オープンイノベーションが上手くいかない理由をジョブ理論で考えてみる

Written by 津嶋 辰郎 on 2019-07-01

「オープンイノベーション」という言葉については今更その内容を説明する必要がないくらいに、日本においても普及しきった印象である。一方、実際の取り組み現場においては、成功事例を探すことが難しいほど問題が多いといえる。まだまだ取り組みとして、黎明期であるから今後は成功したと言える事例も出てくる可能性もあるが、正直今のまま進めても殆どの活動が成果に繋がるとは言いがたい・・・と現場で感じる問題点についてコンパクトに整理してみたい。


オープンイノベーションの難しさの原因は、多様なステークホルダーが存在するということに尽きると考えている。勿論それぞれの組織に所属する担当者によっては考え方やスタンスは異なるが、今回の記事ではジョブ理論を用いて私の経験を交えた日本の組織おける典型的なパターンをモデルとして考えたいと思う。分かり易くするために敢えて多少極端な表現にしている点はご了承いただきたい。 ジョブ理論について復習が必要な方はこちらの記事も参考まで。


今回考察する事例としては、大学と企業(大手、ベンチャー双方に関係するが特に大企業を意識している)の連携でのオープンイノベーションを想定し、シーズ発明者、大学関係者、企業連携担当者、経営者という4種類のジョブが異なるスレークホルダーの場合で考えてみたい。

それぞれのステークホルダーが抱えるジョブとその背景を示すとこういう感じではないだろうか。


シーズ発明者のジョブ:自分の研究テーマを理解した上で、できるかぎり自分が考えてきた用途で実用化して欲しい。一方、事業化への関与にはあまり興味ない。

→ 日本における研究者は、もちろん自分の発明を実用化することには思いがあるが、基本それを事業化する取り組みに興味がある方は少ない。そのため事業化における自分の関与は最小限に留め、発明の価値とその本来の活用方法を理解できる人物は上で、進めて欲しいと考えていることが多い。


大学契約関係者のジョブ:発明者、企業側がそれぞれから多くの要望があったとしても、できる限り大学の制度に則った契約の中に納めたい。基本的に前例のないことはやりたくない。

→ 大学職員もしくは、産業界からの転入だとしても日本の大学という環境で働きたいと考えている方は、前例主義でコンサバティブな方が多い。そのためイノベータータイプの上司がいないかぎり、如何に既存の仕組みの枠を外すことなく、物事を進めたいという考えるのは責めることができない必然のジョブである。


オープンイノベーション担当者のジョブ:短期的な成果が期待できない状況においても、社内に価値を上手く発信して自分達の取り組みを評価されたい。

→ 上層部の期待や既存事業の成果に比べて明らかに時間を要するのが、オープンイノベーションを通した新規事業立ち上げの取り組みである。一方、会社の中の仕組みは既存事業を運営する時定数で回っている。そのために如何に成果を見える化し、その進捗と価値をその分野に土地勘のない社内メンバーに上手く伝えていくかということが苦悩している作業である。


サラリーマン経営者のジョブ:既存事業だけでは存続が難しい事は理解しており、新しい事業の立ち上げが必要だと考える中、株主および社内のステークホルダーから失敗だと思われるような取り組みはしたくない。取り組むなら売上としての成果に繋げたい。

→ 新規事業の立ち上げの必要性について社内外に発信していたとしても、既存事業以外の領域に土地勘のないこと、短期的に収益を生まないテーマについて費やす時間を確保できない。またその自分自身が土地勘のない領域において、担当者を信用してリスクをとる決断をするハードルは日本の組織体制と社内のステークホルダーに対しても非常に高い。


どうだろうか?これらのジョブとその背景については、恐らくそれぞれの立場の方と仕事をしたことがあれば、それほど違和感のない内容だとご理解頂けると思うし、とりわけ特殊なことを言っているわけでない。と考えても、そもそもこれだけ複雑なステークホルダーのジョブを満たしていかなければならないのがオープンイノベーション・・・の課題であれば、それを成果に結びつけることがどれほど難易度が非常に高いか。なかなか成功事例に出会えないのも必然なのである。

