スタートアップにとって特許とは何か?

Written by 津田 真吾 on 2021-02-03

スタートアップには独自技術、特に特許になるような技術がないと勝負にならない、という説を唱える人は少なくありません。さらに、その優位性を守るための「特許による参入障壁構築」が不可欠だと考えられています。

現実問題としてリソースの少ないスタートアップには、念入りな特許戦略を実行するのは難しいです。知財管理のコスト負担が足かせとなって、「特許での参入障壁構築」が理想通り進まないフラストレーションをためている方も多く、「特許による参入障壁構築」を叫ぶ声が大きくなっているように感じます。

しかし一方で、スタートアップには特許など必要ない。という主張をするグループも存在します。その主な主張はビジネスモデルの検証、つまり顧客の獲得こそがスタートアップの役割であるというものです。リーンスタートアップで有名なスティーブ・ブランクによれば、スタートアップとは「再現性があり拡張性のあるビジネスモデルを探すために作られる一時的な組織」と定義されているように、市場の獲得がスタートアップの命題です。そう考えると「特許」にはそこまでの必然性がなさそうですが、この論争はどのように決着をつけられるのでしょうか?

一般論は成立しない

特許取得はスタートアップの成功になくてはならないものなのでしょうか?

この問いかけについて、すっきりと決着のついた議論を聞いたことはありません。色々な専門家や経験者の意見はあまりにも割れています。割れているといっても、一定のパターンがあるのも事実です。例えば、特許を非常に重視する種類の方は:

  • 弁理士・知財弁護士
  • 製薬もしくはバイオ業界
  • 化学・医学の研究者もしくは経験者
  • スタートアップの投資やM&Aを行っている事業会社の担当

他方の軽視する人たちは:

  • ソフトウェア関係者
  • 小売業・商社・エネルギーなどの業界

残りの以下のような人たちは、答えに悩んでいるか、確信を持てないか立場が曖昧です:

  • スタートアップ創業者
  • ベンチャーキャピタル

こういうパターンを並べていくと、特許を重視するのは(1)ノウハウを知財化するサービスを展開しているか(2)単一の特許が大きな価値を持つものとして取引を行っているか(3)スタートアップの技術的資源を手にしたい、人たちだと言えそうです。共通しているのは「特許を取引したい人」です。

知財の意義

さて、私はどちらの派閥に存在するか、明確なポジションをお示ししたいのですが、簡単ではありません。特許を複数出願し保有していますし、日本ライセンス協会という知財の有効活用を促進する団体で理事を務めています。こういう立場からすると、特許重視派に入ると思います。しかし、下記の理由から特許は最優先事項でもないと考えています。

  1. 特許は取得しただけでは価値がない
  2. 特許侵害は発見しにくい
  3. 特許侵害を発見しても、止めさせるのはもっと大変

裏を返せば、特許がとても重要になるのは、「特許を取得すること自体が重要である」「特許を侵害されたらすぐにわかる」「差し止めがしやすい」場合になるということです。

1.特許がそのまま単独で価値を持つ

ライセンス販売そのものがビジネスモデルであるケースなど、発明した知識自体をビジネスの対象とする場合は、特許は不可欠だと言わざるを得ません。極端な例では、技術を開発し、即会社ごと売却したいときなども特許は必要です。発明に関するノウハウが発明者の脳にしかなければ、買収しようにも発明者が辞めてしまえば使い物にならないからです。このような場合は、新規性がありつつも、転売可能な再現性を保有していることを権威づけるために特許取得は不可欠です。

ライセンシングやM&Aを目指していなくても、製薬・化学・素材など伝統的に特許を重視する業界とのビジネスが期待できる場合にも特許は有効に働きます。特許を直接売り買いしなくても「独自技術を持っている会社」として認知してもらうのに一役を買うでしょう。

2.発見しやすい特許

発明したアイデアを他社が使っていたとしても、マネされたかどうかを判別するのは案外難しいものです。すべての新商品をウォッチし続けることも、類似商品が存在したとして、明確に特許侵害の証拠をつかむことは容易ではありません。

もし発明が、外見からとりわけ明確に判別しやすいものであれば、その強制力は大きくなります。発明者の権利を主張しやすいものが特許出願の意味を持ってきます。

3.規制しやすい技術

他社の特許侵害を発見したとしても、その先も大変です。

当局に訴え、規制してもらわないといけません。もし、生産や販売が海外で行われたりすると、その手続きはやっかいです。特許侵害の裁判には多くの年月がかかり、その間にも競合は販売を続けるでしょう。勝訴したとしても、市場で負けていれば敵の得た利益の一部をランセンス費用としてもらえる程度。特許で勝ったとしてもビジネスでは負けと言わざるを得ません。

元々規制の多い医薬品業界であれば話は別です。特許侵害に対する制裁もはっきりしてくるでしょう。

知財は副産物

YCombinator のポール・グレアムは自身のエッセイにて、特許取得に対するアドバイスは難しい、と述べています。ソフトウェアエンジニアのカルチャーにはソフトウェア特許は「悪」だという評判がある一方で、M&Aを視野にいれると、買い手企業の目線から特許は大事だと説明しています。特許以前に、優れた商品を開発し、多くの顧客を作り出せれば、の話だと彼も断っていますが。

このように、特許の重要性は時と場合による、としか言えないかもしれませんが、一つ重要な問いがいつも抜けている気がします。

果たして、その発明は重大な意味を持つのだろうか?

知財戦略も、そこから生まれた特許、その権利など付随する諸々のものは、最初の発明を超えることはありません。もし優れた発明を持っているなら、そこから派生した知財戦略やライセンシングなど、打ち手が広がります。逆に言えば、特徴あるサービスを作り出せた企業には必ず偉大な工夫が含まれています。創業者が当然のように行った工夫を、話を聞く中で見出し、知財化したことも少なくありません。なので、特許はあくまでも副産物として、特許重視ではなく発明重視で考えてはいかがでしょうか。