なぜ Generation Z をターゲットにするべきでないか?

Written by 津田 真吾 on 2022-01-12

若者世代をターゲットにしたビジネスは成功しずらい。特に「X世代」とか「Y世代」とか「Z世代」とか「ゆとり世代」とか「さとり世代」とか、そういう世代をターゲットにすると成功は厳しい。結論から言うと、“世代”をターゲットにすると失敗するが、“世代”を忘れることができれば、成功の一歩目は踏み出せる。少し説明しよう。

なぜ難しい世代なのか?

これまで団塊世代や団塊ジュニアをターゲットに成功してきた企業は、市場の先細り危機感から何度も企業は若者の消費を喚起しようとチャレンジをしては失敗している。

その失敗の原因には色々な説があり、どれも説得力がある。

  • 若者は可処分所得が少ない。
  • 若者はデジタルでほとんど事足りるので、クルマやテレビなど「~離れ」が起きやすい。
  • 若者は衣食住が足りているので消費意欲が低い。
  • 若者の価値観は違うので、従来のマーケティング手法が役立たない。

これらの理由は納得感が高いので、たまに「若者の価値観を持った若者」「ジェネレーションZ向けのマーケティング」をやっているのを見ると、それを信じて託したくなる。しかし、残念ながらジェネレーションZが起業してジェネレーションZ向けのビジネスを行ったとしても必ずしも成功確率が高いとは言い難い。

その理由はジョブ理論から考えれば明らかだ。

「世代」が消費するわけではない

前述したように、「団塊の世代」「団塊ジュニア」という2つの画一的なマーケットが存在したために、私たちは「世代」というのは一つの消費性向を持つものだと考えがちだ。しかし当たり前だが、同じZ世代でも大谷翔平さん、藤井聡太さんといったアグレッシブな人もいるし、そうでない人もいる。

そう考えると、それまでの世代で「世代別マーケティング」が偶然にも成功してしまったことの方が悲劇なのかもしれない。

状況がジョブをつくり出す

人間は、環境が激変すると必要なものが同じになる。急に感染症が蔓延した2019年、人々はマスクを買うのに躍起になった。石油や石油商品がなくなる(もしくはなくなる不安)という状況に陥ると、石油ショックのときのように狂った消費に走る。消費税率が変わったときも覚えているだろうか、高額商品を購入しておこうと色々なものの特需が生まれた。

コロナでリモートワークを強制されるとZOOMやTEAMSを「雇った」のも同じ構図である。ジョブ理論では、「状況がジョブをつくる」という言い方をするが、とある状況からの進歩を目指すとき、その進歩のステップがジョブとなり、消費に結びつく。

Generation Zをどう観察するか?

私は決して若者世代ではないし、若者の「価値観」が分かっているわけではない。しかし、彼らがどのような「消費行動」を取っているのかは注意深く観察するとよくわかる。いくつかそのポイントを紹介しよう。

1.「消費」はお金を使うとは限らない。
私たちは、一般に稼ぐ力の弱い若年世代のうちは、お金よりも時間を消費する。特急料金を払わず青春十八きっぷで旅をしたり、高速道路を使わず一般道を走った。相対的に時間と体力があり、お金のない状況にある若者の「消費行動」を知るには、売り上げデータとにらめっこしていても答えがでないだろう。無料で遊べるゲームやSNSがふんだんにある今の状況ではなおさらである。

2.どこにでも行けるし、同時に複数の「所」に行ける。
GenZより30歳以上離れた諸先輩方は、どこに行くのも「リアル」でしか行けなったし、誰と会うのでも「リアル」でしか会えなかった。電話こそあったが、留守だったりすると連絡がつかない。なので、誰かと会いたければ半日以上かけて移動したり、待ち合わせしたり、コストも時間もかかるのが当たり前だったのに対し、現在はサクッと話をしたり、メッセージを送っておくこともできるし、会いに行くにしても交通機関はかなり便利になっている。移動中も“繋がって”いられるし、他の人と直前まで話していることもできるのだ。つまり、たくさんの選択肢があるだけでなく、「全部」を叶えることも難しくなくなっている。若者の行動は同時に1つとは限らないのだ。

3.情報だけはあるので、「選択」にも時間がかかる。
ググればほとんどの情報は手に入る。書籍も格段に多く、何か一つの行動を取る際にも選択肢が比べ物にならないほど増えている。しかし、この情報を処理する人間の脳は変わっていないため、さまざまな選択肢から結論を出すには時間がかかる。大人たちから見れば、何もやっていないように見えるし、「迷って」決断が遅く見えるかもしれないが、選択肢を探すことも含めて選択そのものに非常に時間がかかっている点も注意に値する。子供のころから将棋や野球の道を目指し、恵まれた才能もあれば「迷い」も減るかもしれないが、そうでない大半の若者は買い物一つ取っても選択に非常に時間をかけている。

