お話に登場する津嶋は、岡山の片田舎、自宅の周りの数軒は同じ津嶋姓という歴史ある?!地域の兼業農家で生まれた。何より”普通が一番”という極めてコンサバティブな両親の基で育てられたが、家族や地域からの深い愛情、そして田園風景に囲まれる環境。年齢によって上下関係が決まる田舎のパワーバランスの中で、同級生というより年上のお兄ちゃん達に食らいついていったということが、結果的に柔軟な社会性を身につけることにつながったんだと思う。
その後の小学校時代は、自宅から10km圏内の歴史ある剣道の道場にバスで通う毎日。ここでも指導者の愛と厳しさそして何より理不尽極まりない環境の中で揉まれ(この理不尽な稽古と武道の世界観としてのネタが一杯であるが、趣旨と外れるのでままたそれはサイドストーリーで)、最終的には岡山の片田舎から東京の日本武道館に上京。団体戦の大将として全国優勝まで達成したことは、自分の心と体の基礎、そして何より”やればできる”という自信を育んでくれたのは間違いない。
また学業や職業に対する過剰な期待やプレッシャーもなく、ギターに自転車、プログラミングなどお金の掛かる趣味であっても自分がやりたいと言ったことは、何でも好きなようにやらせてもらえたことが、自分にとっての創造性(妄想性?!)を解放することができたとも感じている。
ここからが本題であるが、津嶋は1970年代生まれのガンダム世代ど真ん中。スペースコロニーという未来の生活に夢を馳せ、得意教科は?と聞かれると五教科ではなく図工か技術家庭課というちょっと変なポジション。
Spacecolony1.jpg
中学時代にはちょうど秋山豊寛さんがソ連のソユーズに日本人発の宇宙飛行士として搭乗することになり、日本人二人目の宇宙飛行士である毛利衛さんが岡山に講演に来たときは、友人と学校を休んで行ったりするほど宇宙開発は話題性のあるテーマだった。当時は1990年代に火星への有人探査も計画されており、まさに宇宙開発の未来の可能性にワクワクする高校時代を過ごしていた。
いわゆる、
大学にいって飛行機を飛ばすぞ!これからは宇宙開発じゃろ!
そんな夢を見ていたどこにでもいるオタク少年である。
どこの大学に行くではなく何を学ぶかにこだわる、そんなコンセプトを一人で決めて進めた大学受験。
そしてそのコンセプト通り?!航空宇宙工学科に合格・・・そんなこんなで、ある意味同世代の連中に比べると、それなりの思いと夢をもって大学生活をスタートしていたのかもしれない。
僕らの鳥人間へのチャレンジは、大阪の堺市にある大学の航空宇宙工学科20名の教室に居合わせたメンバーの中での雑談から始まった。誰が口火を切ったかはもう忘れてしまったが、
「鳥人間コンテスト出たいよなぁ・・・なんでうちの大学には航空部はあるんやけど、鳥コンチームはないんやろ??」
そんな話題で盛り上がったことが事の発端である。一人じゃ無理やけど、数名集まればできるかもしれない??そんな思いが自分の中でも芽生え初めていたときに、山村教授(仮名)の第一回目の講義でのネガティブな一撃が飛んできた。
山村教授:
「世の中には鳥人間コンテストという番組がありますね。あんなものには出るもんじゃありません。」

「学生であんなものに熱中すると必ず落第しますよ。昔からこの大会に出場しつづけて有名な日本大学の学生なんか落第ばかりしていると聞いてますよ。」

「しかも、我が校にはみなさんが所属している航空宇宙工学の学科があります。専門家がいると思われている大学の失態を全国ネットのテレビにさらすのは恥ずかしい限りじゃないありませんか。だからこういうのに出場するなんて考えないでくださいね」
あらら・・・いきなりですか??という大学に入学してまだ数日の純粋な?!若者達にとっては権威ある教授のこういう言葉は結構なインパクトのカウンターパンチであった(しかも、この発言は今後クラブ運営に物議を醸し出すことになる”留年したら退部”という会則にまで影響を及ぼすこととなる)。
やりたいと言っても知識も場所もお金も何にも無い・・・大学チームとして鳥人間コンテストに出場するといっても、そもそも何から手を着けてよいか見当もつかない状況。それに追い打ちを掛けての教授からの全否定のお先真っ暗の状況。
しかし、捨てる神あらば拾う神あり・・・その僅か2週間後、自分達がそういう話をしているという声を聞きつけた片倉助教授(仮名)から、大会出場に向けて準備を進めているという堺市のおっちゃん達がいるので興味があれば紹介するよというオファーがあった。
新しい事へのチャレンジは、言葉にして発信することから始まる
というの体験の第一弾がここにあった。

“思いを発信することで、初めて周りの人々が自分達の思いや考えを理解し、時に共感が生まれる。このサイクルが回りはじめると、事前には”決して”計画できない”出会い(いわゆる縁でありセレンディピティー)”を引き寄せていくことになる。この出会いがチャレンジを成功に導くキーになる様々なオプションを提供してくれるのである。この無限の可能性を知っているか?信じられるか?実はここが体験しないと理解できない、実践者とそうでない人との大きなちがいである。”
我々は今後この広がりの可能性を何度も繰り返し経験する。
そしてこれから鳥人間チャレンジにおける最大のセレンディぴてぴーであるおっちゃん達と出会うことになる。
この出会いは初回から自分にとってはインパクトあるものだった。
つづく・・・ 

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