という2つの画一的なマーケットが存在したために、私たちは「世代」というのは一つの消費性向を持つものだと考えがちだ。しかし当たり前だが、同じZ世代でも大谷翔平さん、藤井聡太さんといったアグレッシブな人もいるし、そうでない人もいる。

そう考えると、それまでの世代で「世代別マーケティング」が偶然にも成功してしまったことの方が悲劇なのかもしれない。

状況がジョブをつくり出す

人間は、環境が激変すると必要なものが同じになる。急に感染症が蔓延した2019年、人々はマスクを買うのに躍起になった。石油や石油商品がなくなる(もしくはなくなる不安)という状況に陥ると、石油ショックのときのように狂った消費に走る。消費税率が変わったときも覚えているだろうか、高額商品を購入しておこうと色々なものの特需が生まれた。

コロナでリモートワークを強制されるとZOOMやTEAMSを「雇った」のも同じ構図である。ジョブ理論では、「状況がジョブをつくる」という言い方をするが、とある状況からの進歩を目指すとき、その進歩のステップがジョブとなり、消費に結びつく。

Generation Zをどう観察するか?

私は決して若者世代ではないし、若者の「価値観」が分かっているわけではない。しかし、彼らがどのような「消費行動」を取っているのかは注意深く観察するとよくわかる。いくつかそのポイントを紹介しよう。

1.「消費」はお金を使うとは限らない。
私たちは、一般に稼ぐ力の弱い若年世代のうちは、お金よりも時間を消費する。特急料金を払わず青春十八きっぷで旅をしたり、高速道路を使わず一般道を走った。相対的に時間と体力があり、お金のない状況にある若者の「消費行動」を知るには、売り上げデータとにらめっこしていても答えがでないだろう。無料で遊べるゲームやSNSがふんだんにある今の状況ではなおさらである。

2.どこにでも行けるし、同時に複数の「所」に行ける。
GenZより30歳以上離れた諸先輩方は、どこに行くのも「リアル」でしか行けなったし、誰と会うのでも「リアル」でしか会えなかった。電話こそあったが、留守だったりすると連絡がつかない。なので、誰かと会いたければ半日以上かけて移動したり、待ち合わせしたり、コストも時間もかかるのが当たり前だったのに対し、現在はサクッと話をしたり、メッセージを送っておくこともできるし、会いに行くにしても交通機関はかなり便利になっている。移動中も“繋がって”いられるし、他の人と直前まで話していることもできるのだ。つまり、たくさんの選択肢があるだけでなく、「全部」を叶えることも難しくなくなっている。若者の行動は同時に1つとは限らないのだ。

3.情報だけはあるので、「選択」にも時間がかかる。
ググればほとんどの情報は手に入る。書籍も格段に多く、何か一つの行動を取る際にも選択肢が比べ物にならないほど増えている。しかし、この情報を処理する人間の脳は変わっていないため、さまざまな選択肢から結論を出すには時間がかかる。大人たちから見れば、何もやっていないように見えるし、「迷って」決断が遅く見えるかもしれないが、選択肢を探すことも含めて選択そのものに非常に時間がかかっている点も注意に値する。子供のころから将棋や野球の道を目指し、恵まれた才能もあれば「迷い」も減るかもしれないが、そうでない大半の若者は買い物一つ取っても選択に非常に時間をかけている。

4.とにかく多様である。
当たり前かもしれないが、とにかく多様である。前述したように、選択肢も多く、同時に複数の選択をすることもできるし、何も選択しなくても大丈夫な状況に置かれていると、色々なことが可能である。戦後の貧しい時代に若者だった団塊世代は、とにかく金銭的に豊かになるということが当然の進歩になる。しかも、終戦というタイミングからよーいドンで経済的豊かさを追求すれば、同じタイミングで家電や家、クルマなどといった同じものを消費するという分かりやすい行動パターンになる。同時期に生まれた彼らのジュニアたちも同期した成長をするため、デモグラフィックが有効だ。だがしかし、豊かになった時代以降に成長するということは一体何を意味するのか?豊かさ以外に人生で追及することと言えば…そう一概に言えないのだ。まさに個性が違いを生むし、好みや趣向が占める割合が多くなる。「世代」という括りで見ると答えが多すぎて戸惑ってしまうはずだ。

