コロナ禍で、シャープとユニクロがマスクを新発売しました。マスクの製造販売というのは世の中にとっては新しいビジネスではないですが、取り組んだ2社にとっては紛れもなく新規事業であったはずです。しかも、数カ月で立ち上げた新規事業として相当苦労された方も多いのではないかと思います。せっかくなので、これらの事例を見ていくことで新規事業の悲喜こもごもを想像してみます。
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シャープの目の付けどころ
まずはシャープです。「目の付けどころがシャープ」で有名な家電メーカーですが、家電の前はシャープペンシルを発明し、製造販売していたことを考えると相当なトランスフォーメーションを経てきた会社です。さらに、その後世界初の電卓の開発にも成功し、液晶事業でも一時代を築きました。ところが、液晶事業への過大な投資などや強烈な価格競争によって経営が悪化し、2012年、鴻海に売却されたことも記憶に新しいです。現在は鴻海の傘下で再建を図っています。
新型コロナ肺炎の感染拡大によってマスクは品切れになり、特に医療機関でのマスク不足は深刻化しました。そのため、政府はマスク増産に対し補助金を出すことに。シャープはこの政府の「ニーズ」に応える形でマスクの製造販売に参入しました。政府の「ニーズ」もあり、余剰のクリーンルームや作業員を活用できるため新規事業としては成功する条件が整っていると判断したのだと思います。さらに、補助金が設備投資の一部をカバーできるメリットや、消耗品ビジネスに参入できることもメリットとして挙げられます。当時不足していた「国産」マスクであることや、防塵技術を活用した生産管理などのノウハウにも優位性を見ていいたと思われます。
発売を開始すると、人気は上々で早速サーバーはダウンします。これまでに直販でそこまでのアクセスを経験したことがなかったのではないでしょうか。「ニーズ」の確認と生産面では抜かりなかったものの、直販でのウェブ販売は未知の領域だったことが明らかになりました。新規事業たるもの、この位でへこたれてはいけません。一方で、どれだけ想定をしても理論と実践にはギャップがあるものです。“想定外を想定する”ためのイノベーションマネジメントの大切さを感じました。
ユニクロの本業は服
ファーストリテイリングは ユニクロというブランドとして今や誰もが知り、誰もが着る普段着の会社として名を馳せています。このように期待されている会社は、顧客からの声に耳を傾けることなく、色々な要望が来ます。つまり顧客からの支持が多いと「指示」も多いわけです。報道によると、涼しいマスクへの要望は消費者からあったものの、柳井会長は「本業は服を作ること」として後ろ向きだったようです。
ユニクロと言えば、「普段から小奇麗な格好がしたい」「
手ごろで 時代に合った無難な服装がしたい」といった未解決ジョブに気づき世界にも2000店舗以上を展開する洋服のブランドとなりました。最近では洋服の「暑い」「寒い」「重い」「かさばる」「着心地が悪い」といった不満解消にも余念なく、新素材の開発から最終製品の衣服までを手掛けることで、消費者からは機能性も兼ね揃えているという評価を得ていたように思います。
そんなユニクロが、消費者に「需要しかない」と言わしめるほどのエアリズムマスクに躊躇するというのは意外でしかありません。
推測ですが、次のような考えがあったのだと思います。まず、マスクは服ではなく、医療もしくは衛生用品であるという考えです。このような考えは、企業が成長する際、社内の統率を取り、組織内の分業体制を作るためには大切な考え方ですが、自社のケーパビリティを限定してしまうという欠点もあります。もう一つ考えられるのは、現在は海外市場に照準を合わせていて、国内市場のニッチな要望に対しては優先順位を落としていたのではないかという点です。国内市場からの声は社員の耳に届きやすい反面、日本市場は全世界の代表ではなく、むしろ異例な市場であることが多いからです。国内の大きな声に影響され、海外市場における機会を見過ごしてきた他の日本企業を他山の石としてユニクロ経営陣は当初見ていいたのかもしれません。
しかし、涼しいマスクへの要望を聞くだけでなく、ジョブの観点で検討すれば、消費者は感染予防という機能性よりも「外出する際の身だしなみ」のためにマスクを利用していることに気づいたのだと推察されます。
日本の酷暑のもとで「身だしなみ」をするために、涼感の高い肌着が必要とされたように、涼しいマスクは多くの人に取って必需品になるはずだと考えられるのです。
マスクによって「飛沫を飛ばさない」という機能的なジョブだけでなく、「私は感染拡大対策をしています」「周囲に配慮できる人です」ということも同時に示したいという社会的ジョブを私たちは満たしています。現に、手作りマスクを作る人は多くいますし、こだわりの生地を使ったりするなど、形や柄で個性を出す人も少なくありません。考えてみれば、この構造は他の衣服もまったく同じです。単に暑さ寒さを凌ぐためや、体を隠すための機能的ジョブのためだけに服を着ているのではありません。 「身だしなみ」「自己表現」の道具だと思えば、マスクも立派なファッショングッズ。機能性も兼ね揃えたアパレルと見なせば、マスクこそユニクロが参画するべき事業とも言えるでしょう。
新規事業が面白い理由
シャープとユニクロの例を見ていると新規事業の非常に面白い面が浮かび上がってきました。
- 顧客ジョブによって事業領域を再定義することが大事。
既存事業をスケールするには製品を軸に組織の統率が効率的ですが、新しい事業には顧客のジョブ視点でセグメンテーションすることが重要です。ユニクロではマスク事業を伸ばすためにも、マスクは洋服内のアイテムの一つとして位置付けることになると思います。そうなったら面白いですし、日本発ファッションアイテムとして文化的なアピールもできる可能性もあるのではないでしょうか。 - 「ニーズ」「ジョブ」の関係は、氷山の見えている部分と水面下の部分の関係。
ニーズに応えるのもよいですが、ジョブに応えた方が大きなビジネスになりそうです。でも、目の前に潜在化したニーズがあったことで、多くのステークホルダーを巻き込んだ意思決定ができたのかもしれませんね。(ちなみにジョブとニーズの違いは以前こちらにも書きました) - どんなに新しくなくても新規事業のアイデアは仮説。
液晶テレビや調理家電と比べると、ローテクだしシンプルな商品であるマスクも、いざ売ってみると想定外のトラフィックによるトラブルがありました。 - 成長。
シャープはマスク事業をきっかけに、オンライン通販の新たな能力を獲得しました。今後は他の医療機器への進出も期待できます。ユニクロにとっては、マスクも海外へ提案するきっかけになることと思います。この過程で、海外諸国からのフィードバックもたくさん得て、機能性の高いアパレルとしての幅を広げるのではないでしょうか。
この2社以外にも「コロナのため」という目的ときっかけが明確になった新規事業は数多くありますが、いつか「コロナのお陰」と言われるような気がします。