4.とにかく多様である。
当たり前かもしれないが、とにかく多様である。前述したように、選択肢も多く、同時に複数の選択をすることもできるし、何も選択しなくても大丈夫な状況に置かれていると、色々なことが可能である。戦後の貧しい時代に若者だった団塊世代は、とにかく金銭的に豊かになるということが当然の進歩になる。しかも、終戦というタイミングからよーいドンで経済的豊かさを追求すれば、同じタイミングで家電や家、クルマなどといった同じものを消費するという分かりやすい行動パターンになる。同時期に生まれた彼らのジュニアたちも同期した成長をするため、デモグラフィックが有効だ。だがしかし、豊かになった時代以降に成長するということは一体何を意味するのか?豊かさ以外に人生で追及することと言えば…そう一概に言えないのだ。まさに個性が違いを生むし、好みや趣向が占める割合が多くなる。「世代」という括りで見ると答えが多すぎて戸惑ってしまうはずだ。

5.「悟って」はいない。
「さとり」世代とか、達観世代という別名もあるように、何かに深くのめりこむことができていないように見えるかもしれない。だが、それはまだたくさんあるオプションを試し切れていないだけだと理解した方が良いだろう。「悟った気になる」ことはどの世代であろうとも若者の特権ではあるが、決して悟ってはいないのだ。行動を見れば、色々なものに興味が移るし、同時に複数のことに興味を持っているようだ。深読みしすぎず、かえってその多次元的、同時並行的な行動と状況からジョブを紐解くことをお勧めする。

GenZをターゲットにしたビジネス

ここまで書いて分かるように、「Generation Zをターゲットにしたビジネス」という、粗く、年齢セグメントに着目したビジネスはお勧めしない。しかし一方で彼らの消費行動はネットやメタバースにも波及しているし、同時に複数の消費も可能な貪欲なマーケットだ。また、ほとんどの企業が失敗しているマーケットであるため、チャンスは大きいと言える。TikTokなどの成功事例もある。まず、コツは解像度を高めて「~な状況に置かれた若者」といったターゲット設定をすることから始めることをお勧めする。さらに、以下の観点で優れた解決策を生み出すことができたら面白いだろう。

  • 「選ぶ」プロセスや「選ぶ」体験価値はもっと高められる
  • 「何者にもなれる」ことは「何者でもない」という矛盾を秘めており、感情的ジョブ、社会的ジョブの源泉である
  • 「暇つぶし」は大切なジョブである
  • インターネット、さらにメタバース内のキャラクターにもジョブがある

『ジョブ理論』と「JOBSメソッド」は競合するのか?

Written by 津田 真吾 on 2021-11-24

クリステンセン氏は亡くなってしまい、『ジョブ理論』増刷(なんと12刷)に「おめでとう」も「ありがとう」も言えない。

クリステンセン氏には『イノベーションのジレンマ』『ジョブ理論』、『イノベーション・オブ・ライフ』、『繁栄のパラドクス』といった書籍に代表されるような、本当に役立つ考え方を教えてもらった。有難いことにクリステンセン氏以上に、INDEE Japanのメンバーや、XVCのメンバー、投資先のファウンダー達から考え方を授かることは本当に多い。そういう知恵をもらうと、謎が解けたことに感動し、新しい知に脳も喜ぶものだ。

さらに嬉しいのが、「『ジョブ理論』を教えてくれてありがとう」と言われることだ。何年も前のプロジェクトやセミナーでご一緒し、その時にお伝えしたJOBSメソッドをよく覚えてくださっているのだ。そして、「ありがとう」と言われること、特に何年も経ってから覚えて頂いていることは本当に嬉しい。

さて、講演やコンサルティングの現場でお伝えする「JOBSメソッド」は、ジョブ理論を実践するための一連の手法である。INDEE Japanで開発したものではあるが、まったくゼロから考えたものではない。『イノベーションへの解』『ジョブ理論』『ザ・ファーストマイル』といった書籍を読めば、理論の内容だけでなく実践面でのコツなども概ね身に付けることはできるだろう。あるいは、優秀なマーケターなら「ジョブ理論」を読むまでもなく、似たようなアプローチを取っていたりする。つまり、『ジョブ理論』は2000円で購入することのできる「優れたマーケターになるためのガイド」であり「イノベーションを成功させるためのノウハウ」であり、「顧客価値を生み出すための考え方」なのだ。