5.「悟って」はいない。
「さとり」世代とか、達観世代という別名もあるように、何かに深くのめりこむことができていないように見えるかもしれない。だが、それはまだたくさんあるオプションを試し切れていないだけだと理解した方が良いだろう。「悟った気になる」ことはどの世代であろうとも若者の特権ではあるが、決して悟ってはいないのだ。行動を見れば、色々なものに興味が移るし、同時に複数のことに興味を持っているようだ。深読みしすぎず、かえってその多次元的、同時並行的な行動と状況からジョブを紐解くことをお勧めする。

GenZをターゲットにしたビジネス

ここまで書いて分かるように、「Generation Zをターゲットにしたビジネス」という、粗く、年齢セグメントに着目したビジネスはお勧めしない。しかし一方で彼らの消費行動はネットやメタバースにも波及しているし、同時に複数の消費も可能な貪欲なマーケットだ。また、ほとんどの企業が失敗しているマーケットであるため、チャンスは大きいと言える。TikTokなどの成功事例もある。まず、コツは解像度を高めて「~な状況に置かれた若者」といったターゲット設定をすることから始めることをお勧めする。さらに、以下の観点で優れた解決策を生み出すことができたら面白いだろう。

  • 「選ぶ」プロセスや「選ぶ」体験価値はもっと高められる
  • 「何者にもなれる」ことは「何者でもない」という矛盾を秘めており、感情的ジョブ、社会的ジョブの源泉である
  • 「暇つぶし」は大切なジョブである
  • インターネット、さらにメタバース内のキャラクターにもジョブがある

『ジョブ理論』と「JOBSメソッド」は競合するのか?

Written by 津田 真吾 on 2021-11-24

クリステンセン氏は亡くなってしまい、『ジョブ理論』増刷(なんと12刷)に「おめでとう」も「ありがとう」も言えない。

クリステンセン氏には『イノベーションのジレンマ』『ジョブ理論』、『イノベーション・オブ・ライフ』、『繁栄のパラドクス』といった書籍に代表されるような、本当に役立つ考え方を教えてもらった。有難いことにクリステンセン氏以上に、INDEE Japanのメンバーや、XVCのメンバー、投資先のファウンダー達から考え方を授かることは本当に多い。そういう知恵をもらうと、謎が解けたことに感動し、新しい知に脳も喜ぶものだ。

さらに嬉しいのが、「『ジョブ理論』を教えてくれてありがとう」と言われることだ。何年も前のプロジェクトやセミナーでご一緒し、その時にお伝えしたJOBSメソッドをよく覚えてくださっているのだ。そして、「ありがとう」と言われること、特に何年も経ってから覚えて頂いていることは本当に嬉しい。

さて、講演やコンサルティングの現場でお伝えする「JOBSメソッド」は、ジョブ理論を実践するための一連の手法である。INDEE Japanで開発したものではあるが、まったくゼロから考えたものではない。『イノベーションへの解』『ジョブ理論』『ザ・ファーストマイル』といった書籍を読めば、理論の内容だけでなく実践面でのコツなども概ね身に付けることはできるだろう。あるいは、優秀なマーケターなら「ジョブ理論」を読むまでもなく、似たようなアプローチを取っていたりする。つまり、『ジョブ理論』は2000円で購入することのできる「優れたマーケターになるためのガイド」であり「イノベーションを成功させるためのノウハウ」であり、「顧客価値を生み出すための考え方」なのだ。

したがって、書籍『ジョブ理論』はINDEEがお届けする「JOBSメソッド」は競合製品ということになる。一人当たり10倍以上の価格差があるので、「本を買っておこう」とか、さらに節約して「図書館で借りよう」ということになると、INDEEはアガったり…となってしまう。が、案外そうでもないのである。

微妙に異なるジョブ

実は、ビジネス書と企業研修やコンサルティングは異なるジョブを解決する。

書籍は、安く、一人で、マイペースで、読んだり、(こっそり)読まなかったり、自由に知識を得ることができる。

一方のセミナーは、本よりは高いが、チームで、ある時間をコミットして、知識を得たり、不明点を質問したり、(こっそり)実践のヒントまで得ることができる。さらにコンサルティングでは、自分の仕事にジョブ理論を当てはめることができるし、ジョブ理論以外の技も(こっそり)学べる。

