マーケティングの世界で古くから使われている格言に「ドリルを買いに来た人が欲しいのはドリルではなく穴である」というものがあります。私たちも事業開発の支援をする際にイメージとしてこの言葉を伝えることも多々あります。この古い言葉を今なお引用するくらい製品やサービスを提供する側にいるとどうしてもより性能が良いもの、より品質が良いものといったプロダクト中心の視野になりがちだと感じます。
もちろん、多くの方はご自身のクセに気づき、そこから脱却するべくジョブの発見にチャレンジしていきます。やはり会議室で分析的に妄想を膨らましていても前には進まないことを感じるのでしょう。ジョブを持っていそうな方々にインタビューをされるケースは多いです。(私たちもそれをお勧めしますので)
ただ、実際にインタビューに行くとそれはそれで苦戦するようです。ドリルの例で例えると、このような質問を投げかけるようです。「どんな大きさの穴を開けたいのか」「材質は何か」「数個の穴を開ければ良いのか、毎日多くの穴を開けなければならないのか」
もちろんこれによって、どんな”ドリル”を提案すれば良いかは見えてくるという一定の気づきはありますし、この情報をドリルの新機種開発に役立てることもできます。しかし、本当に実現したいことはこのような顧客にあったドリルの提案や持続的イノベーションではないはずですよね。
新規事業を、今までとは違うイノベーションを産み出そうとしているのであれば、もう少し突っ込んだ行動をやってみることをお勧めします。
例えば、もし慣れないDIYにチャレンジする父親に先ほどのようなインタビューをすると、穴に着目したインタビューでも、たまにDIYで使えて、簡単に操作できて、といった回答が得られるとは思います。ただこれだけだと「便利なドリルが欲しい」で終わってしまいますが、それを通して何を実現したいのか?というところに着目したいものです。例えば「子供たちにいいところを見せたい」というジョブが見えてくるかもしれません。ここに着目すれば、父親のジョブを満たすのは穴でもドリルでもなく、違う手段も十分に考えられますし、敢えて経験もスキルもないDIYで困難な道を目指すよりももっと簡単な方法があれば、そちらを採用する可能性も出てきます。もちろん父親がDIYや自分で何かを作るといったことにこだわりを示しているのであれば、このジョブに着目しつつも、技術がなくてもワンタッチで綺麗に穴を開けられるドリルと考えることも可能です。
インタビューに同席することもあるのですが、その際に良く見る例は相手のジョブを確認せずにインタビューを進めるパターンです。ジョブを抑えなくても顧客のことは今までよりもよく分かるでしょう。ただ、今までの思考の慣習で「穴」までしか視野が広がっておらず、プロダクトアウト意識が残っているように思えます。これが意外と目に見えない壁なのかもしれません。
今後提案しようと目論んでいるプロダクトが何かは傍に起き、敢えて「その行為を通して得たいことは何なのか」という問いを投げかけてみてはいかがでしょうか。そうすると、何がジョブで、何が障害なのか、そして今やっていることに対する違和感がもっと解像度高く見えてくるはずです。