ではこの複雑な状況の中でもなんとかプロジェクトを進めるための処方箋は次の3つであると考えている。


・プロジェクトにおける共通の目標を言語化し、ステークホルダー間でしっかりと合意する


・目標達成までの期限とそこに到達するまでの中期的なマイルストーンを決める
(撤退の条件もこのマイルストーンに含める)


・リーダーまたはそれに変わる人物が各組織間のジョブの隙間(グレーゾーン)を埋めることをコミットする


完全な取り組みとはいえないですが、参考になる具体的な事例として、シンガポールにおけるEDB(経済開発庁)が行っているグラントスキームに見ることができる。シンガポールという国家は日本同様の高齢化社会であり、単純労働者に対する移民受け入れを制限する政策を進めているため、先端的なライフサイエンス技術の導入およびロボットによる単純労働の自動化が世界で最も推進されていると言って間違いない。しかも、国内のシンガポール大学が近年アジアナンバーワンの評価を得ているとは言え、研究開発は一日にしてならず・・・のためそう簡単には国内から新たなシーズが生まれることが容易でないと理解していることもあり、海外企業の受け入れ体制が非常に整っている。その中でも前述の2領域においては日本企業に対する期待値が極めて高いのである。


話を戻すとEDBが主導する開発型スキームは新しい技術を基にしたソリューションを導入したい事業者が起点となり、それ実現にコミットできる企業を公募する(この時点でステークホルダー間の目標が合意されている)。そして、そのグレーゾーンのマネジメントをEDBの担当役人(立場的にも幅広い裁量権がある)がコミットする(実際の解決に必要な人を集めて議論する場をセットする等を行う)。技術シーズとして必要なものを提供できる研究機関がシンガポール国内にあれば共同開発のアレンジを行う(大学担当者のジョブを捉えている)。そして、最も日本のグラントに抜け落ちている要素としては、参加する開発企業に対しては、EDBがソリューション実現後は政府のお墨付きで国内外のターゲット施設等に事業展開の支援まで約束してくれる(オープンイノベーション担当者および経営者のジョブを満たしてくれる)というものである。


我々もこうしたシンガポールにおけるスキームを活用して、大手企業内での新規技術開発プロジェクトや日本において特に資金調達や実証環境の確保が困難なハードウェア系の事業展開するモデル事例の構築を進めている。その過程でシンガポール政府を始め、様々な現地パートナーとのネットワーク構築が実現してきたためINDEE Singaporeを立ち上げ、より多くの機会を提供していこうと考えている。無論、こうした機会を活用するために日本の大手企業およびスタートアップが十分満たせないジョブをサポートするのが我々の役目である。


こうした機会に少しでもご興味を持っていただけたら、お気軽にこちらにでも問い合わせいただければと思う。

スタートアップと禅の意外なつながり

Written by 津嶋 辰郎 on 2019-05-22

失われた時代と揶揄されてきた平成の30年。残念ながら日本は経済として主要先進国の中で、唯一GDPの成長を実現することができなかった。


その間、学ぶべき対象としてまたはグローバル経済への適応を目的として、数多くのアメリカ的経営手法を大企業を中心として輸入してきた。その結果として、導入初期は学習という意味で盛り上がったとしても、その後事業の成果として現れないだけでなく、うまく適応できなかったりむしろ以前より疲弊している現場を数多く見てきた。


ここ数年は、急速な市場の変化への対応や新しい事業の創出が急務の中、スタートアップ(いわゆるベンチャー起業)の領域においても、アメリカのシリコンバレーを起源とする方法論やそのエコシステムを輸入する形で浸透しつつある。もちろんそこから学ぶべき側面はあるものの、日本が戦後積み上げてきた、独特の事業環境と組織体制との大きなギャップに起因する、ミスマッチを感じ始めている方も多いのではないかと思う。


INDEE Japanも設立から8年、国内外でイノベーションを実践する特殊部隊として大手企業およびスタートアップと様々な事業立ち上げに取り組んできている。昨今、変革への渇望からようやく日本でもクリステンセン教授が提唱した破壊的イノベーションという言葉が普及した一方、伝統という言葉に対して、”古くさい”とか”変えるべきもの”という悪いイメージが先行してしまっていることを危惧している。そもそも伝統というものは長い時間の淘汰のサイクルを乗り越え生き残ってきたという実績を持ち、歴史を紐解かない限りその本質が見えない非常に貴重なものとも言える。


