組織開発、その前に

近年の事業環境の変化や働き方改革の流れを受け、企業の組織開発はホットな取り組みの一つです。
 
労働人口が減っていく中で、働きやすさは採用の面でもエンゲージメントの面でも大切な要素ですし、さらに人材成長・組織成長へと繋げるために、企業側もあの手この手で手を打とうと考えます。企業側のニーズがあるので、自然と各種の研修やワークショップ、HRTechサービスも多数生まれています(ラベル違いの同じようなものも多数ありますが・・・)。人材開発や組織開発の主管部門の担当者は、数あるコンテンツの中から目新しい、有効そうなものをやってみるという姿勢になっているようにも見受けられます。
 
ただ、組織開発は7Sモデルに代表されるように、事業戦略と当然ながら密接な関係を持っており、人や組織という立ち位置から見つつも、会社全体の状況を捉え、ストーリーを持って一手を打たないと有効打にはなりにくいものです。ビジネスモデルを成立させるために構造上ブラックに働かざるを得ない状況だと、やはり業務環境はブラック寄りになっていきます。
 
例えば、利ざやが少なくかつ、仕事がマニュアル化・型化されていて、かつ会社の屋台骨の事業であれば、上長からの細かな指摘の方が多くなるのは構造上起こりやすくなります。少しのミスが利益に影響を及ぼすし、この事業の数字が直接経営へのインパクトに繋がりますので。その上、人の採用が困難な昨今、更に競争が激しくなれば残業が増えるのは構造的に起こり得ることです。このビジネス環境の議論を棚に置き、組織活性化ワークショップをやっても、効果を実感するところまで到達するのはなかなかハードな道のりです
 
また、既存事業での輝かしい経験を持ち、初めて新規事業のトップについた方が、メンバーの士気を上げるためにアイデア発想ワークショップをやっても、事業化まで至らず頓挫し、かつ士気が下がるいうケースも見受けられます。この場合は、ワークショップ後のアイデア選定の段階で、トップが「で、いくら儲かるの?」と既存事業の商品開発のノリで関わってしまったことが原因です。この振る舞いにより、世の中に類似商品・サービスがあって数字を作りやすい、既存事業の派生のようなアイデアしか残らなくなり、アイデアとしては有望だが世の中に類似サービスがなく、長期的な収益計画が立てづらいアイデアは通りづらくなってしまいました。結果、提案もされなくなり、却って温度を下げる結果となりました
 
一方で競合優位性のある技術で高利益を出している会社であれば、その上に乗っている組織活性化の施策は効果的に働くでしょうし、研究開発スパンが長い業界だと、ノー残業などの取り組みも有効に働く可能性が高いです。
 
組織開発は事業環境に大きな影響を受けますから、本当に組織の成長を得たいならば、事業の状況を鑑みながら、事業開発から入った方がよい、業務プロセスから入った方がよい、いやいや今こそまさに人と人との対話だ、といった作戦・ストーリーが必要です。
 
組織開発の取り組みを行う前に、一度自社の事業構造を捉えて、その取り組みは有効打になり得るかを考えてみては如何でしょうか。

Written by 星野 雄一 on 2018-11-21

カスタマーサクセスを成功させる組織

カスタマーサクセスに関する3部作の最終稿です。
その1:カスタマーサクセスとは何か?
その2:カスタマーサクセスとJobs to Be Done, Time to Value
 
前回は、カスタマーサクセスをサクセスさせるために重要な3つの要素を挙げ、最初の2つの要素について書きました。
(1)「顧客の成功」をいかに的確に捉えるか ( 顧客ジョブの把握)
(2)いかに早くその成功に近づけることができるか (タイムトゥバリュー)
(3)組織化とプロセス
今回は「組織化とプロセス」です。
 
カスタマーサクセスの組織化やプロセス化を目指す前に、一つだけ注意をするとしたら、
PMF前にカスタマーサクセスはできない
ということです。
 
しばしば、PMFに到達する前にカスタマーサクセス部隊を作っている会社を見かけますが、「1勝もする前から勝ちパターンはない」ことに気づいた方がよいと思います。
PMFして、顧客がどんなジョブのために製品を使っているのかを把握できた後に、初めてそれをパターン化したり、組織として運用することが可能になります。逆に、そのパターンがあることによって、例外が際立ち、アクションもしやすくなるという循環も生まれます。
 

