#StayHome 完全リモートワークから見えて来るもの

Written by 山田 竜也 on 2020-04-16

緊急事態宣言が発令され、4月7日~5月6日で外出自粛が要請された。オフィスはもちろん、コーワーキングスペースやカフェも閉まり、#StayHomeの掛け声の下、自宅での完全リモートワークが始まった。

 

これまで、リモートワークには、働き手の都合に配慮したポジティブなニュアンスがあった。家族を優先したスケジューリング、子供の送り迎えをして、居心地の良い自分のスペースでマイペースに仕事をし、クラウドサービスを利用して、プロジェクトメンバーとのコミュニケーションも支障なく進むと言った世界だ。

 

しかし、リモートワークという選択肢があるという状況から、#StayHome 自宅でリモートワークという選択肢しかない状況になってみると、想像と違っていたことが見えてきた。

 

「子供が静かにリビング学習する横で、自分も仕事に集中!」なんて事は幻想で、子供は外で遊べずにストレスが溜まる。学校からはたまに電話がかかってくるが、出された宿題をコツコツこなす子は、おそらく稀で、ほとんどは家でダラダラ過ごす。せめて、外に連れて行って気分転換させたいと思うが、いつもより混んでいる公園に連れて行くのは怖い。狭い家の中で家族のイライラが増していく。子供を学校に行かせるのは、勉強をさせるというより、安心安全に預かってもらえることに価値を感じていたと、親としての自分の本音も見えて来る。

 

エクストリームな状況は、これまでは、それほど気にしていなかったジョブを浮かび上がらせる。たまにリモートワークをする状況では、我慢してやり過ごしてきたり、何とか工夫してやりくりしてきた事が、それでは済まなくなる。リモートワークを推進するには、「家庭のオフィス化」が必要になるというシンプルな事実が浮かび上がってきた。それは通信環境を整えるというだけではなく、家でも(少なくともオフィスと同様に)仕事が捗る様にするという事だ。

 

オフィスのフリーアドレス化が進んだ時にも、交流を促進するという会社の意図もあった一方で、「声をかけられずに仕事に集中したい」という社員のジョブを解決するために、ヘッドフォンをかぶる姿が見られたりした。交流という付加的な価値より、作業が捗るという本質的な成果の方が優先されるのは必然かもしれない。働き方改革も自由な働き方を許容するという前提に、生産性を上げるという事があったはずだ。

 

改めてジョブの3種類の目的で考えれば、以下の様になる。先ずは仕事を捗らせたい、生産性が上げたいという機能的な目的があり、それが解決された上で、より気持ちよく働きたいという感情的な目的が出てきて、さらには、自慢できる環境で働きたいという社会的な目的が出てくる。

今回一気に「家庭のオフィス化」が進んだことで、機能的な目的の切実度が増しているのではないだろうか。これまで、「書斎が欲しい」というジョブは感情的、社会的なジョブで、あったらカッコいいなというものだった。これが機能的なジョブに変わると、「家でも仕事の生産性を上げたい」と変わる。

 

「自宅から出られず環境の変化を付けられない状況でもメリハリを付けたい」「家族と一緒のワサワサした環境でも仕事に集中したい」というジョブを解決したい、書斎を持っていない会社員のジョブはより切実になっている。

 

状況が変わると解決したいジョブが変わる。ジョブの重要度が増したり、気にする頻度が増えたり、現状の解決策への不満が吹き出してきたりする。
大きな環境の変化があった時には、改めてこれまでは気にも止めていなかった普通を見つめ直してみましょう。きっと新たなジョブの発見に繋がります。