話を戻すと新事業のスタートアップという最近の潮流と、日本の伝統的な文化のその根底にある禅の思想に着目するとまた違って景色が見えてくる。

 

私自身は禅の学者でなければ禅僧でもない。ただ子供のころからお寺の中にある道場で剣道を習い、住職や師範から毎日のように”剣”と”道”にまつわる話を、当時は馬の耳に念仏のように聞かされる日々を送っていた。そしてその後、技術者としてそして起業家として様々な事業開発に向き合い経験を繰り返す中で、ようやく当時の”念仏”の意味を、自分の言葉で現代社会に翻訳できるようになってきた。

その剣と道の話は別の機会に取り上げられるとして、今回の本題であるスタートアップと禅の思想としての意外な繋がりをお伝えした。それは共に、

 

実践を通してしか真理を追究できないという作法に基づく

 

ということである。

禅という世界観を体現する代表的な特徴として、その教えは不流文字・教外別伝として表現されているとおり、人から人への口頭での伝承(口伝)を基本とし、書物として文章化されていない。いわゆる師匠と弟子が繰り返して交わす禅問答の修業がそれにあたる。

また座禅に代表されるように、掃除や食事など日常生活における身体を通した実践を通して修業するというプロセスを正としている。そして、前述の自分の子供時代に剣道の道場で経験したことも、実はこの思想に基づいていたことにようやく気づくことができた。

 

これらは明らかに現代社会が追究している一般的な学習方法からすると真逆に位置する非効率な手段である。つまり拡大生産性やさまざまな効率化を追求するために、我々が身につけているスキルセットや正しいとされるマインドセットとは大きく異なることを大切にするという思想である。

ここまでくれば、貴方が起業家かもしくは新規事業担当者であれば気づいたはずである。これは新規事業立ち上げの特にゼロからイチを生み出す初期のフェーズにおいて最も大切にされる作法と全く同じである。

ごちゃごちゃ言わずにやってみろ・・・答えが見えてくるまでやれってやつである。

 

“読書百辺読書百遍義自ずからあらわる”とはよく言ったものである。

 

実はこの話はクリステンセン教授も代表的な著書の一つでもある「イノベーションのDNA」の中で、イノベーターが共通に持つ代表的な5つの特徴の一つとして実験力としてこの”実践を通して学び続ける”という行動特性を挙げている。

 

昨今、組織の閉塞感の中で悶々とするエリート層に会う度に、その根本的な原因は、知識ばかり増やして頭でっかちになり、評論してばかりで結局は実行に移さない、移そうとしないところにあるのは間違いない。

 

国家としての戦場、ビジネスとしての戦場となる外部環境は、大きくそして急速に変化していることを否定する人は誰もいないはずである

 

前述の通りそもそも我々一人一人のDNAの中には、間違いなく椅子に座って考えるだけでなく、実際に体を使って実践を通して道を切り開いていく事を是とする思想が宿っている。そろそろその我々の中に眠る本来の強さを呼び覚まそうではないか。

今回を第一回目として、引き続きこの我々の伝統や文化の中から様々な現代を生きるためのヒントを紐解いていきたいと考えている。こうしたアプローチに興味を持ってくださった方は、こうしたイベントでお会いできればと思います。

日本の新規事業担当者に最も必要なこと

Written by 津嶋 辰郎 on 2019-04-15


日本の大企業内での新規事業担当者と一緒に仕事をするようになって我々ももう10年以上になる。その業務としての難しさの原因は数多くあるが、特に担当者自身にとって取り組みが必要な最も必要な課題は、


知識や情報のインプット量を圧倒的に増やす

事にあると確信している。実際こう確信する背景としては、

  • 新卒から1社のみにどっぷり浸かっているため、複数事業や他の産業の経験が少ない
  • 社会人になった後の既存事業領域以外の学習の機会が少ない
  • 展示会参加など、新しいトレンドを把握する機会が少ない
  • 社外との交流の機会が少ない