この(こっそり)というのが、ミソである。

実は購入されたビジネス書の8割以上は読まれていない。「積ん読」という言葉が出来たことには理由があるのである。「知っておかなきゃ」と思って本を入手しても、読まなくてもよいのが本なのだ。この「積ん読」という言葉は、世界各国で「あるある!」と、“tsundoku”という言葉が輸出され、英語のWikipediaページも存在する。買った本を読もう読もうと先延ばしにすることは世界共通で起きる事象なのだ。まとまった時間を取るのは大変だし、他の本も読まなきゃだし、読み切るのに一冊の本はそれなりの時間がかかってしまうという欠点がある。

つまり「知識を手に入れたい」というジョブの解決策として「本を買う」というのは、完璧な解決策ではない。なので、本の要約サイトなども繁盛するし、超要約「ジョブ理論」といった、まとめ記事もアクセスが多い。

「共通言語」

近年、イノベーションの取り組みのなかで「Common Language」「共通言語」の必要性が認識されつつある。こちらもWikipediaのページが参考になるのだが、「ジョブ」という考え方に限らず、新規事業やスタートアップに必要な考え方の多くは、既存ビジネスとの共通項は少ない。既存ビジネスにおいて、マーケティングデータがあるのにもかかわらず仮説ベースの「仮説検証」を行うのは無駄が多いと言わざるを得ないし、過去の品質問題を知らずに製品開発を行うのは無謀だ。さらに極端な例かもしれないが、エンロン事件のように会計業務が「クリエイティブ」だと本当のマズいことになる。つまり組織内の全員がイノベーティブな行動を取る必要はない。しかし同じ組織にいる以上、コミュニケーションは必要だ。

そんなときに、「共通言語」はとても大切な考え方になる。新規事業と既存ビジネスとは交流が常にある訳ではないが、リソースは共有している。大切なリソースを配分する際、まったく会話が成立しないのは相当なハンディキャップになる。定性的で感覚的になりがちな新規事業と、定量的で硬直的になりがちな既存ビジネスとが共通言語を持つことで得られるメリットは大きい。政治的で感情的な議論から、可能性とリスクを基準にした議論ができることになるのだ。

組織単位の研修やセミナーでは、その共通言語を一度に築くことが可能になる。一人一人が苦労しながら学ぶのは異なり、組織で共通認識を促進し、議論のベースを築くことができる。組織での学びは、個人の学びとは異なるジョブなのだ。


少し宣伝的になってしまいましたが、今回言いたいことはこんな感じです。

  • 一人の学びとして本は(自由)で何かと都合がよい。
  • 本は案外(自由)なため、読まれない。
  • 組織学習にはセミナーが有効。
  • 競合品のように見えても異なるジョブを解決していることが多い。

ペイシェントジャーニーという必要悪

Written by 津田 真吾 on 2021-08-10

ペイシェントジャーニーという言葉があります。

ペイシェントジャーニーとは、医療系サービスを受ける人が医療サービスに辿り着き、医療サービスを受け、症状や生活の質が変化するまでの行動や感情の過程を表す言葉です。似た言葉でカスタマージャーニーという言葉がありますが、ペイシェントジャーニーは医療もビジネスだと認識してカスタマージャーニーから借りてきた概念です。

アメリカを筆頭に医療がビジネス化しています。つまり医療は国民が受ける平等な社会インフラから一歩抜け出し、医療は消費者が選ぶ「サービス」として見なされるようになっていることです。医療が「サービス」ということはどういうことかいうと、病気になったり体調が悪い消費者が、治療を受ける病院を選んだり、そもそも自主的な療養などで問題解決するかを決めるということです。

例えば、私は不調を感じると、その症状をGoogleで検索し、よくある病名であれば寝て治します。それで不安が残るようなら近くの病院をさらに検索し、受診し医師の診断を受け、治療方針を相談するといった行動をとります。最近は自分自身が病院に行くような状態になったことは一切ありませんが、家族の不調であっても同じ流れです。診察の結果、薬を処方されれば、薬局に行き、薬を購入し服薬することになります。

