――先日、子どもが通っている塾の話を聞いた。
授業中にいつも騒いでいる生徒がいる。先生は分かっているはずだが、強く注意することはない。授業はそのまま続き、周りの子どもたちは少し集中を乱されながら問題を解いている。「すごく嫌だ!」というのが子どもの言い分だ。
子どもの話を聞いた時点では、「小学生だから勉強の楽しさを優先して、多少は見逃しているのだろう」「生徒一人ひとりの状況を見ながら対応しているのだろう」くらいに捉えていた。
しかし、その時の子どもの反応や発言を聞いて、少し考えさせられた。
その先生は、注意しないことを通じて、実は教室全体に一つのことを教えている。
「この教室では、授業を妨げてもそれほど問題にはならない」ということだ。
もちろん先生にそこまでのつもりはないだろう。その塾は「授業中は静かに」という張り紙も掲げている。それでも、そこにいた子ども(少なくともうちの子)は、方針とは別の暗黙のルールを学習していた。
目次
人は「掲げられた方針」ではなく「目の前の現実」から学ぶ
リーダーが何を考えていたかと、その場にいる人が何を学ぶかは、必ずしも同じではない。人は、掲げられた方針よりも、目の前で実際に起きたことからルールを学ぶ。
たとえば、会議に数分遅れてくる人がいるとする。本人は「数分くらいなら問題ない」と思っている。周囲も最初のうちは気にする。しかし上司や先輩も実害はないと判断し、その人抜きで会議を始め、入ってきたら自然に発言を促すようになる。これが繰り返されると、数分の遅刻はその組織で許容される行動になっていく。会社としては「時間を大切にする」「相手への敬意を持つ」と掲げているかもしれない。それでも毎回の遅刻を見過ごせば、実際に共有されるメッセージは別のものになる。開始時刻は目安であり、遅れても特に不利益はなく、いる人で始めればいい … そう学びが進んでいく。
最近はサッカーワールドカップが盛り上がっているが、スポーツでも似たようなことが起きる。チームで決めた約束事を破り、自分勝手なプレーを続けた選手が最後に得点を決めたとする。監督がその選手を手放しで称賛すれば、チームメートは何を学ぶだろうか。結果さえ出せば約束を破ってもいい、目立つ成果の方が地道な役割より評価される――そう受け取られてもおかしくない。
もちろん、遅刻した人をその場で厳しく叱ればいい、という単純な話ではない。電車の遅延もあれば、家庭の事情もある。サッカーにおいて得点は大事だから、それはそれで賞賛されるべきことだ。点を決めなければ勝つことはできない。それぞれ事情は状況もあると思う。それでも、監督が日頃から伝えている「チームとしての規律を大切にする」ということは、その瞬間にルールではなくなってしまう。リーダーの振る舞いと、それを周囲がどう受け止めたかという現実によってルールはできあがる。この事実からは目を背けられない。
イノベーションの現場で起きる「理念と振る舞いの不一致」
イノベーションに取り組む組織でも、同じような場面に遭遇することは多い。
「マーケットインで考えよう」「顧客の課題を捉えよう」「技術起点ではなく顧客起点でテーマをつくろう」。そう掲げ、研修を行い、新規事業開発の仕組みを整備する企業は多い。参加者もジョブ理論などの顧客中心思考を学び、顧客インタビューやピッチのフレームワークを身につける。ピッチ資料にも顧客課題や市場ニーズという言葉が並ぶ。
しかし、ピッチの場で、経営陣や審査員のコメントが技術性能の話ばかりになったらどうなるか。「この技術は他社より何が優れているのか」「特許は取れるのか」「模倣困難性はどこにあるのか」「自社の技術資産をもっと活用できないのか」と。
技術は当然ながら大切である。ただ、顧客課題を起点に考えることを求めておきながら、評価の場では技術の新規性や自社資産との親和性ばかりを問えば、参加者は別のことを学んでしまう。「結局、性能の良い技術かどうかが大事なの?」と。
逆のことも起きる。ネットや生成AIで市場を調べ、もっともらしい数字とグラフを並べたピッチが高く評価される場面だ。実際の顧客にはほとんど会っておらず、誰がどんな場面で何に困り、今どう対処しているのかも十分にはわかっていない。それでも「市場規模が大きい」「成長率が高い」「社会課題として注目されている」「社内技術の組み合わせで可能」という理由で賞賛されれば、顧客に会わなくても説得力のある資料さえあればいい、顧客起点と言いながら実際には社内を納得させることの方が重要だ … 参加者はそう学んでしまう。
これは一見、異なる光景に見えるが、理念・コンセプトと振る舞いの不一致の話だ。
示した例で言えば、評価される・継続できるテーマを決めているのは、顧客課題を捉えたかどうかではなく、審査員がその場で何を評価軸にするかだ、というメッセージだ。技術に寄せて問われれば技術を固めればいいと学び、市場トレンドの見栄えで通れば顧客に会わなくてもいいと学ぶ。
どちらの場合も、「顧客起点で考えよう」という理念そのものが、評価の瞬間には別の基準に置き換わっている。審査員も悪気があるわけではないが、うまく設計しないとこうしたことは起きがちだ。
カルチャーを作るのは日々の○○
連続的にイノベーションを起こせる企業風土づくりを目指し、コンセプトを掲げ、研修を行い、社内に浸透させることがカルチャーづくりだと考えられがちだが、実際のカルチャーをつくっているのは日々の小さな意思決定の方だ。誰を評価し、何にコメントし、何を問題として扱い、そして何を見過ごしたか。リーダーの判断はその一件だけで終わらない。見ている周囲に「この組織で何が大切にされているか」を、言葉より雄弁に教えている。
カルチャーは意思決定の集合体である。そして多くの場合、組織の本音は、何を推奨したかよりも、何を許し、何を見過ごしたかに表れる。
しかし、日々の行動と理念の一致は簡単ではない。技術が好きで技術開発に誇りを持つ人、既存事業でリスク対応しながら舵取りを行なっている責任者がいきなり考えや行動を変えるのは、体育会系昭和おじさんが令和のマネジメントにシフトするレベルで大変だろう。
だからこそ、イノベーションを起こす企業風土に変革するためには、組織自体も学習していくというスタンス、そしてそのメッセージが大事だ。組織学習が進んでいる企業は、スピードの違いはあれど、確実に進化している。日常の行動や言動にも変化が起き、それが少しずつ浸透していく。
特に、派手な結果がすぐには出にくい研究開発型企業は、焦らず長期目線で、粘り腰で進めていくことが必要だし、それができる素地があると確信している。
Writing by 星野雄一