野中郁次郎氏が死去 知識経営の権威、「失敗の本質」 – 日本経済新聞

知識経営の世界的権威で、「失敗の本質」などの著書で知られる一橋大学名誉教授の経営学者、野中郁次郎(のなか・いくじろう)氏が1月25日、肺炎のため東京都内の自宅で死去した。89歳だった。告別式は近親者のみで行う。2月2日に東京都小平市小川東町1の21の12のシティホール小平小川でお別れの会を開く。問い合わせ先は一橋大野中研究室。喪主は妻、幸子さん。1935年東京都生まれ。58年に早稲田大政治経

クレイトン・クリステンセンは5年前の1月23日に亡くなった。

日本時間でいえば24日である。Linkedinには、彼を偲ぶ言葉が5年経っても数多く寄せられた。その中でも、彼に師事しイノサイトを長年率いたスコット・アンソニー氏の投稿は目をひいた。大学院での授業を回顧し「普通の授業ではフレーワークやツールを教えていたが、彼のクラスだけは考え方を教えていた」として深く印象に残ったという。

クリステンセン氏自身と会話するとわかるのだが、「答え」よりは「問い」に重きを置く。そして、その「問い」を立てるプロセスや、「解く」プロセスについて丁寧にゆっくりと語り、そしてさらに問いかけてくれる。またその問いかけは、真理に近づく心地よさが間違いなく感じられるのだ。

野中郁次郎氏の訃報を聞いたのは、多く寄せられたそのような投稿を読んでいたときだ。一度しかお目にかかったことはないが、実に存在感のある方だった。残念である。

実は、クリステンセン氏より以前に野中氏はイノベーションの大家というポジションを築いていた。だが、その時代は、日系企業がまだ成長(といっても過去の余熱で伸びていただけだが)していたために、野中氏は日本人からはあまり知られていない。むしろ、Japan as No.1の裏側を知りたいと、アメリカ企業の多くが参考にしていたのだ。

技術やノウハウ、という「知識」は単に図面や設計書、あるいはソースコードに記されたものだけではない」。これは、欧米人には驚く事実だった。「暗黙知」や身体知といった組織や個人が持つ言語化できないが有益な「知識」は人が持っているのだ。そして人がお互いに交流することで共有されたり、昇華されたりもする。「場」の雰囲気も大事だ。こんなことは、日本の企業に勤めなくとも文化祭の出し物や、部活を通じても何となく身につくようなものだ。だが、そのどれも欧米にはない。

外資系企業にいた私は、暗黙知を目の前にした欧米人の反応を今でもよく覚えている。彼らはまるで理不尽に統制の取れた、もしくは気持ち悪いほどのチームワークを見て恐れていたのだ。無論、そのような「場」である改善サークルや飲み会、朝礼のような会も欧米のアプローチから縁遠い。

そのような環境を通じて「知識」が創造されるという野中氏の教えは、高く評価されただけではない。今のシリコンバレーにおいても活かされていると私は考えている。スタートアップの成長プロセスや、失敗についてオープンに議論するし、人材交流は盛んだ。また人材や「センス」を大事にする。「場」も「プラットフォーム」と呼ばれ、多様な人々が交流する仕組みも常にアップデートされている。皮肉なことに、日本の企業が強かった時代に行っていたことを、地域全体でのべつ幕なしにやっているようでもある。


野中郁次郎氏はイノベーション、特に「知識創造」についての体系を整理したとされている。いかにもアカデミックなネーミングだが、簡単に言えば「人や組織の成長する」プロセスに他ならない。「知識」というと、つい頭でっかちなイメージを持ってしまうが、野中氏は「言語化できない知識」の有益性を指摘したうえで、「言語化による新結合」や「実践を通じた成長」の重要性も説いている。その中でも特に、「実践を通じた成長」が著しく現在の日本に欠如していると私は感じている。

その結果、先に挙げたシリコンバレーどころか、いつのまにか日本はナンバー1どころの話ではなくなっている。現在一人当たりGDPは39位で、G7で最下位だ。野中氏や日本から学んだアメリカは、一人当たりの豊かさという指標で日本の2.5倍にまで成長している。同じアジアでもシンガポールが同水準にまで豊かになっている。日本が2.5倍これから成長するには、これまでのペースだと30年かかることを付け加えておきたい。野中郁次郎氏は太平洋戦争の敗因についても深く洞察しており、失敗に向き合うことや、個人を大切にすること、などについても具体的に指摘している。要するに、野中郁次郎氏の言語化された知識を、いかに私たちが実践し昇華するのか、という「問い」が残されているのだ。

私には、どうもクリステンセン氏と野中氏の命日が近いのは偶然だとは感じられない。イノベーションの大家たちが遺した言葉たちを今一度噛みしめるべきだとの声のように感じられる。ご冥福をお祈りいたします。


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