イノベーションという言葉はかなり使われ、一般的になったと言えます。しかし、イノベーションとは何かを考えるうえで、2つの代表的な例を挙げて考えてみたいと思います。
まずは、イノベーションと言えば、誰もが連想する iPad の例を考えてみましょう。誰もが「欲しい」と意識する前にアップル社が創り、発売されるとともに「こんなものが欲しかった」と多くの人の心を掴む製品の代表です。「何ができるのか」「何が優れているのか」ということは、あまり説明することなく、直感的に消費者は買います。私自身、製品の説明を買う前に注文し、発売と同時に買いました。「こんなものが欲しかった」の裏には、製品が具体的に示される前に、明確なニーズは存在せず、具体的に製品が示されることによって初めてニーズが生じるという気持ちがあります。消費者にこのニーズを作らせるのが「アップル型」のイノベーションです。
つい、「ニーズ」と聞くと、ユーザに聞こう!ということになります。もし、iPadの開発のためにパソコンユーザにニーズを聞くと、「安くして欲しい」「動画を早く見たい」「壊れないようにして欲しい」などと言ったパソコンの不満がいっぱいでてきます。このニーズは買い替えのニーズに過ぎません。また、パソコンを使っていない人にどんなパソコンが欲しいかと尋ねたとしても、「パソコンみたいに難しいものは欲しくない」などと言った意見がかえってくるかと思います。すると「インターネットボタン付き」のような簡単機能を取り付けることになるかもしれませんし、最悪、やっぱり需要はなかった、ということで開発はストップ、という話も珍しくはないでしょう。つまり、パソコンの不満点をいくら解消しても、iPadにはならないんです。iPadの凄いところは、既にパソコンも携帯も持っている人が追加で買ったり、それまでにインターネット接続できなかった人が買ったりしている点です。本当に需要を創出しています。私たちの周りにも、年老いた両親とメールやテレビ電話をするためにiPadをプレゼントしたという話が沢山あります。
多くの日本企業が今、苦しんでいるのは、「アップル型」のイノベーションを見せつけられているからではないでしょうか?「こんなものが欲しかった」と消費者に言わせられる企業がいる反面、自社ではまったくできておらず、策を沢山打つ。そんなアイデアはそう簡単には出ないため、策の多くはどうしても既存製品のテコ入れということになってしまいます。結局、不満点の解消や他社と劣っている点の改善となり、良くて買い替え需要の取り込みができる程度。その間にジリジリと企業体力が衰え、「選択と集中」というキーワードが社内で流行るようになります。
スティーブ・ジョブスはどこにでもいる訳ではありません。しかも、社長兼デザイナー兼エンジニア兼アントレプレナーみたいな人は、大企業においては育つことも期待できません。仮にそのような企画が社内で生まれたとしても、なかなか理解されず消えたとしても不思議はありません。大抵のものが揃う時代なので、「アップル型」が生まれないという問題は、日本に限らず世界中の企業の悩みなのです。そのため、それほど悲観することもないのではないでしょうか。各国で起業家や起業家精神を育てるためのさまざまな施策を打っているように、先進国共通の問題なのです。
そのなかで、実は日本人にとってもったいないのは「ダイソン型」のイノベーションがあまり起きていないことではないかと思います。ダイソンは掃除機や扇風機など、もうこれ以上の技術革新ができないと思われていた製品に新しい風を吹き込みました。羽根のない扇風機は、子供がいても安全で、日ごろの掃除が楽。フィルタやごみパックのない掃除機は、手入れが楽でいつも安定した吸引力を保ちます。
このように、ダイソンは普通の製品をより良くしているだけなのです。日本人が得意なはずの不満の解消をやっています。ところが、扇風機に羽根があることや、掃除機のゴミが溜まればその分、吸い込み力も下がる点に不満を感じることができるでしょうか。扇風機に羽根があることは当たり前すぎて疑いもしない、フィルタなら目詰まりは当然。技術を理解しているからこそ、その限界を暗黙のうちに受け入れてしまいがちです。
もう工夫するところがない、技術革新の余地はない、というのが技術者たちにとっても常識だったのでしょう。技術革新がない以上、どんどん安い中国製品などにシェアを奪われ、日本メーカーは少しずつ付加機能を加えながら高価格帯を守り続けるという構図が長年続いていました。むしろ、この高価格帯の製品を買うのは日本人だけなので、そこに安住していたのかもしれません。ですが、いったんこの新しい方式に気がつくと、次々とアイデアが出てくる。実際に、各社ではさらに優れた吸引方式の研究が進んでいます(ダイソンの特許を避けるため、という動機もあるかも知れませんが)。
「アップル型」と「ダイソン型」の2つの違いは分かって頂けたのではないかと思います。違いもありますが、共通しているのは既存のものの見方や捉え方とは一線を画しているということです。まずは、自分たちが作ってしまった枠に気づいてみてはどうでしょう。