前回挙げた3つの課題の領域、
- 会社の仕組みや方針
- ビジネスモデル等プロジェクトの方針
- 人選や人の能力
から、今回は「会社の仕組みや方針」についての悩みについて、どのようなものがあるのか見ていきたいと思う。
この悩みはさらにいくつかの種類に分類することができる。
- 組織についてのもの
- 良いアイデアがあるが、どの事業部でも受け取ってもらえなさそう
- このプロジェクトで勝手に顧客にアクセスしたら、営業部に文句言われる
- 新規顧客獲得ができる部署がない
- 業務プロセスや審査についてのもの
- このような新しい提携契約は前例がなく判断できない
- ホームページを更新するのには3段階の承認ステップがあって、サービスをローンチするのに時間が掛かりすぎる
- どうしても採用したい人がいるが、人事の審査が古典的だ
- 一年に一度の予算配分だととても間に合わない
- 既存製品やサービスとの棲み分けに関するもの
- その新しい安いサービスを紹介するなら、既存のサービスも紹介しないとダメだ
- 新しい製品をホームページに紹介したら、深い階層で紹介され、古典的なページレイアウトになってしまった
- 不況になると既存事業に活動予算を取られそうになる
まず、ここで一番に考えなくてはいけないのは、組織や業務プロセス・審査、既存製品・サービスというのは、意図があって作られたものであるということ。それはどのような意図かというと、「既存事業を安定的に営む」という明確なものだ。
言い換えると、会社に存在している仕組みは新規事業を想定したものではない、ということである。ある一定のことを繰り返し、安定的に、再現しやすい状況を指して仕組みともも言う。残念ながら、新しいアイデアが継続的に事業化されるようなプロセスは発見されていないし、新製品開発のプロセスですら、再現性は低く、必ずと言っていいほど開発現場は問題が起きる。
何が言いたいのかというと、仕組みは新規事業にとって邪魔となることが非常に多いということ。これを回避する唯一の方法は、新しいアイデアをビジネスにするには、既存の仕組みの枠外として、例外扱いするしかないのである。スカンクワークやアングラで始まった社内ベンチャーが多いのはこうした理由がある。
逆に、ベンチャー企業にはどのような仕組みも存在しないため、例外も何もない。新しくやろうとしているビジネスに合わせた仕組みを作りあげればよいのだ。ここがベンチャー企業が強いと言われるゆえんである。
既存の仕組みは新規事業にとって例外として扱うのがよい、とは書いたものの、物事はそこまで簡単ではない。ここまで読んで頂いた方にとっては、ここで2つの考えが生まれるのではないかと思う。一つは、言うは易し行うが難し、である。アタマでは分かっていても、既存ルールが体に染みついてしまう、という悩みはしばしばある。クセというのはなかなか取り除くことができないのである。このような場合は、外部からコーチを入れるのが一番の処方箋であろう。もう一つの考えは、会社の組織が全力で既存の仕組みを守りに入るからムリだ、というものだ。先ほども申し上げたが、既存事業を守るために仕組みがあるので、言ってみれば当たり前の反発である。既存のビジネスが今の規模にまで成長するには数多くのトラブルがあり、それを回避するためにさまざまな仕組みが出来上がっている。
ベンチャーのようにゼロから始めるよりも、沢山の資源を持つ大企業が不利になるというのはどういうことだろう?この疑問にはプロスペクト理論という人間の判断傾向が役に立つ。人間は利益よりも損失の方が大きく印象に残る。もし仮に1万円を何も言わず、私が差し上げた後にそれを「やっぱり止めた」と取り上げると、損をしたつもりになってしまうのではないだろうか。最初から1万円を手にしなかったと思えば、得でも損でもないのに、一度でも手にしてしまうと失うことが損だと思ってしまう。こうして合理的でない判断をしてしまうのである。せっかくあるものなら、今存在する仕組みは使いたくなるのが人間なのである。
では、上手に仕組みの例外化をしたり、既存の仕組みを守る勢力にどうやったら対抗できるだろうか?社内の人間関係など微妙な要素もあるので、完全な解を持っているわけではないが、ここで一つ提案したいのは、新規事業をやらないことで失うものは何かという視点を持ち込むことである。つまり、プロスペクト理論を逆手に取るのである。新規事業をやらなかったり、やめることで失うものとは、一般に「未来の成長」「夢」「若手のヤル気」などが挙げられるが、先ほどのプロスペクト理論に照らし合わせると、「人材」や「株価」など直近のものを提示した方が判断しやすい。特に新しいものを生み出す人材の流出は企業にとって一大事であるし、企業イメージの毀損につながる。一旦公になったプロジェクトが中断ともなると、株価へのインパクトがあり、簡単には止めにくくなるはずだ。アナリストや株主ならずとも、元来企業トップはある一定の新規事業が生まれてくることを望んでおり、そのためには変革が必要であることを理解していることが多い。ルール変更を頭ごなしに断るよりは、ルール変更や新制度を作ることが全社のイノベーションブランドを高めるという風潮を日ごろから作っていってはどうだろうか。