したがって、書籍『ジョブ理論』はINDEEがお届けする「JOBSメソッド」は競合製品ということになる。一人当たり10倍以上の価格差があるので、「本を買っておこう」とか、さらに節約して「図書館で借りよう」ということになると、INDEEはアガったり…となってしまう。が、案外そうでもないのである。

微妙に異なるジョブ

実は、ビジネス書と企業研修やコンサルティングは異なるジョブを解決する。

書籍は、安く、一人で、マイペースで、読んだり、(こっそり)読まなかったり、自由に知識を得ることができる。

一方のセミナーは、本よりは高いが、チームで、ある時間をコミットして、知識を得たり、不明点を質問したり、(こっそり)実践のヒントまで得ることができる。さらにコンサルティングでは、自分の仕事にジョブ理論を当てはめることができるし、ジョブ理論以外の技も(こっそり)学べる。

この(こっそり)というのが、ミソである。

実は購入されたビジネス書の8割以上は読まれていない。「積ん読」という言葉が出来たことには理由があるのである。「知っておかなきゃ」と思って本を入手しても、読まなくてもよいのが本なのだ。この「積ん読」という言葉は、世界各国で「あるある!」と、“tsundoku”という言葉が輸出され、英語のWikipediaページも存在する。買った本を読もう読もうと先延ばしにすることは世界共通で起きる事象なのだ。まとまった時間を取るのは大変だし、他の本も読まなきゃだし、読み切るのに一冊の本はそれなりの時間がかかってしまうという欠点がある。

つまり「知識を手に入れたい」というジョブの解決策として「本を買う」というのは、完璧な解決策ではない。なので、本の要約サイトなども繁盛するし、超要約「ジョブ理論」といった、まとめ記事もアクセスが多い。

「共通言語」

近年、イノベーションの取り組みのなかで「Common Language」「共通言語」の必要性が認識されつつある。こちらもWikipediaのページが参考になるのだが、「ジョブ」という考え方に限らず、新規事業やスタートアップに必要な考え方の多くは、既存ビジネスとの共通項は少ない。既存ビジネスにおいて、マーケティングデータがあるのにもかかわらず仮説ベースの「仮説検証」を行うのは無駄が多いと言わざるを得ないし、過去の品質問題を知らずに製品開発を行うのは無謀だ。さらに極端な例かもしれないが、エンロン事件のように会計業務が「クリエイティブ」だと本当のマズいことになる。つまり組織内の全員がイノベーティブな行動を取る必要はない。しかし同じ組織にいる以上、コミュニケーションは必要だ。

そんなときに、「共通言語」はとても大切な考え方になる。新規事業と既存ビジネスとは交流が常にある訳ではないが、リソースは共有している。大切なリソースを配分する際、まったく会話が成立しないのは相当なハンディキャップになる。定性的で感覚的になりがちな新規事業と、定量的で硬直的になりがちな既存ビジネスとが共通言語を持つことで得られるメリットは大きい。政治的で感情的な議論から、可能性とリスクを基準にした議論ができることになるのだ。

組織単位の研修やセミナーでは、その共通言語を一度に築くことが可能になる。一人一人が苦労しながら学ぶのは異なり、組織で共通認識を促進し、議論のベースを築くことができる。組織での学びは、個人の学びとは異なるジョブなのだ。


少し宣伝的になってしまいましたが、今回言いたいことはこんな感じです。

  • 一人の学びとして本は(自由)で何かと都合がよい。
  • 本は案外(自由)なため、読まれない。
  • 組織学習にはセミナーが有効。
  • 競合品のように見えても異なるジョブを解決していることが多い。

組織のイノベーションとはどういうことなのか?

