鳥人間コンテストの番組を知っている方でもこの”テストフライト”を想像できている方は少ないのではないだろうか。
毎年プラットフォームから、翼が真っ二つに折れたり、バラバラになりながら墜落するシーンが印象的なことからも、ぶっつけ本番で飛ばしているんじゃないかと想像している方が殆どではないだろうか?
しかし、実際上位チームは広場や早朝の空港を活用して数十本のテストフライトを経て大会に望んでいる。プラットフォームからの離陸は一か八かのギャンブルではなく、このテストフライトを通した調整の賜なのである。
ずばり、
“テストフライトを通した調整および改良”
が設計同様に・・・いや素人集団にとってはむしろ設計以上に重要なのである。
・・・と格好良く書くとさもロジカルで計画的なテストをこなしているように思われるが、何も知らない我々のテストフライトはもちろん散々なものであった。
テストフライトは朝凪と言われる風の少ない早朝に行われる
人の全力疾走程度・・・いわゆる飛行機のイメージとしては激遅(設計速度は6.0〜8.0m/s程度・・・風速予報と比べてもらえれば分かるが、日常的に風が強いと感じる日だと全く進まない程度)の人力飛行機はそもそも無風が最も適している。
恐らく実物を見て最も驚くのがその大きさ。翼幅が20〜30m(約100名乗車のボーイング737の翼幅が30m)ある機体は運搬、保管用に通常バラバラに分解できる構造になっている。
慣れれば30分程度で組み立て可能になるが、手際の悪い初心者チームはキャーキャー言いながら1時間は掛かる。そのためテストフライト日は外は真っ暗な早朝3時〜4時に集合し搬送、組み立て眠い目をこすりながらの作業が始まる。
深田さんの機体をお借りして女性向けに再設計した、我々の初号機Hornet L (LはLadyのL)の初フライトは、大阪府立大学のグランドで行われた。
当時の活動場所は大学から6km程度離れたところにある、おっちゃん中野さんの会社の倉庫の片隅を借りて活動していたこともあり、おっちゃんメンバーの一人の運送会社の4tトラックを活用して運んでいた。実はこの機体の積み降ろしも慣れるまで結構大変・・・(先々自分がレーシングカー業界に就職した後も毎回レースに向けたこの積み降ろしは大変だった(笑))
では念願の初フライトの模様を未来のパイロットである中尾視点でお伝えしよう!
前日に搬送のためにトラックに機体を積み込む時は、
「人力飛行機が飛べる姿を初めて目の前で見れるんだ!」
とワクワクした気持ちだった。
この時点ではそもそも昨年準優勝した機体だしアドバイザーの深田さんもついてるんだから飛ばない理由はないだろうと思っていた。ドキドキの初テストフライトの日の天候は晴れ。風もなく申し分ないコンディションだった。
屋外での機体の組み立てには少々手間取ったが、初めて完全に組み上がった機体を見るとその大きさにちょっと感動。
「おおきい!これが飛ぶのかあ〜」
とどんどんとテンションが上がってくる。
人力飛行機のテストフライトでは、パイロット以外に左右の主翼を支える翼持ちと離陸まで機体を加速させる機体押しという人員が必要となる。フォーメーション的には、高校時代もバリバリ体育会系の中尾と中野さんは機体押し、津嶋は右の翼持ちという役割分担。
パイロットの女性が機体に乗り込み、まずはテスト滑走。小さい2輪の車輪の機体を土のグラウンドを押すと思ったより重い。
でもそれに負けずにグイグイと加速すると主翼が風を受け上にしなりはじめる。
「おお、飛びそう」
このまま飛ばしたい気分だったがとりあえず1本目はこれで終了。特に機体に問題はなさそうだったので、次はいよいよ本番。
再び機体は加速していく。速度が十分に上がってきたところで深田さんが、
「アップ!」
と叫ぶ。”アップ”とはパイロットが水平尾翼を操作して機首上げし機体を離陸姿勢にすること。
そうすると機体がブワッと浮き上がった。
離陸すると地面からの震動がなくなるのですぐにわかる。
「浮いた!」
と誰かが叫ぶ。みんな走りながら
しかし、その時はもっと長い時間飛んでいるように感じた。それほど地面から離れたことが感動的だったのだろう。
フライトの後も
「おお!ちゃんと浮くやん!」
とみんな大喜びだったと思う。
ただ、何度か繰り返していくうちに徐々にその感動は薄れ
「あれ??」
と思うようになる。
まったく飛距離が伸びなかったからだ。
何度やっても浮いてはすぐに着陸の繰り返し。まともなフライトができない。
原因はプロペラの推力不足
プロペラの推進力ではなく機体押しのパワーで進んでいるので、離陸して機体押しが抜けると速度を維持できず着陸してしまう。
パイロットのパワーかプロペラがダメかのどちらかだ。今回のプロペラは実績があるものを使っているのでパイロットのパワー不足という可能性が濃厚だった。
今ならこのように原因はすぐにわかるが当時はこんなこと考えも及ばない。
何が悪いかわからないままに、「今度こそ、今度こそ!」と機体を押し続けたのでさすがにみんな疲れてきた。そんな時に着陸時に前輪が破損したことでテストフライトは終了。
ただ大空に羽ばたくようなイメージと若干違う飛びっぷりに少しモヤモヤはあった。
しかし、とにかく機体が浮くことを確認できたので、初フライトやしこんなもんやろ・・・とその日は一応の充実感を持ってテストフライトを終えることができた。
とほっと安堵していた我々対してに深田さんはずばっと、
「今日は飛んだとはいえませんね・・・」
「単なるジャンプです」
「いわゆる凧揚げと同じです」
という厳しい指摘を受けることになった。
確かに写真を見るとまるで翼持ちが凧を揚げているかのようにみえる。これでは飛行機のフライトとは言えない。
こうして実際に飛ばしてみて人の力で飛ぶことの大変さが徐々に実感できるようになってきた。
その後も大会まで週末の早朝に学生とおっちゃん合わせて十名程度が何度も集まってテストフライトをくり返すが結果は毎回同じ。
大会を目前に控えメンバーの雰囲気もだんだんと
「これで本番に飛べるのか?」
という感じになってくる。
中尾も最初の頃は典型的な工学部生の期待として(?)「機体がよければ誰が乗ってもある程度は何とかなる」と道具の比重が大きいイメージをもっていたが、現実を見るとパイロットも同じぐらい重要な要素だと思い始めるようになった。確かにどんな乗り物でもエンジンはキモとなる部分だ。人力飛行機はそこが人間である。そこがパワー不足ではどうにもならない。
ただ当時のパイロットの女性を責めることはできない。パイロットに必要な体力レベルやどんなトレーニングが必要かといったことをまったく考慮せず、テレビ的な”話題性”だけで決めたのだから・・・。
とはいえ津嶋もそのトレーニングの様子を横目で見ながら、
これじゃぁアカンやろって・・・
自分がパイロットやったら死ぬ気でやるけどと正直思っていた・・・と同時に中尾も、
「もし僕が代わりに乗ればもうちょっといけるのでは・・・」
という思いが強くなってきていたのは確かだった。このときのモヤモヤした気持ちも後のパイロットへのモチベーションに繋がっていった。
こんな満足なフライトができないまま、我々、堺・風車の会は初めての鳥人間コンテストを向かえることになる。
初めての鳥人間会場でみたものは・・・乞うご期待