タッチを決める

カスタマーサクセスの方法論として、フィットしたプロダクトと顧客に応じて「タッチ」を設定するということがまず重要になってきます。
「タッチ」というのは、顧客接点、この場合はカスタマーサクセスの濃密さ、を指す言葉です。ホテルのサービスで言えば、超高級ホテルや旅館はハイタッチです。おもてなしを提供するための接触が濃密ですね。大規模シティホテルは中くらいでしょうか。ロータッチと言えると思います。ビジネスホテルは、セルフサービスが多いです。宿泊客が自助的に過ごしやすくする工夫はされていますが、ホテルの職員が積極的に顧客に関わることはあまりありません。このように、技術を提供することで顧客が価値を最大化する支援をすることをテックタッチと呼びます。
ビジネスモデルキャンバスに精通している方には、CR (Customer Relationships)と同じことを言ってる!とすでにお気づきだと思います。

 

プロセス&KPI

組織・プロセスを考える手順としては、
顧客のKPIを知る → PMFしたプロダクト・顧客に対してタッチを決める → タッチを決める → 顧客のKPIを高めるために必要な資源と活動を定める → 活動を行うための資源を準備し、スキルを集める → 自社の活動のKPIを決め、継続的に計測する
 
タッチは利益構造を決めます。高付加価値製品は、高単価ですし、顧客企業の経営レベルが購入の意思決定をするため、ハイタッチなサポートが必要です。逆に、担当者レベルが使用するようなSaaSであれば、一人一人に個別な対応は困難です。限られた利益が一度に吹っ飛んでしまいます。したがって、技術を使い、顧客の自助的な「サクセス」を促すような活動をカスタマーサクセス部門が目指すことになります。
この新しいカスタマーサクセス部門に適切なKPIを設定することができれば、活動を修正しながら、さらに高い効果が出るようにすることができます。理想は顧客のKPIを、自社のKPIにすることですが、さすがに計測が困難かもしれません。そういうときは、サービスの活用度や利用率といった、自社でも計測可能な指標を設定します。自社KPIを顧客KPIに基づいて決めることが何よりも大切です。ついつい、「売上」のような数値を設定しまいがちですが、これでは漠然としていますし、カスタマーサクセスに取り組む前と代わり映えしません。顧客の成功と直接因果関係のある指標を設定します。
営業支援サービスなら、顧客の売上、客単価、顧客数などが顧客にとってのKPIですが、さすがにこれらを把握することは難しいかもしれません。ですが、システムに登録されている顧客候補数や、顧客増加のためのキャンペーン数などがKPIとして良いかもしれません。
BoxやDropboxのようなオンラインストレージなら、有料無料かかわらず記録されているデータの容量とか、読み書きされた回数とか、共有されているユーザ数、デバイス数などが考えられます。

Written by 津田 真吾 on 2018-10-11

カスタマーサクセス・JTBD・Time-to-Value

前回の記事では、カスタマーサクセスとは何かを書きました。
カスタマーサクセスとは、「顧客が成し遂げようとしていることを支援するための考え方およびその組織、戦略、オペレーションである。」
という長い書き方と、
カスタマーサクセスとは、「顧客のジョブ解決をゴールとする組織とその機能」
という短い書き方とがありますし、数式が好きな人には
CS (Customer Success) = CO (Customer Outcomes) + CX (Customer Experience)
という数式の方が覚えやすいかも知れません。
 
このカスタマーサクセスをサクセスさせるためには、3つのことが重要になってきます。
(1)「顧客の成功」をいかに的確に捉えるか ( 顧客ジョブの把握)
(2)いかに早くその成功に近づけることができるか (タイムトゥバリュー)
(3)組織化とプロセス
 