などの日本特有の労働環境や既存事業の業務環境に原因がある。

  

ここでご存じの方も多いかと思うが、敢えてアイデア発想の古典を紹介したい。


アイデアのつくり方:ジェームズ・W・ヤング

この中でも語られているように、アイデアの源泉はインプットの量であり、ゼロから何かを生み出すと言っても、真っ白なキャンパスに自由に何かを書いていいよと言われても、その元となる情報が自分の中に無ければ新しいものは生み出せないというのが真実ということである。



では特にどんな情報をインプット(または整理)すれば良いか?そのポイントを5つほど紹介したいと思う。

 

既存の自社事業のビジネスモデル(特に自社がユーザーに選ばれている本当の理由)
 長い間関われば関わるほど、実は複雑で分かり憎くなってしまうが自社のビジネスモデルというものである。ビジネスモデルキャンバスのフレームワークを学んだら、まずは自社のビジネスに対して記述してみることをオススメしている。特に比較対象として国内外の同業他社について描いてみると、同じ商品・サービスを提供している中でも、実はそれぞれ異なるビジネスモデルや価値提案で成り立っていることに多く気づくはずである。

 

技術領域以外の自社の強み
 特に研究開発機能を持つメーカーは”技術力=競争力”、”技術力=差別化要因”という枠にはまっている。しかしマチュアな事業であればあるほど実際はそうでないことの方が多い。自社のビジネスモデルを改めて分析することで、間違いなく大手企業には技術力以外に他社(破壊的なアプローチを掛けてきているスタートアップ含)にない強みが見つかるはずである。

 

注目されているビジネスモデル
 特にスタートアップや他の産業が採用している、新しいビジネスモデルは単なるアイデアから生み出されたものではなく、新しい技術(主にインターネットテクノロジー)や商習慣、規制の変化等の外部環境の変化・進化を活用して成立している。結果としてのモデルではなく、その生まれた背景を理解する事が重要である。

 

スタートアップが解決しようとしている課題(とその所在)
 特に短時間で高い成長を目指しているスタートアップが解決しようとしてる課題は、すでに顕在化している重要な課題であることが多い。特に日本にいると実感しにくい、海外先進国や新興国における課題情報から得られるインスピレーションは大きい。

 

世の中で注目されている技術分野
 技術開発の投資額が大きい領域を中心に進化していくことが考えられる。自社の既存技術を活かすに当たっても、こうした新しいトレンドの組み合わせで今まで解決が難しかったことを解決できるようになる可能性が高い。単なるトレンド情報の収集ではなく、組み合わせとしての活用方法という視点を持つだけでも見え方が変わるはず。

一方、今回はその詳細には触れないが、下記のような情報は実際は”社内説明向け”やエンタメ以外の目的ではあまり重要でない。これらの情報収集に偏りがちな方は是非時間の使い方を見直していただきたい。

  • 他社のイノベーション事例
  • 有名な企業家、学者の講演
  • 大学や研究機関のイノベーション講座  
  • 具体的な実事業ではなく”イノベーション”に関連するイベント

スピンアウト、カーブアウトのススメ

Written by 津嶋 辰郎 on 2019-03-11

8年前の今日、起業の気持ちを固めるきっかけになった大地震を当時のクライアント先で共同創業者と経験し、それによる首都圏の交通機関の壊滅的な麻痺を通して忘れられない数時間を過ごしました。そして同年INDEE Japanがスタートすることになります。

現在は首都圏を中心として学生や20代を中心に起業が一つのブームとなり、日本においても起業≒若者というイメージが徐々に定着しつつある気がします。しかし、我々もZENTECH DOJO Nihonbashiをスタートしてから約3年に渡り、多くの若手起業家予備軍のよろず相談にのってきた中、世の中を変えたいとかより良くしたいという強い思いがある一方、圧倒的なほどの社会経験不足と知識の少なさに対して課題を感じざるを得ないという状況を多く目の当たりにしてきました。実際そう感じる人達には、現在も正直に一度就職した方が良いとアドバイスしています。