Written by 津田 真吾 on 2021-10-26

企業におけるイノベーションが課題だ。企業におけるイノベーションが課題だ。

とりあえず、大事だと思ったので2回書きました。

でも、発想の数が足りないとは思えませんし、一人一人の能力も劣っているように感じません。さまざまな企業を見ていますが、アイデアが枯渇しているというよりも、アイデアを実行するのに二の足を踏んでいるというか、妄想で満足していたり、上から言われたから形だけのポーズになっていたり、外面を大切にしてアイデアをとにかく身をもって実行できていないのです。

アイデアはだいたい組織にあるんです。どこかには。

だから、企業におけるイノベーションが課題なのです。

企業のイノベーション、組織のイノベーションということを考えると、真っ先に考えるのは「セキモデル」です。堤防の内側にアイデアが溜まっていて、ちょっとした穴をあけると「ドバーッ」と堰を切ったように流れて…なんてことは起きません。
色んな研修会社がそんなことを謳っていますが、たった一つの考え方を導入しただけでドバーッとアイデアが流れ出るなんてことはありませんし、仮に出てきても実行されなければ意味がありません。

イノベーションに役立つ「セキモデル」は「SECIモデル」と書いて、日本が誇る経営学者である野中郁次郎氏の「知識創造モデル」です。

イノベーションを「知識創造」と位置づけると、(もちろん知識以外にも物理的に創造されるべきものはありますが)このSECIモデルは数多くのことを教えてくれます。

SECIモデル

実は知識として認識されにくい「暗黙知」がある

まずこのモデルを理解するうえで大事な点は、「暗黙知」と呼ばれるものの存在です。職人の技量や、デザイナーのセンスなど、個人が持つ言語化できない「知」は、案外多く存在しています。対義語は「形式知」と呼ばれる言語化されていて、頭で覚えられるような知識です。例えば、メールの処理が超絶早いAさんが職場にいたとすると、Aさんに「どうしてそんなにメール処理が早いんですか?」と聞いても、言葉にできず、「なんとなく」としか答えないと思います。

暗黙知は、個人の技量を高める上では非常に重要ですが、新しい環境に適応しようとすると邪魔になるかもしれないという側面があります。言語化されていないだけに、自覚も難しく、そのクセの弊害についても気づきにくいでしょう。「体」で覚えたクセだけに、頭だけで新しい技を身に付けるのが難しいのです。これが「暗黙知」の特性です。

共同化とは

メール職人のAさんの後輩は、生産性が高く、カッコいいAさんを「なんとなく」マネするかもしれません。このように、チームで行動していると、知らず知らずのうちに、さまざまな段取りがスムーズだったり、インストールされるアプリが整理されていたり、メール処理の時間を確保していたりと、行動が伝搬することで組織全体のメール処理が速くなっていくのです。

このマネすることで、組織全体の「知」が高まり、「共同化」が進むことで知識創造が1ステップ進んだと野中氏は発見したのです。よく、日本の鉄道は分刻み、秒刻みで定刻発車の安定性が世界随一だと評価されていますが、鉄道職員全員が、一定の規律を守り、全体のスキルアップされている状態が保たれないと実現ができません。仮にすべてのマニュアルを暗唱できた人がいたとしても、業務をスムーズに行うコツや業務外の行動パターンを共有したり、チーム内で一定の時間を過ごすといった訓練をしなければ役に立たないでしょう。足並みを揃えてレベルを上げるのにはこの共同化(チームビルディング)が非常に重要になってきます。

表出化という対話と言語化のステップ

ここで「マニュアル」という言葉を出しましたが、このマニュアル化が次の「表出化」ステップです。マニュアルが存在していなくても優れた組織は多く存在します。むしろ、鉄道職員が毎回マニュアルを読みながら運転していたり、弁護士が六法全書を読みながら仕事してたら不安でしかないですよね?

マニュアル化というのは、現状の業務実行のためではなく、次の知識創造のために必要なのです。もしメール処理のAさんの手順を誰かが全部マニュアル化したら、どうなるでしょう?まずは、Aさんは抵抗するかもしれません。自分の優位性が脅威に立たされる危険が生じます。また、それほど大したことをやっていないという認識のため恥ずかしいという気持ちもあるようです。

ここにもイノベーションに対する心理的なハードルがあるようです。言語化したり、マニュアル化すると仕事を奪われたり、マネされたりする危険を感じることはあるかもしれません。恥ずかしがったり、「そこまで大したことはやってねぇ」って謙遜して言語化しない人もいます。しかし暗黙知のところでも書いたように、読んだからといって熟達するとは限らないし、熟練者にとっての当たり前は外から見るととんでもない、ってこともあります。しかも表出化には限界があり、形式知化が非常に難しく、どうしても暗黙知として残るものも仕方がないことです。むしろこの表出化は、イノベーションの余地を明らかにし、次の「結合化」にとって重要なステップなのです。

結合化―アイデアをくっつける

一度Aさんの手順が書き出されると、今度アドレス管理オタクBさんがAさんの手順に改善の余地を見つけることになるかもしれません。Bさんは自作のアドレス管理ツールに自信があるので、Aさんの手順を読むことによってメール処理とアドレス管理をくっつけるというアイデアを思いつきます。これが「連結化」です。今の言葉では「マッチング」と言った方がわかりやすいかもしれません。

