「VCの実務」と題しましたが、すでにVCで働いている方は読まないでください。営業秘密だから、というわけではなく、あまりに基本的な内容で時間の無駄をさせたくないからです。
この記事は、大企業で新規事業を成功させたい人向けの内容になっています。なぜなら、大企業での新規事業を成功させるには「スタートアップのようなチーム」と「VCのような支援組織」が必要だからです。
「スタートアップのようなチーム」については、すでに「リーンスタートアップ」や「仮説検証」「顧客開発」など、その在り方を解説したものは数多く存在します。しかし、「VCのような支援組織」については、VCの解説書はあったとしても、(特に大企業においての)支援組織の在り方について書かれたものは少ないと感じます。(だからこそ『超・直感力』を書きました)
「ベンチャーキャピタル」、略してVCという業態は、新しい事業(ベンチャー)を育てるための資金源として、既存の金融システムよりも「冒険的」(そう、アドベンチャーと同じ意味です)な資金(キャピタル)が必要であるという点から発生したものです。米国シリコンバレー発のハイテク企業を多数生み出した実績によってVCは市民権を得ました。でも、本当の起源に遡れば「株式会社」の概念が発明された大航海時代からベンチャーへの資金提供というビジネスは成立していたのです。非常にリスキーな航海に対し、リスクマネーを株式のような形態で支援し、航路を確立すればその後の貿易で大きく見返りが得られました。そうやってオランダのような小国(当時は7万人程度、今でも1700万人)でも地球規模で覇権を取ることに成功することができたのです。
大企業においても、当時のオランダの戦略は参考になります。リーンスタートアップを啓蒙し、自国の航海者のスキルを高めるだけでなく、より低いリスクでたくさんの船を不確実な航海に送り出す必要があります。必要に応じて、他国の船にも出資することもあるはずです。つまり、現代のオープンイノベーション、あるいはスタートアップ投資ということになります。冒険者としてではなく、投資家としていくつかの船や船乗りへの投資を行うことで、大きなチャレンジを後押ししつつ、リスクを最小化するのが大企業においての「VCのような支援組織」というわけです。
前置き長くなりましたが、VCの業務を理解することで、大企業においても「大きなチャレンジを後押ししつつ、リスクを最小化」するイノベーションマネジメントの参考になるのではないかと思います。
ファンド組成、ソーシング、投資検討、投資実行、モニタリング、エグジットという大きく分けて6つのステップに分けて説明します。ただし「ファンド組成」はVC設立のようなものなので、「実務」とはちょっと違うかもしれません。
目次
ファンド組成
VCは、LP(有限責任組合員)と呼ばれる他の投資家からお金を集めて「ファンド」を設立します。ファンドとは、特定の目的のために寄せ集めた資金という意味で、投資を行う元手になります。VCでは税金などの理由から「投資事業有限責任組合(LLP)」という団体を立ち上げるのが一般的となっています。このLLPを管理運営するのが、VCの責任ということになります。
大雑把に言えば、「投資の目的・目標」、「資金」、「管理責任者」の3つが揃えばファンドをつくることができます。もちろん、正式に立ち上げるには、契約を結び、登記するなど法的な手続きはいくつかありますが、ファンドの目的に賛同する投資家と、その目的を実行する組織があればVCの骨格はできています。
大企業でのイノベーションにおいても同様に、「目的・目標」「予算」「運営組織」の3つが必要となります。
- 目的・目標
何年後までに、どのような事業を、どの規模で、立ち上げるのか?をあらかじめ定めて活動を始めたいものです。目標がないままイノベーション活動を始める企業が多いようですが、しっかりゴールを決めた方が成果は出ます。VCが設立するLLPは設立時から期限を定め、投資を行う期間と、その後育成していく期間も決めます。企業内イノベーションも投資を行うスケジュールを設定しておくと進めやすくなります。
- 予算
実際に新しい事業に投資する資金と、支援組織の活動予算を別々に確保したいところです。社内新規事業においては、明確な形での「投資」は行われませんが、社内工数や、活動資金など、他の経営資源を将来のために「投資」することになります。これを予算化し、制約を設けることは、新規事業チームにとっても、迷いが減り、事業を推進する効果があります。VCでは、集めたファンドの規模以上の投資はもちろんできませんし、ファンドサイズを著しく下回る規模でしか出資をしないようなら存続の危機に陥ります。