カスタマージャーニーを描くうえで見落としがちなのは

  1.  病院にかかってからが医療システムの入口なので、病院に行くまでの医療の「無消費」がある
  2.  病気という症状の前に不安という心理的なQOLの低下がある
  3.  ジャーニーの冒頭に、Google検索や知人の意見といった重要なプロセスがあり、医学的なエビデンスを扱うには適していない情報に患者は将来を委ねている

という3つの点です。

なので、医療系ビジネスの成功のためだけでなく、私たち自身のQOL向上のためにはペイシェントジャーニー全体を考えて向上させていかなければなりません。

しかし、しかしです。

ペイシェントジャーニーという言葉の響きはどうしても好きになれません。

なぜなら、ペイシェント(患者)という、命の危険もあり得る困った状態にいる私たちがジャーニー(長い旅路)を辿ることを前提としているからです。先ほどの例を見ても、非常に長いです。まずはちょっと心配になって、ググって、受診して、診断結果を聞いて、治療方針に合意して、処方箋を薬局に持っていき、自ら服薬します。服薬後、もう一度通院することもあれば、そのままのこともありますね。とにかく、長い!これが希少疾患だったりしたら、たらい回しの連続となり、病名を知るだけでも長いジャーニーとなってしまいます。

ペイシェントジャーニーの問題

ペイシェントジャーニーを洗い出すことから医療系の新規事業を考えている企業は少なくありません。カスタマージャーニーのようにペイシェントジャーニー全体を見渡すことはとても大切なことです。しかし、ペイシェントがジャーニーをすることを当たり前だと思ってしまうという弊害もあります。このような前提でサービスを検討しているチームには、私は「無駄な旅を患者にさせない」ように注意喚起しています。しかしながら、注意をしても患者がジャーニーをすることが当たり前すぎて、各ステップの中での小さな課題ばかりを見てしまう企業も少なくありません。さらに、患者側から自社が提供する治療サービスや医薬品、医療機器を患者が受けに「来てくれる」という前提もおかしいです。患者は「お客様」という側面を持っているサービスの受け手である以前に、体調が悪いのです!

医療が行きわたる前にはペイシェントがジャーニーすることには合理性がありました。なぜなら、医療が国民全員に行きわたる以前の時代、医師や病院は本当に不足しており、多くのステップを余儀なくされていたからです。そういう時代においては、患者ではなく貴重な医療リソースをなるべく効率的に活用する合理性はあります。しかし、医療も高度化し、一人一人の生活や人生観に即したQOLを目指す今の時代には考え方とは合わなくなっていると感じます。

テクノロジーは障害を取り除き、無消費をなくす

最近では私は明らかに異なるジャーニーをすることにしています。まず、不調を感じるとGoogleではなくAI受診相談Ubieを利用します。Ubieのデータベースは、万能型の検索エンジンであるGoogleではなく、医学情報だけをもとに作られています。また、人気のあるウェブサイトという検索結果ではなく、医師の思考回路のようなAIを搭載し、関連する病名を絞り込ります。なので、ジャーニーの一歩目の信頼感が全く違います。深刻な病気に関係しそうであればアラートしてくれるので、不安への対処もしてくれます。

例えば、「めまい」を感じたときに考えられる病気はこのように表示されます。

AI受診相談Ubieの画面

私が数年前から発症した花粉症の症状を入力すると、以下のような画面になります。

症状に関連しそうな病気が表示されると、近くの病院もリストアップされたりして、受診する際にも便利なのです。

全体のジャーニーが1つアプリで完結するのは嬉しいです。でも、Ubieが本当にすごいのは今まで「無消費」だった「そもそも受診するかどうか決めたい」というジョブを解決している点です。今から思い返せば、AI受診相談Ubieを使う前は、分かりやすいサイトにめぐり合うまで何度もGoogle検索をしていた気がします。

ペイジェントジャーニーであろうと、カスタマージャーニーであろうと、無消費を見つけることはとても大事です。しかし「無消費」は、消費が行われていないため従来のマーケティング手法では見逃されてしまいます。行動観察やインタビューを行って顧客の「ジョブ」を把握することが本当に大事になります。

クリステンセンは著書『イノベーションのジレンマ』に「小さすぎる市場は分析できない」ため、既存事業者は無視したり軽視してしまうと記しました。でも、「無消費」は存在していますし、適切なサービスを提供することができればサービスの消費者と変わることをUbieが証明しています。2021年6月に月間利用者数が100万人を超えたことを発表しました