マッチングは一瞬の発想なので、会社の会議室でよく議論されます。よく行われるブレーンストーミングは、「X社の技術とくっつければ・・・」「Y事業部と協力して・・・」「スタートアップZに投資をして…」などと、概念的には面白いアイデアがたくさん出ると思います。インターネットのホームページやさまざまなスタートアップ情報、研究論文など、表出化された形式知が非常に多い今、マッチングによる知識創造は非常に容易になっています。SECIの中でも最もコストのかからないステップと言えるでしょう。

それを証拠に、かなりのレガシー体質の会社であっても、NFTや暗号通貨を使ったビジネスが一度は議論されています。もちろん、非公式でカジュアルな議論かもしれませんが、アイデアが生じていない訳ではないのです。

アイデア出しブレストが終わった後は何も残らないように、「マッチング」はほんの入口でしかないのです。野中氏はその新たに結合された「知」を内部化しないことには、組織の学習は進まないことを1990年代から見抜いていました。

内部化とは何なのか?

「内部化」は個人の感覚として考えてみると分かりやすいでしょう。例えば、英語を上達したいからといって、辞書を暗記することをあまりしません。それは英語の辞書をひたすらインプットしても「成長した」という実感が持てないからです。でもその覚えた単語を口から出せたとき、「成長した」と感じるのではないでしょうか?同じように、新しいスタートアップの名前を知った瞬間、知識は増えるかもしれませんが成長はしていないのです。

実際に成長するのは、新たに知った技術を使ったり、ビジネスモデルを実行したり、事業開発に取り組んだときではないでしょうか。このことを野中氏は「Learning by Doing」と呼びました。

そもそも、野中氏が研究を行った当時は自動車産業に代表される日本企業が世界で最もイノベーティブであり、アメリカの経営者がその秘密を知りたがっていたのです。しかし調査を重ね、トヨタの手法を表面的に理解しても、企業成長にはつながらず、短期間で劇的に改善するようなSilver Bulletな手法や戦略は見当たらなかったのです。その言語化された知識と、暗黙知のギャップや、知識と実行のギャップがこの「知識創造プロセス」だと野中氏は見出し、Learning by Doing、つまり実行による「暗黙知」の学びの重要性を明らかにしたのです。

しかしあれから30年経ち、今は2020年代です。日本の企業が弱くなってしまいました。その間、アメリカの経営者は、それこそSECIモデルを読み、チームワークや訓練の重要性や暗黙知を持つタレントを重要に扱う経営を行っているように感じます。「リーンスタートアップ」も、日本の製造業が余計な管理を排除しながら現場のチームワークと学習を重視したプロセスを新しい事業の立ち上げに「内面化」した一つの形態です。

もう一度言います。企業のイノベーションが課題だ、と

そうしたとき、もう一度SECIのEとIという2つの母音に注目していくことが大事なのではないかと思います。SとCは一見きらびやかで、目立ちます。しかも過去の成功体験は、どうしてもSとCにあるように感じるかもしれません。なぜならS(共同化)はチームの一体感を感じやすいし、C(連結化)は目新しさを感じるという性質もあります。他方のやってみて学ぶというステップは、最初から上手くはいかないのでしんどいところもあり、一瞬のひらめきよりもはるかに多くの時間がかかります。言語化も一見無駄で効果が見えにくいステップです。そうであるだけに、SとCがボトルネックになっている、と考えてはどうでしょうか。

現状のビジネスプロセスは言語化されておらず、現場の対応力に依存している部分が非常に多いです。これを言語化し、表出化することによって、新たなイノベーションの機会が明らかになります。ほとんどのDXが成功しないのは、自社のビジネスプロセスの形式知化に失敗しています。DXが成功しない企業では、実質的な意思決定プロセスとマニュアル化されたプロセスに乖離があり、間違った形式知をIT化してしまうのです。

内部化については、年々難しくなっているように感じます。言語化されて表出化されている情報が多く、成功事例というか成功した結果が数多く共有されています。成功事例がカッコよく紹介された記事を目にすることで「とりあえずやってみる」ことのハードルがとても高くなってしまっている、そんな状態が懸念されます。

多くの他社事例は、脚色されています。良くて試行錯誤の結果、悪くて妄想です。だからと言ってそのような情報に対して懐疑的になる必要はなく、むしろ「最初からそんなには美しくはないはず」だと捉えることが大事だと思っています。そのようにハードルを下げることが、やりながら学び、「取り込む」秘訣なのではないかと思います。