これだけ世の中には情報が溢れており、特に首都圏では会いたい人や話を聞きたい人にもアクセスしやすい環境が整ってきたとはいえ、実際20歳で一人の人間が身につけられることは20年以上前の我々世代とさほど変わっていないというのが実感でもあります。若者発として世界に発信できる事業が生まれるには、まだまだ時間を要するというのが現場での実感です。

 

一方、大企業での新規事業立ち上げプロジェクトや社内起業プログラム等での加速支援をしていると、入社して5年程度の若手から20年以上のベテランまで非常に高い技術力や巻き込み力、また特定の分野でのネットワーキング力を持ちつつ、自らのめり込む事業テーマを持っている企業内起業家に会うことがあります。もちろん会社の文化や成長ステージによって人数の大小はありますが、どんな企業でも必ず数名は存在します。そしてそういう人達は、既存事業の推進が花形である社内ではあまり高く評価されていないというのも別の共通点です。

多くのこうした企業内起業家と触れる中で、我々は下記の二種類のタイプがいることが分かりました。

 

・元来、思いが強く、自ら提案・チャレンジを積極的に行うタイプ

・仕事を進める中で、たまたま自分がのめり込むテーマに出会ったタイプ

 

今日のスピンアウト、カーブアウトというテーマの中で、注目したいのは後者のタイプです。どうしても”起業”という文脈で人を要件を考えると、前者のような外から見ても分かり易い特性を持ち、そうした経験を積み重ねてきた人物に注目されがちです。しかし、日本の社会的な環境で、特に大企業内や大学内で過ごしている研究者・エンジニアは、後者のタイプこそが、貴重な事業の機会を持っている人物ではないかと考えているのです。

ただこの後者のタイプが組織内で事業化に取り組む場合、大きな壁が立ちはだかります。まず個人としての社内の評価が高いわけではなく、社内に強力な人脈があるわけではないため、社内への発信力(特に上層部向け)や、巻き込み力(試作開発や顧客開発に関する協力体制の構築)の圧倒的な不足です(ただ一方、社内エースではないため個人として専任化という点ではやりやすかったりするのですが・・・)。

そういう状況下では、本人にとっても会社にとっても社内で事業化を進めるメリットは殆どないと言っていいでしょう。相当、強力な新規事業支援プロセスや社内体制があれば別ですが、正直そこまでの力を持つもの社内プロセスには我々も国内外共に未だ出会ったことがありません。

そこで我々がオススメしていきたい手段が、社外に別の会社を設立して事業立ち上げを行うスピンアウト・カーブアウトです。その具体的なメリットは、

 

・無条件で担当者の専任化が可能となる 

・固定費を最小化することでのローコストオペレーションが可能となる

・共同研究開発などのオープンイノベーションがやりやすくなる

・外部資金が調達しやすくなる(エクイティファイナンス)

・判断プロセスの簡素化されることで、事業化スピードが圧倒的に早くなる

 

実際、新規事業立ち上げを必要としている内需型日本企業の問題は、既存市場が縮小傾向にあることがほとんどです。そのため、社内新規事業として提案されている筋の良いテーマの多くは既存事業と直接的に関係ないものが多くなるのは必然の結果です。そのため社内リソースが実際あまり有効に活用できないことが多く、結局、提案者の思いや実行力が最も重要なリソースということになります。であるならば最大限それを発揮できるステージを用意する方が、会社側そしてプロジェクト側の双方にメリットがあることは間違いありません。

チームのスキルと知識が不足している領域は、我々のような外部のアクセラレーターを活用したり、相性の合うベテランを支援者として補う事も可能です。また昨今多くの企業では当たり前になっている早期退職制度の取り組みを前向きに発信でいる形での制度設計をする事もできるのです。

 

そこで挙がってくる懸念が送り出す企業側との契約関係になります。しかしここも事業化が成立した後、または新会社設立x年後のレベニューシェア、優先的販売権、事業または製品のまるごとのとしての買い戻し権など新会社が目指す事業の形体に応じてクリエイティブに設定することが可能になります。

そんなに価値があるものを気易く社外に出してもいいものだろうか??・・・いやいや、

 

日本の大手企業で働く会社員は例外なく、自分が所属する会社を愛しています

 

この世界的にも稀にみる自社に対するロイアリティーが、日本企業の強さであったことを日本の経営者は忘れてしまってはいないでしょうか?企業内起業家はたとえ外に出たとしても、中長期的に間違いなく未来の自社にとって多くのものをもたらしてくれます。

どうでしょうか?特に今の日本の大手企業に働く層こそが、日本の伝統的社会と文化としての良き面を理解し大切にしようとしている人達ではないでしょうか?

