失われた時代と揶揄されてきた平成の30年。残念ながら日本は経済として主要先進国の中で、唯一GDPの成長を実現することができなかった。
その間、学ぶべき対象としてまたはグローバル経済への適応を目的として、数多くのアメリカ的経営手法を大企業を中心として輸入してきた。その結果として、導入初期は学習という意味で盛り上がったとしても、その後事業の成果として現れないだけでなく、うまく適応できなかったりむしろ以前より疲弊している現場を数多く見てきた。
ここ数年は、急速な市場の変化への対応や新しい事業の創出が急務の中、スタートアップ(いわゆるベンチャー起業)の領域においても、アメリカのシリコンバレーを起源とする方法論やそのエコシステムを輸入する形で浸透しつつある。もちろんそこから学ぶべき側面はあるものの、日本が戦後積み上げてきた、独特の事業環境と組織体制との大きなギャップに起因する、ミスマッチを感じ始めている方も多いのではないかと思う。
INDEE Japanも設立から8年、国内外でイノベーションを実践する特殊部隊として大手企業およびスタートアップと様々な事業立ち上げに取り組んできている。昨今、変革への渇望からようやく日本でもクリステンセン教授が提唱した破壊的イノベーションという言葉が普及した一方、伝統という言葉に対して、”古くさい”とか”変えるべきもの”という悪いイメージが先行してしまっていることを危惧している。そもそも伝統というものは長い時間の淘汰のサイクルを乗り越え生き残ってきたという実績を持ち、歴史を紐解かない限りその本質が見えない非常に貴重なものとも言える。
話を戻すと新事業のスタートアップという最近の潮流と、日本の伝統的な文化のその根底にある禅の思想に着目するとまた違って景色が見えてくる。
私自身は禅の学者でなければ禅僧でもない。ただ子供のころからお寺の中にある道場で剣道を習い、住職や師範から毎日のように”剣”と”道”にまつわる話を、当時は馬の耳に念仏のように聞かされる日々を送っていた。そしてその後、技術者としてそして起業家として様々な事業開発に向き合い経験を繰り返す中で、ようやく当時の”念仏”の意味を、自分の言葉で現代社会に翻訳できるようになってきた。
その剣と道の話は別の機会に取り上げられるとして、今回の本題であるスタートアップと禅の思想としての意外な繋がりをお伝えした。それは共に、
実践を通してしか真理を追究できないという作法に基づく
ということである。
禅という世界観を体現する代表的な特徴として、その教えは不流文字・教外別伝として表現されているとおり、人から人への口頭での伝承(口伝)を基本とし、書物として文章化されていない。いわゆる師匠と弟子が繰り返して交わす禅問答の修業がそれにあたる。
また座禅に代表されるように、掃除や食事など日常生活における身体を通した実践を通して修業するというプロセスを正としている。そして、前述の自分の子供時代に剣道の道場で経験したことも、実はこの思想に基づいていたことにようやく気づくことができた。
これらは明らかに現代社会が追究している一般的な学習方法からすると真逆に位置する非効率な手段である。つまり拡大生産性やさまざまな効率化を追求するために、我々が身につけているスキルセットや正しいとされるマインドセットとは大きく異なることを大切にするという思想である。
ここまでくれば、貴方が起業家かもしくは新規事業担当者であれば気づいたはずである。これは新規事業立ち上げの特にゼロからイチを生み出す初期のフェーズにおいて最も大切にされる作法と全く同じである。
ごちゃごちゃ言わずにやってみろ・・・答えが見えてくるまでやれってやつである。
“読書百辺読書百遍義自ずからあらわる”とはよく言ったものである。
実はこの話はクリステンセン教授も代表的な著書の一つでもある「イノベーションのDNA」の中で、イノベーターが共通に持つ代表的な5つの特徴の一つとして実験力としてこの”実践を通して学び続ける”という行動特性を挙げている。
昨今、組織の閉塞感の中で悶々とするエリート層に会う度に、その根本的な原因は、知識ばかり増やして頭でっかちになり、評論してばかりで結局は実行に移さない、移そうとしないところにあるのは間違いない。
国家としての戦場、ビジネスとしての戦場となる外部環境は、大きくそして急速に変化していることを否定する人は誰もいないはずである
前述の通りそもそも我々一人一人のDNAの中には、間違いなく椅子に座って考えるだけでなく、実際に体を使って実践を通して道を切り開いていく事を是とする思想が宿っている。そろそろその我々の中に眠る本来の強さを呼び覚まそうではないか。
今回を第一回目として、引き続きこの我々の伝統や文化の中から様々な現代を生きるためのヒントを紐解いていきたいと考えている。こうしたアプローチに興味を持ってくださった方は、こうしたイベントでお会いできればと思います。