また、一度やってみての振り返りも大切です。デザイン思考やリーンスタートアップも、実行から素早く学ぶところが本質なのに、耳学問で終わるケースも散見されます。

企業のイノベーションが課題だと思ったら、対策に走る前にS-E-C-Iのどこかがボトルネックになっているのかを考えてみるとよいと思います。ここまで読んで頂いたにも関わらず、最後は宣伝のようになりますが、INDEEでは成功事例を言語化した各種手法の整理(E)もしますし、他の業界や市場の情報もつなげます(C)。が、特に大切にしているのが実行支援です。イノベーションへの取り組みを通じて内部化(I)しつつ、組織開発(S)を伴走するプロセスです。この過程に存在する多くの障害をより多くの方々と乗り越えていきたいと思います。

微分って将来役に立つの?

Written by 津田 真吾 on 2021-10-13

「歴史の年号を覚えて将来の役に立つの?」

「π(円周率)って社会に出て何か役に立つの?」

って、時々子供に聞かれませんか?そもそも自分自身が勉強が嫌になって「こんなの役に立つのかな?」なんて疑問に思ったことがあるかもしれません。

先日、テレビのバラエティー番組で円周率が役に立つ場面が紹介されていました。一見無駄な小数点以下が無限に続く無理数πが日々役に立つ場面として、ケーキ屋さんで丸いケーキの側面を囲うフィルムの長さを測ったり、美容院で髪の毛を巻く時のカーラーの径を測るシチュエーションなどが紹介されていて、なるほどな~なんて一瞬納得したものの、じっくり考えてみるとちょっとモヤモヤが…

「学校で習うけれど社会に出て一番役に立たない知識ランキング」があるとすれば、πよりもきっと微分・積分は上位にランクインしそうなのですが、微分、これはとてもとても役に立つんだと強く反論したいです。

医療崩壊を防ぐための微分

病院には限られた数のベッドしかなく、それ以上の患者がいると診てもらえません。治療さえ受ければ治るけれど、治療がなければ亡くなってしまうような病気もあります。そのような事態を防ぐため、緊急事態宣言が敷かれ、「新規感染者数」が日々管理されています。「新規感染者数」が増えているかどうか、減っているかどうかを私たちはとても気にしています。新規感染者がゼロでない限り、患者は増え、ベッドを使用してしまうにも関わらず、新規の感染者が減っていれば安心し、増えていれば不安、というお馴染みの構図です。

これはなぜかというと、入院者数だけを見ていると「対策が遅れる」からです。ベッドが埋まりきってから対策をしても遅すぎます。入院者数が増えていれば、ベッドに余裕があってもいずれは埋まってしまいます。そのため、入院者の数を微分した新規の入院者や感染者を見る必要があるのです。さらに、増え方の増減、つまり患者数を2回微分した数も見ることによって、「先行指標」を手に入れることができるのです。

売上は遅行指数

同じように、売上というのは一定期間(大抵は1年間)に会社が売り上げた金額です。売上から費用を引いた利益に対して課税されますので、売上や費用の管理については義務づけられていますし、売上から利益を計算するP/L(損益計算書)は経営の基本とされています。しかし、この通りに売上で自社の管理を行っているとすれば、これは大きな間違いかもしれません。1年経って予定を下回っていれば、すぐに対策をしたとしてもその結果は1年後にやっとわかる。仮に月次で売上管理を行っていたとしても、1カ月単位での改善しか望めません。

そこで微分の登場です。売上という遅行指標に対応する「先行指標」を手にいれることで一気に有利に立てます。実店舗なら来店者数の増減、オンラインなら新規ユーザー数、B2Bなら新規リード数などをウォッチしておくとよいでしょう。

チャーンとは

実は最強の先行指数は「Churn = チャーン」なのです。Churnとは見慣れない英単語ですが、攪拌するという意味から転じて顧客の離脱を指すようになりました。これは特にSaaSのようなサブスクモデルにおいては重要な変化率を表す数字です。例えば、テレビCMをきっかけに新発売された商品を購入しても、期待したジョブを解決してくれなかったために、使わなくなったり、捨てたりしたモノありませんか?このようなとき、一旦は売上があがったとしても、チャーンが発生し、もう二度と顧客化が望めない状態を作ってしまいます。逆にチャーンがゼロ、つまり一度購入した顧客が離脱しない状況を作り出すことができれば、新規を獲得した分だけ純増する状態になります。微分最強。