 
まず(1)です。どうやったら的確に顧客の成功を捉えられるのでしょうか?
「カスタマーサクセス」という言葉が主にSaaSのようなB2Bビジネスに使われることを考えると、顧客のジョブは割とシンプルな質問でわかります。
「(顧客の)部署のKPI(目指す指標)は何ですか?」
もちろん、KPIがあまり明確に設定されていない企業や部署も多く、はっきりしないかも知れません。ですが、会話を通じて、その顧客が重要視している指標を理解することは可能です。
 
例えば、人事部の採用課が相手である場合を考えてみましょう。
「KPIは?」と尋ねても「は?」みたいな顔をするかも知れません。なので「採用を増やしたいのですか?それとも質を高めたいのでしょうか?」と尋ねてみます。
すると、「採用する人数は各事業部から上がって来るので、人数は決まってるんですよ〜。。。しかも誰でも良いわけではなく、実はAI系のエンジニアの採用が難しくて・・・」と返ってくるかも知れません。
この返事から、採用課が目指していることは「各部門の要望を満たすこと」であることがわかります。特に、開発部門からの評価が得られれば「大成功」です。
このように顧客の成功を捉えると、単に人材を紹介するだけではなく、各部門の要望を整理したり、分析したりすることの重要性が見えてくるはずです。仮に人材紹介のプラットフォームを提供している企業だとすると、カスタマーサクセス部門にとって重要な仕事は「人事部が、各部門の求める人材像を理解しやすくする」ことになります。
シンプルに捉えるなら、ジョブはその部署のミッションやKPIだと考えるとよいでしょう。
 
(2)はタイムトゥバリューです。
つまり、いかに早く顧客が価値を感じることができるか、です。先ほどの人材紹介プラットフォームなら、使い始めてできる限り早く紹介できる人材が伝わるとよいでしょう。サービスを使い始めたとしても、肝心の人材情報に行くつく前にたくさんのフォームを記入させたり、ややこしい説明が多かったりすると、その前に顧客は諦めてしまうかもしれません。諦めなかったとしても、顧客側の負担が大きすぎて十分な価値を感じられないことも考えられます。フェイスブックは、初めてログインしたユーザーができる限り早く友人と繋がるか、という指標を重視することで顧客のタイムトゥバリューを高めています。
総じて、多くのサービスはタイムトゥバリューの設計が甘いように感じます。顧客の要望をしっかりと聞いて、無駄やリスクのない状態で価値を提供しようとするあまり「但し書き」「準備」が先立ってしまいがちです。ウェブサービスの「UX」や「デザイン」の問題という風に認識されているかもしれませんが、要は「使い始めてすぐに価値を感じられるか?」という観点でとらえてはどうでしょうか?価値を提供する場面まで極力ストレートな導線を描くのです。
 

一昔前までは、ユーザがサービスを使いこなすにはマニュアルを読み込むことが当たり前でした。使い方を一通り読んで、それから使用してみて、試行錯誤しながら成果を出してやっと価値を感じることができる時代でした。
その後、「ヘルプ」が当たり前になりました。マニュアルをさほど読まなくても、使用中に「ヘルプ」をクリックすると手助けが得られるというわけです。
「ヘルプ」ではまだ、ユーザの質問に対応する受動的な手助けだということで考えられたのが「ウィザード」のような仕組みです。ウィザードでは、最初にいくつかのシンプルな質問にユーザが答えれば、結果や結果に近いものを即時的に出すようなUXを提供します。
また、優れたタイムトゥバリューを提供する手法として「テンプレート」が挙げられます。あらかじめ用意された複数のテンプレートの中からユーザは選ぶだけで、ほぼ完成したものを手にすることができます。例として、インスタグラムは、どんなフィルターなのかを説明することなく、ユーザの希望するであろうフィルターを複数提示し、タップするだけで写真におしゃれな加工を施します。前時代的インスタグラムが存在するとしたら、ぼかしの入れ方や、彩度や明度の調整方法を紙のマニュアルでユーザに読ませるようなものだったでしょう。これでは、素敵な写真を共有したいという目的に到達する前に骨が折れてしまいます。
長くなってきたので、(3)は次回に回します。

Written by 津田 真吾 on 2018-10-02

カスタマーサクセスとは何か?なぜ今注目されているのか?

