組織のイノベーションとはどういうことなのか?

Written by 津田 真吾 on 2021-10-26

企業におけるイノベーションが課題だ。企業におけるイノベーションが課題だ。

とりあえず、大事だと思ったので2回書きました。

でも、発想の数が足りないとは思えませんし、一人一人の能力も劣っているように感じません。さまざまな企業を見ていますが、アイデアが枯渇しているというよりも、アイデアを実行するのに二の足を踏んでいるというか、妄想で満足していたり、上から言われたから形だけのポーズになっていたり、外面を大切にしてアイデアをとにかく身をもって実行できていないのです。

アイデアはだいたい組織にあるんです。どこかには。

だから、企業におけるイノベーションが課題なのです。

企業のイノベーション、組織のイノベーションということを考えると、真っ先に考えるのは「セキモデル」です。堤防の内側にアイデアが溜まっていて、ちょっとした穴をあけると「ドバーッ」と堰を切ったように流れて…なんてことは起きません。
色んな研修会社がそんなことを謳っていますが、たった一つの考え方を導入しただけでドバーッとアイデアが流れ出るなんてことはありませんし、仮に出てきても実行されなければ意味がありません。

イノベーションに役立つ「セキモデル」は「SECIモデル」と書いて、日本が誇る経営学者である野中郁次郎氏の「知識創造モデル」です。

イノベーションを「知識創造」と位置づけると、(もちろん知識以外にも物理的に創造されるべきものはありますが)このSECIモデルは数多くのことを教えてくれます。

SECIモデル

実は知識として認識されにくい「暗黙知」がある

まずこのモデルを理解するうえで大事な点は、「暗黙知」と呼ばれるものの存在です。職人の技量や、デザイナーのセンスなど、個人が持つ言語化できない「知」は、案外多く存在しています。対義語は「形式知」と呼ばれる言語化されていて、頭で覚えられるような知識です。例えば、メールの処理が超絶早いAさんが職場にいたとすると、Aさんに「どうしてそんなにメール処理が早いんですか?」と聞いても、言葉にできず、「なんとなく」としか答えないと思います。

暗黙知は、個人の技量を高める上では非常に重要ですが、新しい環境に適応しようとすると邪魔になるかもしれないという側面があります。言語化されていないだけに、自覚も難しく、そのクセの弊害についても気づきにくいでしょう。「体」で覚えたクセだけに、頭だけで新しい技を身に付けるのが難しいのです。これが「暗黙知」の特性です。

共同化とは

メール職人のAさんの後輩は、生産性が高く、カッコいいAさんを「なんとなく」マネするかもしれません。このように、チームで行動していると、知らず知らずのうちに、さまざまな段取りがスムーズだったり、インストールされるアプリが整理されていたり、メール処理の時間を確保していたりと、行動が伝搬することで組織全体のメール処理が速くなっていくのです。

このマネすることで、組織全体の「知」が高まり、「共同化」が進むことで知識創造が1ステップ進んだと野中氏は発見したのです。よく、日本の鉄道は分刻み、秒刻みで定刻発車の安定性が世界随一だと評価されていますが、鉄道職員全員が、一定の規律を守り、全体のスキルアップされている状態が保たれないと実現ができません。仮にすべてのマニュアルを暗唱できた人がいたとしても、業務をスムーズに行うコツや業務外の行動パターンを共有したり、チーム内で一定の時間を過ごすといった訓練をしなければ役に立たないでしょう。足並みを揃えてレベルを上げるのにはこの共同化(チームビルディング)が非常に重要になってきます。

表出化という対話と言語化のステップ

ここで「マニュアル」という言葉を出しましたが、このマニュアル化が次の「表出化」ステップです。マニュアルが存在していなくても優れた組織は多く存在します。むしろ、鉄道職員が毎回マニュアルを読みながら運転していたり、弁護士が六法全書を読みながら仕事してたら不安でしかないですよね?

マニュアル化というのは、現状の業務実行のためではなく、次の知識創造のために必要なのです。もしメール処理のAさんの手順を誰かが全部マニュアル化したら、どうなるでしょう?まずは、Aさんは抵抗するかもしれません。自分の優位性が脅威に立たされる危険が生じます。また、それほど大したことをやっていないという認識のため恥ずかしいという気持ちもあるようです。

ここにもイノベーションに対する心理的なハードルがあるようです。言語化したり、マニュアル化すると仕事を奪われたり、マネされたりする危険を感じることはあるかもしれません。恥ずかしがったり、「そこまで大したことはやってねぇ」って謙遜して言語化しない人もいます。しかし暗黙知のところでも書いたように、読んだからといって熟達するとは限らないし、熟練者にとっての当たり前は外から見るととんでもない、ってこともあります。しかも表出化には限界があり、形式知化が非常に難しく、どうしても暗黙知として残るものも仕方がないことです。むしろこの表出化は、イノベーションの余地を明らかにし、次の「結合化」にとって重要なステップなのです。

結合化―アイデアをくっつける

一度Aさんの手順が書き出されると、今度アドレス管理オタクBさんがAさんの手順に改善の余地を見つけることになるかもしれません。Bさんは自作のアドレス管理ツールに自信があるので、Aさんの手順を読むことによってメール処理とアドレス管理をくっつけるというアイデアを思いつきます。これが「連結化」です。今の言葉では「マッチング」と言った方がわかりやすいかもしれません。