 

こうした様々な理由と現場経験を通して、スピンアウト・カーブアウトこそが、現在の日本の置かれた状況に適した起業の方法論であり、多くの社内プロジェクトや企業内企業家にとって有効な手段であることを確信しています。そして、我々もこうした取り組みにチャレンジされたい企業や企業内起業家は全力でサポートいたしますので、このブログ等にピンときましたらお気軽にお問い合わせください。 

 

またスピンアウト、カーブアウト支援に着目しているプログラムでもあるKawasaki ZENTECH Acceleratorにも注目ください。

鳥人間とおっちゃんブログ 第十話 運命の?!書類審査

Written by 津嶋 辰郎 on 2016-07-27

無事機体設計を終え、大会に向けて作業を進める毎日をすごしていた3月、突然その日がやってきた。
工房に到着すると作業テーブルとして使っていた畳一畳サイズのベニヤ板の上に一枚の葉書が届いていた。先に到着していた中尾に何かと聞くまでも無く、それが今年の大会出場の可否を決める書類審査の結果であることはすぐに分かった。自転車から飛び降りてダッシュでその文面を見ると、

専門家による厳選なる審査の結果、落選と判断させていただきました
が〜ん・・・ し〜ん・・・ ち〜ん
自分の中で完全に時間が止まった。可能性はゼロではないとは思っていたとはいえ、想定という意味では、ほぼゼロでだったためバックアッププランなんて全く考えていなかった。
まず何より思いついたのは、チームリーダーとしての責任感からか

今年一年どうしよう・・・何をしてすごそうか・・・
である。悔しいとかそんなんじゃ無く感情としてはニュートラル、頭の中が真っ白とはまさにこういう状況をさしていうのではないだろうか。
そこにもう一人のメンバーの健ちゃんがやってきた。自分達の雰囲気を見て事を察したようだ。そこには言葉は殆どなかった。三人が放心状態で作業台を囲んでいるときに、おっちゃん代表の中野さんがやってきた。
 中野:「どないしたんや?人生終わったような顔して?」
 津嶋:「いや・・・書類審査に落ちました」

 (少し沈黙)

 中野:「ほ〜ん、それで理由は聞いたんか?」

 津嶋:「理由を聞く?? 理由を聞くって言ったって、葉書での通知ですよ。」

 中野:「それやったらなおさらやろ。そんな紙っぺらでおまえらは納得するんか?おまえらの思いはそんなもんなんか?」

 津嶋:「・・・納得って言われても、どうすることもできないじゃないですか??」

 (ちょっと興奮ぎみ)


 中野:「葉書には普通連絡先が書いとるもんやろ、事務局とかなんとか・・・納得できんのんやったら電話して理由を聞いたらええやろ。」

 (確かに・・・)

 津嶋:「でもこういうのって誰に聞いたら・・・」
 中野:「そりゃぁ審査した責任者と話したいってゆ〜たらええやろ。それかプロデューサーとかなんとかいうのがおるやろが。」
 
 津嶋:「中野さんもしかしてプロデューサー知ってたりするんですか?」
 中野:「俺が知るわけないやろ」

 (沈黙)

 津嶋:「つながりますかねぇ」
 中野:「そんなん知らんわ、俺には関係ない話やからな・・・おまえらの好きにせぇ〜や。わっはっぁ〜」
この会話を通してまず自分の中で雷が落ちた・・・葉書を見たときに事務局に電話してみるなんて思いつきもしなかった。

その一方、中野さんにも試されてる・・・とも感じた。ここは引き下がるわけには行かない、「では準備してから・・・」なんて言ったらまた一蹴されるに決まっている。一度深呼吸して、工房横の中野さんの奥さんが働く事務所の電話を借りて電話してみることにした。

