トロントという町は日本人にあまり馴染みのないものかも知れないが、北米第4の都市であり、カナダ最大の都市である。最近ではメディアを賑わせている腐敗しきった市長を通じて知った方も多いかだろう。トロントにはトロント大学を中心とした研究機関が集積しており、特にライフサイエンスに関する研究には定評がある。
インスリン抽出の功績によりノーベル賞を受賞したBanting氏や、iPS細胞の発見で有名になった幹細胞を発見したTill氏、McCulloch氏は共にトロント大学で研究していた。
先日、ひょんなことでトロントの研究者が集まる会合に参加する機会があったので、ご紹介したいと思う。その会合というのは、大学や大学院の学生の交流を促し、企業や病院もしくは教授と触れ合う場として毎月開催されている。場所は学生街にある決して綺麗ではないパブ。日本で言うと居酒屋と言った雰囲気で行われる。会場に着くと、20人~30人の学生と5~6人の教授がいた。
いざ交流会が始まるかと思うと、マイクを持ち司会者が登壇し、1分間スピーチが始まるという。6人の研究者が、自分の研究についていかに分かりやすく説明できるかが競われる。審査するのは科学ジャーナルの記者と大学の広報部員である。それにしても1分とは難しい。なにせテーマは再生医療や、幹細胞、がん治療などの最先端テーマなのだから。
リラックスした雰囲気の中、スピーチに小道具を使う人もいれば、詩を作ったりする人もいた。原稿を棒読みする人もいる。実にバラエティーに富んでいる。非常に工夫して分かりやすく説明できている人もいたと思うと、専門用語のオンパレードの人もいる。
6人のスピーチが終了し、審査の結果が発表される。予想通り、研究の成果が私たちの健康や医療にどのようなインパクトがあるのかを説明した男子学生が優勝した。しかし、優勝したかどうかというよりも、このような場に足を運び、他の研究者からの刺激を受けたり、仲間が出来たりする効果は計り知れない。また、優勝者には250ドルもの賞金が与えられるという。大学の研究費と比べたら小さな金額だが、学生にしては大金に違いない。とにかく教育効果は絶大だろう。最先端の研究をしていればいるほど、放っておくとその価値を理解できる人は減っていく。カナダも日本同様、博士や修士など高度な教育を受けた人材ですら就職難である。自分の能力や研究成果を「売り込む」能力が益々求められることは間違いない。このような場を教育機関が開催していることは非常に価値あることだ。
最後に、審査員から分かりやすいスピーチをする上でのポイントを挙げていたので、自戒も込めてご紹介したいと思う。
- 専門用語を避ける。日々研究をしていると、普段の言葉が専門用語になってしまうことを十分心掛ける。
- 5感をフルに使う。そのためには、原稿は読まない方がよいだろう。
- 聞き手についての逸話を必ず入れる。聞き手にとっての意味やインパクトを交えて注目を集める。