マッチングは一瞬の発想なので、会社の会議室でよく議論されます。よく行われるブレーンストーミングは、「X社の技術とくっつければ・・・」「Y事業部と協力して・・・」「スタートアップZに投資をして…」などと、概念的には面白いアイデアがたくさん出ると思います。インターネットのホームページやさまざまなスタートアップ情報、研究論文など、表出化された形式知が非常に多い今、マッチングによる知識創造は非常に容易になっています。SECIの中でも最もコストのかからないステップと言えるでしょう。

それを証拠に、かなりのレガシー体質の会社であっても、NFTや暗号通貨を使ったビジネスが一度は議論されています。もちろん、非公式でカジュアルな議論かもしれませんが、アイデアが生じていない訳ではないのです。

アイデア出しブレストが終わった後は何も残らないように、「マッチング」はほんの入口でしかないのです。野中氏はその新たに結合された「知」を内部化しないことには、組織の学習は進まないことを1990年代から見抜いていました。

内部化とは何なのか?

「内部化」は個人の感覚として考えてみると分かりやすいでしょう。例えば、英語を上達したいからといって、辞書を暗記することをあまりしません。それは英語の辞書をひたすらインプットしても「成長した」という実感が持てないからです。でもその覚えた単語を口から出せたとき、「成長した」と感じるのではないでしょうか?同じように、新しいスタートアップの名前を知った瞬間、知識は増えるかもしれませんが成長はしていないのです。

実際に成長するのは、新たに知った技術を使ったり、ビジネスモデルを実行したり、事業開発に取り組んだときではないでしょうか。このことを野中氏は「Learning by Doing」と呼びました。

そもそも、野中氏が研究を行った当時は自動車産業に代表される日本企業が世界で最もイノベーティブであり、アメリカの経営者がその秘密を知りたがっていたのです。しかし調査を重ね、トヨタの手法を表面的に理解しても、企業成長にはつながらず、短期間で劇的に改善するようなSilver Bulletな手法や戦略は見当たらなかったのです。その言語化された知識と、暗黙知のギャップや、知識と実行のギャップがこの「知識創造プロセス」だと野中氏は見出し、Learning by Doing、つまり実行による「暗黙知」の学びの重要性を明らかにしたのです。

しかしあれから30年経ち、今は2020年代です。日本の企業が弱くなってしまいました。その間、アメリカの経営者は、それこそSECIモデルを読み、チームワークや訓練の重要性や暗黙知を持つタレントを重要に扱う経営を行っているように感じます。「リーンスタートアップ」も、日本の製造業が余計な管理を排除しながら現場のチームワークと学習を重視したプロセスを新しい事業の立ち上げに「内面化」した一つの形態です。

もう一度言います。企業のイノベーションが課題だ、と

そうしたとき、もう一度SECIのEとIという2つの母音に注目していくことが大事なのではないかと思います。SとCは一見きらびやかで、目立ちます。しかも過去の成功体験は、どうしてもSとCにあるように感じるかもしれません。なぜならS(共同化)はチームの一体感を感じやすいし、C(連結化)は目新しさを感じるという性質もあります。他方のやってみて学ぶというステップは、最初から上手くはいかないのでしんどいところもあり、一瞬のひらめきよりもはるかに多くの時間がかかります。言語化も一見無駄で効果が見えにくいステップです。そうであるだけに、SとCがボトルネックになっている、と考えてはどうでしょうか。

現状のビジネスプロセスは言語化されておらず、現場の対応力に依存している部分が非常に多いです。これを言語化し、表出化することによって、新たなイノベーションの機会が明らかになります。ほとんどのDXが成功しないのは、自社のビジネスプロセスの形式知化に失敗しています。DXが成功しない企業では、実質的な意思決定プロセスとマニュアル化されたプロセスに乖離があり、間違った形式知をIT化してしまうのです。

内部化については、年々難しくなっているように感じます。言語化されて表出化されている情報が多く、成功事例というか成功した結果が数多く共有されています。成功事例がカッコよく紹介された記事を目にすることで「とりあえずやってみる」ことのハードルがとても高くなってしまっている、そんな状態が懸念されます。

多くの他社事例は、脚色されています。良くて試行錯誤の結果、悪くて妄想です。だからと言ってそのような情報に対して懐疑的になる必要はなく、むしろ「最初からそんなには美しくはないはず」だと捉えることが大事だと思っています。そのようにハードルを下げることが、やりながら学び、「取り込む」秘訣なのではないかと思います。

また、一度やってみての振り返りも大切です。デザイン思考やリーンスタートアップも、実行から素早く学ぶところが本質なのに、耳学問で終わるケースも散見されます。

企業のイノベーションが課題だと思ったら、対策に走る前にS-E-C-Iのどこかがボトルネックになっているのかを考えてみるとよいと思います。ここまで読んで頂いたにも関わらず、最後は宣伝のようになりますが、INDEEでは成功事例を言語化した各種手法の整理(E)もしますし、他の業界や市場の情報もつなげます(C)。が、特に大切にしているのが実行支援です。イノベーションへの取り組みを通じて内部化(I)しつつ、組織開発(S)を伴走するプロセスです。この過程に存在する多くの障害をより多くの方々と乗り越えていきたいと思います。