ChatGPTと大谷翔平がすべての話題をさらっているので、ここで何かを書かないでいることは少し罪悪感すらあります。

ChatGTPとついつい言ってしまいますが、健康診断で肝臓の数値(γ-GTP)を気にしすぎているからかもしれませんね。

さてさて、ここまでChatGPTの話題性が高いのは、その普及力がとてつもないからです。

No Title

No Description

新しいサービスや発明品が、どれだけ普及力が高いかを比べてみます。例えばツイッターは、100万人のユーザーを獲得するのに2年、Facebookは 10カ月、Instagramは2.5カ月という単位なのですが、ChatGPTはなんと5日間という超短期間で100万ユーザーに到達しました。

新しく世の中に登場した製品は、まず一部のイノベーターが試します。その体験良ければ口コミで広がり、徐々にユーザー数が増えていくことがわかっています。この増え方が正規分布を示していることが知られており、「イノベーター理論」と呼ばれています。「キャズム」という言葉を聞いたことがあるかもしれませんが、このイノベーター理論に沿って、ユーザー数はS字を描くように増えます。

では、このS字の普及曲線を超高速で駆け上がり、100万ユーザー獲得の新記録をつくったChatGPTは”破壊的“だと言えるのでしょうか?

破壊的イノベーションとは?

「破壊的イノベーション」という言葉は、クレイトン・クリステンセン氏が生み出した概念です。クリステンセン氏が、なぜ資源の少ないスタートアップやベンチャー企業はたまに豊富なリソースを持つ大企業に勝つことができるのか、という疑問を持ったことがきっかけです。しかも、クリステンセン氏は当時、素材ベンチャーを共同創業し、大企業が受注できないような案件を自社のよう未熟な企業がが受注していることを嬉しく思う反面、その謎を解こうと思い、研究に着手したのです。

ハードディスク装置の歴史

すると、他の業界でも似たようなことが起きていることがわかりました。業界の「下克上」や「ジャイアントキリング」。それが繰り返されていたのがハードディスク業界でした。ハードディスク業界は、まだ若い業界でありながらも世代交代が2度3度と繰り返され、記憶容量が優れている大手が大きなシェアを持っていたとしても、低価格や小型の製品で参入した新しい企業が、次第に大きなシェアを奪っていき、何度も再編が起こった歴史を持ちます。

ハードディスク業界再編の歴史

製鉄業も同様のことが起きていました。巨大な製鉄所を持つ企業が、ミニミルと呼ばれる小型の製鉄所に徐々にシェアを奪われてしまい、最終的には業界再編されるのです。スタートアップが小さな規模で始めた大きな業界の変革を生み出したことから、クリステンセンはDisruption(ディスラプション)という名前をつけたのです。Disruptionを起こす技術をDisruptive Technologyと呼びました。

では、大企業はまったくイノベーションを起こせないのかというと、そうではありません。大企業は豊富な資源をSustaining Innovationのために投資しているのだという区別をしています。Sustainingというのは持続的という意味ですが、要するに既存の事業を持続するための性能や品質などの改良のことを指します。持続的なイノベーションに限れば大企業は非常に優秀で、クリステンセン氏も持続的イノベーションであれば間違いなくスタートアップは負けると言い切っています。つまり、新しい技術であってもその特質から、スタートアップが有利なのか、それとも大企業が有利なのか判断できるのが「破壊理論」なのです。

破壊の本質は非競争

クリステンセン氏が破壊的なイノベーションと持続的イノベーションについて、口を酸っぱくして言っていたことが一つあります。それは「破壊的」な技術も、世の中に登場した時点では見くびられ、大企業が追従しないことに特徴があるということです。「見くびる」と言っても、油断したり、怠けているのではありません。大企業から見ると、新しい技術に取り組んだところで市場規模は小さく、合理的に投資を行うリスクが大きいと判断されます。大企業は、破壊的技術よりも同業他社を競合と見なし、競合分析を行うほど緻密な対策をしますが、スタートアップについては市場を脅かすようなことはないという判断の下、対策をしません。クリステンセンの慧眼はここにあります。ディスラプションが起きるのは、脅威に映らないスタートアップがノーマークのまま成長したときです。当初はノーマークでも、技術が進化し、気が付くと大企業を脅かす状態になるのです。