「カスタマーサクセス」最近よく聞く言葉です。
カスタマーサポート、顧客中心、顧客第一、顧客満足、・・・同様の言葉が腐るほど生み出されてきましたが、掛け声だけで何も変わりませんね。
それなのに、今なぜ「カスタマーサクセス」なのでしょうか?
長々と書く前に、まずは自分なりの結論から書きます。
 
#顧客が成し遂げたいこと(=ジョブ)が成し遂げられることではじめて企業は成功する、からです。
 
 
 
まずカスタマーサクセスの定義から説明しましょう。
「カスタマーサクセスとは、顧客が成し遂げようとしていることを支援するための考え方およびその組織、戦略、オペレーションである。」
 
顧客が成し遂げようとしていることを考えているだけでは実行はできないし、組織がなければ業務へと落ちないし、戦略がなければ実行もおぼつかないので、単なる理念ではないことはもちろん大事なポイントです。
 
でも、これではカスタマーサポートといった過去の施策との区別がつきません。
カスタマーサクセスとカスタマーサポートの最大の違いは、カスタマーサポートは「顧客の不満」から仕事が始まる点です。カスタマーサポート部隊は、顧客の不満解消に向けてさまざまな手を尽くします。一方のカスタマーサクセスの起点は、顧客がサインアップすることです。新しい顧客が、サービスを使おうとしたその瞬間から顧客の成功を目指して支援します。
顧客の「不満」と顧客の「成功」、この2つは一見単なる表裏ですが、根っこはかなり違います。
例えば、ビジネスマンが2泊3日のシンガポール出張のために航空券とホテルをオンラインで手配するケースを考えてみましょう。顧客は、フライトの価格やスケジュールを見ながら比較し、予約を入れ、購入します。いざ出張に出かけると、フライトの遅延やホテルの不備を経験するかもしれません。このうち、顧客が本当に不満として声を挙げるとしたら、フライトの遅延やホテルの不備があった時くらいでしょうか。なぜなら、価格や価格表示がわかりにくければ、そもそも顧客化せず、黙ってサイトを去るだけです。一方で、顧客ジョブが成功することを軸に考えるなら、チケットの予約や購入は出張の本質ではないので、シンプルに手際よく済ませられたり、出張後の精算が楽だったりすることが重要だということがわかります。フライトの遅延やキャンセルの際には、迅速なサポートが求められることは言うまでもありません。
「顧客の不満」つまり、クレームを起点にしていると、知らず知らずのうちに顧客を失うことにもなりかねません。出張の計画を立てるのには不便だったりすると、顧客はクレームも言わずに黙って去るからです。これは静かにやってくる悲劇です。クレームもなく売上が下がると「サービスレベルの問題はない。きっと価格だ。」という論理から、価格を下げることで売上の回復を図ります。これもさらなる売上ダウンの要因となります。何が何だかわからないまま、売上ばかりが下がることになるのです。
 
カスタマーサクセスの必要性は、サブスクリプションやフリーミアムといったビジネスモデルの登場によって増しました。

サブスクリプションのサービスでは、顧客はサービスの利用権を月額や年額で購入します。簡単に言うと、顧客が使った分だけを支払う仕組みです。使わないモノを売り込まれて、タンスの肥やしになった経験が誰しもあるのではないかと思います。高額なソフトを導入したけれど一度も使われないものをShelfwareと言いますが、使う分だけしかお金を払わなくて良いサブスクリプションでは、売り手と買い手の利害が一致しやすくなります。
そもそも、サブスクリプションやフリーミアムといったビジネスモデルが登場した背景には、従来の製品販売型のビジネスモデルでは企業のゴールと顧客のゴールとが一致していなかったことがあります。企業の各組織は「販売量」「生産量」「売上」といった指標で仕事の成果を測る一方で、顧客はそれぞれの目標を持ちます。顧客の失敗を目指す悪徳業者も存在はしますが、悪意がなくとも、組織が分断しているために顧客の成功以外のために仕事をしているのが実態ではないでしょうか?例えばマンションの営業マンは、すべての物件が売れることを目標にしているのであって、そのマンションを買って入居する人が良い暮らしができるかどうかを業績目標にしていることはありません。