それって役に立つの?って次聞かれたら

微分はその中でもかなり強い部類に入りますが、一見役に立たないけれど将来のカギを握るようなことは他にもたくさんあります。学んだときにはメリットが感じられなかったとしても、スティーブ・ジョブズがかつて「Connecting Dots」と呼んだように、後になって断片的な知識やスキルが繋がるということは珍しくありません。なので、次、子供に「~って役に立つんですか?」って聞かれたらスティーブ・ジョブズのスピーチを引用するかもしれません。

ワクチン接種率からみるイノベーター理論

Written by 津田 真吾 on 2021-09-27

「イノベーター理論」と「キャズム」

新型コロナのワクチン接種のグラフを先日眺めていたら、きれいなS字を描いていることに気づきました。

新しい解決策が世の中に受け入れられ、普及するのには時間がかかります。一部の新しいもの好きはすぐに採用しますし、もっと遅い人もいます。ロジャースという社会科学者の研究によって、この採用スピードは正規分布し、採用率をプロットするときれいなS字を描くことがわかりました。例えば、日本におけるテレビの普及曲線はこのようになっています。

wikipedia commons https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Television_penetration_rate_in_Japan_from_1957_to_2015.svg

その後ジェフリー・ムーアはハイテク商品を世の中にローンチしても、売上が伸び悩むことが多いことに気づきました。市場浸透率16%あたりになると、まるで、深い谷=キャズムがあるかのような現象が頻繁に起きたのです。その「キャズム」を超えるためには、アーリーアダプターたちから学びながら、製品の価値を見直したマーケティング活動が必要だという理解は、ハイテクやスタートアップ業界にいる方は一度は聞いたことがあるのではないでしょうか?

ワクチンも解決策の普及曲線に乗る

COVIDのワクチンも同様に普及するのではないかと考え、キャズムは存在するのかどうかなどを確認したくなり、https://ourworldindata.org を調べてみることにしました。そうして接種率のカーブを見ると、きれいなS字カーブを描いているように見えます。積極的に受けた人もいれば、周囲の様子を見ながら接種した人もいますし、まだもう少し様子見を決めている人もいるとすれば納得です。例えばヨーロッパ各国の接種率のカーブは図のようにS字曲線を描き、累積正規分布曲線の形になっています。啓蒙やインセンティブの強弱は国ごとにあるかもしれませんが、国家権力が各自に無理やり注射してまわれるわけではないので、国民が接種を「採用」していると(マクロでは)見なすことができそうです。

https://ourworldindata.org/ より

このグラフから、欧州では子どもやアレルギーなどによって摂取できない人もいることを考えれば、約1年くらいかけて接種が進むのではないかという予想がつきます。

日本を含む他の国はどうかと見てみます。早い対応で有名なイスラエルは打ちたい人には行きわたり、60%で頭打ち、アメリカももうすぐ約6割で頭打ちしそうな勢いですね。シンガポールは接種完了率が8割を超えたと発表していますが、6月ごろ踊り場があったようなグラフになっています。これはワクチン確保数に目途が立ち、対象年齢を下げたためだと思われます。世界各国の接種状況についてはニューヨークタイムズもまとめていて、きれいなS字曲線がたくさんあることが分かります。

我が日本については、開始タイミングが遅いものの、その後は順調に立ち上がっている様子が見て取れます。「世界最速」という評価のようですが、これはワクチンの供給能力はもちろんのこと、個人の接種に出向くスピードの両方にも依存します。

https://ourworldindata.org/ より

さて、ここで一つ疑問が持ちました。日本はTechnology Adoption、つまり採用速度が遅いのではないか?と考えていたからです。十分なワクチン供給量があったとしても、接種には消極的な人が多く、まわりの様子を伺いながら徐々に接種が進むのではないかと予想していたのです。

国にもイノベーターやアーリーアダプターがあるのでは?