新しい事業に投資する資源とは別に、支援組織の運営予算は別に確保しましょう。ソーシングや投資、モニタリングなど、人件費以外の必要経費は案外かかるものです。ユニークなソーシングを行うなら、それなりの費用を見積もっておくとよいでしょう。
- 運営組織
ソーシング、投資判断、投資実行、モニタリング、エグジットまで、全体のプロセスを実行するチームをつくります。実際の投資判断を行うシニアなキャピタリストにばかり目が行きますが、良いスタートアップに多数会うためのソーシング活動や、投資後のモニタリング、そして「バックオフィス」と呼ばれる裏方の役割を担うメンバーも必要です。うまくいっているVCは、一見無駄なように見えるピッチイベントにマメに参加していたりします。同様に、社内の研究シーズに限らず、社内でアイデアや課題を持つ色々な部門との情報共有の活動をおろそかにしない組織が重要になるでしょう。
ソーシング
ソーシングとは、投資先スタートアップの候補を増やす業務です。スポーツ選手のスカウトのような仕事だととらえるといいかもしれません。プロ野球のスカウトは、高校生なら甲子園などの有名な大会に顔を出すだけでなく、地方大会の試合にも行き、プロの卵を探します。また、プロを多数輩出する学校には定期的に訪問し、選手に目を光らせます。同様に、スタートアップのソーシングでは、さまざまなピッチ大会やイベントに顔を出したり、自主イベントを開催します。
ソーシングでは、一般的に量が重要だとされています。たくさんの選択肢がある方が、その中に金の卵が含まれている可能性が高いからです。つまり、量によって質を担保するのが一般的な戦略となります。したがって、とにかく数を、と多くのVCにおいてソーシングは若手社員の仕事となっています。しかし、無差別にすべてのスタートアップと会うのは大変です。何せ数え方にもよりますが、毎年新たに10万社が開業し、スタートアップとして認知されるのが、そのうち約2000社ありますから。ある程度、事業領域や、ステージ(アーリーやレイターなど)、リードを取るかどうかなど、探す先を絞ることになります。また、特徴を打ち出すことで、投資したいようなスタートアップを高密度で会うことができるよう、スタートアップからも認知してもらうことが可能になります。予知不能なスタートアップですから一定の数は大事ですが、投資領域を絞ることで効果的なソーシングにつなげることも考えます。
例えば、XVCやINDEEでは、フェーズという観点ではシードやプレシードといった非常に若いスタートアップに注目しています。事業領域ではヘルスケアやディープテック領域を重点的にソーシングします。そのため、ビジネスモデルが全く決まっていない起業前や起業直後のスタートアップ創業者と話をすることも珍しくありません。そのためにも、私たちはパートナー(意思決定者)が自らソーシング活動を行っているのです。
同様に、企業でイノベーションの再現性を高めるには、投資領域の設定や、社内外の投資配分などを決めておくとスムーズです。社内の各部門やスタートアップ側から、どのように認知してもらい、訴求するのか、領域や特徴を決めることで量と質を高めることにつながるでしょう。
投資検討
投資検討が「目利き」としてもっとも難しいのではないかと思われている段階かもしれません。優れたスタートアップへの投資を決断するのですから、確かに難しいと言えます。ですが、実は前述したソーシング段階において、どのようなイノベーションを求めているのか?を明確にしていることで、かなり易しくなります。さらに、多くの成功しているVCには、どのように検討するのか、どういうチームで検討するのかなど、一定の決まった投資検討プロセスがあるようです。
例えば、極端に話を簡単にするためUbieやDeepEyeVision、NlabのようなヘルスケアAIのスタートアップに、年間3社は投資をすると決めたとしましょう。すると、ソーシングで集めた会社から、魅力的な3社を選ぶことになりますので、最後の一枠は悩むかもしれませんが、一番と二番はさほど迷わずに決められるはずです。相対評価の方が易しいからです。
トラウマ級に「投資に失敗した」という経験を持っている企業の話を聞くと、いきなり3~4社の選択肢から1社にドカンと投資をしてしまったという例がほとんどです。1球目がホームランボールになる可能性はゼロではありませんが、1球目からその見極めができるのは、ほぼ不可能です。
では、どういう観点でその「魅力」を見ているかというと、概ね以下のような事柄になるのではないかと思います。各VC、あるいは同じVC内でもパートナーによってその重みづけはあると思いますので、あくまでも一般的な観点です。
- 経営者(チーム)
創業者や経営チームの経歴や能力、野心や人柄など - 収益性
利益率の高いビジネスモデルか? - 成熟度・実現性
事業としての確実性が高いか?再現性はあるか?
