クレイトン・クリステンセン氏の死を悼んで

Written by 津田 真吾 on 2020-01-26

クレイトン・クリステンセン氏が遂に、亡くなられた。67歳だった。

Clayton Christensen dies at 67 after lifetime of business, spiritual influence

SALT LAKE CITY – Clayton Christensen, whose theory of disruptive innovation made him a key influence on Silicon Valley powerhouses like Netflix and Intel and twice earned him the title of the world’s most influential living management thinker, died Jan. 23 at age 67.

深刻な健康問題を抱えていたことは知られていたので、突然亡くなったようなショックではないものの、衝撃と喪失を感じている。クリステンセンの書籍は残るし、彼の「理論」も残るし、彼の理論を応用したいくつもの会社たちもきっと世の中に残る、がである。

世の中にインパクトを残したい、と新しいアイデアや、新しい本や、新しい製品や、新しい技術や、新しい会社をつくり出す人は多い。クリステンセンの理論は、 ささやかな私という個人にも大きな影響を与えた。が、そんなことよりも IntelやAmazon、Appleの経営に大きな影響を与えたことが知られている。Amazonがここまで急速に超巨大な企業へと成長したのは、ベゾスが理解の難しい破壊的イノベーション理論を完全に我がものとしていたからだと私は考えている。

クリステンセンの影響力は単にビジネスという文脈に限らない。確かにハーバードビジネススクールで教鞭をとり、イノサイトというコンサルティング会社を立ち上げ、いくつものビジネス書を書いてはいるが、書いてある内容や教えている内容はビジネスというゲームの遊び方ではない。ビジネスが人間の経済活動をどのように形作り、働いている人たちの心理がどのように影響し、意思決定者がどのようなバイアスを持つのか、という人間理解の切り口だと、私は考えている。だからこそ、色々な人の心にも残っているのではないだろうか。

例えば「破壊的イノベーション理論」では、新興企業の開発する未熟な技術が未熟であるがゆえ、大して注目もされず、注目度が低いだけに本当に必要とする顧客に採用されながら成長する過程を解説している。この間、エリート企業は油断しているわけではなく、完成度を次々と高める持続的イノベーションは行っているのだ。後知恵では、既存のエリート企業を駆逐するベンチャーという流れは当たり前のように感じるが、実際に最中にいる人間には、エリートを見切って、エリート街道を走っていない“しょぼい”(粗削りで底辺の)技術に投資をするという判断は、とてつもなく難しい。『イノベーションのジレンマ』を何度も何度も読んだとして、理論を知っていたとしても難しい。

また「ジョブ理論」では、作り手が一所懸命にモノづくりに込めるこだわりとはまったく別の視点から、買い手は商品を“雇う”と解説する。買い手のこだわりは、自分がやりたいこと、つまりジョブに合致しているかどうかである。この理論も、理解できたとしても実行するのが難しい。この理論に向き合うと、売り手と買い手という立場の違う人間がお互いを理解することの困難、さらに作り手として作りやすさを優先しがちであることがあぶり出される。

クレイトン・クリステンセンさんが死去。「イノベーションのジレンマ」で知られる経営学者

「イノベーションのジレンマ」で知られるアメリカの経営学者、クレイトン・クリステンセンさんが1月23日、67歳でボストンで死去した。 CNN などが報じた。死因は、がん治療の合併症だという。 「 現代外国人名録2016 …

訃報に際し、『イノベーション・オブ・ライフ』を名著として挙げる方も多い。この本では、幸福や人生について、氏の考えを知ることができる。ビジネスは、多くの場合、収益の最大化を目指す。簡単に言えば、効率的に手っ取り早く稼ぐことが目的化される。しかし、この収益や効率だけを追求する考え方に警鐘を鳴らす。破壊的イノベーション理論と同様に、長期的で重要な課題よりも短期的な課題に「資源配分」を人間はしてしまいがちだ。人生の場合、資源配分といってもそれは“時間”である。この本でも、ビジネスの文脈を脱し、人生の分岐点における「考え方」を提示してくれたのがクリステンセン氏である。

『イノベーションのジレンマ』のクレイトン・クリステンセン教授、関連記事 | Biz/Zine

『イノベーションのジレンマ』などで知られる、クレイトン・クリステンセン教授が1月23日、死去した。Biz/Zineでは著作関連の記事、今となっては最初で最後の来日となってしまった日本講演のレポートなどを提供させていただいた。ご冥福をお祈りしつつ、氏のイノベーションへの貢献をたたえ、関連記事をまとめさせていただく。

『ジョブ理論』を知っている者にとって、彼の思想は「物の売り方」だろう。あるいは『イノベーションのジレンマ』を知っている者にとっては「業界の覇権を取るための指針」に見えるはずだ。あるいは最新『繁栄のパラドクス』を読むと、経済発展や途上国の開発に関する考え方のように感じるだろう。しかし、直接クリステンセンと話をすると、これらの書物は彼の考えのごく一部でしかないということが分かる。「イノベーション」が元来、経済成長につながるような大きな創造を指す用語であったように、クリステンセンは経済活動を人間の大きな営みの鏡として見ていると私は感じた。

このように感じた背景として、クリステンセンが来日した2015年に交わした会話で最も記憶に残っているフレーズが2つある。

(築地市場で働く多くの人を眺めながら)彼らは働くこと自体に意義を感じている

たった70年前まで私たちの祖国同志が戦争したことが信じられない。今では経済を支え合うパートナーだ。

人間同士は平和的に協力し合うことが可能で、その協力の総和が経済規模だというような見方は素敵ではないだろうか。

『繁栄のパラドクス』に書かれているような経済発展を、彼は単に政治家の目標値としては見ていない。より多くの国民がより豊かに暮らすことが叶うと、結果として経済発展がもたらされるという。そして、より多くの国民が豊かな暮らし方をするには、「破壊的イノベーション」が必要になる。近年、彼が「破壊的イノベーション」を「より安く、シンプルで、アクセス可能なソリューション」とよく説明していたが、一部の国民にしか許されなかった贅沢が全国民に可能になることは、国の豊かさを表すのではないだろうか。「贅沢」と言っても、一部の国においては「水」や「食料」を指すし、現在の日本においては「有給休暇を自由に取ること」や「周囲の誰からも尊重されること」を指す。つまり、その時々、その状況に置かれた人々が求める進歩(ジョブ)に対するソリューションを提供することの重要性をいくつもの書籍で語っている。このようにして生まれた「進歩」は人々を豊かにし、対価としての「価値」は経済発展を生み、平和さえも生み出すことができるのではないだろうか。クリステンセンは、私たちは常に「進歩」を目指す前向きさが備わっているという前提 に立っている点が、個人的には好きである。

ビジネスと人生について考えるきっかけを与えてくれ、発展と進歩という希望を与えて下さったクレイトン・クリステンセン氏の冥福をお祈りします。