 
サブスクリプションやフリーミアムといったSaaSに用いられるビジネスモデルを採用している企業では、ユーザー数やサービスの使用期間に応じて売上が変わります。最初は数人で1カ月だけ使用してみたり、そもそも試用期間は無料だったりと、使って価値を感じるまでのハードルを極端に下げています。従来の製品販売モデルと比べると、最初に契約する金額が極端に低くすることで意思決定もスムーズな収益モデルを構築することができます。結果として、顧客とゴールが近い形での収益モデルになっているのです。
実は、SaaSの草分け的存在であるSalesforceの創業者 Marc Benioffが「カスタマーサクセス」という考え方を広めましたが、これまで述べてきたようなロジックで取り組んだわけではありません。Salesforceは画期的なSaaSではあったのですが、顧客を新規で獲得してもしても流出するという問題に直面しました。顧客の流出は「チャーン(Churn)」とも言いますが、Salesforceにとっては相当手痛いものでした。新規顧客の獲得には大変なコストもかかる割には、最初の契約は少額で、ろくに使う前から離脱してしまうのですから当然です。Benioffは、新規顧客への営業を一時的に止めて、既存顧客が成功するためにあらゆるサポートをするという戦略を立てました。ツールの使い方を丁寧に教えるのはもちろんのこと、Salesforceを導入する顧客のゴールである営業、営業管理に対する知見を惜しみなく出すなど、「顧客の成功」に向けた活動に集中したのです。Salesforceのツールを「使う経験」(CX=顧客体験)を通じて、営業成績が伸びるという「結果」(Outcome=結果)が得られた顧客はそのまま定着し、追加のユーザライセンスを購入し、Salesforceの営業成績も回復しました。『カスタマーサクセス サブスクリプション時代に求められる「顧客の成功」10の原則』の著者らはカスタマーサクセスを以下の数式で表しているのは納得です。
CS (Customer Success) = CO (Customer Outcomes) + CX (Customer Experience)
 
つまりジョブ理論をご存知の方には、カスタマーサクセスとは顧客のジョブ解決をゴールとする組織とその機能、と言ってもよいかもしれません。
長くなりましたので、ジョブ理論との関係や、具体的な活動については次回書いていきたいと思います。

Written by 津田 真吾 on 2018-09-25

《稼ぐ》ことと《働く》こと

日本にイノベーションが不足しているのは「教育」のせいにされることも多いが、これはさすがに乱暴な議論ではないかと思っている。世界に名だたるトヨタ、ソニー、パナソニック、ホンダの創業者たちはMBAなんていう学位を取っていないのははもちろんのこと、「起業家教育」や「イノベーション」について勉強してきたわけではないからだ。
しかし、しばしば比較される米国の教育と比べてみて面白いことに気がついた。
私は父親の転勤に合わせてアメリカの小学校と中学の一部に通い、帰国後、日本の中学・高校に通った。その後、3人の子供たちが日本の小学校に通って、2人は卒業している。2つの国の違いはありすぎて書ききれないのだが、創造性やビジネスという文脈で整理してを言葉にしてみたい。

