『天気の子』に観る革新と伝統、そして未来を創るために必要なリベラルアーツ!?

Written by 津嶋 辰郎 on 2019-07-26

7/19に封切りされた新海 誠監督の最新作『元気の子』。早速鑑賞してきたところ、この作品はお盆直前の今というタイミングで見てみることにも意味があるんじゃないかと思い、感じたことを少し言葉にしてみたいと思うに至った。新海監督の作品をご存じのない方も、また違った視点で興味を持って貰えたら面白いと思う。


2016年に公開された『君の名は。』で一躍有名になった新海 誠監督であるが、1971年生まれの同世代アニメーターということもあり、10年以上前にたまたま目にした自主制作での劇場公開作品でもある『ほしのこえ』をきっかけとしてから継続的にチェックしてきていた。同世代の監督作品には、同じ時代を歩き見てきた景色と影響を受けてきた作品からのより多くの共感点をみることができる。そして、大人になっても変わらない、時空を越えるいわゆる日本人的へたれロマン?!・・・これが世代を越えた監督の作品に共通する魅力だと思う。そんなアニメ監督ではあるが、実は奥さんも子供も女優と子役という芸能一家でもある。


本作品もタイトルのテーマでもある「晴れと雨」を中心として、『君の名は。』同様に多くの対比を用いてそれぞれの立場が違う目から見た世界を表現することで、多様化する現代において誰もが普段気づきにくくなってしまった現実世界の深みを描いているように思えた。


ネタバレにならないように作品の話はこれくらいにしておいて、作品がスタートしてすぐに私の目を引いたのは、ストーリーの中でも重要な象徴となる代々木駅近くのビル(実在する代々木会館がモデル)の屋上に位置する神社(これも実在する銀座駅近くの朝日稲荷神社がモデル)の鳥居の前に置かれた、キュウリとナスに割り箸をさして作った二体の人形である。そして作品の中盤に登場するおばあちゃんが語る、旦那の初盆にまつわる習わしに関する話である。


この作品では”お盆”という名目で、当然の習慣として夏の帰省をしている我々日本人に対して、改めてその意味を思い起こさせる仕込みが含まれている。

 

東京と離島、新宿のビル群と古びた神社、子供の心と大人の心・・・
そこに共通して存在する革新と伝統 の共存


テクノロジーが切り開く未来は本当に我々が求めている世界なのか?我々が実現しようとしているイノベーションは、果たして人類を今以上に幸せにできるのか?


新しい事業となる製品・サービスが世の中に普及するということは、良くも悪くも未来の子供達の世界に大きな影響を与える。不安定で不確実、そして複雑で不明確・・・いわゆるVUCAと言われる時代の中、この問いに自信をもって踏み出していくために必要な知識や知恵が必要になっていることが、昨今リベラルアーツが注目を浴びつつある背景でもある。


しかし、事はそんなに単純ではなく、それぞれの領域に分断された知識や情報をどれだけインプットしても、それらを効率的に有機的に繋げる学習方法は今の所存在しない。それは残念ながら一人一人の人間の中で繋いでいくしかない。そしていくら自分の中で繋ぎ合わせたとしても未来は何も変わらない。リベラルアーツを活かすにも、結局は実践という過程は不可欠である。これもまた二元論では答えは見つからない対比の一つである。


いまだ日本の至る所で新しい事業の”アイデア不在”の議論が行われている。しかし、実際我々が事業立ち上げの現場の最前線で時間を過ごす中で、事業のアイデアが不足していると感じたことは一切無い。そしてアメリカや中国に比べて新しい技術に遅れをとっていると感じた事も無い。では何が足らないのか?

 

多くの人がワクワクする課題を設定し、そこに自らのコミットメントをもって人を集められるリーダーが足りていない


リーダーとまで言えなかったとしても、我々一人一人が未来にとって自信を持つためには、日本という特殊な島国おいて先人が歩んで来た歴史や伝統から、もっともっと学ぶべき事があると新海監督も作品を通して伝えていると感じる。


私事ではあるが、昨年の7月末に義母が、そして翌月の8月末に母方の祖父が他界した。


ちょうど先週末に、義母の一回忌を義父が先に眠るお寺においておこなった。そこで住職から7月という今のタイミングということもあり、お盆についてのお話を伺っていた。お盆とはもともと仏様となった先祖を自宅にお迎えして一緒に過ごす時間である。そして、ご先祖様が自宅に来るときにはできるだけ速く、そしてお盆をゆっくり過ごした後に仏の国に帰るときにはゆっくりと名残をおしみながら帰って欲しいう意味を込めてキュウリは馬、なすは牛に見立ててお飾りするんです・・・と。

そして東京が日本の中心になり、多くの人が地方から上京するようになってから神奈川と東京は、8月から1ヶ月ずらして7月にお盆を行うようになった。こうした伝統的な風習もそこで暮らすライフスタイル変化によって変わってきたということも。そういう話を聞いていたからこそ、この作品の中に描かれているキュウリとナスの人形が何より目を引いたことは間違いない。


自分が子供のころに我が家の仏壇に飾るために、キュウリとなすの馬と牛を両親と一緒に作った記憶がある。しかし、今の横浜の自宅にはもちろんそれはない。住職の話を聞いたときも、一緒にいた自分の子供にはそのイメージすら頭の中にも浮かばなかったのではないかと思う。最近自分も母国の伝統や文化に関する子供のなぜ?に答えられないことが多いことを実感する。

小学生にとってまだその意味の深さは分からないかもしれないけど、改めてその意味を調べた上で、この夏の帰省の機会に少し伝えてみようと思う。