プルプルプル・・・
 事務局:「はい・・・読売テレビ鳥人間事務局です」

 津嶋:「あ・・・はい。え〜・・・鳥人間コンテストの書類審査に申し込んだ堺・風車の会の者ですけれども」

 事務局:「はい。いかがいたしましたでしょうか?」

 津嶋:「あ・・・本日、審査結果が届いたのですが、結果は落選ということでした。でも自分達は本気でがんばっておりまして、今年は絶対飛べるって思ってるんです。落選の理由を聞きたいと思っておりまして・・・え〜そこで審査の関係者にお繋ぎ頂きたいと思っておりまして・・・」

 事務局:「少々お待ちください」

 (少し沈黙)

 事務局:「今回の結果は大変残念なのですが、そういうお問い合わせに対しては個別に対応はしないことになっておりまして、申し訳ありませんがお引き取りいただければと思います。」

 津嶋:「え〜、そこをなんとかお願い出来ませんか?一言でもお話が聞ければ自分達も納得できると思うんです・・・お願いします。」
 
(うん?何を言っているんだか分からないがとにかく必死に食らいつくしかない)
 
 事務局:「申し訳ありません」
ガチャン・・・プー、プー、プー

 中野さん:「ど〜やった?納得できる話は聞けたんか?」

 津嶋:「いや・・・個別には対応できないということで断られました。」

 中野さん:「わっはっは〜そうか。事務局もつめたいよなぁ〜。」
 
 (そんな笑われても・・・そもそも繋がると思ってなかったんじゃぁ??)
 
 津嶋:「普通こういうのって繋がるもんなんですか?」

 中野さん:普通??・・・そんなん普通なんかあるわけないやろ。あの手この手で繋げるんや。」

 津嶋:「・・・」
(まぁ言いたいことは分かりますが・・・そんなに手の内ないし・・・)
 
 (沈黙)
 
 中野さん:「で??もう諦めたんか?」

 津嶋:「え??・・・もう1回電話しても、同じことになりそうなので・・・」
 
中野さん:「はぁ?これやからおまえらはダメなんや。プロデューサーはどこに出社しとるんや?」

 津嶋:「まぁそりゃぁテレビ局じゃないですかね。」
 
 中野さん:「せやろ・・・テレビ局にはどうやって入るんや?」
 
 津嶋:「そりゃぁ入り口からですよね・・・(なんでこんなことを聞く??・・・もしや)」

 中野さん:行ったらええやん?その入り口に。毎日待っとったら会えるやろ。おまえら学生やし、大阪に住んどるんやからそれを活かさない手はないやろ。頭は使うためにあるんや、飾りやないで」

 津嶋:「(きた〜この突っ込み)・・・ですね。ちょっと作戦考えてみます」
再び自分の中に雷が落ちた・・・。自分の枠がこの瞬間一気に吹き飛んだ。これかぁ・・・自分がずっと違和感を感じていた・・・そしてなんか重いと感じていた枠、壁、錨・・・の存在に気づいた。
会いたい人に会うための手段・・・これを外せば選択肢はいくらでも考えられるじゃないか・・・しかし、こんなん本当にうまくいくんやろか??ありなんかなぁ??不安と疑問で一杯の中、プロデューサーにどうやって会うか?それを考えることにした。
その翌日、いろいろ考えたが結果的に正面突破以外の妙案が見つからず、早朝に社員用の通用口前にでも会えるまで毎日通うしかない・・・という覚悟で、テレビ局近くに住んでいた中尾とスケジュールを考え始めていた。
その時、中野さんから奥さんから、
「津嶋くん・・・なんか今日読売テレビから電話があってね、このプロデューサー宛に電話して欲しいという事みたいよ。なんやろね?」
あらら・・・どうやら会いたかったプロデューサー宛てに電話して欲しいとのことらしい。こっちの思いが伝わったのかな??よく分からないけど、とりあえず電話してみることにした。
わぉ!どういう事の変化か分からないが、どうやら会うだけは会ってくれるらしい・・・指定された日時に中尾と二人でテレビ局に訪問することを約束することができた。
そしてその日がやってきた。二人は当時まだ18歳、有名企業の・・・しかもテレビ局で打ち合わせをするというだけでも心臓バクバクのシチュエーション。しかも自分が挑戦しようとしている番組のプロデューサーに書類審査落選の撤回交渉をする?!という極めてチャレンジングな場に臨むことになったわけである。
 二人:「こんにちは」
 プロデューサー(P):「いやぁ、よく来たね。」