そこで、国民がワクチンを採用するスピード同様に、国家自体がワクチンを配るスピードにもイノベーター理論が適用できるのではないかと考えたグラフがこちらです。

http://ourworldindata.orgのデータから著者作成

国民の5%が完全接種(ファイザー・モデルナの場合は2回接種、J&Jなどは1回接種を指す)を達成した日にちをプロットすると、概ねS字カーブになります。つまり、国の大小はありますが、国家として「ワクチンを配る」という決定を行い、予算を確保したり、国内で必要な法整備をしたり、ロジスティクスを検討したりなどの準備スピードは、まさに普及曲線同様になるということです。25%や50%の曲線も示しましたが、割合が高まるにつれて人口、ワクチン量の確保、国民への啓蒙やインセンティブの提供などロジスティクス自体の影響が大きくなると思われますが、ほぼ右にシフトしたような曲線となっています。

5%の接種率においても25%においてもイスラエルが最速で、50%接種率ではジブラルタルにわずかに先を越されています。日本は5%接種率では67位、25%では49位、50%接種率では41位という順位になり、レイトマジョリティということになります。この「レイトマジョリティ」というのは私たちの(特に最近の)国民性として肌感覚に合っているのではないかと思いました。

http://ourworldindata.orgのデータから著者作成

現在38か国が加盟しているOECDの中で比べると、ワクチン接種着手を示すと思われる5%接種率では36位、25%では30位、50%においても少し挽回して25位という順位になっています。すなわち、先進国の中ではラガードとも言える属性となります。

だから何なのか?

もともと私は日本と他国で比較するとTechnology Adoption、つまり採用速度が遅いのではないか?という仮説を検証しようと思ってデータを見始めました。断っておくと、ワクチンに限って言えば、私は決して日本は遅くてダメだと言いたいわけではありません。まずこれらのデータが示唆する2つの特徴について述べておきましょう。

1つ目は、ワクチンを国民に配り始めたタイミングが他国と比較して非常に遅いということです。理由はたくさんあると思います。「確実に効果を確認したい」「リスクを知ってから判断したい」「きちんと国民に配れることを検証したい」「十分なワクチンを低価格で入手したい」「(ラガードである)一部の人たちへの配慮」…。これらの理由は、最近までガラケーを使い続ける理由とさほど変わりません。良し悪しではなく、国としてリスクを最小化したいのだと思います。

2つ目は、国としてワクチン配布を開始してからは、他国と遜色ないどころか早いスピードで普及したことです。すなわち、国民一人一人はさほどリスクを避けたいという性質を持っていないのではないかということです。需要サイドだけでなく、提供側のロジスティクスの優秀さや、オペレーショナルなスピード感も高いと言えますが、私たちはさほど国から強制されていないワクチンを、「メリットがありそう」だという理由で、受けるという選択を次々としているのです。

これらの2つのポイントから、日本国の意思決定はとても遅いが、国民はのんびりしているわけではなくむしろ早い方だ、と言えます。私はワクチン学者ではありませんが、イノベーションに関わってきた身として、イノベーションの競争に勝つには前者のポイントを殺しながら後者の強みを生かさないといけないと強く感じました。

さて、ワクチンだからまだ良いが…

今回は新たに開発されたようなmRNAワクチンということもあり、国民の安全を慎重に検討したとすれば、人命にかかわるだけに遅いこと自体は悪いことではないと思います。

しかしCOVIDのワクチン接種率だから良いものの、これが例えばAIやドローンの産業活用だとしたらどうでしょうか?新薬の開発だとしたら?産業を大きく変える可能性のある技術に関してはスピードが命です。新しい技術を目の前にしたときに、ついネガティブでリスクを取り上げる議論ばかりになってしまっていないでしょうか?

ワクチンに関しては、メディアがリスクばかりを報道するという批判があります。また、官僚組織による議論もスピードを下げる要因の一つでしょう。しかし、そればかりだとも思えません。実は、クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』にも書かれている合理性の罠も関係があるのではないかと考えられます。その罠とは「存在しない市場は分析できない」というものです。これが意味するところは、新しい技術によってもたらされる新市場の規模は不確実性が高い一方で、投資によって失うものは確実なので、比較分析をすると「確実に損をする」と結論してしまうことを指します。今回のワクチンで言うと、人命を失う損失は具体的に予想ができる反面、接種による経済的なメリットなどについては「やってみないと分からない」「怪しいそろばん勘定」になってしまうことと同じです。さらに行動経済学における「損失回避のバイアス」もあり、とかく私たちはロスを最小化したくなる傾向があることも忘れてはいけません。このバイアスは日本人に限らず、誰もが持っている心理的なバイアスです。合理的な検討や議論が仮に行われていたとしても前例主義的になってしまう傾向があるのです。

イノベーションの競争に勝つには、この傾向は致命傷となりえます。有限・確実のデメリット無限・不確実なメリットを比較するときはイノベーションのジレンマとも言える議論の罠を避け、デメリットの最小化とメリットの確実化に向けた行動を取るべきなんだろうと、きっとクリステンセンさんも同意してくれると思います。