例えば、現在のデジタルカメラメーカーがスマートフォンによって市場シェアを奪われたことは紛れもない事実でしょう。ですが、スマートフォンが登場した時点で、カメラメーカーが脅威に感じたり、競合だと見なすことはありませんでした。製品カテゴリが違う上、画質も悪く、超低コストのスマホカメラは、比較対象にすらならなかったのです。ですが、現在はスマートフォンの画質はほとんどの利用者にとって十分な画質です。こうなると、スマホに無料で付いてくるカメラで充分。ほとんどの消費者にとってカメラを買う必要性がなくなってしまいました。

破壊的技術の条件

破壊的技術には、①実用性が低いほど性能が悪く②大手が脅威とみなさない③一部の業務には実用性が認められ利用される④利用されながら改良が進む、という条件があります。

そういう見方をすると、ChatGPTは開発を停止させるべきだという議論が沸き起こるほどの性能を既に見せつけていますし、MicrosoftやGoogleなどの大手が脅威だと見なす点で「破壊的技術」とは呼べないのかもしれません。

しかし「破壊的である」と反論できる点もあります。

① ChatGPTはGPT-1からの進化の結果である

ChatGPTは汎用AIを開発するために2015年に設立されたOpenAI社が開発しました。初期タイプのGPT-1は2018年に発表され、翌年にGPT-2、2020年にGPT-3が発表され、ChatGPTと呼ばれるようになったのはChatGPT-3.5というバージョンになります。つまり、汎用AI(AGI)として、最初のうちは軽視され、多くの企業は見過ごしていたのではないでしょうか。未だに検索エンジンの代わりにはならないという評価もボチボチありますが、初期のころはトンデモなデタラメを吐き出すAIもどきだという評価が大半でした。そのあとの改良の速度があまりに早く、忘れてしまっていますが、実用性が非常に懐疑的であった時代はあり、破壊的技術の条件に合致していそうです。

GPT-1登場後5年の進化を遂げた現在のChatGPTを見てはじめて多くの人が脅威に感じていると言えます。GPT-3.5が登場してはじめて多くの企業が脅威を感じ、GoogleもMicrosoftも類似のサービス開発に着手しました。MicrosoftはOpenAIに100億ドルもの出資も発表しています。

② OpenAIはスタートアップである

OpenAI社は前述したように2015年に設立された、まだ若い会社です。YCombinatorのCEOだったSam AltmanとElon Muskが他4人と共同創業という錚々たる顔ぶれ。かつ、個人資産も充分に持っている人たちなので、あまりスタートアップ感はありません。NPOとはいえ、ビジネスモデルが決まっているわけではないのでスタートアップだとは言えるでしょう。もちろん規格外のスタートアップなので、クリステンセン氏が想定していたような「新興企業」ではないかもしれませんが、同様にクリステンセン氏が想定していた「既存企業 (Incumbent)」でもありません。

スタートアップは、既存のしがらみがなく、もっとも世の中にインパクトのあるビジネスモデルを選ぶことができます。大企業であれば、既存事業との「棲み分け」や投資対効果の比較など、純粋に新しい技術を事業化しようという動機が生まれにくいのです。さらに、OpenAIのトップは、YCombinatorで多数のスタートアップを見てきたSam Altmanです。技術進化だけでなく、スタートアップとしての戦略に長けていると言えるでしょう。

③ 本当に脅威を感じるべき企業は対応していない

ChatGPTはあらゆるビジネスに影響を及ぼしそうです。ChatGPTに限らず、生成系AI全般に言えることですが、それまで人間でしかできないと思われていた創造的な仕事ができるようになったからです。前述したように、GoogleやMicrosoftなど、IT系の大手は大きく影響を受け、製品戦略を見直しています。ですが、ChatGPTやAGIの多くは、他のITシステムを置き換えるのではなく、人の業務を置き換えます。コーディングができるようになったり、法律相談に乗ってくれたり、記事や論文の下書きを書いたり、といった形です。となると、脅威を感じるべきなのは、ソフトウェアのプログラマや、弁護士や、弁護士のアシスタント、ジャーナリスト、秘書、フリーランスということになります。実際に執筆業務や翻訳業務の多くを置き換えたという報告も多数ありますし、本稿は違いますが、私自身AIによる執筆アシスタントが役立ったこともあります。

