正常性バイアス
利用可能性バイアスとほぼ反対の認知バイアスがあるので、やっかいだ。
明らかに変なことが起きているのに、「大したことはない」と普通を装ってしまう、というより「こんなものかも」と考えるのが正常性バイアスだ。地震や災害から逃げ遅れる理由の一つもこのバイアスにあると言われている。
以前開発していたプロダクトに品質上の問題が発生したときのこと。 「ちょっと変わった異常だな」という印象を持ったのだが、「きっとたまたまだ」「こういうこともあるだろう」とタカをくくっていた。すると、どんどん加速的に同じ異常が大量に発生するようになっていくようになり、手が付けられなくなった。
そうなると、色々と迷惑がかかる。早いうちに対策していれば、大ごとにならずに済んだのに、と後悔した。その後も似たようなことがあった。100台の試作品で致命的な不具合が1台で発生したのだ。100分の1だから大したことはない、というのが多くの人の見立てであった。
こういうことは何回か発生する。過去にも似たようなことがあったため、二度と痛い目に会いたくなかった。100台に1台発生することは1万台なら100台も発生する大ごとだと主張し、しっかりとした解析をすることを提案したのだが、もう一回様子を見て施策をしようという方針の方が人気があった。気持ちはわかるのだが、もう一度試作をして、問題が発生しないならそれに越したことはない。「これはまだ普通だ」と考えることは、とても楽な気持ちである。
Anomalies wanted
話が変わるがクリステンセン教授の部屋には「Anomalies Wanted (飛び値募集中)」このような言葉が書かれていたという。使える理論を提供するのが学者の仕事だとの信条で、単に○○業界はどうだ、という帰納的な観測を彼は好まなかった。常に答えよりも問いを重視し、そこから法則や真理を見出したいと考えていた。経営者の役に立つような真理を。それを演繹的に利用して問題を未然に防いだり成功に近づいてもらいたいと。そのため、「破壊的イノベーション」や「ジョブ理論」は難解だとの評価も多い。
クリステンセンにしてみれば、導いた法則は普遍的であって欲しいが、完璧ではない。それを完璧にするには、例外を見つけることが重要であることを知っていた。例えば、天動説では恒星は規則正しい軌道を描くが、惑星は文字通り例外的な動きを取る。その惑星を無視したり軽視していたら地動説の発見には至らなかっただろう。見つけた「法則」が100回正しくても一間違えることもある。この100分の1は、発生確率としては低いかもしれないが、確実に法則に合わないのだ。ペニシリンを発見したフレミングも同じだ。彼は少し手順を間違え試験片をカビさせてしまった。だが同時にカビが抗菌効果を持つことを見逃さなかった。「こういうこともあるかもしれない」と軽視したり、自分のミスをなかったことにしても、誰も彼を責めなかっただろう。(きっとそのような実験助手は無数にいたはずだ)
クリステンセンはこのように、破壊的イノベーションの理論に合わない例外を募集していた。自身の「理論」の欠陥として批判されたとしても、である。例外や想定外は、これ以上ない学びをもたらすのである。自分の脳内回路をアップデートする重要な情報となりうる。だが、「これは異常ではない」、あるいは「知っていることの範囲内である」、さらには「たまたま変なことが起きた」と切り捨ててしまうと、改善改良のチャンスを失ってしまう。
学びのためであろうと、大きなトラブルを未然に防ぐためであろうと、立ちはだかる「正常性バイアス」に気をつけたい。