―最後に―

医療システムは現在、非常に複雑な構造になっています。私たち一人一人が異なる体質を持ち、異なる生活を送っている上、病気も非常に多く存在しているからです(Ubieには執筆時点で962もの病気が登録されています)。実際、私たちがCOVIDに直面しているように新しい病気も生まれ続けています。防げる病気の予防、さらには研究者や企業、病院や医師の努力によって寿命は延びていますが、寿命が延びることによって別の病気も生じています。

なのでもし、自分や家族に何かの症状があったり、体調の悪さを感じたらスマホからAI受診相談Ubieでチェックしてみてください。その複雑さが少しシンプルになり、ジャーニーは短くなるはずです。

そしてもし、人の健康に携わるような事業をする意志があるようでしたらペイシェントはジャーニーなどしたくないんだという前提を持ってほしいなと思います。そして、もちろん、そのような思いを持っていらっしゃる方には、INDEE Japanにお声がけ頂き、共に事業を創りたいと思います。

インタビューの壁

Written by 星野 雄一 on 2021-04-20

 マーケティングの世界で古くから使われている格言に「ドリルを買いに来た人が欲しいのはドリルではなく穴である」というものがあります。私たちも事業開発の支援をする際にイメージとしてこの言葉を伝えることも多々あります。この古い言葉を今なお引用するくらい製品やサービスを提供する側にいるとどうしてもより性能が良いもの、より品質が良いものといったプロダクト中心の視野になりがちだと感じます。

 もちろん、多くの方はご自身のクセに気づき、そこから脱却するべくジョブの発見にチャレンジしていきます。やはり会議室で分析的に妄想を膨らましていても前には進まないことを感じるのでしょう。ジョブを持っていそうな方々にインタビューをされるケースは多いです。(私たちもそれをお勧めしますので)

 ただ、実際にインタビューに行くとそれはそれで苦戦するようです。ドリルの例で例えると、このような質問を投げかけるようです。「どんな大きさの穴を開けたいのか」「材質は何か」「数個の穴を開ければ良いのか、毎日多くの穴を開けなければならないのか」

 もちろんこれによって、どんな”ドリル”を提案すれば良いかは見えてくるという一定の気づきはありますし、この情報をドリルの新機種開発に役立てることもできます。しかし、本当に実現したいことはこのような顧客にあったドリルの提案や持続的イノベーションではないはずですよね。

 新規事業を、今までとは違うイノベーションを産み出そうとしているのであれば、もう少し突っ込んだ行動をやってみることをお勧めします。

 例えば、もし慣れないDIYにチャレンジする父親に先ほどのようなインタビューをすると、穴に着目したインタビューでも、たまにDIYで使えて、簡単に操作できて、といった回答が得られるとは思います。ただこれだけだと「便利なドリルが欲しい」で終わってしまいますが、それを通して何を実現したいのか?というところに着目したいものです。例えば「子供たちにいいところを見せたい」というジョブが見えてくるかもしれません。ここに着目すれば、父親のジョブを満たすのは穴でもドリルでもなく、違う手段も十分に考えられますし、敢えて経験もスキルもないDIYで困難な道を目指すよりももっと簡単な方法があれば、そちらを採用する可能性も出てきます。もちろん父親がDIYや自分で何かを作るといったことにこだわりを示しているのであれば、このジョブに着目しつつも、技術がなくてもワンタッチで綺麗に穴を開けられるドリルと考えることも可能です。

 インタビューに同席することもあるのですが、その際に良く見る例は相手のジョブを確認せずにインタビューを進めるパターンです。ジョブを抑えなくても顧客のことは今までよりもよく分かるでしょう。ただ、今までの思考の慣習で「穴」までしか視野が広がっておらず、プロダクトアウト意識が残っているように思えます。これが意外と目に見えない壁なのかもしれません。

 今後提案しようと目論んでいるプロダクトが何かは傍に起き、敢えて「その行為を通して得たいことは何なのか」という問いを投げかけてみてはいかがでしょうか。そうすると、何がジョブで、何が障害なのか、そして今やっていることに対する違和感がもっと解像度高く見えてくるはずです。