世界を変えるには自分自身を変えることから

   何かを変えるってことは自分自身を変えるということと
   ほとんど同じなんだよ 

 これはSEKAI NO OWARIという日本の4人組バンドの”天使と悪魔”という曲の一節です。
 どんな発見も発明もそれがもたらす新しい価値を受け入れなければ、イノベーションにはつながりません。テクノロジーの変化により可能になるイノベーションもありますが、自分自身の物事の見方を変えていく事で可能になるイノベーションの方が多いのではないでしょうか。そんな事を改めてさせてくれた一節だったので引用しましたが、「自分自身の価値観を変える大切さ」という意味で共感して頂けますでしょうか。
 例えば、人類が火を発見した時、最初は暗闇を照らしてくれる、身体を暖めてくれるという価値しか見いだせなかった。動かない火に対して直接感じられる価値がそれだけだからです。でも、そこに野獣が表れて、思わず火のついた棒で振り払い、相手に思いがけないダメージを与えられたとしたら・・・。火というものに敵を追い払うという新しい価値が生まれたかもしれません。更には獲物を捕えることに利用したり、獲物を調理するという価値も発見された。
 同じモノであっても、”照らすもの”、”暖めるもの”という固定概念を外せば、そこに”追い払う”、”捕える”、”調理する”という新たな価値を発見できる。価値の枠組みは人が決めているのです。
 昨今の多くのイノベーションと呼ばれる事例が、技術的にはそれほど目新しくはないもので出来ているというのは、良く目にする話題ですが、ちょっと負け惜しみの様にも感じます。価値という観点でのどういう新しさがあったかに、もっと素直に目を向ける必要があるのではないでしょうか。
 人は新しい価値観に遭遇した時に戸惑います。即座に受け入れるイノベーターもいれば、最後まで受け入れないラガードもいます。エベレット・ロジャーズ氏は著書イノベーションの普及の中で、イノベーター、アーリーアダプター、アーリーマジョリティ、レイトマジョリティ、ラガードという5つの属性を定義しました。多くの発明が伝播しきることが出来ないのは、発明の良さ、正しさよりも人々の考え方、慣習を変える事の難しさにある事を豊富な事例を基に示しています。
 では、どうすれば物事の見方を変える事が出来るのか?
 一つには多くのマーケティングに書物で書かれているような新しいスタイルの提供です。音楽は「部屋の中で楽しむもの」という価値観を「歩きながら楽しむもの」に変えたのがウォークマン、「いつでもどこでも好きな音楽全部を楽しむ」に変えたのが、iPod&iTunesです。
 
 ただ、こうした新しいスタイルの提案は日々ユーザーと接して観察し感じたり、自分自身の強い拘りが無いと中々見つけられません。
 もう一つ、強制発生的に誰でも出来るアプローチが、ブレーンストーミングの際にも良く使うWhat ifです。「全ての障害がなくなったら?」、「リソースを何でも好きなだけ使えるとしたら?」というのが良くあるパターンですが、これはどちらかと言うと解決策一般に対する問いです。新しい価値という観点では「量的変化を質的変化に変える」というのがポイントです。
 例えば、
  「今の10分の1の重さの車があったら?」
  「今の10分の1の厚さのPCがあったら?」
  「ユーザーはどんな価値を感じるだろう?」
 という問いです。
 価値観の変化は量的な変化では生まれにくいですが、
 量的変化も一桁変わるようなレベルであれば質的な変化として受け止められます。
 MAC Book Airを封筒から取り出すプレゼンは正にこれを実現していたのではないでしょうか。
 ちなみに、最初に紹介した歌詞の続きは、こうです。
  
   「僕ら」が変わるってことは「世界」を変えるということと
  
   ほとんど同じなんだよ
 
 これぞ、正に普及です。
 周囲を巻込んで、「僕ら」を増やしていく、それは自分が感じた価値を皆にも共感してもらうということです。
 どんなに優れた商品・サービスでも、その価値を自分自身が本気で伝えられなければ、誰にも共感されないですよね。
 同じ10分の1の厚さのPCでも、それを本気で伝えるものでなければ、ただのスペック比較になりかねません。
 本気で信じる価値を本気で伝えていく。
 イノベーションを始めるには、ここからです。
Written by Tatsuya Yamada on 2012-06-29