最近、気づいたこと
「あれ、自分、あまり妄想していないかも」と。
もちろん、ドラマのヒロインになったら…みたいな想像は、たまに、いや結構しています(笑)。ただ、「こんなものがあったら面白そう」とか「未来ってこう変わるかも」といった、子どもの頃にしていたような、広がりのある妄想はほとんどしていません。
それを強く実感したのが、アイデアワークショップに参加したときのこと。「移動×未来」をテーマに自由に発想してください、と言われたんです。どんな切り口でもいい、正解も不正解もない。“妄想し放題”の時間。
……なのに、驚くほど何も浮かびませんでした。
「こんなに出てこないものだっけ?」と。
昔なら、空飛ぶ車とか、瞬間移動とか、現実かどうかはさておき、いくらでも思いついていた気がするのに。でも今は、「それってもう実現しつつあるよな」とか、「どこでもドアはドラえもんが言ってるし、さすがにそのままは…」と、どこかで自分にツッコミを入れてしまう。
“もっと違うことを考えないといけない気がする”
“ちゃんと新しくて、意味のあるものにしないといけない”
そんなふうに無意識にハードルを上げてしまったり、周りを気にしたり、気づけばアイデアを出しているつもりが、「これはアリかナシか」をジャッジしている状態に。その結果、“自由に考える”こと自体に、ブレーキがかかっていたんだと思います。
■なぜ、大人になると妄想しなくなるのか?
振り返ってみると、理由は大きく3つありそうです。
①情報を見すぎている
SNSを開けば、誰かの洗練された暮らしや、すでに完成されたサービス、便利なライフハックが次々と流れてきます。頭の中は、「それ、いいかも」「いや、微妙かも」と、無意識のうちに評価モードに切り替わっています。しかも、自分が“いい”と思うものだけを選んで見ているから、発想の幅もどこかで限定されてしまう。
さらに、困ったことがあればすぐに検索する、あるいは生成AIに聞けば答えが出てくる時代。自分であれこれ想像してみる前に、“最短距離の正解”に手を伸ばしてしまう。その結果、「まず妄想する」よりも「まず確かめる」行動が習慣になっている。
②経験が増えて、現実的に判断してしまう
いろんなことを知って、いろんな失敗も重ねてきた。その分、判断は早くなるし、精度も上がります。だからこそ、「それは前にうまくいかなかったな」とか、「リスクが高そう」「現実的じゃない」といった結論に、ほとんど反射的にたどり着いてしまうんですよね。本来これは、大人だからこそ持てる強みのはず。無駄な遠回りを避けて、現実的な解を選べる力です。でもその一方で、その判断の速さが、まだ形にもなっていないアイデアの芽を摘んでしまっているのかもしれません。
③「ちゃんとしていたい」という気持ち
「意味のあることを言わなきゃ」
そう思うほど、自由な発想は口に出せなくなる。本来、妄想は“役に立つかわからないもの”を広げる行為なのに、そこに正しさを求めてしまっている。
■じゃあ、何から始める?
「思考の習慣を変える」と言うのは簡単ですが、実際にはなかなか難しい。だからこそ一つの入り口になるのが、「いつもと違うものに触れること」です。ほんの少し視点をずらすだけで、思考の癖は少しずつほぐれていきます。
人の発想は、自分が見てきたもの・知っているものの組み合わせでできています。つまり、いつも同じ情報に触れている限り、出てくるアイデアもどこか似通ってしまう。だからこそ必要なのが、「まだ自分の中にないもの」との出会い。
たとえば、
・行ったことのない場所に行く
・いつもと違う道を歩く
・アートに触れる
・スマホを置いて、自然の中でぼーっとする
・普段選ばない色の服を着てみる
こうした小さな“ズレ”の積み重ねが、頭の中に新しい視点や材料を増やしていく。そして、その材料が増えたとき、ふとした瞬間に組み合わさって、「あれ、これ面白いかも」という妄想が生まれる。
妄想は、無理やりひねり出すものではなくて、
まずは自分の枠の外にあるものに触れることから始めてみようと思います。
みなさんは最近、「いつもと違うもの」に触れていますか?
Writing by 橋本奈央