ファスト&スローという話を聞いたことがあるでしょうか?
ノーベル経済学賞を受賞したカーネマンによると、人間には「早い思考」(システム1)と「遅い思考」(システム2)の2つの考えるプロセスがあるといいます。システム1は日常的に私たちが意識せずに使っている思考プロセスです。考えるエネルギーをかけずに、反射的に、効率的に判断を次々と行うことができる仕組みであり、ヒューリスティックスともいいます。あまり普段は意識することがありませんが、過去の経験から学んだことを「感覚的に考えている」のがシステム1です。そのため、バイアスを孕んでいて間違うことも多いし、テレビコマーシャルなどはこの効果を悪用利用して必要のないモノを売りつけようと絶えずしています。
「遅い思考」であるシステム2は論理的で定量的です。ただし欠点は、「遅い」ということと「疲れる」ということです。人間の脳は大量のエネルギーを消費し、やっと考えることができる臓器であるため、滅多なことでは起動せず、バックアップシステムとして控えているのがシステム2です。
システム1とシステム2についてはこちらのサイトが分かりやすく解説しています。
私たちは、ビジネスの現場でシステム1とシステム2のどちらをメインに使っているでしょうか?
仕事は「考えて」やるものだから、システム2を主に使っていると思いがちですが、実はシステム1で処理していることが大半です。仕事を始めたころは不慣れで、一つ一つ手順を考えながら進めることが多いものですが、慣れてくると「考えずに」できるようになりませんか?それはまさに経験が手順化され、反射的に効率的に仕事ができるようになっているのです。
アイデア着想はどっちのシステムを使うのか?
新規事業に取り組む際には、ビジネスアイデアそのものはもちろんのこと、仮説検証の方法や、顧客の探し方や、プロモーションの仕方など、数多くの優れたアイデアが必要になります。このような決まった法則など少ないアイデアを出すときには、じっくり考えることも難しく、システム1を多用することになります。ましては、時間を競い、情報や資源が足りないなかで、走りながら考えるとなると、ファストなシステム1が重要になります。
一般にもアイデアとは「ひらめき」という一瞬の電気信号であると思われています。そのためアイデアにひらめくときというのはシステム1と認識されているのではないでしょうか。そもそもじっくり考えるほどの時間的な猶予がなかったり、データもないまま決める必要があります。既存事業であれば、戦略を決めるために調査を行って、分析を行って…といったシステム2に頼ることも可能ですが、新規事業においてはそんな贅沢は許されません。
要するに、走りながら考えないといけない新規事業を進めていくにあたって、
“システム1の精度、つまり直感を磨くことはイノベーションの成否に大きく関与するのでは?”
との考えに至りました。
では、「直感を磨く」ということはどういうことでしょう?
簡単にいうと、システム1の思考が未熟なときは、着想は単なる「思いつき」でしかありません。 最も代表的なのは、「それまでのやり方をそのまんま踏襲する」ものです。もちろん、意識的に着想しているわけではありませんが、新しい課題に対してシステム1に委ねるというのは、デフォルトの着想として効率的なやり方になります。しかし、それまで取り組んだことのない新しい課題であるにも関わらず、古い課題と同じように(例えば綿密に計画を立てようとしたり、PDCAを回そうとしたり)取り組むことは致命的になることになるでしょう。他には、その日たまたま見たニュース番組で紹介されていたブームに乗っかったビジネスを考えるといったものも「思いつき」です。
磨かれた直感は「思いつき」を超え、ロジックを伴います。直感とロジックは一見矛盾しますが、システム1は経験でできているので、関連する経験が豊富であれば咄嗟に引き出せる引き出しも増え、直観的に出した結論も論理的に説明が可能になるのです。
例えば、Amazonの創業者であるベゾスは、インターネット利用が年率2300%と桁違いであることを知り、インターネット通販会社を起業することを決めました。そもそも、他のさまざまなものの成長率を見ていなければ、この2300%という数字がどれだけ凄いのかを判断することはできません。ヘッジファンドに勤めていたベゾスには、きちんと直感的に判断する素地があったのです。そのような素地がなければ、2300%を見たとしても素通りさせてしまったりするかもしれませんね。
自分の経験からも、ひらめきの質を高めたり、直観を磨く上で、訓練は役に立つのではないかと思います。しかもその訓練は、アイデアを沢山「思いつく」訓練よりも、周辺の事実や状況を沢山観察したり体験することの方が役に立つはずです。