- 市場
大きく、将来性のある市場を狙っているか - 事業計画
エグジットプランや、エグジットまでの計画 - 資本効率
投資する資本が事業成功にとって大きな効果を生むか?
- 技術
他が真似しにくい技術や手法などを持っているか? - 競争優位
競合や潜在的な競合に対しての強み - 投資リターン
想定する投資に対するリターンはいかほどか?
- 顧客価値
顧客の課題・ジョブに即し、大きな価値提供ができるか? - 自社戦略
投資戦略や、出資したいテーマ、フェーズと近しいか?ポートフォリオにマッチするか?
「魅力」が投資をする理由だとすると、投資をしない理由となる「欠点」も探します。公序良俗に反するビジネスではないか、反社会的勢力との関係はないか、といった明らかなショーストッパー(一発アウト)はもちろんのこと、実績に怪しいところはないか、怪しい契約を結んでいないか、怪しい関係者と関わっていないか、怪しい技術を基盤にしていないか、などのマイナス面も見ます。つまり、スタートアップの言っている話に致命的な「ウソ」がないかを探すとともに、「話をしていないこと」に致命的な点がないかを探します。スタートアップ経営者には大きな夢があり、独自技術もあることが多いですが、彼らが隠していることや見えていないことには多くの情報が隠れています。特に、彼らが見たくないこと、というのはその後の成長の芽を摘んでしまう可能性があるので、私たちは対話を重視します。
このマイナス探しのことをデューデリジェンス(DD)と呼んだりします。DDの性質上、若いアーリーステージのスタートアップでは簡素で、レイターステージになればなるほど確認すべき事項は増えます。
XVCでは、アーリーの、特にプレシードのディープテックスタートアップを探しています。また、ディープテックに限らず「X」という名前通りの未知の領域にも投資をします。となると、投資判断としては戦略面では少し余裕を見つつ、常に可能性や伸びしろという魅力面中心の投資を行うことになります。また、魅力といっても非常に早期のスタートアップなので、どうしても経営者や経営チームの重みづけが大きくなります。企業内の新規事業に「投資」を行うのも、このスタイルが多いのではないでしょうか。というのも、社内新規事業では、ショーストッパーはまずありませんし、同じ社内、隠し事もほぼない状態だからです。
バリュエーション
これまで挙げた「魅力」「欠点」に加えて「バリュエーション」(株価)も大事な検討事項です。金銭的なリターンを得るためには、バリュエーションが高い状態で出資をするのはリスクがあります。事業シナジーなど他の目的があれば、さほどバリュエーションは重要ではありませんが、金銭リターンを求めるなら非常に重要になります。VCや金銭リターンを求めるCVCであれば、エグジット時のバリュエーションの想定に対して、十分に利益が出ることが出資の条件になるはずです。
また、VCでは株式にも条件を付けた優先株式や、あえてバリュエーションを行わない新株予約権(KISS等)など、無数の条件を含む出資形態も検討が必要です。ある程度投資条件が決まっていないと、検討は大変です。そのためにも、投資のフェーズを決め、投資契約の雛型があるとよいでしょう。あるいは、条件検討を避けて投資実行する「フォロー投資」という方法があります。
社内新規事業の場合には、実際の出資を行うことはありませんので、この記事ではこれ以上詳しい説明は割愛します。