なぜイノベーションには「愛」が必要なのかの画像

最近、2025年1月にお亡くなりになった野中郁次郎氏の晩年の著書や講演動画に、あらためて触れる時間をつくった。

そのきっかけは、氏が長年語られてきた「知的バーバリアンたれ」というメッセージを、お亡くなりになる直前までご自身が実践されていたことに心を打たれたからである。そして、その内容についても、私自身が大きな影響を受けた『知識創造企業』に一貫して通じるもであり、野中氏は生涯を通じて、暗黙知と形式知の往還、すなわち知識創造の本質を追究し続けられたのだと、あらためて感じた。

最近、戦争を経験された大先輩方の訃報を耳にすることも多くなった。そうした方々が残された言葉に耳を傾けてみると、そこには共通するものがある。

本気。命を賭ける。全身全霊。真剣勝負。

一見すると精神論のように聞こえるかもしれない。しかし同時に、そこには三現主義に表れる「現場・現物・現実」を重んじる姿勢がある。座学や机上の理解ではなく、実践の中でしか得られない知にこそ価値がある。そうした感覚が、先人たちの言葉の奥に流れているように思う。

いま、メディアを通して見る日本には、悲観論が蔓延しているように見える。バブル崩壊以降の「失われた数十年」。ITやAI産業における国際競争での劣後。そうした言葉が繰り返し語られてきた。

しかし、そろそろ私たちは気づかなければならない。
バブル崩壊以降、日本が取り組んできたことの多くは、グローバリゼーションという大きな流れの中で、具体的な目的や到達点が曖昧なまま、米国を中心とした海外の制度や環境を後追いで導入することだったのではないか。

昨今のスタートアップエコシステムも同様である。そもそも「エコシステム」とは、歴史的・文化的な時間の積み重ねによって形成されるものである。その仕組みだけを外から持ち込んでも、同じ成果が出るとは限らない。そのことは、実際に取り組んでいる人たちも、頭では分かっているはずである。結果が出ていないのであれば、何かが足りないのかもしれない。あるいは、違うやり方を実践する必要があるのかもしれない。

一方で、現在の日本の幼稚園や小学校で子どもたちと過ごしてみると、彼ら彼女らからは、社会の閉塞感とは無関係な、純粋で無限の可能性を感じる。大学、研究機関、企業の研究開発部門においても、まだまだ目を輝かせ、ワクワクしながら研究や技術開発に向き合っている人たちにたくさん出会う。しかも、その姿は、待遇が良いから楽ができる、分かりやすく評価されるから頑張れる、というものとはむしろ逆である。第三者から見ると、辛そうで、大変そうで、ある意味では修行僧のように地味な取り組みを淡々と繰り返しているように見える。

では、なぜそこまで続けられるのか。
このギャップの理由を長年考えてきた。そしてようやく、自分なりの言葉にたどり着いた。

それは、純粋な心から生まれる「愛」である。

ここでいう愛とは、人と人との感情的な愛だけを指しているのではない。自らが挑戦しているテーマに対する愛である。自分が向き合っている課題、技術、顧客、社会の未来に対する、

”直感的に惹かれるまたは本能的に溢れ出てくる深い関心と尽きない想い”

である。

——————————————————————–
愛があるから、困難に向き合える。
愛があるから、すぐに結果が出なくても続けられる。
愛があるから、誰にも理解されない時間にも耐えられる。
愛があるから、実現するまでやり抜くことができる。
——————————————————————–

これこそが、国家にも企業にも求められるイノベーションの実現において、いま一度注目すべきエネルギー源ではないかと思う。

イノベーションとは、新しいものを生み出し、それを社会に届ける事業を創造することである。その実現には、論理、戦略、資金、人材、制度、技術が必要である。しかし、それだけでは足りない。最後までやり続けるための無尽蔵のエネルギーが必要である。

そのエネルギーの源泉が、愛である。

愛があれば、自然とゴールに向かう活動量が増える。
活動量が増えれば、学習速度が上がる。
学習速度が上がれば、実現までの時間を圧縮することができる。
これは、戦後日本を支えてきた先人たちの智慧と実践にも通じるものだと思う。

―――
そして日本には、実現するまでやり続ける、一生をかけて探究し続けるという考え方が、「」として文化的に根付いている。剣道、茶道、華道、書道。そこには、単なる技術習得を超えた、終わりなき探究の姿勢がある。高度成長期の日本的経営を支えた長期雇用の思想も、単に企業側の経営制度としてだけ見るべきではない。むしろ、働く一人ひとりの内発的な動機や、対象へのコミットメントが形になった文化的な行動として捉え直すことができるのではないか。

私自身、多分野に挑戦してきたこともあり、飽きっぽい性格だと思われることがある。

しかし振り返ってみると、小学生の頃に始めた剣道は、ブランクを挟みながらも40歳を過ぎて再開し、すでに10年が経つ。先日、五段を取得させていただいたが、剣の道としては、むしろその深淵の探究にますます引き込まれている。

大学時代に設立した鳥人間チームには、毎年のように琵琶湖へ後輩の応援に通い続け、気づけば35年になる。30代半ばに始めたトライアスロンも、毎年大会への出場を欠かさず16年続けている。そしてINDEE Japanも、今年で15年を迎える。

どれも決して楽な「道」ではない。むしろ、苦しいことの方が多い。それでも続けている理由を一言で表すなら、やはり「愛」があるからだと思う。

ディープテックの事業化は、研究フェーズから数えると、10年で事業化に至ることは稀である。15年から20年は普通であり、場合によっては30年以上を要することもある。つまり、その実現は、創業者や研究者の人生そのものとも言える。

そこにたどり着く力は、「愛」以外にない。

私たちはこれからも、未来を創造するためのリソース投入を考える上で、定量化・言語化可能な経営指標だけではなく、そのもう一方の車輪として、この「愛」を加えることの意味を発信していきたい。

愛は、甘い言葉ではない。
愛は、精神論だけでもない。
愛は、未来を実現するまでやり抜くための、最も根源的な実践知である。

Writing by 津嶋辰郎


キーワードから探す

過去の日付から探す

関連記事

Related Articles

イノベーション手法

PickUp Articles

ジョブ理論解説

イノベーションの特殊部隊 INDEE Japanによる ジョブ理論の書籍画像|innovator's Note

イノベーターDNA診断
イノベーション能力診断の世界標準

イノベーションの特殊部隊 INDEE Japanによる イノベーターDNA診断のイメージ画像|innovator's Note

動画コンテンツ
イノベーション大全

イノベーションの特殊部隊 INDEE Japanによる イノベーション大全のイメージ画像|innovator's Note

社内アクセラーション
プログラム

イノベーションの特殊部隊 INDEE Japanによる 社内アクセラーションプログラムのイメージ画像|innovator's Note