ゴミ処理から見える哲学とインセンティブ設計

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 これは良くある日本の歩道のゴミ捨て場の写真です。曜日毎に捨てて良いものが書かれています。英語も併記されています。表示としてはとても分かり易いと思います。でも、ゴミが回収された後も、この標識は残ったままです。歩道として美しいか?というと・・・、あまりそうとは言えません。
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 こちらはどうでしょう?こちらはドイツのある街の朝の商店街です。ゴミで隠れていますが、特に日本の様な標識はありません。ゴミの量も大量です。何でこんな所に?と旅行者目線で思ってしまいますが、昼間にもう一度行くと美しい歩道に戻っていました。
 ドイツの街を歩いて思ったのですが、ゴミ箱があまりありません。そして、日本ではコンビニのゴミ箱にお世話になる事も多いと思いますが、コンビニもありません。ゴミを捨て易いという便利さが無い代わりに、ゴミ箱の無いきれいな街並みが保たれています。
 分かり易さという意味では標識があった方が良いです。きちんと説明があった方がゴミを出す方も迷わないでしょう。回収する側も決まったポイントを周ればすみます。でも、そのために景観が損なわれてしまっては元も子も無い気がします。
 ゴミ処理に関してはいろいろ議論されているのでしょうし、事実、日本の街は段違いに清潔だと思います。ただ、もったいないなと思うのは分かり易さ・便利さのために美しさが損なわれてしまっているのではないかと感じる事です。ここまでしなくても分るのにと思う標識・景観に溶け込んでいないモノを見るたびに思います。
 例えば、ゴミの回収問題ではなく、街を美しく保つ問題としてとらえればゴミ回収の仕方も変わって来るのかもしれません。こうした見方の転換は社会課題に取組む際に大切です。既存の見方だけでは、どんどん部分最適に進み、袋小路に入り込んでしまいます。ブレイクスルーを生み出すには前提を取り除き、見方を変える必要があります。
 但し、ブレイクスルーなアイデアを実現するためのハードルはあがります。見方を変えるとステイクホルダーが変わります。より全体最適を考えると増えて行きます。ステイクホルダーが増えたら彼らを巻込むためのインセンティブが必要になります。
 街を美しくしよう!というビジョンを掲げたとして、どれだけの人が不便さに納得するでしょうか?情緒的な価値で機能的な価値に立ち向かうのはなかな手強いものです。特にゴミ処理の様な日々のルーティン的なテーマに関しては非常に難しいです。
 日本では、この難しい問題に真っ向から向かっている気がします。地域でゴミ拾い活動をしたり、企業で河川を清掃したりという意識を高める活動です。活動の効果なのかは分かりませんが、日本は清潔ですし、ゴミの分別もきっちり行われている事が多いでしょう。
 ドイツでは(ある街での話ですが)ゴミ処理に対してより経済的なインセンティブ設計がされています。各家庭は3種類のゴミ箱を市からレンタルします。リサイクルできるもの/リサイクルできないもの/生ごみです。そして容積に応じて料金が決められており、リサイクルできるものの方が安くなっています。ゴミを捨てる際の工夫・減らす努力で毎月数百円レベルの節約が出来るそうです。
 家庭ゴミの捨て方、街中のゴミ箱とダイレクトにリンクはしないかもしませんが、「ゴミ処理にはお金がかかるよ!」というメッセージを住民に発して、更に「地域全体としては儲かる!」という事も示していくという事が、ドイツのゴミ処理における哲学の様な気がします。街の美観を保つ・古いものを活かすという哲学と、その哲学を浸透させるための合理的なインセンティブ設計の組合せがアイデアを具現化する肝なのではないでしょうか。
 今週はパシフィコ横浜で Smart City Week 2013 が開催されています。いろいろな事例を見聞きして思うのは、答えは一つではないという事です。それぞれ歴史の異なる街を相手にしているのですから当たり前なのですが、想像以上にその地域に根ざす事がスマートシティを成立させるために重要だと感じました。
 その地域に根差した哲学を具現化するためのインセンティブ設計のヒントを探しに訪れて見てはいかがでしょうか。
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Written by Tatsuya Yamada on 2013-10-22