まだまだ破壊の範囲は予測できない

ChatGPTは、汎用AIの一つの使い道でしかありません。ChatGPTがチャットベースのUIになってから多くの反響が得られたように、汎用性が高すぎる技術は使いにくく、用途がユーザーのジョブに直結するようになってはじめて普及するものです。チャットは、誰でもテキストメッセージとして使い慣れているUIですし、「相談」というジョブにぴったりです。このAPIが色々な道具に組み込まれたときの影響範囲ははかり切れません。

さらに、AIの特徴としてユーザーがChatGPTを使えば使うほど、学習が進むという点を考慮しなくてはいけません。私たちが質問や相談(プロンプトとも言う)を投げかけ、追加の質問や反応をすることで、どのような質問が寄せられるのか、どう答えると反応が良いのか、どう答えると反応が悪いのか、などの学習データにより精度が高まります。情報はその量が増えることで指数級数的に学習が進み、GPTの「シナプス」が進化するのです。半導体に対してムーアの法則が存在したように、累進的な技術進化が起きます。つまり、ハードウェアとしてムーアの法則で進化している以上の進化速度が必至であるということです。精度が高まれば、いずれ置き換え可能な業務は増え、ディスラプションの範囲は広がります。敢えて「破壊」と呼ばず、ディスラプションと呼んだのは、良い意味での混乱も含むからです。

『イノベーションのジレンマ』から28年~何をアップデートするか?~

ChatGPTの登場をクリステンセン氏が予想していたかどうかは分かりませんが、AI技術の急速な進化や普及速度の向上に合わせて、「破壊理論」についてアップデートが必要なのかもしれません。もっと私たちに役立つ理論として活用するには以下のようにとらえてはどうでしょうか。

  • AIの進化は予測を上回る。「持続的イノベーション」のイメージを超えた高速改良が起きる。
  • これまでは「業界」をディスラプトするイメージだったが、これからは「職業」をディスラプトする。(デジタルカメラがスマホカメラに置き換わり、カメラメーカーは大打撃だが、スマホの台数や複数カメラ搭載のスマホを考えると、カメラ系のエンジニアの仕事は増えている。)
  • 規制は技術の進化に追いつかないので、「医療」「法律」「教育」を筆頭に、規制されているはずの産業が対応に遅れディスラプトの規模が大きくなる。
  • AIを応用する事業に関しては、持続的イノベーションと破壊的イノベーションの区別がつきにくい。いかに早くユーザーを獲得しデータを獲得する仕組みをつくれるか、という観点が重要になる。
  • 汎用的なAIは今後も登場するが、その汎用性を市場にマッチさせることがポイントになる。スタートアップは「適度な汎用性」を目指してリーンに試行錯誤をし、大企業は「正しい」汎用性を目指して開発をするだろう。
    補足すると、AGIが「どの程度汎用的なのか?」というのが鍵で、ある程度学習済みでない限りは使えないし、特定の問題を学習しすぎると汎用性が落ちる。(思考実験で人間の上位互換ロボットができたとき、怠けるのも仕事をするのも人間より優れていることはありえるのか考えてみるといいでしょう)

キーワードから探す

過去の日付から探す

関連記事

Related Articles

イノベーション手法

PickUp Articles

ジョブ理論解説

イノベーションの特殊部隊 INDEE Japanによる ジョブ理論の書籍画像|innovator's Note

イノベーターDNA診断
イノベーション能力診断の世界標準

イノベーションの特殊部隊 INDEE Japanによる イノベーターDNA診断のイメージ画像|innovator's Note

動画コンテンツ
イノベーション大全

イノベーションの特殊部隊 INDEE Japanによる イノベーション大全のイメージ画像|innovator's Note

社内アクセラーション
プログラム

イノベーションの特殊部隊 INDEE Japanによる 社内アクセラーションプログラムのイメージ画像|innovator's Note