(あら・・・色黒の少し強面の方ですが、想像以上にフレンドリー)

 津嶋:「今日はお時間を頂きましてありがとうございます。」
 P:「要件は分かってるよ。ただ審査は専門家の評価を元に平等に実施されているからね。その結果として、君たちの機体は不完全という判断が下されていたんだよね・・・。」

 津嶋:「どの辺りが不十分でした??図面だけでは伝えられない事が沢山あると思うので、今日は他の資料や写真も多数持参しました。これらを見て頂ければ、飛ぶ機体だということを理解頂けると思っています。」

 P:「う〜ん・・・気持ちは分かるけどね、審査は基本図面だけで行われてるんだよね。補足資料があったとしても君たちだけ例外というわけには・・・」

 津嶋:「それは分かっておりますが、よろしくお願いします(とにかく思いを伝えるしかない・・・)」

 (沈黙)

 P:「まぁね。君たちの思いは分かった。ただ同じような理由で落選しているチームは沢山あるんだよね。君たちは、たまたま大阪にいたからこうしてここに来れているけど、そう簡単にこれないチームも一杯あるんだよね・・・ただ確約はできないけど、今考えていることをすべて図面上に描いてみて。一応、内部で再検討することだけは約束するよ」

 二人:「ありがとうございます。必ず納得していただく図面に仕上げます」
お〜!!!いけるかもしれない。帰りはこれを期におっちゃんに任せっきりだった図面を自分達でやろう。短期間にCADのオペレーションをマスターしてプロデューサーをうならせる図面を描くぞ!と心に決めて、二人で大興奮で帰路についたのである。
ここからはプラント設計をしていたおっちゃんメンバーの会社に通い、CADの使い方を教わりながら、以前はA3だった図面を大型プロッターを活用してA0サイズ(841mm×1189mmの大判)の図面の中にとにかく様々な情報を盛り込んだ図面を形にしていった。この辺り目標ができたら強いのが若い力である。おっちゃんメンバーにも協力してもらいながら毎晩夜遅くまでの作業を繰り返し、期限までに自分達としても納得のいく図面に仕上げることができた。
EgretDrawing.gif
そして約束の日時に大きな図面を抱えて自信をもって再びテレビ局に伺うことになった。
プロデューサーからは、なんと!
「思いと図面は受け取りました。君たちを応援したいと思います。」
その一言の後、社会を知るための尺度の持ち方についての考えを時間を掛けてお話いただき、ご自身が担当している他の番組の見学も約束してくれた。
落選の葉書を受け取ってたどん底からの怒濤の2週間・・・正直何が起こったのか、正直自分の中でもうまく整理がつかないでいた。
ただ・・・この2週間の自分達の行動で、我々の未来が180度変わった事だけは真実である。
笑顔一杯で工房に帰った。まず何より中野さんにその結果を伝えたかった。
 津嶋:「中野さん 今年出場できるようになりました!信じられません。奇跡ですよこれ。」

 中野:「何が奇跡や?!おまえ全然わかってへんなぁ。世の中は何でも自分達と同じ人間が決めとるんや。神様が決めてとるわけやないんや。おまえらがつかんだ結果やないか・・・奇跡なわけないやろ。分かったか?」

 中野:「・・・でも良かったな。」「プロデューサーは応援するっていうてくれたんやろ。今度はおまえらがその期待に応える番やぞ。約束は守るもんやで」
この一連の出来事は津嶋自身にとって人生への向き合い方のパラダイムを大きく変えることになった。
そしてこれをきっかけにしてWindMill Clubの活動は大きく加速して行くことになる。
そして何よりこの出来事の裏には、1年半後に初めて分かった真実のサイドストーリーがある。
気になるかと思うが、それはまだまだ先の回にとっておこうと思う。