アップルウォッチしかウェアラブル市場で勝てないのはなぜか?の画像

デジタルヘルス×ウェアラブル市場に参入している(しようとしている)企業は多いが、これまでのところアップルウォッチ以上の可能性を出せている会社はなさそうである。私は決してアップルファンではないので、他に良いソリューションがあってもいいはずだと思っているが、なかなか登場しそうな気配もないが、その理由を考えてみたい。

まず「ヘルスケア」という切り口で参入すると痛い目に会う

私たちの大半は基本的に健康であり、ほとんどの人にとって、病気や死を意識することはない。もし、病気や死を恐れているとすれば、すでに体調が悪かったり、病み上がりだったり、病気と隣接している状態のときである。つまり一般の人にとって、朝起きた瞬間「健康になろう」と思い立つようなジョブは抱えていない。もちろん、「健康になりたい」といった動機はあるにはあるが、具体的な活動に結びついたジョブという形では存在していないのだ。同様に「正しい食生活をしよう」とか「正しい運動をしよう」といった動機は少なからず存在しても、ショーケースの美味しいそうなご飯や、仲間に勧められた飲み会が優先してしまうのが私たち人間である。

にもかかわらず、多くのヘルスケアビジネスを始めようとする人は、「正しい健康法」の呪縛があるかのように考えてしまう。ユーザーが望んでいるものは「正しい健康法」であることは極めて稀であるにもかかわらず、正義感から「正しい健康法」を売りたくなってしまうのだ。ソリューションの入口となるジョブを正しく設定したい。

オシャレかつ便利

王者アップルは国内だけでも年間200万台以上を販売し、世界スマートウォッチ市場の30%以上を獲得したと言われている。心拍の異常といったユーザーの健康リスクを見つけ出す機能は確かに目を見張るが、その機能が欲しくて買ったという話は聞いたことがない。要するに、病院の心拍モニター持ち歩く代わりに購入するようなものではなく、付随している機能に過ぎない。また、運動量を計測したり、睡眠を測る機能も備わっているが、「運動量を測ろう」「睡眠を測ろう」というジョブのためにアップルウォッチは購入されておらず、購入動機はまったく違うところにある。特に最近は女性のユーザーが増えているが、彼女たちはオシャレなアクセサリーでありながら、スマホがなくても通知を受け取ったり、メッセージに返信がするために購入している。オシャレなアクセサリーとしては非常に割安であるうえに、ウォッチフェイスやバンドを変えることで個性も演出できるのがアップルウォッチの一つの魅力となっている。アクセサリーとしてだけでなく、鞄やポーチなどからスマホを取り出さなくても通知が見えるのも大きな特長である。ファッションとしてスマホが入るようなポケットがなかったり、小さいことも女性に受け入れられている要因となっている。

すでにiPhoneを持っていれば、スマホとの連携は非常に簡単というのも大きなメリットだ。「スマホを出しにくい環境にいながら、タイムリーに連絡を受け取りたい」というジョブを抱えた人にとっては、まさに必需品となっている。

そのうち健康を意識する

アップルウォッチを身に付けていると、健康へのフィードバックが目に入るようになる(あるいは振動で知ることになる)。歩いた歩数が基準を達成したり、座ったままの姿勢を続けなかったり、ワークアウトをしっかりすると「褒められる」。褒められると、つい嬉しくなって歩こうと意識したり、座り続けないようにユーザーは努力するものだ。「褒められたい」という欲求は誰しもが持つものだが、腕に着けた装置から褒められるためにお金を出す人はいないだろう。つまり、ユーザーは健康的な行動を取るために購入したわけではないのにもかかわらず、結果として健康的な行動変容が促されているのである。

ヘルスケアキャンバスで表現してみる

ここで成功するヘルスケア事業の検討を行うための「ヘルスケアキャンバス」というツールを私たちは開発したので紹介しよう。このキャンバスはヘルスケア関連のビジネスが成立するための要素をデザインする枠組みとなっている。まず最初にソリューションが採用されるジョブを書き込むことから始める。その後、ソリューションの一環としてユーザーについての何らかの(医学用語では「バイオマーカー」と呼ばれる)計測を行い、情報取得を行うことになるだろう。計測された結果などから、ユーザーに何らかの介入を行い、ユーザーが体験するというサイクルを通じて働きかけが続く。このサイクルは、ユーザーがソリューションを使い続けること、つまり行動変容を起こしていることを示している。そのため「行動変容ループ」の3要素のバランスがとても大切なものとなっている。例えば、正しく計測ができることだけでなく、ユーザーに対する提示や介入が適切であり、その介入の割に体験が良くなければこのループは続かないので、注意が必要だ。定着しないソリューションの多くは、ユーザーが求めてもいない介入を行い、鬱陶しい体験となってしまっている。

さらに、行動変容が起きたとしても健康状態が改善していなければ「ヘルスケア」とは言えなくなってしまうので大変だ。健康状態の改善というアウトカムがセットとなってはじめて再現性の高い事業が実現できる。こうしてジョブ、計測・診断、介入・治療、体験・フィードバック、アウトカム・結果という5つの要素を考えてヘルスケアビジネスを検討していくのだ。

このようにアップルウォッチのキャンバスを眺めると、購入の際の「採用基準」となるジョブに健康とは無関係のものをターゲットにしている点に大きな特徴がある。また、さりげない小さな「ナッジ」とも呼べるような介入によってユーザー体験を高めていることで継続的な利用につながり、これが転倒や心拍異常の早期発見を可能としている。

ヘルスケアビジネスの特異性

他のビジネスと比べると、ヘルスケアビジネスには次のような特異性がある。

  • ユーザーは「消費者」と「患者」という二つの側面を持っている
  • ユーザー自身の「症状」「病気」「生活習慣」などについて自己認識が困難
  • ソリューション利用への行動変容と、生活習慣の変容が対応する必要がある
  • 行動変容が病状の改善につながる必要がある
  • 法的な規制が非常に多い

アップルウォッチは医療機器としての承認は取らず、2015年に発売を開始した。それは上記の行動変容ループを検証するためだったのではないかと考えてみてはどうだろう。デザインが客層に受容されるか、UIが受け入れられるかなど、長時間アップルウォッチを着けたくなるような体験を提供できることをアップルは入念に検証してきたと理解してみるのだ。そのような見方をすれば、行動変容ループの検証ができてから、ヘルスケアビジネスとしての位置づけを固めていった戦略をアップルは取った。その一環として日本では2020年に心拍計測機能が医療機器として承認を獲得したのだ。

今後さらなるアウトカムが証明されれば、医療保険の対象として承認される可能性もあるかもしれない。そうなると、医師からアップルウォッチとアプリを勧められ、ユーザーは3割負担で購入できるようになり、その牙城はより崩しにくくなるだろう。

アップルウォッチのようなウェアラブルも医療機器として承認されたことで、従来の医療機器に馴染みのある企業の参入は進みそうだ。ところが、これまで述べてきたように、医師だけがユーザーで患者を診るためだけに存在していた医療機器ビジネスとは大きく異なる。必ずしもウェアラブルを用いる必要はない。スマホアプリだけのものや、逆に繰り返し通院するようなリアルサービスであっても、行動変容を求める以上は、アップルウォッチの考え方を取り入れてみてはどうだろう。


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