富士フイルムホールディングスCEO古森さんが綴った『魂の経営』には、富士フイルムが新規事業を次々と立ち上げながら、デジタル事業への改革を成し遂げた過程が描かれています。
一般に、富士フイルムほどの大企業では、『イノベーションのジレンマ』により当時は未熟なデジタルカメラのようなイノベーションに取り組めないとされています。
しかし、古森さんは迷わず新たな事業を推し進めることに成功し、デジタルカメラへの着手では先行していたコダックが崩れる中、見事に改革を完成させます。デジタルカメラへのシフトに留まらず、富士ゼロックスを完全子会社化し、化粧品や医療への進出も果たしています。
なぜ、これができたのか?『魂の経営』にはさらりと書かれていますが、次の一言に尽きるでしょう。
 『答えはシンプルだ。自分たちがやらなければ、いずれ他社がやる。ならば、やるしかない。』
このように、古森さんの考えはシンプルであり、かつ強く映ります。ご自身の経営者としての理念もこの本に紹介されていますが、まさに強さそのものです。弱肉強食を強調した「マッスル・インテリジェンス」とも自称されています。私個人としても、満州から引き揚げてきたような強烈な体験をしている昭和のリーダーが持つ強い信念とぶれない価値観には改めて畏敬の念を持ちます。
逆に、昨今のリーダーシップ論では、議論活発にし、現場のエンパワーメントを誇張したものが多く、対極にあるように感じます。
では、最近提唱されているような、「部下の話を聞く」「現場に近い」「クリエイティブな」「共感できる」といったリーダーシップスタイルはウソなのでしょうか?
直感は強さよりも、エンパワーメントは重要だと伝えます。でも、冷静に思い起こしてみれば、アップルのスティーブ・ジョブスもトップダウンの強いリーダーですし、アマゾンを創業したベゾスも強烈なワンマンで有名です。こうしたリーダーの例を見ると、いわば昔ながらの強いリーダーシップがイノベーションを興しているように見受けられます。
古いタイプのリーダーか、新しいタイプのリーダーか?

では直感は間違っているのでしょうか?この二元論を解決すべく、リーダーの行動を注意深く見ると、表面的イノベーティブさと本質的なイノベーティブさの違いに気づきます。強権的なリーダーとして強面で強硬的であっても、フィルムメーカーがデジカメをやり、医療や化粧品に進出するなんて、今となっては当たり前ですが、前例はなく、発想はユニークです。アップルを例にとっても、オタクしか使っていなかったコンピュータをオシャレなデザインにすることは、非常に斬新なアイデアでしょう。

かと言って、一つ一つのビジネスプランやデザインをすべてトップが決めていたわけではありません。どこかでチームのアイデアを引き出し、力を借りないといけないのです。 

逆に、ソフトな物腰で部下は接しやすく、現場の活気があれば、さまざまな新しいアイデアが出てくるでしょう。しかし、出てきた革新的なアイデアが既存ビジネスに影響を及ぼすようになったらどうでしょう?どっちを取りますか?ここでみんなの意見を聞いていたのでは、決着はつきそうにありません。往々にして、フィルム事業の意見も聞いてしまい、中途半端な状態になってしまうでしょう。コダックのように、時代に破壊されてしまいます。まさにイノベーションのジレンマのシナリオです。
表面と本質の線引きはしっかりしたいところです。
見た目と中身、もしくは、短期的な打ち手と普遍的な目標を混同せず、全体的な方針はトップダウン、具体的なアイデアはボトムアップが理想となります。イノベーションを掲げ、クリエイティブなオフィス環境に変えたところで、今までと同じメンバーでは何も起こりません。
また、社内アイデアコンテストを行い、良質な新規事業が募集できたとしても、会社として取り組まれるかどうかは別問題です。やるとなったら、断固として進めなくては、永久にジレンマから脱却できません。
リーダーが話を聞き、エンパワーすべきは新しいタイプの人たちです。
ついつい、従来の専門家の話を聞いてしまう衝動に駆られますが、それは単なるしがらみと言わざるを得ません。『イノベーションのDNA』にも書かれていますが、オープンにこれまでとは違う人の意見を聞くことが不可欠です。
別の業界の人の意見を聞く、未熟な技術の担当者と話をするなど、新たな視点を取り入れることに貪欲な姿勢が不可欠です。
過去の巨木との対話ではなく、未来のタネとの対話を通じてトップとボトムの両面から未来を創っていきましょう。

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