働くことが尊い日本

日本では「働くこと」は尊いものとして小学生のうちから刷り込まれている。海外から絶賛されている教室の掃除当番や、給食当番など皆のために働くことはやって当たり前なのだ。しかも、班のため、クラスのため、学校のため、先生のために働くことが奨励されており、早くから社会性の高い労働に価値があると訓練される。
反面、「稼ぐこと」については一切触れない。「稼ぐこと」については無視されているか、むしろ「悪」だという雰囲気までできている気がする。自分たちが生活に必要なお金が社会でどう巡っていて、贅沢をするために必要なお金をどう獲得するかという視点は教室ではほぼ、ない。勤勉に勉強し、会社に就職しても勤勉に働いていれば、問題はないはずだという空気である。私が覚えている限り、唯一の例外が高校3年生のときのある現代社会の授業だ。うる覚えではあるが、資本主義と共産主義の比較の話をしていたのだと思う。そういう教科書的なテーマではあったが、学校の先生の給料のこと、高校の授業料の使い道のこと、高校を卒業した生徒がいくら稼がないと投資対効果がマイナスになるかなどを赤裸々に語ったのを覚えている。自分の記憶力と注意力の問題もあるとは思うが、「稼ぐこと」が社会にとって、自分にとってどういう意味があるのかを、日本の学校現場で聞いたのはこのときだけである。
 
稼ぐことが尊い米国
逆に米国では、「働く」ことを教えることはない。しかし、レモネードやブラウニーを手作りし、近所の人たちに売ることで「稼ぐ」ことは小さい頃から行い、賞賛されている。初めてそのようなアメリカの習慣に触れたときは、たぶん7〜8才だったと思うが、かなり戸惑った。どうしたらいいかわからなかったし、同い年の子どもが難なく目標の数倍のブラウニーを売り切った様子を見て驚きしかなかった。また、売ったブラウニーの売上高は競ったとしても、ブラウニーの出来栄え、作ったブラウニーの数、といった内容では競争がなかったことは、今から思うと凄い。
さらに、小学生で株式投資について学んだ。株とは何かを教えてもらった記憶はないが、とりあえず興味を持つようにバーチャル投資を行う授業があった。銘柄を一つ決め、その株価を毎日株価を教室に張り出すだけだ。もちろん、小学生には本当の意味で株を理解することを期待してはいないだろう。だが、何らかの興味を持って市場を眺める準備にはなる。新聞の株価欄にあった当時米国でも上場していた数少ない日本企業を見つけ、それを毎日追っかけたら結構上がって、日本人であることを誇りに思ったものだ。
日本からアメリカの学校を見て、明らかに無いものは3つある。1つは給食。もう1つは掃除、最後の1つは日直だ。日本では、給食の前には給食当番が給食室まで取りに行き、配膳をし、下膳をする。掃除も当番が教室の箒がけや雑巾がけをする。日直は、クラスを代表して黒板消し、挨拶、その他、先生の身の回りのサポートをする。アメリカでは給食はそもそもなく、家からランチを持参するし、掃除は生徒が下校したあとに業者が行う。日直という担当はおらず、クラスのための仕事というのもない。
 
「働くこと」と「稼ぐこと」
つまり、極端な言い方をすれば、日本では働くことが奨励され、教育されている反面、稼ぐことについてはほぼ放置。アメリカは逆に稼げばよくて、働くことなんぞは教えてもくれない。
外国人が日本に来ると、日本人の勤勉さに驚き、電車が定刻通りであることに驚き、日本人が外国に行くと当たり前だと思っていた仕事がなされないことに驚くのはあまりにも典型的だが、こんな背景があるのではないだろうか。勤勉さなら日本賞賛で済むところだが、稼ぎの低さについても密かに驚かれているのも事実だ。「このハイ・クオリティならもっと稼げる」と感じる外国人は少なくない。
決して働かずに稼ぐことを賞賛したいのではない。「働く」こと自体に美徳があることは私も認めるところだ。働かずに儲かったとしても、まさに「悪銭身につかず」「Easy come, easy go」。しかも、楽して稼ぐ「うまい話」を聞いて、泥沼に陥る話はあとを立たない。
しかも、「働く」ことは、大人になってから身につけにくい。「働く」ということは習慣に近いからだ。稼ぐことはその結果でしかない。さらに、一定額を越えると、稼ぎが増えても幸福感は増えないという。社会に貢献した仕事を継続してする方が、幸福感が得られという研究結果も数多くある。
「働く」ことだけを奨励し、「稼ぐ」ことを忘れると人はブラックになる気がします。
「稼ぐ」ことだけを奨励し、「働く」ことを忘れると人は不幸になる気がします。
 
 

Written by 津田 真吾 on 2018-09-06